まだだ
「……たった今、件の三分を迎えました。タイムリミットです。敵防御シールドはなお効力を発揮。残念ですが、私たちの力不足です」
セシルは冷静に撤退の判断を下す。
「今すぐ戦線を離脱しましょう。四分以内であればHDCEの持続は可能。十分な余裕をもって包囲網を抜けられ――」
「――まだだ」
セシルの提案を、機体を動かしながら光一は拒む。
「四分以内にあと一基潰しゃ、残りはもうコアだけだ。――大丈夫、もう一押しでいけるさ」
「希望的観測は危険です。今回、光一のお陰でかなりのデータが集まりました。今退けば、次はもっと余力をもってオーランドの攻略に臨むことができます。これ以上欲を張る必要なんてどこにも――」
「ゲームじゃないんだ。敵が今度も同じ条件でチャレンジさせてくれるとは限らない。むしろ、今この好機を逃したら、後はないと思った方がいい」
言いながら、光一は最後の砲台に向かって、クールタイムを終えたばかりのブラスターを最大出力で放ち、これを沈黙させる。
「うし、敵バリアの消滅を目視でも確認。これよりカタパルト部から侵入を試みる」
「光一!」
珍しく語気を荒らげて食い下がるセシルに、光一は一瞬だけ彼女に目配せして自らの変わらぬ意志を伝えると、再び正面に視線を戻し、口元を引き締める。
(四分経過まで三十秒を切った。でも、俺の読みが正しけりゃ、この先は……!)
今なお新たに生み出される攻撃端末を蹴散らしつつ、光一は最寄りのカタパルト部に取り付き、そこから内部を覗き込む。ちょうど一機、中から攻撃端末が出撃しようとしていたので、これを通常出力のブラスターで撃ち落とし、代わりにレイルバインをカタパルト内に滑り込ませた。
ある程度進んだところで、後方を振り向く。
「……セシル、HDCEを解除してくれ」
「は?」
意味が分からないといった様子でぽかんとしているセシルに、光一は怒鳴る。
「早く! もう残り十秒を切ってる!」
「! りょ、了解……!」
セシルが慌ててバリアフィールドの出力を下げると、それまで焦燥感を煽りに煽っていた警告アラートがピタリと止まり、機内に静寂が舞い戻る。
寸刻後、怪訝そうにセシルが呟く。
「……攻撃が、止んでる……?」
「ああ。どうやら敵さんも、コアの内側じゃドンパチできないらしいな。――俺たちの読み勝ちだ」
実を言うと、四基目のジェネレーターを破壊し、敵防御シールドが消失した時点で、その兆しは既に表れていた。
「向こうもこちらと同じで、コアにバリアがあったからこそ、同士討ちを気にせずにレイルバインを攻撃できたんだ。攻撃端末は誤射しても無限に復活するわけだしな」
「なるほど……ということは、コアの防御シールドを解除した時点で、私たちの勝利はほぼ確定していた……?」
「ああ、多分な。あと残ってるとしたら、サイバー領域のセキュリティか、もしくはブービートラップの類いぐらいじゃないか?」
ひとまず追撃がないことを確認すると、光一はようやっと安堵の吐息を漏らし、改めて機体を中枢部に向かわせる。
「そう言や、さっきはデカい声出して悪かったな」
「いえ。本来ならあの場は、私の方が先に敵の攻勢の変化に気付くべきでした。制限時間と撤退することにばかり気を取られて、肝心の本懐を見失うなんて……これでは、サポート失格ですね」
恥じ入るように俯くセシルに、光一は首を横に振る。
「二人して同じような考え方じゃ、下手すると共倒れになる可能性だってある。それに、セシルのことだ。目標達成を優先するよりも、まずは俺の身を案じてのことだったんだろ?」
目線だけを後ろに向け、光一は軽く笑って見せる。
「セシルは今のままでいいんだ。これからも俺のサポート、引き続きよろしく頼む」
「…………はいっ!」
すぐに前を向いてしまったので、この時のセシルの表情は光一には分からなかったが、彼女の返事は、心なしいつもより弾んだ声に聞こえたような気がした。
かくして、カタパルトの開口部から100メートル程、コアの中心に向かって機体を進めた所に、目指す最終目標は存在した。
球殻の内側のような空間に浮かぶ、数メートル大の結晶体の構造物が、ゆっくりと回転しながら、淡い蒼光を発して辺りを静かに照らしている。
調べた限り、妙な仕掛けやセキュリティが施されている様子は特になかった。
結晶体の表面に、機体のマニピュレーターを撫でるように這わせながら、光一は誰にともなく呟く。
「こんな、レイルバインより一回りも小さいクリスタルが、地球全体を覆う次元断層を生み出してるってのか」
「はい。この結晶核を破壊することで、オーランドは直ちに消滅するはずです」
「……これを壊した途端、崩壊するオーランドの爆縮に巻き込まれたりとかしないよな?」
「その心配は無用です。イメージ的には、膨らんだ風船が割れる瞬間に近いかもしれません」
「それはそれで不安を誘うんだが」
ぶつくさ言いつつ、光一はレイルバインにレーザーブレードを両手持ちで構えさせる。
「何はともあれ、これが一つ目ってことで――一刀、両断ッ!」
一閃。
袈裟懸けに振り下ろしたレーザーブレードが、青く輝くクリスタルを綺麗に上下に分割する。
刹那、切り口が目映い光を放ち始め、視界を一気に白で埋め尽くす。
音もなく、次第に色を取り戻していく世界。
いつしかレイルバインは、地球を見下ろせる位置の宇宙空間に、ぽつんと一機、放り出されていた。
さっきまで傍にあったはずのオーランド・コアや無数の攻撃端末については、今や影も形もない。残骸の一つも痕跡を見つけることはできなかった。
そこから見た地球は、緑と橙の二色を交互に鎧っており、以前のように青色が表層に浮かんでくることは、ただの一度としてないようだった。
まだちかちかする目を何度か瞬かせながら、光一は呻く。
「……ここは?」
「カーマン・ラインより数キロメートル程高い高度にある熱圏です。三つの次元断層は、いずれもカーマン・ライン付近に重なるようにして展開されています。オーランドが消失したことで、その外側の座標に転移、あるいは弾き出されたみたいですね」
「……よく分からんが、過程はなんであれ、無事、作戦を完了して通常空間に戻ってこれた、ってことでいいんだよな?」
疲れたようにそう言って、何とはなしに光一が振り返ると、
「はい。地球解放計画の第一フェーズ、ミッションコンプリートです。お疲れ様でした」
そこには、初めて見る、セシルの笑顔があった。
その柔らかな微笑は、これまでに目にしたことのあるどんな温顔よりも――それこそ、彼が誰よりも信を置く双子の姉のそれに勝るとも劣らない――優しい慈愛に満ちていて。
「…………」
しばらくの間、光一が彼女の顔に見惚れていると、それを怪訝に思ったセシルは、いつもの無表情に戻って小首を傾げる。
「光一? どうしました?」
「……いや、セシルって笑えるんだな、って」
気恥ずかしさを誤魔化すように、光一は視線を前に戻す。
一方、言われた当の本人は自覚がなかったようで、
「……私、笑ってましたか?」
そう言って、口の端を人差し指で上げたり下げたりする謎の挙動を何度か繰り返していた。
「そんなことより、ラストパラダイスに作戦終了報告とかしなくていいのか?」
「……そう言えばそうでした」
セシルは昨日と全く同じ台詞を口にして、やはり同じように自分の頭をこつんと叩く。最早疑う余地もなく、彼女はうっかりさんだと光一は思った。
続けてセシルは、自らを戒めるように、こめかみの辺りを拳でぐりぐりし出す。
「通常空間に復帰した時点で交信の可否を確かめるべきだったのですが……作戦の成功に浮かれているのでしょうか? よくない傾向です」
「レプリノイドにもそういうことってあるんだな。まあ、今ぐらい別に構わないんじゃない?」
「駄目です。そうやって私を甘やかさないでください」
「そんなつもりは毛頭ないけど」
生真面目なセシルに苦笑すると、光一はたまたま目に入ったデジタル時計を注視する。
(……本当に、中と外じゃ時間の流れが違うんだな)
セシルから聞いた話によると、次元断層内の時間の経過速度は通常空間と異なるそうで、外界との位相と同じように、一定ではなく不規則に変動するものらしい。
今回で言えば、光一たちの総作戦遂行時間は正味15分程度だったが、それはオーランド内で活動していた彼ら二人にとっての実時間であり、通常空間では既に数時間が経過しているようだった。
これには逆のパターンもあり、内側では数時間だが、外では数分、というケースも有り得るという。
この両者の時間のずれは、いつまでもずっと食い違ったままというわけではなく、大体一年周期で整合が取れるようになっているそうだが、その具体的な原理や仕組みは今も定かではないとのことだった。
(言ってみりゃ、次元断層自体が謎テクノロジーそのものだしな)
こんな訳の分からないもので地球を覆っておいて、例の敵性体とやらは、一体どこへ行ってしまったというのだろうか。
そんな益体もないことを光一が考えていると、不意にセシルが不可解そうな声を漏らすのが聞こえた。
「……おかしいですね。ラストパラダイスと通信が繋がりません」
「機体の不具合か? 戻って直に報告した方が早いかもな」
そうですね、とセシルが口にしようとした矢先。
何の前触れもなく、聞き覚えのある耳障りな警告アラートが再び鳴り始めた。




