第九話「ファンタジー世界における人材派遣業界の光と闇 ~ ラスボス人材派遣会社 ~」
またも巨額の負債を抱え、人生という名のレールを脱線しまくる投資家ケルナー。
だが、思考回路が脱線しまくっているこの男には、この程度の問題は些事でしかなかった。
ケルナーの財政事情は壊滅状態だが、それ以上にこのファンタジー世界の経済は世界恐慌の一歩手前という破綻しかけた状態なのだ。
この大不況下では、冒険者や勇者といえどもメシにあり付く仕事を得るのは難しい状況となっている。
いくらレベルを上げようとも、戦うべき『ラスボス』が居なければ、仕事にあぶれてハローワークで惨めな転職をするしかない。
そして、それは勇者、冒険者達を主要顧客に持つ武器防具屋、アイテム屋、宿屋等も同じ事である。
客(勇者)の収入が無ければ店に落とす金も無くなり、売上が無くなった店舗はテナント料を払えず、夜逃げする。
そんな負のスパイラルを打破するには、痛みの伴う抜本的対策が必要不可欠だ。
世界恐慌に陥りつつある経済を、一気に好景気に変えるウルトラC。
それは、ラスボスの同時多発による戦時特需しかない。
要するに『ラスボス多数発生 ⇒ 戦火拡大により軍需物資の需要が軒並みアップ
⇒ 特需景気に湧き、武器・魔法・アイテム等が飛ぶように売れる ⇒ 成長経済へ』 という景気対策である。
ラスボスが多いほど、好景気となり経済が上向くのだ。
【リストラに怯える勇者達は、魔王・邪神を欲している】
このコンセプトの元、『ラスボス人材派遣会社』を開業するケルナー。
高度な魔術を操る邪悪な召喚師を雇用し、地獄の魔王や封印されし太古の邪神を多数召喚し、ラスボスとして相応しい人材(?)とすべく研修を施すケルナー。
社員研修を施した魔王達は、暴虐の限りを尽くし、人類を恐怖のどん底へと陥らせるであろう。
そして、その邪悪な魔王を倒すべく、正義の名の下に立ち上がる(=雇用を得る)勇者達。
更に、その勇者達に武器魔法等の有償支援する死の商人達。
ケルナーがラスボスを派遣する所、そこが戦時特需景気に湧くのである。
手間のかかる政治による景気対策で産業復興するよりは、遥かに迅速で効果的だ。
この事業が成功した暁には、人材派遣会社のナンバーワン企業としてあらゆる業界から引く手数多となるだろう。
「さあ、新プロジェクトの旗上げだ!」
満を持して、前代未聞の人材派遣会社を立ち上げるケルナー。
しかし、その目論見もすぐに破綻する事となる。
さすがに地獄の魔王だけあって、ケルナーのコントロールをあっさりと離れると、勝手に各地で暴れ始めたのである。
「俺が育ててやった恩を仇で返すとは、血も涙も無ぇ野郎共だ」
魔王や邪神に向かって、子分に裏切られたヤクザの親分のようなセリフを吐く投資家ケルナー。
利用価値の無い派遣社員(魔王・邪神)など、単なる不良債権でしかない。
投資家とは、ドライなのである。
さっそく、不良債権の処理に取りかかるケルナー。
しかし、ケルナーの思惑とは裏腹に、事態は逼迫した情勢に追い込まれていた。
解放されし邪神達は、人類に対して宣戦を布告を下し、世界的な規模の大戦に突入したのである。
世界各地で、気炎を上げて人類殲滅を声高に宣言する暗黒の魔王軍団。
そして、それを迎え撃つのは、人類が総力を挙げて結集した連合王国軍。
更に、その混乱と言う名の火に油を注ぐべく蠢動するケルナーの暗い影。
世界各国は、巨額の税金を投入して、戦時体制を整え、軍事力を大幅に増強。
国中の男達が軍隊へ駆り出され、女子供までが戦時生産体制に組み込まれていく。
人類VS魔王・邪神軍団という黙示録的な戦いを目の前にして、世界が暗い不安に覆い尽くされていく一方、その不安を煽って軍需物資の投機で莫大な利益を得る一人の男が居た。
投資家ケルナーである。
後年、『失われた30日』と呼ばれるこの世界大戦は、人類が予想した危機と
比べると呆気ない程、短期間で決着がついた。
元々、ケルナーが派遣社員として召喚した魔王達である。
召喚の契約の取り交わしが、研修期間として一ヶ月の試用期間と定めており、期間が過ぎるとケルナー(雇用者)の了承を得なければ、自動的に解雇される召喚システムとなっていたのである。
人類に対して皆殺し(ジェノサイド)を公言していた魔王達は、リストラによって魔界に強制送還されるという有史以来初の、恥ずかしい決定的敗北を喫した。
「人類は滅亡する!」と散々煽っておきながら、損害軽微という史上稀に見る世界大戦(?)は、その幕を下ろしたのである。
元より一ヶ月で派遣社員(魔王・邪神)が強制解雇される事を雇用者として熟知していた元凶は、この緊急事態のドサクサにまぎれて、情報操作による軍需物資の価格つり上げ、カラ売り、その他あらゆる手段を用いて暴利を貪った。
その膨大な利益は、今までケルナーが溜め込んできた巨大な借金を差し引いても、余りある程のものであった。
こうして、投資家ケルナーは《借金王》から《世界経済を牛耳る暗黒の黒幕》に華麗にクラスチェンジを果たしたのである。