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天使の捨て子  作者: 立春
4/14

母の病気を言い訳に使っていた。

姉のように、なってはならない。

私は機微まで考えず、姉のように、迷惑をかけたくない。

そのことしか頭に無かった。

やはり、私は身勝手だった。


 

 母が入院してから暫くして、父は仕事をやっと退職した。もともと、年金を貰っている年齢だったので、ごく自然な流れだったろう。大学側はまだ父を欲していたが、母の病気のことを聞かされると、渋々了承したようである。果たして、大学は父の人格を買い必要としていたのか、それとも、新規採用せずわずかに安い給与で雇っていたからなのかは推し測ることは出来ない。両親は姉が何時帰ってきても、せめて大学まで行けるようにと貯蓄していたが、今ではそれを母の治療に使っていた。幸か不幸か、二束三文にしかならないが保険に加入していたので、取りあえず払えきれない額という訳ではないようだった。

 私はこれ以上両親に負担をかけない為、奨学金を狙っていた。私が目指していたのは専門学校で、奨学金は卒業後に返さなければならないのだが、学校が推薦する企業に就職をすることで、返納が免除されるので、その学校に奨学金で入学した者の殆どは、優秀な成績を納める事は勿論、その企業に入社することも必須条件になっていた。

 母が入院してから数週間後には、キサラを保育園に預けることが決まった。父は保育園が休園の時以外、殆ど毎日母に付きっきりだったので、送りだけは父が行い、キサラを保育園に迎えに行くのは、私であることが多かった。そして、私が迎えに行くときは、その足でキサラと病院に向かい、母に会わせていた。

 「また大きくなったね、キーちゃん、」

 苦しいだろうに、そういう様子を微塵も感じさせない調子で、母はキサラの頭を撫でた。すると、キサラはコロコロ笑い、保育園で何があったかを嬉々として話していた。母の前では惜しみなく笑顔を振りまくが、家では私が不甲斐無い所為か滅多に笑顔を見せない。キサラにとって、母は本当の母親同然なのだろう。そしてどうやら、私は単なる同居人に過ぎず、心を許す家族ではないのだろう。

 病院に入院してから母の容態は安定しており、何時行っても変わらない顔色で私たちを迎えた。この様子なら直ぐに容体が急変するようなことは無さそうなので、父も私も一応安堵していた。夕食は、ほとんど外食か惣菜で済ませていたが、育ち盛りのキサラに何時までもそういうものばかり食べさせるのは好ましくないだろうと、チエの母が時々煮物などを分けてをくれるようになった。私自身、料理はそれほど苦手という訳では無かったので、暇なときは材料を買い出しに行き、簡単な夕食を作ったりしていた。献立を考えるのが面倒な時は、料理本を引っ張り出すのだが、見本通りの物が出来上がっても、子供の舌に合わない場合もあるので、味付けを工夫することがまた面倒だった。

 母のいない生活にも慣れ始めていたが、反して私の進路はそれほど安定しなかった。今までは、模試で合格ラインに達していたのに、成績が下がってしまい、入学することすら危うくなってしまった。担任は偶にはあると慰め、自分でも思ったより精神的な部分が脆くなっていた所為かも知れないと思ったが、どちらにしろこのままではいけないので、睡眠時間を削り勉強の時間を増やした。

 進路の話を担任としているとき、話の流れで母の入院した病院名を話した時、先生は何か引っかかるような表情を浮かべ、数日後、思い出したのかわざわざ放課後に私を呼び寄せた。

 「その病院、確か一年のときの電車事故に遭った子が、入院していた筈だ。」

 担任は転勤が無い限り三年間持ち越しなので、この担任とも三年間の付き合いである。今まで敢えて一年の時のことを触れないようにしていただけに、思わず背筋が凍った。

 「はあ、」

 「一ヶ月ほどしかいなかったから、覚えていないだろうが、重体だったサクライさんだ。他県で治療を受けていたそうだが、結局意識だけが戻らず、これ以上の進展も無いそうだから、自宅近くの病院に移されたそうだよ。良かったら、見舞いにいってやってくれ」

 そうは言うが、友人でもない人を今更見舞いに行くのもどうかと思い、すぐに行くという返事はしなかった。

 けれど、教師に言われたことを母に聞かせると、ぜひ行くべきだと強く勧められた。入院していると言っても、相手は意識を失っている。喜ばれるとかそういう以前の問題だろうが、出来るだけ母の意向に沿おうと思い、休日に花を持って面会をすることを決めた。

 母の入院している棟の隣、日当たりの良い白の病棟に、サクライは入院している。受け付けを済ませ、二階に上がってすぐに、『桜井』のネームプレートが掛けられている病室を見つけた。

 一応連絡していたのだが、桜井の病室は怖い程静かであり、それに反して穏やかな陽が射していた。彼女の口にはプラスチックの蔽いがあって、喉から青緑色の管が出ていた。白い肌と対照的な長い黒髪が、ベッドの上に花のように広がっていた。桜井の母は、少し目に薄い隈が出来ていたがやつれている訳ではなく、私が渡した花を嬉しそうに受け取りさっそく花瓶にさしていた。

 「わざわざ来てくださって、ありがとうね。」

 「いえ、同じ病院ですから、」

 すぐにその場を離れるのは失礼だと思い、そっと桜井に近づいて顔を覗き込み、思わず愕然とした。

 「本当に、寝ているだけでしょう。」

 桜井の母がそう言うのを良いことに、無礼だが桜井の顔を食い入るように眺めてしまった。

 その顔が、薄い笑みを浮かべたその顔が、姉に似ていた。

 白く、おしろいを塗ったような顔で、目を軽く閉じたその顔は、あの日の姉に似ていた。

 思わず吐き気がして、「では、母のところへ行きますから、」と告げ、慌ててその部屋を去っていった。

 その場で言うことは出来ずに心の中で思ったのだが、あれは、きっと死相だ。眠っている顔、それだけだなのに、まるで死神に撫で回されたような、白い顔。

 桜井に憐憫の情が湧いた訳ではない。あの日、最後に見た姉の顔を思い出し、あれがそうだったと気づかなかった、そのことに感情が溢れそうになった。薄く笑みを浮かべ、白い顔をしてタクシーに乗った姉。あの日の姉を見て、何故、私は気付かなかったのだろう。

 不意に、いやな想像が脳裏を掠めた。それは次第に大きくなり、私は病院のトイレに駆け込むと、内容物の無い胃液を吐き出した。

 気分が悪い、酷く、厭な予感がした。

 母さんは、

 これが虫の知らせかと思い、小走りで母の病室に向かった。だが、そこには普段と変わらない様子で父と話をしている母がいた。

 「あら、どうしたの、」

 「いや・・・、」

 両親に大事無かったと安堵したが、まだ、キサラがいた。キサラに何かあったら、母は更に追い詰められてしまうだろう。

 病院を飛び出し、保育園へ向かって走り出していた。キサラの通っている保育園は開放的で、外との接触が多く、保護者であるなら、いつでも顔を覗かせても良いようになっていた。それでも、唐突な私の来訪に、保母は焦り驚いた表情を浮かべていた。

「キサラは、」

「あ、お兄さんですね。」

彼女は少し首を傾げながらも、私を中へ招き入れた。保母は子どもを抱きかかえたままだったので、身勝手だが遅い歩みに苛々した。このただ漠然としただけの不安を伝えるわけにも行かず、出来るだけ平静を装い付き従った。

 子どもたちの集められた部屋は、泣き声に溢れていた。先ほどまで昼寝をしていたのだろう、布団が敷かれていた中で、キサラが涙も流さずに大声で喚き、他の子たちがそれに連動して大声で泣いていた。

 「あらあら、珍しいわねキサラくんが騒ぐなんて、」付き添っていた保母が、抱きかかえた子どもを隅に置き、泣いている子を慰め始めた。実に慣れたもので、子どもたちは次第に落ち着き、泣き止んでいった。

 「・・・キサラ、」

 キサラの行動は、確かに珍しい。普通なら、それほど奇異な光景では無かったかもしれないが、大人しいキサラが泣きもせずに、ただ喚く姿は不可解だった。

 「キサラ、どうした、」

 喚くキサラに近づき尋ねると、自身もよく分からないのか、突然私にすがり付き、相変わらず涙を流さず、更に声大きくした。

 「怖い夢でも見ちゃったのかしらねぇ、キサラくん。」

 保母が対応に困っているのか、小首を傾げていた。その声に気づくと、キサラは私からすぐに離れ、彼女の身体に抱きつき、何度も頷いていた。どうやら、キサラの信頼度は、私より保母の方にあるようだ。

 保母に背中を擦られ、ようやく落ち着いてきたキサラに、膝を折り同じ目線で尋ねた。

 「どんな夢を見た、」

 そう尋ねると、キサラはうまく表現が出来ないのか、「わからない」と呟いた。

 「女の人が出たか、」

 姉のことを思い尋ねたが、キサラは首を振って否定し、私は内心安堵した。その場に居ない姉の無事を安堵しても意味がないとは分かっている。

 「なら、ただの怖い夢だ。もう、今日は帰らせてもらおうか。おばあちゃんに会いに行くのもいいだろう。」

 「うん、」

 キサラが頷いたので、私は伸ばされたその手を繋ぎ、もう帰ることにした。保母も普段と違うキサラの様子を心配していたので、そうするべきだと了承した。

 保育園を出て、キサラに何所へ行きたいかと尋ねると、意外に病院とは答えなかった。キサラが答えたのは、この街を見渡せる公園だった。どうしてそこを選んだのか、保育園からそれほど遠くは無かったので、キサラの手を引いてその公園へ向かう坂道を登り始めた。小さなキサラには結構な距離なので、疲れて諦めるのではないかと思ったが、おんぶも頼まず意固地なほど己の力だけで歩いた。大人の足なら、十数分で着く距離を三倍以上の時間をかけ、ようやく公園に着いた。公園には子供が居らず、公園に来るとキサラは滑り台に上り、手を伸ばし始めた。その姿が何とも危なっかしいので、私も滑り台に上って小さなキサラの身体を支えた。

 「何をしているんだ、」

 「さっきのをさがしてるの。」

 「さっき、」

 よく分からなかったが、キサラは出来る限り手を伸ばしては何かを掴む動作を繰り返していたが、はたとようやく何か気づいたのか、空から私に視線を移した。

 「くも、とどかない。」

 「ああ、仕方ないよ。遠いんだから、」

 「どのくらい、」

 正確な距離など分からないし、言ったところでキサラに理解出来るはずがない。

 「届かないくらい。」

 「そっか・・・おじしゃんはとどく、」

 「無理だ。」

 私の言葉に、キサラは明らかに落胆した。行動の理由がさっぱり分からなかったが、雲でも欲しくなったのだろうと勝手に解釈した。

 「雲、はないが、綿菓子なら近くの駄菓子屋で売っているが、」

 「わたがし、おまつりの、」

 「ああ、大きさは違うけれども。」

 綿菓子で満足したのか、キサラは雲など見向きもせずに滑り台を下りた。私も一緒に滑れば早いのだが、小さなキサラを潰してしまいそうなので、上ったときと同じように梯子の方から地面に降りた。

 「綿菓子を買いに行くか、」

 「うん。」

 まだ少し元気が無いようであったが、明確な目標を制定することで、少しは持ち直したようだ。実際に、近くの駄菓子屋で綿菓子を買ってやると、キサラは大喜びでそれをほお張り、先ほどのことなど嘘ように元気になっていた。

 本当に、私の悩みは単なる杞憂だったようだ。何もおかしなことはない、いつもと変わらない日常の一コマでしかなかった。一体何を焦っていたのだろうか、自分の行動を振りかえると、苦笑が漏れた。

 「今日は、帰ろうか、」

 「うん。」

 病院には戻りたくないのでそう言うと、キサラは綿菓子で頭がいっぱいなのか素直に従った。

 結局、身近の誰の死も訪れなかった。期待していた訳ではないので、何も無い日常に、ただ、安心した。心から、そう思った。


 私の精神はこの現状に慣れ、心配の種だった模試も平生の点数へと戻った。あとは、いよいよ受験迎えるだけで、勝って兜の緒を締める訳でもないが、普段以上に勉強に時間を費やした。しかし、私が勉強に注意を集中させることと示し合せたように、母の病状も悪化し始めていた。けれど、私は気づかないふりをして、勉強に集中することにより、母の衰えを避け続けた。

 そして、一月。私は専門学校の受験を無事に終えた。残っているのは、合否と卒業式だけになった。




昔の文章をほとんど変えていないので、不安です。

読み返すのが、怖いです・・・

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