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婚約破棄真っただ中に意識転生してしまったので、その役を全うしようと思います。

掲載日:2026/06/08

こんばんは。

『暮色 ―ぼしょく―』と申します。


「……」

「……」

 なにか話し声が聞こえる。


――うるさい、これじゃあ眠れないじゃない。明日はせっかくの休み。だから早起きして婚約破棄ものの作品を片っ端から見漁る予定なのに!


 だけど、そんな私の願い虚しく話し声は大きくなっていく。


「……して……」

「……わ!」


――もう! こんな状態ではおちおち寝ていられないわ!


 私はパッと目を開いた。もちろん苦言を呈するためだ。

 なのに……


「今ここで宣言する! 私は、エトワール公爵令嬢との婚約を破棄し、このセレーネ嬢と婚約をする!」


 ……いや、どういう状況よ。


 私の目の前には膝を付いて項垂れているブロンド髪の美しい女性。その美しい容姿を引き立たせる桃色の一目で上質だと分かるドレスを、(いと)わず床に付けていた。そうしてしまうほどの衝撃があったのだろう。


 元凶は、こんな面前で、しかもかなり金のかかったパーティーで堂々と婚約を破棄した外道な男と、そしてそんな男に肩を抱かれてしんしんと涙を流す彼女を見下ろしている、そう私。


 ……いや、どういう状況よー!!


 考えろぉ、考えろぉ、私。

 この状況はどう見ても婚約破棄真っただ中。そして、私は新たにこの男と婚約をするセレーネ嬢に転生……、否、意識転生をしてしまった、と。


 なんて最悪なタイミングで飛んできてしまったこと。

 今すぐ重くて苦しいドレスを脱ぎ捨てて、思いの丈を叫び出したいところだけど、そうは問屋が卸さない。


 周囲の皆々様はこの状況を固唾を飲んで見守っている。まるで演劇の舞台を見ている観客のようだわ。


――そうか、これを演劇と捉えればいい。いいでしょう! 不肖私、この役を全うして見せようじゃないの!


 そうなればやることは決まっているわ。

 私は隣にいる男の腕を掴み全身を震わせた。そして目を潤ませ、項垂れている彼女を恐怖の対象とする、つまり怯えた視線を向ける。最後には、極め付きのあのセリフ。


「……わ、私、エトワール様に、ずっと、ずっといじめられていたんです」


 私が縋りつくと、私の肩を抱いて慰めてくれる男。


 この男は気付いていないだろう。今あなたの腕に抱かれているセレーネ嬢が本物のセレーネ嬢ではないことを。でも、それを悟られてはいけない。この物語を私が勝手に壊すことはまかりならないのだから。


 彼女は目を瞬かせ、驚いた表情を浮かべていた。そしておもむろに自分の手のひらを見つめると、流れるようにその手のひらで顔を覆った。


「……どうしてですか……。わたくしは、セレーネ嬢をいじめてなどいません……」


 肩を震わせ、嗚咽を漏らす。

 その痛ましさが私の胸を締め付けた。


 この可憐で容姿だけでなく心までもが美しいだろう女性がいじめを行うわけがない。現実でいじめをする人の顔を見てきたが、隠そうとしてもどうしても滲み出るものだ。それがこの女性からは微塵も滲み出ていないもの。


――あー、あれだ、これ。ヒロインが濡れ衣を着せられているパターンだ。つまり私が悪女。


 でもね、私そういう悪女が大っ嫌いなの。だから婚約破棄ものの作品で悪役令嬢が「ざまぁ」される展開が大好き。世の中の作品すべてがそうであってほしいと思うほどにね。


 だって、かわいそうじゃない。理不尽でしょう。冤罪なのに愛している人と婚約を破棄され? 物によっては処刑とな。作者は鬼か!? って問いたいくらいよ。


 うん、決めたわ。私は自らでっち上げた証拠を見つけ出し、ヒロインに「ざまぁ」してもらう。目指すはヒロインが笑顔で終われるハッピーエンドよ!




 ……とは、言ったもののどうするよ。


 あの後、ヒロインのエトワールがパーティー会場から逃げ出したことでいったん幕引きとなった。


 どうやらあのパーティーは王立学院の創立を記念するパーティーだったとかで、あの場にいたのは学院に通う生徒、その保護者、来賓?であったらしい。


 そんな面前で婚約破棄とは、あの男、相当頭がいかれているわね。いや、作品の中でもたくさん見てきたけど、神視点で眺めているのと実際に現場で目にするのとでは、もうなんというか月並みな言葉だけど酷さが違ったわ。


 あの空気感、好奇の目、嘲笑etc. 婚約破棄された側はたまったもんじゃないでしょ、あんなの。


 さて、そんな状況を作り出した悪女の私だけど、これまたテンプレでね。


 聞いてよ。

 平民だけど、突然聖女の力に目覚め、晴れて王立学院に通うことを許されたセレーネ。始めは平民ということで蔑まれていた彼女だったが、誰にでも慈しむ姿に心を惹かれた王子とその側近たちによって彼女は次第に周囲からも認められるようになった。


 ほら、テンプレ中のテンプレ。

 でも、こんな都合よくいくものかしらね。まずはその聖女の力とやらを調べる必要があるわ。


 私は授業そっちのけで王立学院の図書館へと足を運んだ。

 絵や映像でしか見たことなかった立派な図書館に思わず頬が緩む。多種多様な本たち、そして図書館の特有の匂い、癒されるぅ。


 いかん、いかん。こんな浸っている場合じゃないわ。


 私はひたすら聖女に関する資料を読み漁った。途中で邪魔が入ったけれど、「エトワール様が怖くて授業に出られませんでした」とか適当に抜かして受け流した。


 そして、目的のものを見つける。

 『聖女の力、それは万物を癒す力。そして、周囲を惹きつける力なり』


 なるほど。セレーネはこの聖女の力を悪用し、王子を自分の虜にさせてエトワールとの婚約を破棄するよう促した。


 わっるい女ね、セレーネ。どんな顔か見てみたいわ。さぞ、歪んだ顔をしているだろうけど。今の私のように。


 原因がわかったところで、次はエトワールが何もしていないという証拠、つまり私がでっち上げているということの証明が必要になってくるのだけど。まあ、過去を探るのは骨が折れるわね。というか、早くに片を付けたい私にとってはそんな暇ない。


 やるべきことはひとつ。『現行犯逮捕』よ。


 そうと決まれば作戦を立てなくっちゃ! なんだか楽しいじゃない!


   ◇


 第一王子、リオールの執務室。


「……はぁ……」

「どうなされたのですか、殿下」

「いや、なんでもないさ。少し一人にさせてくれないか?」


 恭しく頭を下げた燕尾服の男性はそのまま執務室の外へ出て行く。それを見計らい俺は執務室の机に頬を付けて突っ伏した。


「……なーんで俺、王子なんかやってんだ?」


 俺は、第一王子のリオール。……否、リオールに意識転生した三十代のどこにでもいるおっさんだ。


 ……そう、それは突然だった。


 自室で寝ているはずなのに周囲はなぜだかうるさい。突然霊感にでも目覚めたのかと思ったが、俺の本能が違うと叫んでいた。ついでに早く目を開けろ、ともな。


 そして目を開けた先がまさかのパーティー会場。だが、楽しげな雰囲気は一切感じられず異様な空気を漂わせていた。殺伐とした、今まさに何かが起ころうとしている瞬間だ。


 目の前にはなぜかくずおれた女性。淡い金の髪に夕焼けの赤のような瞳の美しい女性が、幾筋も頬に涙を伝わせていた。そして俺の傍らには別の女性。白髪に青い宝石のような瞳の儚げな女性。


 その瞬間俺は悟った。


――ああ、これ婚約破棄する流れだ。


「なぜ、殿下がセレーネ嬢と?」 

「エトワール様とはどうなったの?」


 そんな周囲の声を頼りに俺は宣言をした。


「今ここで宣言する! 私は、エトワール公爵令嬢との婚約を破棄し、このセレーネ嬢と婚約をする!」


 今思うと、なぜ俺はすんなりと受け入れ剰え話を進めたのか。甚だ疑問だ。昨夜、次の日は休みだからと酒をたらふく呑んだからまだ酔いが醒めていなかったのだろうな。


 あとはその場のノリ? 俺の悪い癖が出てしまったようだ。


 その後は、いじめの告発と否定と逃亡。ベタだな、そう思わずにはいられなかった。が、問題はここからだ。俺は、果たしてどちら側に着くのが正解か問題。


 元々婚約をしていたエトワール嬢か、新しく婚約したセレーネ嬢か。ああ言った手前後者なのだろうが、よく考えてもみてくれ。


 婚約破棄ものは、かなりの高確率で罪のでっち上げでできている。ヒロインは何も悪くないのに、悪女に騙された王子がヒロインの人生を壊してしまう、断罪してしまう。


 ……いや、待て待て。迷うことあるか? テンプレ通りならセレーネこそが悪女。やがて第三者によってその企みが露になり、彼女が「ざまぁ」されるという展開の黄金サークル。


 じゃあ、俺なーんにもしなくて良くない?


 罪なきものを公衆の面前で断罪した時点で、たとえ騙されていたり、いいように使われていたりしたとしても俺も同罪。裁かれるべきである。俺が下手に動いて物語に破綻ができるくらいなら、成り行きに任せてこのままアホ王子を演じればいい。


 あとは周りが何とかしてくれるだろ。



 現行犯逮捕されるにしても、大事なのって結局()()なんだけど、ここ数日様子を見ていた感じ、あのアホ王子リオールの弟、第二王子のカイが良さそうね。


 あの一件以降周囲から疎まれているエトワールに彼だけは優しい。彼女に惚れているが兄と婚約することになったので致し方なく身を引いた、と見た。


 なら、カイ。今こそあなたの出番よ。

 布石はもう打った。あとは、あなたが私とアホ王子を断罪し、彼女を幸せにするために動くだけ。


 手始めに、魔法の授業で彼女の使う道具が壊れやすいように細工したから、誰かの仕業であると見抜いてちょうだい。


 次に、魔獣討伐の訓練で――



――魔獣討伐訓練――


 五人一組に分かれての森での訓練だ。一組で一体の魔獣を倒すというもの。危険性があまりない訓練ではあるが、第二王子のカイはエトワールの側で警戒をしていた。なにせ、直前であんなものを見てしまったものね。


 そして、魔獣討伐訓練は始まった。順調に進んでいると思われていたが、それは突然起こった。


 それぞれの組と一体の魔獣が向かい合っていたのだが、彼女エトワールが前線に出てきた途端、他の魔獣どもが一斉にエトワールに突進していったのだ。


 構えていたカイとその側近二人によってすべての魔獣が倒され大事には至らなかったが、この異常事態に先生もただ事ではないと踏んだらしい。


 カイは告げた。

「どうやら、彼女が来ていたローブに魔獣をおびき寄せる香水が振られていたようだ」


 周囲は騒めき、エトワールは座り込んで自分の震える肩を抱き締めていた。見兼ねたカイによって彼女は抱き上げられ救護室へと運ばれていき、訓練は途中で中止となった。


――順調よ。


 あの事件を多数の人間が目の当たりしたことによって、カイは動きやすくなった。堂々と事情聴取を行っている。


――そう、それでいいの。



 あの事件があってから二か月。

 本日は、第一王子リオールの十七歳の誕生日。もちろんパーティーが催される。


――さあ、舞台役者は揃った。


 私はリオールにエスコートされ会場に入った。


「あの噂は本当だったのか」

「聖女様であれば何も問題なかろう」

「ああ、お美しいわ聖女様」


 賑わっていること。


 そしてその後、第二王子カイにエスコートされてエトワールが入ってきた。


「第一王子に見捨てられたから今度は第二王子?」

「やることが悪辣ね」

「顔にも出ているじゃない」


 エトワールは今にも泣きそうな顔で俯いていた。私は、そんな彼女を今すぐにでも抱きしめに行きたい衝動を抑え、リオールの腕を強く握ることで我慢する。彼には、私が怯えて強く握っているように映るだろう。


「皆に見せたいものがある!」

 カイの宣言に、周囲の視線が集まった。


 ただ一つ意外だったのが、リオールが一切口を挟まなかったこと。「私の誕生日パーティーであるぞ!」とか喚くもんだと思っていたから少し拍子抜けね。


 カイが見せた映像には、私の取り巻きたちがエトワールにローブを手渡している瞬間が映った。


「これは、あの日魔獣討伐訓練の少し前のできごとだ」


 あの日の魔獣討伐訓練は周知の事実。人伝に噂は広まり知らない者はいないほど有名な事件となった。

 周囲は息を呑んだり、隣の者とひそひそ話し合っている。


「この二人とよく一緒に居た者がいたな。説明してもらおうか――セレーネ嬢!」


――来た!


 零れる笑みを隠すように俯く。そして、目に涙を浮かべて私は叫んだ。


「指示をしたのは私ではありません! あの子たちが勝手に――」


「言い訳は見苦しいぞ。証言はもう揃っている」


 カイの後ろから二人の女性が姿を見せた。そのうちの一人が涙を流してポツリ、ポツリと話し出す。


「……あの日、私たちはセレーネ様に一つの香水を渡されました。エトワール様のローブにかけてあげてほしい、と。最近あの子疲れ気味だから癒しの効果のある香水だから、と……」


 もう一人の女性も叫ぶ。

「あんなことになるとは知らなかったんです!! 私たちはただセレーネ様に言われたとおりにやっただけで……」


「どういうことか説明してもらおうか、セレーネ嬢」


「……どうやら、間違えてしまったようです。香水にはどうも疎くて……」


「見苦しい言い訳を。店でお前が意図的にこの香水を購入した記録もここにある」


 ――ここらが、潮時ね。


「……なにが、悪いの……。好きな人に振り向いてもらいたくて頑張ることの何が悪いのよ!!」

 私は頭を掻きむしって叫んだ。


「悪くはない。だが、人を貶め、さらに命を脅かすやり方は看過できない。あの者を捕らえろ!」


 カイの指示で近衛兵二人が私を取り押さえに来る。あまりの強さで押さえつけられ私の口からは素のうめき声が漏れた。痛い……。苦しい……。でも、これだけは、このセリフだけは言わないといけない。


「リオール様! 私を信じていただけますよね!? だからこの兵を――」


「お前がそんな奴だとは思わなかった。今この瞬間を持って、私リオールはセレーネ嬢との婚約を破棄する!」


 私は力を失ったように項垂れた。肩が震える。泣いているからじゃない、笑いを堪えることができなかったからだ。


――はい、私ざまぁ!!


 そして私はそのまま地下牢へと運ばれていった。

 まあ処刑まではいかないだろう。国外追放が良いところか。これでも一応聖女の身だから。


「待って!」

 可憐な声に呼び止められる。エトワールが私を追いかけてきたのだ。


「少し話したいことがあるの! 二人だけで話させてくれないかしら」

 息を切らしながら近衛兵に必死に訴えている。


「危険です!」

「手枷が付いているでしょう? 大丈夫です。すぐに終わりますから」


 何を言うつもりかしら。「ざまぁみろ」とでも言いに来たとか? いや、心根まで美しい彼女に限ってそれはないか。でも、一言物申さないと気が済まないってものよね。いいわ。どんな言葉でも受け取る準備は整っているもの。


 彼女は私の手枷が付いている手を下から掬い上げるように握った。そして笑う。


「……ねぇ、私うまくできていたかな? あなたの筋書き通りに演じられていた?」


「……は?」


 

ご高覧いただき感謝の至りでございます。


初めての悪役令嬢もの……と言っていいのかは怪しいところですが、楽しめたでしょうか?


良ければ、評価をお願いいたします。感想も受け付けております!

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