婚約破棄に乾杯、あなたは終わりです~私の令嬢暗殺計画と平行して弟君も謀反を起こすなんて聞いてない~
三日月の夜。
王宮の離れにある迎賓館の大広間で、今夜は晩餐会が開かれていた。
その上座には精悍な顔立ちをしたこの国の若き王が自らの威厳を鼓舞するかの様に座っている。
「クーデニア、俺の言いたいことは分かるな?」
「はい、陛下は私との婚約破棄をここで宣言されるおつもりなのですね」
私の返答を聞いて、レクス陛下は大きく頷かれた。
「うむ、流石は俺が一度は見込んだ女、話が分かるな。やはり貴様は俺の次にこの国で頭がキレる。それは誰もが認めることだろう。
だが、惜しいな。真実の愛の女神とやらがいるのなら、貴様は俺よりもそいつを恨むべきだ」
そう言うと陛下は隣に座っている令嬢と目配せをした。
私はそれを見て困惑した様に首を振り、眼に涙を浮かべ悲しげな表情する。
「恨むなど、私はそのような感情を陛下に抱いたことなどございません。何より平民の生まれである私を宰相として見出だして頂けたのはレクス陛下のおかげなのですから……その後は陛下の婚約者にまで、陛下のお戯れがなければ私はここに居なかったでしょう」
「愚問だったか、まあ俺が婚約破棄しても優秀な貴様のことだ、上手くやるだろう。隣国の王子でも捕まえるなり、事業を立ち上げて成功させるなり好きにすれば良い。俺も少なからず援助してやる気が無いでもないぞ」
「最後まで心遣いありがとうございます。もうクーデニアには返す言葉もございません」
「それと暇な時はいつでも王宮に来い。このレモネードがいつでも飲めなくなるのは、この俺にとって国の領土を失う位の大きな損失だからな」
陛下はテーブルに置かれているレモネードが入ったグラスをお手に取られた。
このレモネードは私が陛下のためだけに作ったものである。
「さて、話している内に杯も行き渡ったようだな。皆グラスを持て」
陛下はそのグラスを手に持ったまま、椅子から立ち上がられた。
隣に座っていた令嬢、会場にいる側近及び来賓客達もそれに続く。
「では、俺とクーデニアの婚約破棄に、そして真実の愛の女神に乾杯!」
ささやかな乾杯が終わり、会場にいるほとんどの皆がグラスに口をつける。
だが、私は一人乾杯もせずグラスを握ったままでいた。
別に陛下の乾杯の音戸が気に入らなかった訳ではない。
ただ単にこの酒のブランドが嫌いなだけだ。
そして異変は起こった。
まず殿下の隣に座っていた令嬢が椅子から転げ落ちたのである。
驚いた陛下は令嬢の方に駆け寄られた。
「おい、しっかりしろヘレナ!誰か手を貸せ……何!?」
陛下が呆気に取られたのも無理はない。
令嬢だけでなく陛下の側近、来賓客達まで次々とその場に倒れ始めたのだ。
ここで無事なのは陛下、酒を飲まなかった私と一部の側近と来賓客、そして警護の近衛兵達くらいである。
「これはどういうことだ?クーデニア、貴様何かしたのか!」
「滅相もございません、この状況は私にも判断しかねます」
私も正直に言えば自分の計画と違ったので、これには困惑していた。
その時、陛下と同じ上座に座っていた一人が手を上げる。
「兄上、この件は僕が仕組んだのですよ。あなたが父君を殺した時のように、事前に酒に毒を仕込ませて頂きました」
手を上げられたのはユーゴ殿下。
レクス様の弟であり、陛下とは違ってまだ幼さの残る顔立ちをされていた。
だが、今はその顔つきが険しくなられている。
「貴様の仕業か、腹違いとは言え俺のたった一人の弟だからと今まで眼をかけてあげてやっていたのに、その仕打ちがこれか!」
「それは兄上も父君に対して同じ事をしたでしょう?確かに僕達の父君の圧政は酷いものだった。だからあなたが父君を毒殺しても僕はこれまで黙認していたんです」
レクス陛下の父君の代はそれはもう酷い政治情勢だった。
政治は腐敗し、民は日々の生活にも困る有り様で国は荒れ放題だったのだ。
それを変えられたのが陛下、例え父殺しの汚名を着せられようとも彼は政治及び財政の改革を行い、汚職を行っていた貴族と商人達を追放した。
それでようやくこの国は何とか今まで存続できているのである。
「でも結局はあなたも私利私欲に捕らわれていた。自分が王になると民と約束してた減税策を取り止め、逆にここにいるような一部の側近や貴族のために新たな増税を行い民を苦しめている。これでは父君と同じ、むしろそれ以上に酷いではないですか」
「俺自身のためではない!この国のためだ。いずれ減税もするつもりだった。それをお前は短絡的な思考で、もう許さんぞ!」
「それは僕も同じだ。本当は兄上には致死性の高い毒で痛みもなく逝って貰いたかったのだけれども、やはり天は僕の手で兄殺しの汚名を自ら被れと言っているらしい」
ユーゴ様は帯同していた腰の剣を引き抜かれた。
激昂した陛下も帯びている剣を抜こうとされたが、ふと思い止まられる。
そして代わりに近衛兵達に指示を出された。
「冷静に考えてみれば、俺が手を出す必要も無い。反逆だ!兵士ども、こいつを生きてここから出すな!」
陛下に代わり、兵士達が剣を構えユーゴ様を取り囲もうとする。
しかし、ユーゴ様の前に立ち、彼を守る様に立ち塞がる兵士達もいた。
その真ん中にいるのはこの国の騎士団長である。
彼は目の前に対峙する自分の部下達に向けてこう言った。
「お前ら、新しい王はここおられるユーゴ殿下だ。それにこの国の現状を見ろ!これでもただ盲目に、この愚王に俺達は付き従うだけなのか!?」
「黙れ逆賊!こいつの首を取った奴を新しい騎士団長にしてやる。早くし……!?」
しかし、緊張が走る兵士達の均衡は呆気なく崩れた。
ゴホゴホと咳をされると、陛下が膝をつかれたのである。
「グッ……?馬鹿な、俺は酒を飲んではいないのに……!?まさか、クーデニア……お前が?」
「はい、陛下の推測される通りです。今陛下を苦しめているのは私が仕込んでおいた毒でしょう」
私の目から涙が溢れでてきていた。
何かの手違いで私の毒を陛下が飲んでおられなければ良いと思ってはいたが、それはやはりはかない願いだったのである。
私が仕込んでいたのは遅効性の毒、それが効いてしまっているのだった。
「けれども、私が殺そうとしていたのは陛下ではなく、そこの雄を悦ばせることしか脳がない俗物の方です」
私は手で涙を拭き、顎で陛下の隣に座っていた令嬢の方を示す。
私の計画では今日死ぬのはこの女だけだった。
事前に私が陛下から婚約破棄されると言う情報は入っていた。
だから私はそれを聞いてすぐに令嬢を抹殺する計画の準備に取り掛かったのだ。
しかし、ユーゴ様のクーデターに関してはまさに青天の霹靂だった。
自分の計画に夢中で、そんなクーデター計画が進んでいるとは思いもよらなかったのである。
それが分かっていれば、その計画も利用して陛下の権力を高めつつ私の目的も果たすように計画を練り直せたのに。
所詮は私も自分の感情を制御できない俗物だったのかもしれない。
「……そうか、すまん。最後に……クーデニア、君を疑った」
レクス陛下は私への謝罪の言葉を述べられると、息を引き取られたようであった。
それを確認したユーゴ殿下側の兵士達と騎士団長が勝鬨を上げる。
「よし、まずは生きている来賓の貴族の方々をここから避難させるぞ。早くしろ!お前達の騎士団長はこれからもこの俺だ!文句があるやつは俺に一騎討ちを挑んでこい」
さっきレクス様から発破をかけられていたものの、やはりどの近衛兵も自分一人だけでは騎士団長と戦う気は起こらないらしい。
次々と彼の指示に従った。
こうしてこの場には私とユーゴ様が立っているだけとなった。
「まさかあの酒好きの兄上が酒を断っていたとは……王太子だった頃は僕をよく城下町の酒場につれて行ってくれて、この国の未来や王の在り方について熱く語ってくれる程だったのに」
ユーゴ様がレクス様の亡骸を見て呟かれる。
私はそれを聞いて反論した。
「ユーゴ殿下、レクス様は別に父殺しの贖罪のために酒を断っていた訳ではございません。それに暗殺の時も、レクス様は酒に直接毒を仕込んだ訳ではございませんでした」
あの時、レクス様が毒を仕込まれたのは酒では無くグラスにだ。
だから自分も同じ方法で殺されることをおそれて、今回も事前に令嬢とグラスを交換していたのである。
だが不幸だったことに、その令嬢のグラスには私が毒を仕込んでいた。
せっかく令嬢がお酒に強くなかったので中には毒酒ではなく、私が作ったレモネードが注がれていたのに。
逆にレクス様のグラスに注がれていた毒酒を飲まされた令嬢の方は、レクス様の頼みを断れなかったのだろう。
まあ、この女に関しては私からレクス様を奪ったのだから自業自得ではある。
可愛そうなレクス様だったが、もうこの世にはいらっしゃらない。
私は気持ちの整理をつけると、ユーゴ様の眼を見て言った。
「ところでユーゴ殿下、私を側近として迎える気はありませんか?私の領地経営の知識があなた様の覇道には必要なはずです」
彼は私の提案に目を輝かせられた。
「それはこちらからお願いしたい位でした。それに……実は僕はあなたの事が以前から好きだったのです。ですが、あなたは兄上の忠実なる重鎮であり、何より婚約者だ。だから僕には高嶺の花だと思っていました。けど今は違う」
彼は私を抱き締めようと両腕をこちらに伸ばす。
私はそんな彼の両手をこちらから握り返し、それを押し留めさせた。
「フフッ、それはまずはこの国を建て直してからでも遅くありませんよ、ユーゴ陛下」
「そ、そうですね。何より状況が状況でした」
ユーゴ様は恥ずかしげに私の両手を解放される。
その時、騎士団長が戻ってきた。
「もうすぐ火の手があがります。早くここからお逃げ下さい。レクス陛下は不慮の火事の中、自ら救助活動を率先して行うも自身の脱出は叶わず非業の死をとげられる。そういう筋書きだったはずです」
「そうだな、行こうクーデニア」
ユーゴ様は頷かれると、今度は自然に手を差し出されたので私は彼の手を取り後に続いた。
入り口を過ぎた辺りで私は振り返り、うつ伏せになっているレクス様だったものの方を見る。
まだあの女のグラスと交換していなければ、自分のグラスで私のレモネードを飲んでいらっしゃれば、レクス様にも挽回のチャンスはあったかもしれない。
私があの女のグラスに毒を仕込んでおいたのは、レクス様が父君を暗殺された時と同じ状況を作ることが目的だった。
そして今一度彼には私が必要なのだと分かって欲しかったという一心だけなのに。
やはり、真実の愛の女神が考える事は人には分からないものなのだろう。
「さようならレクス様、できればあなたの隣で、一緒にこの世界を統べる夢を見たかったです」
私達が建物を出ると、火はもう建物全体を包み込んでいた。
そして私とユーゴ様及びこの国の行く末を祝福するかのように、赤く大きく燃え上がったのだった。
◇
3年後、ユーゴ様は私の助けもあり見事に国を立て直された。
表向きは「暴君の父、そして父殺しの愚王である兄に代わり、この国の黄金期を作り出した賢王」となられている。
彼を兄殺しと呼ぶような不届き者の輩はいない。
あの事件の真相を知っているのは一部のみだし、この蔑称は事実とは異なるのだから。
「兄上は言っていました。『国を、民を統べるには時には狂気すら必要である』と、僕もその考えには同意しています」
「流石は聡明と名高い陛下ですね。でも、慢心されてはダメですよ?」
私が身重になったお腹を擦りながら言うと、ユーゴ様は私に優しく微笑みを返してくださった。
レクス様の思いは今もユーゴ様の中で生き続けている。
私はそれだけで嬉しかったのだ。




