Episode 2 かいな
『キャラクター』
マリア 主人公。享楽的で妄執的な性格。
赤城誠 マリアの友人。特甲課の警部。
黒須ルーシー マリアの世話係。ポーカーがめっちゃ強い。
腕 依頼人。
それは酷く寒い2月の頭の出来事であった。
その日は雲ひとつない快晴であったにもかかわらず、冷たい冷気が街ゆく人々を凍えさせていた。
そんな雑踏の中に黒いコートを着て、赤いマフラーを口まで引き上げている男がいた。
その男はある建物の前を横切り、その入口を目指して歩いている。
刑事の赤城誠であった。
その入口の前には黒板があり、その黒板には「探偵事務所」の文字が書かれていた。
だが、別に彼は依頼を持ってきたわけではなかった。
ただ、この事務所の主の顔を見に来ただけなのである。
「きゃぁぁぁぁ!!!!」
突如金切り音のような叫び声が、その一帯に響き渡る。
それは事務所内側の壁を突き抜け、外までも響き渡った。
声は赤城の鼓膜を刺激し、緊張感を最大まで引き上げる。
懐にしまってあるレザーのホルスターから銃を出し、構えた。
急いで赤城は扉を開ける。
「どうした、ルーシー!」
見ると、女性が頭を抱えて座り込んでいる。
茶系のウェーブかかった髪が印象的な、まだ少女と言ってもいいような顔つきの女性であった。
名前は『黒須ルーシー』
この事務所の管理人であった。
赤城は何事かと、銃を構えたまま近づいた。
ルーシーは赤城に抱きつくと、事務所の隅に指を差す。
そこにはまだ取り込んでいる最中であろう、洗濯物がぶちまけられていた。
赤城はその光景に蛇でもいたのかと思ったが、それにしても怯え方が尋常ではなかった。
「うるっさいわねぇ!」
そのとき、二階から誰かの声が聞こえてきた。
カンカンと階段を下りてくる音が聞こえる。
「おう、・・・マリア。」
赤城はその人物に挨拶した。
「何が、『おう』よ全く・・・・」
美しい割れ響く歌のような声だった。
『マリア』と呼ばれた人物は、洗いざらしであろうボロボロのジーンズと白いシャツを着ていた。
顔つきは美人、いや麗人と言ったところだろう。
黒髪のロングヘアーが艶めかしく揺れる。
「朝っぱらから何やってんのよ、アンタ達は!」
そう言うと、マリアは目の前の光景をじっと見つめた。
やがて、ははぁんと言う声を出すと意地悪な目つきになり
「全く私はなんて無粋なのかしら!」
急に芝居じみた口調になった。
「ああ、ある朝彼はお偉いさん!!」
「右手は空へ、左手は海へ捨て、立派に蒼天仰げよ!」
「恋に揺れる二人の男女の仲を引き裂くなんて、なんと罪深い!」
そこまで言われると二人は、ハッと気付いたようになった。
ルーシーと赤城は抱き合っているような形になっているのだ。
「ち、違う!!これは違うんだ!」
「そうですよ!マリアさん!」
二人は耳まで赤くなる。
「まぁまぁ、お二人さんたら水臭いんだから・・・」
「それなら、しゃぁないなー。今日はお赤飯かしら!」
クックッとマリアは笑いだした。
面白くてたまらないと言った風である。
「違うんですよマリアさん!!アレ・・・アレ!!」
ルーシーが先ほどと同じように洗濯物を指差した。
白いバスタオルが床に落ちている。
「アレ?」
マリアはそのタオルを見つめた。
特に何の変哲もないように見える。
しかし、マリアは何かの違和感に気付いたようだ。
ゆっくりと近づき、タオルを足で蹴る。
「・・・?!」
その瞬間、事務所内は凍りついた。
そこには「腕」が転がっていたのだ。
それも、「人間の」だ。
「う、腕?!」
赤城が驚いたように声を上げた。
ルーシ―は再び赤城の背中にしがみつき、身を震わせていた。
茶系の髪が震える姿は、小動物のようである。
一方のマリアは、最初こそ驚いたが徐々に冷静を取り戻したようである。
ゆっくりとしゃがみこみ、その腕を見つめる。
「なるほどね。」
マリアはニヤリと笑みを浮かべた。
「成程・・・って何がだ?」
赤城が口を開いた。
するとマリアはその腕を持ち上げ、彼の前に断面部を近づけた。
赤城はビクッと身を硬直させたが、その断面を見て冷静さを取り戻した。
そこには本来あるはずの、骨や肉の繊維と言ったものが無く、代わりにぽっかりとした空洞が空いていたからだ。
奥には何らかの部品のようなものがあるが、よく見えない。
「これは・・・「義肢」か?」
マリアはゆっくりと頭を振った。
「違うわ、これは「義体」よ。」
義体とは、失った肉体の部位を機械で代替する技術である。
義肢と異なり失った肉体にほぼ遜色ない動きができるのが特徴である。
「義体だって?・・・でもこの腕にはパワーマトリックスもDエンジンも付いてないじゃないか。」
「そりゃそうよ。」
「だってこれは、魔術で作られた義体だもの。」
そう言うとマリアは、腕を自身の机に置いた。
「これは使用者の意識や念によって動くタイプの義体よ。」
「機械式の義体と違って、神経伝達率が早くコストも安く抑えられるわ。」
「この義体の欠点は使用者の意識に強く反応しすぎるところね。」
「例えば憎い相手が目の前いる前に、少しでも殺意を持ってしまったら本人の意思とは関係なしにこの「腕」が殺してしまう。」
「調整が難しいために、並みの魔術師では扱いかねる代物よ。」
マリアはそこまで言うと一息ついた。
ルーシーがお茶を持ってきてマリアに渡す。
しかし、その腕を見るとすぐに炊事場へ逃げ込んだ。
「に、しても・・・」
マリアは腕を見つめた。
「どうしたんだ?」
赤城が口を開く。
「この、腕なんだけど・・・」
「ちょっと、ここ見てちょうだい。」
そう言うとマリアは腕を持ちあげ、その内側を指差した。
そこには四角い枠で縁取られた文字が掘られていた。
「197×1119/BJ・・・?」
「なんだこりゃ?」
赤城は頭を捻った。
「多分、製造年月じゃないかしら。ほら、この義体が作られた日ってことよ。」
「なるほど。・・・ちょっと待て、と言うことはだぞ?この義体は第三次世界大戦中に作られたことにならないか?」
「ええ、そうなるわね。」
「そうなる、って・・・。その時期って義体技術なんかまだ発見されてなかったころじゃないか。」
「どう言うことかしらね。」
「どうって言われても、なんかわからないのか?」
「私に聞かれても困るわ。そもそもなんでこんな博物館級の代物があんのかもわからないし。」
そう言うとマリアは腕を机の上に置いた。
入れ替えるようにして湯呑を持ちあげ、すする。
「まぁ、でもたった一つだけわかることがあるわ。」
「この腕を作った奴は超が三つ付いてもおかしくない程の天才ってことよ。」
「・・・成程ね、しかしその時代にこんな技術があったとはなぁ。」
赤城はマリアの机に置いてある腕をまじまじと見つめている。
義体技術は戦時中にも研究されていたが、その多くは機械的な印象が強かった。
しかし戦後の技術発展と共に機械が発する威圧的なデザインは影をひそめ、いまでは本物の腕に等しいような外見の物が多い。
だからこそ、余計に不思議であった。
今でこそ当たり前のような技術が、その当時に存在していたことに。
目の前にある腕は、現代の技術でもそう作ることができない程の精巧さであった。
今にも指が蠢きそうなリアルさがある。
「魔術の世界は広くて深いからね。」
「こうした瞬間にも考えもつかない技術が生み出されていてもおかしくはないわよ。」
マリアが口を開いた。
その口調は、ある種の尊敬のようなものが混ざっていた。
「で、どうするの?」
どうする、とはこの腕の扱いであった。
「さぁ、なぁ。」
赤城は煮え切らない回答をした。
実際、なんでこんなものがあるのかもわからなかったからだ。
落し物にしては妙だし、嫌がらせをするにしては効果的とは言えない。
「魔術で何か分からないのか?」
「やってみたけど、ねぇ・・・」
マリアは髪を掻きあげる。
その目には困惑のようなものが浮かんだ。
「その子の記憶は『真っ暗』なのよ。」
「真っ暗?」
「ええ。」
「どう言うことだ?」
赤城は首を捻った。
「記憶を見ると言うことは、その対象の思い出を共有すること。」
「つまり、その子が見たものを私が見てるってことよ。」
「私が見たところ、その子は今までどこかの中にいたようなのよ。」
赤城は、その答えに疑問を浮かべている。
「どこか?・・・どこかってどこだ?」
「分からないわよ。」
マリアはきっぱりと言った。
「箱の中かもしれないし、倉庫の中かもしれない。」
「でもさ、この腕は誰かが作ったものなんだろ?」
「その時点の記憶はあるはずじゃないのか?」
マリアはその問いに笑みを浮かべた。
「いいトコ付くじゃない。」
「この際説明しておくけど、私の鑑定魔術は起動条件がいくつかあるのよ。」
「『作者の魂が籠った物』『自然物』『年代を経て自然物とほぼ同義となった物』は鑑定できる。」
「しかし、機械で作られた部品。つまり作者の魂が込められていない物は鑑定できない。」
「他にもあるけど、大きく言うとこんなところね。」
そう言うと、マリアは腕を持ちあげた。
「この腕は経年と共に鑑定が可能となった物よ。」
「天城風に言うと、『九十九神』のようなものになったとでも言うのかしら。」
「意識は無いけど、記憶を持つことができる。」
「私が見ることができるのは、記憶を持つことができるようになった時点のものだけ。」
「この子はどうやら、何かの中に入ったまま記憶を持つに至ったということ。」
「しかも、その期間はかなり長い。」
「約20年間ってとこね。」
「ちょっと待て。」
赤城は口をはさんだ。
20年と言う単語に反応したようである。
「これほどまでに精巧な義体を手放す人間なんてそうはいないはずだ。」
「なのに、その義体の主はずっと真っ暗なところにいた。」
「つまり、この腕の持ち主は・・・」
嫌な予感がした。
「なかなか察しがいいじゃない。」
マリアは頷いた。
赤城は当惑していた。
つまりは・・・・
「監禁か?!」
赤城が叫ぶ。
「分からないわ。」
「あくまで予想の域を出ない。」
「何せ『真っ暗』。」
「でも大事に仕舞いこまれたとか、無造作に倉庫にいれられたとかいった感覚ではなかった。」
「光なんて一切見えなかったわ。」
「圧迫した物に包まれた感覚だけはあったけどね。」
そこまで言うと、マリアはなんとも言えないような顔つきになった。
「圧迫?」
赤城が言った。
「ええ、圧迫。とてつもなく重たい物に上下左右から押し付けられたような感覚だったわ。」
そこまで言うと、マリアは何かに気がついた。
小さな物音がしたからだ。
カリカリ、と何かが引っかくような物音がした。
マリアは事務所内を見渡すが、特に何もない。
気のせいかと、赤城を見る。
赤城の口は半開きになっている。
締りのない顔である。
呆然と目の前に何かに気を取られているようだ。
「赤城、アンタなんと言う顔を・・・」
言いかけると、マリアもそれに気付いた。
音は自分の横から聞こえている。
それも、ほぼ真横から。
明らかに何かが動いているのだ。
マリアは机から素早く離れた。
ハンガーに掛かっているカーキのコートから、グロックを引き抜く。
その銃口を、それに向けた。
「腕だ。」
赤城が言った。
「腕ね。」
マリアもそれに応じるように答える。
何と、動いているのは『腕』であった。
人差し指を除く4本指で立っている。
残る人差し指で、机の上にあるインクに指を浸し盤面に何かを書いている。
「お前、何かしたのか?」
赤城が口を開いた。
しかし、マリアは頭を左右に振る。
マリア達の思いをよそに、腕は何かを書いている。
その机の上にはいくつかの数字の羅列が書かれていた。
やがて羅列を書き終えると腕は再び動かなくなり、そこに沈黙した。
「なんだったんだ?」
「知らないわよ。・・・なにかしら、コレ。」
そこには『199×0213』と記されていた。
マリアはその数字に頭を捻った。
思い当たる節が無いようだった。
一方の赤城も同じように頭を捻っている。
しかしその顔色は、マリアと異なり徐々に変わていった。
その数字に見覚えがあったからだ。
「これは・・・!」
「何、なんかあるの?」
「知らないのか?有名な強盗事件があった日じゃないか!」
「強盗ぅ?」
マリアはあまりテレビを見ない性格であった。
その為、酷く時世に疎いところがある。
「ああ。この日、ある工場の職員達へのボーナスを積んだ現金輸送車が奪われると言う事件が起きたんだ。」
「当初、この事件はすぐに解決すると思われていた。」
「なぜなら、現場には犯人が残した遺留品が山ほど残っていたからだ。」
「しかしその遺留品は全て、犯人を特定するための材料にならなかった。」
「当時の現場の楽観ムードと相まって、事件は難航。」
「ごく最近に時効が成立し、現金のありかも行方不明。」
「天城の犯罪史上に残る未曾有の強盗事件さ。」
「その被害総額、現代にして10億円だ。」
その言葉にマリアは
「10億ぅ?!!」
目を丸くしながら叫んだ。
「え?え?10億ってアレ、スーパーうまいんですよ棒が1億個・・・?」
「みみっちい計算だな・・・。」
赤城は呆れながら言った。
「とにかく、この日付でわかるのはこの事件が起きたぐらいだ。」
「偶然かもしれんが、偶然ではなかったら・・・」
そこまで言うと、赤城はマリアが何かをごそごそやっているのに気付いた。
机の中から紙をだし、何かを書いている。
その紙には契約書と書かれている。
「マリア、お前・・・」
「この腕がどうしてこんなところにいるかとかどうでもいいわ!!」
「・・・いえ、お腕様が依頼をお願いしたいみたいだからね!困ってるみたいだし!!」
「それに・・・」
「この事件、割と簡単に解決できるかもしれないわよ。」
「アンタ達も真相を知りたいんじゃないの?」
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夜。
酷く陰鬱な冬の寒い夜であった。
天城の冬は、体の芯まで冷えるような冷たさがある。
特に季節は2月であるため一層それを際立たせた。
大和は海に面していることもあり、ほとんど雪は降らない。
そのため山が多く海に面していない八雲や和泉に比べると幾分かマシであった。
大和よりも北の地域は毎年とてつもない量の雪が降るからだ。
だが、そんな冬でも風情があった。
澄んだ空気によどみのない星空。
それは人々の心を惹きつける冬の魅力であると言っても過言ではなかった。
金では買えない美しさとはそういうものを言うのだろう。
――――と
ザクザクという、霜を踏みしめる足音が聞こえた。
周囲は暗闇に近く、星の明かり以外では何も見えない。
実はここは山である。
それもかなりの深山であった。
入口からはかなり深く、夜に散歩はあまりにも危険な環境であった。
普通ならば、どんなに慣れた人間でもこんな夜に山を登るのはあり得い程の場所であった。
「・・・。」
ふいに、その足音が止んだ。
その人物は何かを探るように、山の中を見渡した。
夜目が効くのだろうか、その人物は何やら目印のような物を見つけると、すぐさまそれに近寄った。
そして、自分の持っている棒状の何かを地面に突き刺す。
スコップであった。
その人物はしきりにスコップで周囲の土を掘り返し始めたのだ。
ハァハァという荒い吐息が聞こえる。
数十分たったであろうか、その人物のスコップを持つ手が止まった。
次にその人物は今しがた掘った穴の中から、何か大きい物を引き出した。
それはビニールのシートにくるまれた物であった。
ビニールシートに巻いてある紐を慎重に解くと、そこからはジュラルミンのスーツケースのような物が顔を出した。
その人物が震える手でそのケースに触れようとした、その時であった。
「はーい、おつかれさん。」
闇の中に声が響いた。
と、同時にその人物は自分の顔に眩しい光が照らされるのを感じた。
声の主はマリアであった。
その手には懐中電灯が握られている。
一方の光を浴びせられた人物は何が起きたか分からないようだった。
混乱し、手を顔の前に出している。
「なるほどねぇ、アンタが銀行強盗かい。」
マリアはいたずらっ子のような笑みを浮かべている。
目の前には、一人の男がいた。
その男は、あまり背が高くなくどちらかと言うと太り気味で、頭の毛は薄かった。
何処にでもいそうな中年男性と言った風だ。
「以外ねぇ、こんな普通のおっさんが犯人だったなんて。」
マリアは口を開いた。
一方の男は懐中電灯の光に慣れてきたのか、光を遮っていた手を下ろしマリアを睨みつけた。
その顔には緊張感のような物が浮かんでおり、ひきつっている。
「け、警察か?・・・残念だったな。」
「お、俺はもう時効を迎えた。今更捕まえようったって遅いぜ。」
男はニヤリと笑みを浮かべた。
酷く醜い笑みであった。
「時効?・・・ああ、そうね。」
マリアはどうでもよさそうにいった。
そんなことに興味がないようだ。
「残念だけど、私が興味あんのはその金よ。」
そう言うとマリアは男の横にあるケースを指差した。
男は頭を横に振るう。
「残念だったな。」
「言ったろ?俺は時効を迎えた。」
「あの瞬間に俺は無罪放免。この金も俺のもんだ。」
男はケースを庇うようにして立ち上がった。
その手にはスコップを握っている。
「そう言うことだ、姉ちゃん。」
「死にたくなけりゃ帰んな。」
スコップを握る手に力が入る。
女だからと見くびっている様子ではなかった。
警察だと勘違いしているのだろうか。
一方のマリアは首を捻った。
何を考えているのだろうか。
「・・・って言ってるわ。」
「どうなのよ、赤城。」
そう呼ばれ、マリアの背後から赤城が現れた。
ビクッと男のスコップを持つ手により一層の力が入った。
怯えたような表情を浮かべている。
流石に二人では分が悪いとでも思ったのだろうか。
「ああ、確かにお前は時効を迎えた。」
赤城はゆっくりと口を開いた。
「残念ながら警察はお前を捕まえることはできない。」
そこまで言うと、男はひきつった顔から再び笑みを浮かべた。
怯えながらも完全に、警察をなめきっていた。
「・・・だがな、それは公訴の時効だけなんだよ。」
「民事の時効は違う。」
赤城の顔に笑みが浮かんだ。
一方の男は赤城の言葉に困惑した。
言っている意味がよくわからなかった。
「天城の法律はめんどくさくてな。」
「お前の罪に対しては時効が確定しているが、その金についてはそうではないんだ。」
「じつは銀行にその金を使ってるのがばれると、利息付きの返還申請がお前に下される。」
「金を得た手段が不当な物だからな。」
「要するに、利息付きでその金をそっくりそのまま返さなきゃならないんだ。」
「言ってる意味はわかるか?」
その言葉を、男は瞬時に理解した。
血の気を失い、表情の一切が消える。
「この場でその金のことを知っているのは私達3人だけさ。」
マリアが口を開いた。
その顔には笑みが浮かんでいる。
「もしアンタが今日以降、清廉潔白に生きるってんならこのことは黙っといてあげるわ。」
「この金は私たちが見つけて、落し物として見つけたことにする。」
「なに、清い体で新たな人生を踏み出したと思えばいいじゃない。」
「生まれ変わったように生きていきなさいな。」
「意外と、人生悪いもんじゃないわよ。」
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男はがっくりとうなだれながら、その場を後にした。
徐々にその背中は小さくなり、やがて見えなくなる。
それを見届けるとマリアと赤城は視線を穴の中に移した。
マリアが懐中電灯を照らすと、そこには骨のような物が散らばっていた。
義体の男の骨であった。
彼は先ほどの男に殺された後、土の中に埋められていたのだ。
「・・・にしても、だ。」
「お前、よくこの場所が分かったな。」
赤城が口を開いた。
「別に難しい事じゃなかったわ。」
マリアは穴の底を睨みながら言った。
「あの腕の記憶が終始暗闇だったのは、長いこと土の中に埋められていたのと暗闇の中を動いていたからよ。」
「あの腕はかなり昔に作られたもの。」
「そのせいかマジックサーキットが限界にきていた。」
「動いては停止を繰り返してたってわけ。」
「人間で言うならば、気絶と覚醒の繰り返しみたいなもんね。」
「そういった意味では機械も人間も変わらないわ。」
「人間が活動している間の記憶しか持てないように、機械も動いている間の記憶しか持てない。」
「そのせいか、夜の記憶だけしか無かったんだわ。」
「アンタは知らないだろうけど、魔術は夜の方が効果的に働くのよ。」
「魔術がまだ自然科学と呼ばれていた時代からそれは立証されているわ。」
「しかし、何故事務所では動いたんだ?アレは朝だったろ?」
「あれは恐らく私の鑑定魔術の際の波動を一時的にエネルギーに還元したのよ。」
「魔術も科学も理論的にはそう変わらないわ。」
「バッテリーを電気で充電するようなものね。」
「はぁ・・・・」
赤城はうまく理解できないようだった。
そう一口に言われてもなかなか理解できるようなものではないからだ。
「この場所を特定できたのはコレのおかげよ。」
そう言うとマリアは、フィルムケースのような物を取り出した。
その中には微量だが黒い、土のような物が入っていた。
「なんだこりゃ、土か?」
フィルムケースを受け取った赤城は、その中身を自らの手の上に置いた。
そのこびりついていたものは黒く、こするとポロポロとはがれおちた。
「これは血よ、この男のね。」
そう言うとマリアは穴の中の骨を見た。
「恐らく、この男はさっきの男の仲間だったんでしょうね。」
「でも、金の取り分であの男と口論になり殺された。」
「この血は殺された時、腕の中に流れ込んだのよ。」
「そのおかげでこの場所を見つける事が出来たってわけ。」
「まぁ、時間の勝負だったけどね。」
「あいつが私達より先に金を取り出してたら、私たちも手を出せなかったし。」
「腕は、何故お前のところに?」
「それは・・・わからないわ。」
「この男の執念か。」
「或いは、私が魔術師であることに反応したのか。」
「まぁ、今となっちゃどうでもいいことよ。」
そう言うとマリアは、穴の近くに転がっているケースに目をやった。
何となく物欲しそうであった。
さっきも言った通り、この中身は不正な金であった。
当然、マリアたちが貰える道理もない。
「あーあ、もったいないわね。」
マリアは不満そうな声を上げた。
「何言ってんだ。これは本来、盗まれた金だぞ。」
赤城は呆れながら答えた。
「それに民事の時効はまだあるぞ。」
「あと何年もお前、待てるのか?」
「・・・あーそれはだるいわねぇ。」
マリアは気だるそうに答えた。
「あ!!」
間を置いてマリアが声を上げた。
何かに気付いたような顔であった。
「私が落し物を届けた訳だから落とし主から1割もらえるのよね!!」
「ああ・・・そう言えば。」
「じゃあ、今回の依頼料は銀行から貰おうかしらね!」
「・・・貰えるのか?」
「貰えないの?」
「知らん。」
かいな・・・状況終了