うんざりだぜ
言われるがまま光一がアルバートの隣に立つと、次に彼は窓の外を指し示す。
敢えて示されずとも、彼が何を見せたいのか、すぐに分かった。
「……これが、地球だってのか」
記憶の中のそれと、実際に目の当たりにしたそれとの落差に、人知れず息を呑む。
真っ暗闇の宇宙が無限に広がる中、否応なしにその存在を主張する巨大な惑星。
宇宙から見たそれには、陸地や海が一切確認できなかった。球体全体が不透明な皮膜のようなものに覆われており、かつ、その皮膜は不定期に見た目の色を変えている。
青、緑、オレンジのいずれかに、ゆっくり明滅しているとでも言うべきか。
言葉を失くしている光一に構うことなく、アルバートは説明を継続する。
「件の敵性体は、支配した惑星を何らかの資源として捉えているらしく、その保全、あるいは改造を目的として、あのように地球を三層の次元断層で覆い、これを封印した。色が変わっているように見えるのは、各次元断層の性質がそれぞれ異なり、また、外界との位相が常時変動しているためだ」
アルバートは変わり果てた地球から光一に視線を移す。
「地球を封印した後、敵性体は再び外宇宙へと旅立っていった。鬼の居ぬ間に次元断層を解除し、地球を取り戻す……それが、私たちレプリノイドに課せられた役目であり、当座の行動指針となっているわけだが――ここまでで、何か質問は?」
「……頭が痛ぇ」
正直まだ状況が飲み込めず、光一が頭を抱えていると、その顔を心配そうにセシルが覗き込んできた。
「頭痛ですか? コールドスリープ解凍直後で、まだ本調子ではないのかもしれません。念のため、今すぐメディカルシステムで検査しましょう」
「いや、文字通りの意味じゃないから気にしなくていい。つか、ありがとな」
あまりに素直なセシルの反応に苦笑しつつ、やんわり彼女を押しのけると、光一は待たせていたアルバートに返答する。
「……とりあえず、今に至る経緯は把握した。――でだ。ここに来て、俺だけ目覚めさせた理由はなんだ? 察するに、ここにいるレプリノイドだけでは立ち行かない問題に直面した、ってことなんだろ?」
「理解が早くて助かる。何だかんだと言いつつ聡明な人物のようだな、君は」
「下らん世辞はいい。で?」
急かす光一に肩をすくめると、アルバートは質疑応答を打ち切って話を再開する。
「次元断層を解くためには、障壁内部に侵入し、力場を発生させている核を破壊する必要があることが、これまでの調査で判明している。一応、特定の条件を満たせば、核を破壊せずとも各層に対し物理的にアクセスは可能。三層間を行き来することも出来るが、最奥にある目的地へは現状未到達。おそらく、三つの次元断層全てを解除しない限り、そこへは辿り着けない仕掛けだと思われる」
そこでアルバートが、やおら中空に手をかざすと、何もない空間に音もなくホログラムのタッチパネルが投影された。彼はそれを事もなく操作し、程なく一枚の大きなホログラムディスプレイを表示させる。
そこには、三体の人型ロボットのようなものが、3Dで映し出されていた。
それぞれ青、緑、オレンジと、まるで宇宙から見た次元断層の色に合わせた機体カラーをしている。
全体的な機体フォルムは仕様に応じてバラバラだったが、いずれもバイクのフルフェイスヘルメットに兜の吹き返しを付けたような頭部形状が特徴的だった。
「私たちレプリノイドは長い年月をかけ、各次元断層内で活動可能な三機の戦闘機装――通称ヒューマノイド・ストラクチャの開発に成功した。この三機には、各次元断層に合わせて最適化されたバリアフィールドが搭載されており、これを展開することで障壁の突破を可能としている。副次的機能として、単機での大気圏突入・離脱能力も備わっているが――」
「なるほど、読めたぞ」
得心した様子で光一が口を挟む。
「要は、そのHSとやらを動かせるのが俺だけ、とか、そういう話なわけだ?」
「その解答だと当たらずも遠からず、といったところだな」
話の腰を折られたことで特に気分を害した様子もなく、アルバートの解説は続く。
「HSがその性能を最大限に発揮するためには、搭乗者の生体エネルギーが必要不可欠。生体エネルギー無しでも、単純に機体を動かす程度なら予備動力で問題ないが、バリアフィールドの高密度圧縮展開や戦闘機動は到底無理だ。そして、自動人形である私たちレプリノイドに、生体エネルギーは存在しない」
ホログラムディスプレイを閉じつつ、アルバートは光一に目を向ける。
「生体エネルギーは若い程豊富。故に、コールドスリープ中の人類の中から若くて適性のある個体を選定した結果、第一候補者として君に白羽の矢が立った、といった表現の方が適切かもしれないな」
「……さいでっか」
暗に消去法の結果に過ぎないと言われ、幾分不貞腐れたように光一は短く言葉を吐き捨てた。
そんな彼の微妙な心中を慮ったわけではないだろうが、アルバートが補足する。
「まあ、候補者の中では一番優秀、という点においては、あながち的外れなわけでもない。十分自信を持ちたまえ。さて、ここからが本題だが――」
「断る」
アルバートが何かを告げる前に、光一はきっぱりと拒絶の意を示した。
これにはアルバートも少々面食らった様子で、
「……まだ何も話していないが?」
「どうせ、HSに乗って次元断層の解除に向かえ、とか、そんな感じの用件なんだろ? だったら答えはノーだ。俺には関係ない。この件からは早々に手を引かせてもらう」
「ちょっと、あんたねぇ……!」
取り付く島もない光一の態度に、後ろに控えていたショートの少女が噛み付く。
これをアルバートは片手で制すと、
「訳を聞いても?」
「……これまで、育った環境や周囲の人間にとんと恵まれなくてね。やれ地球を取り戻すためだ、人類を救うためだと言われたところで、何で自分が、って気にしかならないんだよ」
(それに、あいつのいない世界で踏ん張る理由も特にないしな)
物思いに耽つつ、光一はぞんざいに手をぴらぴらと振って見せる。
「候補者はまだ他にもいるんだろ? 悪いがそっちを当たってくれ」
「ふむ、そうか。やる気のない者に無理強いをしたところで、非効率な結果しか返ってこないだろうしな。別に構わんよ」
存外あっさりと承諾され、光一は拍子抜けする。
「いいのか?」
「今言った通りだよ。他意はない。ただし、余計な人間を遊ばせておく余裕がないのも確かだ。君には再度コールドスリープに戻ってもらうことになるが、それでも構わないかね?」
「それぐらい、お安い御用さ」
二つ返事で了承した光一は、肩の荷が下りたとばかりにうんと伸びをする。
と、そこで思い付いたように、
「ちなみに、次の候補者ってのはどんなヤツなんだ? 俺の代わりに面倒事を押し付けるんだ、出来れば相手の顔くらい拝んでおきたい」
「いいだろう」
光一の希望は、またもすんなりと受け入れられた。
アルバートがツーサイドアップの少女に指示を出す。
「レイチェル、第二候補者のコフィンを順次アクティベート。ついでに対象の顔を彼に見せてやれ」
「は、はいっ!」
レイチェルと呼ばれた少女が、わたわたとホログラムをそこかしこにポップアップさせて作業を開始する。
その過程で、彼女は一つの画像を表示させると、そのホログラムを光一の眼前にすっと移動させた。
「ど、どうぞ……」
「どーも」
軽い気持ちでその画像に目を通した光一は、
「――ちょっと待ったッ!!」
次の瞬間、血相を変えて制止の声を張り上げていた。
ぎょっとした様子で彼を見る三人娘。
一方アルバートも、流石に今回ばかりは不快感を露わにして光一を睥睨していた。
「……君は情緒不安定なのか? 今度は何かね?」
「HSでも何でも乗ってやる。だから、こいつを起こすのは今すぐやめてくれ」
これまでのひねくれた態度は鳴りを潜め、至って真摯な眼差しで、光一はアルバートに懇願した。
光一の急な心変わりに異を挟むことなく、アルバートはこれを認めるようだった。
「それは結構。では、今後の段取りについては、そこにいるセシルから随時レクチャーを受けてほしい。以後、彼女が君の専属パートナーとなる」
「改めてよろしくお願いします、解放者様」
いつの間にか傍に控えていたセシルを一瞥し、光一は盛大にため息を吐きながら、くしゃくしゃと頭を掻いた。
「……その解放者様って呼び方やめてくれ。俺の名前は光一。東野光一だ」
「了解です、光一様」
「様もいらない。呼び捨てでいい」
「了解です、光一」
どこか無機質なセシルの反応に気を悪くしたわけではないが、今の光一に形振り構っていられる心のゆとりなど微塵もなかった。
ぶっきら棒に、毒づく。
「……うんざりだぜ」




