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天使の捨て子  作者: 立春
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私の家はそれなりに良い暮らしで、両親は他の家と比べれば歳をとっていた。

けれど、そんな些細なこと以外、他の家とさして変わりないと今でも思っている。

私に友人は多くなかった。

だが、苛められることもなく、学校の中で寂しいと感じたこともなかった。

その頃、私の生活の中で不可解なことは1つだけ。

突然家を出て行った姉のことだけだった。

 


 吐き気がする。

 別に車や電車に酔ってしまったわけではない。私はそういった類に、元来強い耐性をもっている。

 なら何故、私が酔ってしまったのかというと、原因はこの祭りの人混みだ。香水、化粧、濁った水、食べ物の交わる匂いの所為だ。

 「みっちゃん、またぁ。」

 私よりも七つ下の幼馴染が、綿菓子でべっとりした口で「あきれた。」と言ってきた。全くどうして、オムツも換えてやったこともあるというのに、上からの目線でものを言おうとするのだろう。

 ズボンからハンカチを取り出し、生意気な口をゴシゴシと拭いてやった。

 「もーう、コドモじゃないのよ、ワタシ、」

 「チエは十分子供だ。」

 そう、いくら口調が大人びていようとも、子供は子供だ。各言う私も充分子供であるが、それは法的な年齢だけの話であり、私を子供だと言い切らせることは出来ない、させるつもりも無い。

 そんなことをぼんやり考えていると、顔色の悪くなった私に、チエが人差し指を突きつけてきた。

 「おなじ三年生じゃない!」

 いかにも子供らしい発言に、珍しく失笑してしまった。真顔でごく当然とばかりに言い切る辺りが、やはり子供だ。いくら同じ三年生だといっても、小学校と中学校では歴然とした差があることに気づいているのだろうか。

 大体、嫌がる私に無理矢理「祭りにつれて行って。」とせがんできた我儘な子供は、一体誰だというのか。学校に行くだけでも億劫な私にとって、祭りなど論外。ただひたすら、苦痛であるだけなのに。

 「私はもう疲れたよ。どこかで休ませてくれないか、」

 「それならねぇ、」チエは境内に目を向けたが、その途中にある露店の並びに顔を止めた。「あっ、ヨーヨーとって!」

 「ヨーヨー、」

 チエの伸ばした指先を辿ると、その先にはヨーヨー吊りの露店があった。そして、正面には金魚すくいの露店があることに気づき、私はチエを見下ろした。

 「どうしたんだ、チエ。いつもなら『金魚を取って』って頼むところだろう。」

 去年もその前の年のどの祭りでも、すぐに死んでしまうというのに、チエは私やチエの両親に金魚を取って欲しいと頼んでいた。それを思い出して尋ねたのだが、チエは首を横に振った。

 「だって。みっちゃん、あーいうのキライでしょう。」

 驚いた、子供はそれほど馬鹿に出来ない。私は顔に出るほうでは無いが、どうして気づかれてしまったのだろうか。出来れば我儘を言われる方が解かりやすいので、子供に気を使ってもらうのはこちらとしても扱いに困る。

 「そんなことを気にしなく、」

 「イーヤっ!みっちゃんがイヤなら、あたしもヤだもん。」チエは私の袖を引っ張り、ニッと無邪気な笑みを浮かべた。「はやくヨーヨーとって!」

 その勢いに押されて、私は露店へと引っ張られながら連れて行かれた。ヨーヨーを取る金も綿菓子の金も、実は私が出している。大した金額ではないので、別に困りはしないが、もう少し考えてもらいたいものだ。子供に気を使われると困ると思いながら、私は自分の中で矛盾している考えが浮かんでいた。

 「みっちゃん、すごーい!」

 私は意外とこういう作業に向いているのか、チエの欲しがったヨーヨーを二つとってやり、糸が切れないので珍しく自分の分のヨーヨーもとってから止めた。取り過ぎると、露店のおじさんがいい顔をしないと知っているからだ。

 迷子にならないように、チエの汗ばんだ手を握り、私は神社の境内の裏手にある石段に腰掛けた。すると、力が一気に抜けてしまって、米神を押さえながらうめき声を漏らした。隣のチエは私の行動に慣れているので、気に留めずに残りの綿菓子を口に運んでいた。また口がべとりと汚れてしまっていたが、疲れていたので食べ終わったチエにハンカチを渡すだけにし、涼やかな空気を肺の中に溜め込んでは吐き出すことを何度も繰り返した。

 隣からは、不定期なチエのヨーヨーを弾く音が耳に入ってくる。しばらくその音を聞いていると、いつしかリズムは一定なものに変わり、徐々にそれは収まっていった。その頃になると、私の気分も幾分か良くなっており、隣の小さな頭を二三度撫でてやった。

 「ねぇ、みっちゃん、」

 「どうした。」

 チエは口を窄めては開くを何度も繰り返して、何か言うことをためらっているようだった。よく分からずに首を傾げると、チエは小さな声でぽつりといった。

 「みたの。」

 「何を、」

 喉を鳴らして、チエは首を振った。

 「ちがうかもしれないの、でも、みたの。」

 私は相槌を打たず、黙ってチエの言葉を待った。チエはぶらぶらと足を揺らしながら、眉を顰めた大きな目で私を見つめた。

 「みっちゃんのオネーちゃん。」

 「・・・」

 「あのね、ちがうかもしれないの。でもね、とってもにてたから・・・、」

 まさか、あの姉がこんな所に来るだろうか。姉が居なくなってから、三年は経とうというのに。

 「一応、探してみようか、」

 もしも本当に姉がいるのなら、それから先のことを考える事は出来なかった。

 


 もし、本当に姉がいたとき、私は一体、何が出来ただろうか。

 声を掛けることまでは、出来たかも知れない。

 けれどその後、どんな言葉を繋げられただろう。

 家に帰ろうと言えただろうか。

 それとも、せめて連絡先を教えてほしいと言ったのだろうか。

 思うだけで、結局何も変わらない。



 その日、私たちは姉を見つけることは出来なかった。もしかしたら、それは単なるチエの見間違えだったのかもしれない。それから私は受験も近付いていたので、そのことを考える暇間もなく、変わらぬ日常生活を送り続けていた。

だが、正月も過ぎたある一月、予兆も何もなく、姉がふらりと帰ってきた。出て行ったときと同じ髪型、顔つきのままだった。

 けれど、明らかに腹部のふくらみだけが違っていた。

 「姉さん、」

 夕食を食べていた私たちの目の前に現れた姉は、飄々とした様子で玄関に立っていた。相変わらず、性格は何一つ変わっていないのだろうことは容易に推測出来た。

 「ただいま。」

 その口調は、ちょっと側のコンビニに行ってきた、というほどの軽い調子だったので、私たちはあきれ返って文句を言うことさえ忘れていた。

 翌日、私は当然学校があるので、姉の姿を見ずに家を出たが、帰ってくると当たり前のように姉がいるので、ひどく不可思議な気になった。両親が既に事情を理解したらしく、私に対する説明は両親から端的なものだけに留まった。

 話によると、名前も知らぬ男の子を宿し、産むためにこっちに戻ってきたということだった。今まで何処で働いていたのかというと、外人を迎えるあまりいい雰囲気ではないところだと言っていた。一応、姉もクォーターだったので、それなりに人気はあったようである。そこで妊娠したのだから、おそらくどこかの外国人の子なのだろう。

 それから、いざ産もうというのだが、これほどまで大きくなったお腹で行き成り引き受ける病院は近くなく、母の知り合いの産婆に頼むということで決着したそうだ。

 姉が帰ってきてから、私の日常がどう変わったのかはわからない。ただ、視界の中に一人増えたというだけで、ほとんど姉と言葉を交わさなかった。姉の方も私に興味は無いらしく、ソファーに腰かけ、レコードを聞いて寛ぐだけだった。

 「みっちゃん、おねーちゃん帰ってよかったね。」

 素直に「良かったね。」と言ったのは、実はチエだけだ。近所でも姉の評判はあまり良く無く、「そうですか、」程度にしか受け取られていなかった。行き先も言わずに出て行き、帰ってきたときに妊娠していたのであれば、歓迎されなくても仕方がないことだろう。

 「そうだな。あれでも、肉親だからね。」

 「・・・、」チエはよく分からないと首を傾げていた。「みっちゃんのおねーちゃんね、わたしのことおぼえてたよ。それでね、チョコレートくれたの」

 そういってチエが差し出したのは、最近出た新製品のチョコレートで、中にアーモンドが入っているものだった。そんな嗜好品が家にあることはまずあり得ないことだったので、おそらく姉がまた勝手に出歩いて買ってきたのだろう。

 「美味しいのか、」

 「うん、もちろん。みっちゃんも・・・あ、食べないか、」

 「悪いな、チエ。」

 苦笑すると、チエは首を振ってにんまり笑った。歯や舌にチョコレートが張り付いており、私の苦笑がまた普通の笑いに変わっていった。

 「虫歯にならないように、気をつけろよ。」

 「だいじょーぶ。」

 チエを家まで見送ってから、自分の家に帰ってきた。姉は母とリビングで寛いでおり、私は挨拶を済ませると受験勉強をしようと自分の部屋に閉じこもった。学校は今日から卒業式までの約一ヶ月の殆どが休校になるため、今からは本当の缶詰になる。

 缶詰状態五日目の朝、リビングが急に騒がしくなり、私はまどろんでいた目をこじ開けて下に向かった。誰も説明しなかったが、姉の陣痛が始まったようで、今から産婆のところへ向かうのだと理解出来た。

 「姉さん、大丈夫か。」

 「あ、ヒカリ。今から、母さんはノゾミについていきますから、父さんに夕食を作ってあげてね。」

 いつも穏やかで優しい母の頼みを断ったことなど、私の記憶ではほとんどない。もっとも、母から頼みごとをされること事態が皆無だったのであるが。

 「わかっています、気をつけて。」

 二人を玄関まで見送り、そのドアを閉めようとしたところで、珍しく姉が「ミツ、」と私に呼びかけた。そのときの姉の顔に、訳も分からず立ち尽くしてしまった。

 「姉さん、」

 「あんたはしっかりしてるだけだから、それが心配。」

 その言葉は、以前にも聞いたことがある。けれど、何時聞いたのかとっさに思い出せず、私は「大丈夫だ、」と返してみた。すると、姉はクスクスと笑いながら車の後部座席に姿を消した。その様子は本当に、今から子供を産もうとしている女性の姿なのだろうかと疑問が浮かぶ。以前チエの母が病院へ向かっていたときの様子と比べると、他人事の様にずいぶん飄々としている。

 車が視界から見えなくなり、家の中に入った。

 この分では、昼食と夕食は私が作らなければならないだろう。台所に入って冷蔵庫の中身を確認し、日持ちするカレーを作ることにした。私は料理が苦手ではないので、さっさと下ごしらえだけを先にすませ、そのあとまたすぐに受験勉強を始めた。受験勉強といっても、別にその学校に入るのは、成績を考慮してもそれほど難しいわけでもない。何となく、今のうちに中学の勉強をしっかり抑え、大学、高校のその先のために学ぶべきだと思ったからだ。いや、もしかしたら、勉強以外に私には興味のあるものが無かったからかもしれない。

 夕方、帰った父と夕食を共にして、私はまた部屋に戻って勉強を続けた。今日は姉のこともあるので、出来きるだけ遅くまで起きて勉強をしていようと決めていた。

 何度も見返した参考書をまた初めから解きなおして時間を潰していると、ちょうど午前一時に時計の針が刺さったところで、電話のベルが荒立てもせずに家中に鳴り響いた。

 私は階段を降り、父よりも先に電話に出た。

 「はい。」

 『あら、ヒカリなのね。たった今、生まれたばかりなんですよ!』

 母の高揚した声に、私は見えていないだろうが首を動かしながら「うん、」と頷いた。

 「それで、男の子と女の子どっちです、」

 『ヒカリが生まれたときにそっくりの男の子よ。貴方みたいに、一通り泣くとすぐに眠ってしまったわ。』

 母の声の調子からすると、姉の身体のほうにも何の問題もないようだった。私がふと顔を上げると、リビングから父がこちらを見ていることに気づき、母に言った。

 「父さんに・・・、」

 『ええ、お願いね。』

 受話器を父に渡すと、私は欠伸をかみ殺して部屋に戻った。ぷつりと緊張の糸が切れてしまったようで、急激に襲ってくる眠気に対抗する気もなく、私はベッドの上に倒れこんだ。


 その日、昔の夢を見た。

 あれは、小学六年生の夏休みで、姉がまだ家に居た頃。そうだ、あの頃に姉に「あんたの名前、ヒカリでしょう。今やってる詩人コウタロウって言うんだけど、本名はミツタロウなの。だから、あんたのあだ名はミツね。」と勝手に決められて、周りからもそう呼ばれるようになっていた。

 姉はもうすぐ高校三年になろうというのに、勉強もせず外に出かけてばかりいて、僕はそんな彼女が不思議でたまらず、『何か』を彼女に尋ねていた。今でも何を尋ねたのか思い出せないが、姉は珍しく僕の頭を撫でながら応えた。

 「私はね、誰も信じないの。あんたも父さんも母さんも親戚も、他人も動物も植物も、命あるのも無いのも、空も雲も太陽も月も宇宙も、神も悪魔も死神も愛も恋も。みーんな、信じないの。」

 その言葉が、今でも解らない。きっと、これから先も私に分かることはないだろう。

 「だけどね、」

 そう呟いた姉の顔が、とても怖く映った。嘲笑うように口を歪めて、僕の耳元で悪魔のように語りかけたのだ。

 「天使だけは、信じるの。」

 予想して居なかった言葉に、僕は目を丸くし、姉を見返した。

 「どうして、」

 姉から少し離れて尋ねると、彼女はあの怖い顔から一変し、花の咲いたような笑顔を浮かべ答えた。


 「私だけの子をくれるから。」


 窓の外を見て、小さなため息を漏らした。寒いと思っていたが、どうやら雪が降っていた所為だった。カレンダーに目をやると、今日が二月五日だと知り、私はこの日が姉の子が生まれた日なのかと格別感動することもなく受け入れていた。

 上着を羽織ってリビングに入ると、母が帰ってきており、私を見るなり「ずいぶん寝ていたのね」と責めるわけでもなく呟いた。確かに時計の針を見れば、もうすぐ十一時を指すところで、確かに寝過ぎである。

 「朝ごはんを食べたら、すぐに着替えてくださいね。ヒカリも赤ちゃん見たいでしょう。」

 「うん・・・、」

 実はそれほど早急に見たいとは思わなかった。何しろ、自分に似ていると言われているものを見に行くというのは、少し気が引ける。けれど、そんなことはけして口に出さずに、私は言われた通り朝食を食べると、いつもの服にジャケットを羽織り、迎えに来た車に乗り込んだ。

 姉とその子どもがいる産婆の家は、ここから十五分ほど離れたところにあり、私は口を開くのも億劫なので、車中窓の外をじっと眺めていた。

 今朝の夢、あれは六年生のときのことだ。どうしてあの夢を見たのか必死に思い出そうとして、外から聞こえる遮断機の下りる音に、急に私はあの日の続きを思い出していた。


 学校からの帰り道、街に行っていたらしい姉と駅でばったり会って、私は自然と姉の隣に並んで家に帰っていた。そのときに、あの会話をしていた。

 「私だけの子をくれるから。」

 そう言った姉に、私は「子どもがほしいの、」と尋ねた。

 「さあ、わからないわ。」

 姉は自分で言いながら、肩を竦めてみせた。

 子供だった私は、姉の言葉なんてすぐに頭から抜け、次の話題に流れを変えてしまった。

 「今日、僕が夕飯を作るんだよ。」

 「ふーん、」

 「姉さんも今日は食べてよ。僕ね、学校の先生に料理がとても上手ですねっていつも褒められるんだから。すっごくおいしいよ。」

 「そっか、なら食べよ。」

 それから、自慢げに手提げに入っていたテストを姉に渡した。

 「あら、ほとんど百点じゃない。がんばってるのね、」

 褒められると嬉しくて、私は照れ隠しに石を蹴っ飛ばした。だから、その時に姉がどんな顔をしていたのか、私には分からない。

 ただ、遮断機の下りる音がして、私はその場で立ち止まったのだが、それに対し姉は、遮断機の下りる中、踏切を走り切って私と向かい合った。

 「ミツ、あんたはしっかりしてるけど、それだけなんだから。こんな勉強が出来たって、どうしようも無いこともあるのよ。」

 「え、」

 褒められるはずなのに、急に説教じみた言い方に口を尖らせた。あのときの姉の顔は、馬鹿にする訳でもなく、何か、重い感情を抑えようとしているようだったので、何一つ声をかけることが出来なかった。

 「どうしようも、無いの。」

 そう言って、姉はすぐにいつもの薄い笑みを浮かべ、それっきり会話しようとしなかった。

眼の前で貨物列車が、酷い音を立てて走り過ぎた。私は何も言い返せず、遮断機の先、既に遠く離れる姉の姿を眺めるだけだった。


 そして、次の日の朝、姉がいつものように姿を消して、そのまま戻ってこなかった。

 


私は何とはなく、姉が居なくなることを感じていた。

それなのに、分からないふりをして、私は見過ごしていた。

本当に、分かっていたとして、「行くな」と言えたのだろうか。

何時だって、私は言葉を出せないまま、見送ることしか出来なかった。

だから、今度は、引き留めなければならない。


 

 車が到着すると、母よりも少し年が上くらいの老女が駆け寄ってきた。

 「大変、赤ん坊を置いて、どこかへ居なくなったの!」

 私は独り、取り残されたように納得していた。やはり、姉は行ってしまったのだと、本当はずっと前から気づいていた。

 母は取り乱し、車から駆け降りると、大きな声で姉の名前を叫んでいた。私は嫌に冷静になって、どうせもうこの辺りにはいないだろうと思い、近くの公衆電話で父の大学に連絡を入れた。警察にも一応知らせておいたが、前の時のように、どうせもう見つからないのだろうと諦めていた。

 「どうして、どうして、あの子は、」

 泣き崩れる母に、私は何も言えなかった。母を喜ばせるのも悲しませるのも、姉しかいない。私では、何もしてやることが出来ないのだと、小学生の時から分かっていた。だから、ただ母の傍に居て、同じように無意味だと分かっていながら、姉の名前を呼んだ。例え聞こえていたとしても、姉が返事をする筈も無いのに。

 警察が来た後も、二人で叫び疲れていると、父がタクシーに乗ってやってきた。本当なら、今頃講義の時間だろうに、額に汗を浮かべており、そのまま泣き崩れる母の肩を抱き寄せ慰めていた。やはり、私は誰も喜ばせることも、慰めることも出来ないのだとその時確信できた。

 

 後の事は警察にまかせ、ようやく落ち着いて赤ん坊と対面したのは、その日の夕方だった。

 周りが姉の捜索に騒いでいるというのに、ふてぶてしく寝ている赤ん坊は、何かを求めるように白い手で天を握り締めていた。


結構前の作品になるので、あまり読み返していません。

若気の至りもありますが・・・。

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