最期の悪足掻きです
「なっ……!?」
「これは……!?」
予期せぬ異常事態に光一は目を剥く。
他方、即時システムチェックを開始していたセシルは、ある事実に気付き愕然とする。
「そんな……どうして……」
「何があった!?」
現状を確認する光一に、彼女は気持ち青ざめた表情で告げる。
「……自爆装置が、何故か作動しています。起爆まで、残り55秒」
「何だって!?」
どうしてこのタイミングで? こんな時に誤作動を起こしたとでもいうのか?
二人の戸惑いなどお構いなしに、無慈悲にも刻一刻とカウントダウンは進む。
「何とか解除はできないのか!?」
「何度も強制停止を試行しましたが、こちらのコマンドを一切受け付けません」
「ええい、なんてこった!」
自棄になって、光一は拳をコンソールパネルに叩き付ける。
まさかそれが契機となったわけではないだろうが、突如正面ディスプレイに、ラストパラダイスにいるアルバートの映像が映し出された。
『――光一君。それにセシル』
「博士!」
「おい! 何がどうなってる!?」
期待、あるいは難詰という形で各々SOSを発する二人に、アルバートは淡々と用件のみ伝えてきた。
『二人とも、よくやってくれた。感謝している。そして、君たちが現在置かれている深刻な状況についても、こちらでは把握している。どうやら、敵性体が巧妙に仕組んだ論理爆弾により、君たちは未知のウイルスに汚染されている危険性がある。――本当に、残念でならない』
「え……」
「ッ!?」
『君たちは十二分にその役目を果たしてくれた。後のことは残った我々に任せ、ゆっくり休んでほしい。……なお、先に述べた理由により、これ以上ラストパラダイスに近付くことは認められない。そのまま距離を取り、運命に身を委ねるように。――以上だ』
その言葉を最後に、アルバートからの通信は途絶えた。
「……な……な……」
あまりにも一方的で救いのない通達に、光一の胸裏には沸々と怒りが込み上げていた。
両手を戦慄かせ、彼は吼える。
「冗談じゃないッ! 俺たちは奴にとって、許容損失だってのか!」
「……もしくは、最初から単なる鉄砲玉でしか、なかったのかもしれないですね」
そう覇気もなく呟いたセシルは、先程から何やら忙しなくコンソールを操作している。
業を煮やした光一は、そんな彼女に手を差し出し、脱出を促す。
「今すぐ機体を捨てて逃げよう、セシル!」
「今からでは間に合いません。どの道、爆発に巻き込まれて終わりです。それに、生身でどこへ行こうというのです」
こんな時でも冷静に状況を観察しているセシルが、今の光一には無性に腹立たしく思えてならなかった。
「だから大人しく運命を受け入れろと? ざけんじゃねえ! あいつを……葉月をあんな所に残して、俺一人くたばるわけにはいかないんだよ……!」
音が聞こえるほど奥歯を軋らせて、光一はこの世の不条理を嘆く。
「……もう、うんざりなんだよ。他人の思惑に好き勝手踊らされるのは」
取り乱して喚き散らす光一の両の頬を、セシルのたおやかな手が優しく包み込む。
「光一。時間がないので、よく聞いてください」
「……セシル?」
こんな時に何を?
困惑する光一の意思とは無関係に、差し迫った様子でセシルは話を進める。
「取り急ぎ、レイルバインのバリアフィールドをインザクアに合わせて最適化しました。障壁の位相の変化にどこまで対応できるか分かりませんが、うまくいけば、ひょっとすると、もしかするかもしれません」
「な、何を言って……」
意味が分からず、目を白黒させる光一に、セシルは微笑む。
「最期の悪足掻きです。――光一は、私が死なせません」
光一の頬から手を離した彼女は、コックピット天井にあったレバーのようなものを掴み、それを手前に向かって力強く引いた。
突然、セシルの座っている後部座席が後方にスライドし、今の今まで彼女がいた場所を隔壁が閉鎖する。
続いて起こる、かすかな振動。ガスや蒸気が「ばしゅっ」と噴出するような音が、機体を通して伝わってきた。
自爆によるものではない。
機体からバックパックを物理的に強制パージしたのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「一体、何のために……」
そこまで口にして、光一は思い出す。
セシルが敢えて伝えてくれた、何気ない、それでいて、今となっては大事な一言を。
(各機のバックパックには万が一に備え、機密保持用の自爆装置が取り付けられています)
「……あ……ああ……ッ!!」
セシルの真意に気付いた光一は、慌てて操縦桿を握り、半狂乱になって叫ぶ。
「セシルッ! 行っちゃダメだッ! 俺は、あんたにも死んでもらいたくないんだよッ!」
レイルバインをその場で後ろ向きに反転させ、慣性で離れていくバックパックに対し、縋るように機体の右手を伸ばすも――
目の前で閃光が炸裂し、激しい衝撃が機体を襲う。
「がああああッ!?」
意識が飛ぶ最後の瞬間に光一が見たのは、拉げて吹き飛ぶレイルバインの右腕部。
爆発に押し出され、制御を失ったレイルバインは、スペースデブリの如く、碧海の次元断層へと墜ちていくのだった。




