お目覚めください、解放者様
「お目覚めください、解放者様」
「…………解放者だぁ?」
日常生活では耳慣れないその単語に、東野光一は思わず胡乱な声を上げながら、閉じていた己の瞼をおもむろに開いた。
「……どこだ、ここ?」
見覚えのない場所だった。全体的に薄暗く、天井や壁までの距離感が今一掴めない。床が仄かに青白く発光しており、それが光源となっているようだった。
その光る床の上に設置された、棺のような形状のカプセルの中に、彼は横たわっていた。
気怠い身体を起こしつつ、光一は傍らに立つ少女に率直な疑問を投げかける。
「……あんた、誰?」
「おはようございます、解放者様」
おそらく光一と同年代と思しきポニーテールの少女は、恭しく一礼した後、
「私はセシル・ファルシオン。あなた方解放者様のサポートを務めるレプリノイド、ファルシオン三姉妹の長姉モデルです。以後お見知り置きを」
「は? 何だって?」
彼女の言っていることの意味を理解しかね、反射的に光一は素っ頓狂な声を上げる。
これに対しセシルは、顔色一つ変えることなく、律儀に同じ説明を復唱し出す。
「私はセシル・ファルシオン。あなた方解放者様のサポートを務める――」
「あ、いや、聞き取れなかったって意味じゃないから繰り返さなくていい。……それよりも、レプリノイド? そもそも、解放者って、一体何の話?」
「順を追って説明します。まず、レプリノイドとは――」
「あー、姉様姉様?」
不意に、少し離れたところから別の声が聞こえ、光一はそちらに注意を向ける。
見ると、この空間の出入り口らしき開口部から、二人の少女が顔だけ覗かせてこちらを見ていた。片やショートカット、もう片方はツーサイドアップの髪型をしている。
二人とも、目鼻立ちはセシルにとてもよく似ているが、ぱっと見の第一印象はそれぞれ全く別の感想を抱いた。ショートの方は、目力が強く快活なイメージ。対してもう一方は、目付きがおどおどしており、あたかも小動物を思わせる。
一拍遅れてセシルがそちらを振り向くと、ショートの少女は呆れたように嘆息しながら、
「目を覚ましたらすぐに連れて来いって博士言ってなかったっけ?」
「……そう言えばそうでした」
セシルは自分の頭を拳骨でこつんと叩く仕草をすると、次にその手を光一に差し伸べる。
「これから博士の元へご案内します。詳しくはそこで確認するのがよろしいかと」
※
セシル他二名の少女に連れられ、艦内通路のような所を抜けた先に辿り着いたのは、広々とした展望室のような場所だった。
「夜? いや、違う。これは……」
窓の外に広がる、吸い込まれるような漆黒の光景に光一が違和感を覚えていると、
「その通り。外に広がっているのは夜景などではない」
肯定と否定の両方を含んだ言葉と共に、一人の壮年男性が部屋の奥からこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
ダンディな口髭を蓄えたその男は、光一のいる所までやってくると、握手を求めるように右手をすっと前に差し出す。
「初めまして、解放者の少年。私はアルバート・ファルシオン。人類最後の砦であるこの施設、人工天体ラストパラダイスの管理者にして、地球解放計画を統括している主幹レプリノイドだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
一方的に突拍子もない話を捲し立てられ、光一は狼狽する。
「相変わらず全く話が見えない。もしかしてドッキリか何かか? そうでないなら、もう少し分かるように説明してくれ」
「ふむ」
アルバートと名乗った男は引っ込めた右手を口元に当てる。
「端的な知識は既に脳内へ転写済みのはずだが……やはり経験としての実感が伴わないと、すぐに情報を引き出し活用することは困難か……」
何やら一人ぶつぶつと反芻した後、アルバートは光一の背後に控えていたセシルを見遣る。
「セシル。今から私が話す内容を映像記録として残しておいてくれ。以降の解放者にはそれを見てもらう」
「了解しました」
改めて、アルバートは光一の目を直視する。
「……今から何年も前のことだ。君たちの母星たる地球は、ある日突然、謎の敵性体の侵略を受け、奴らに奪われた」
「謎の敵性体……」
「そう。そして、辛くも地球を脱出し、わずかに生き残った人類は、当時オリジナルのアルバート・ファルシオン博士が衛星軌道上に建造中だった、この人工天体へと落ち延びた」
「オリジナル? あんたは違うのか?」
光一の問いに、アルバートは首肯する。
「先程自己紹介した通り、私はレプリノイド――本物の博士を模して造られた自動人形だ。オリジナルのアルバート博士は、他の生き残りと共に、ここにある人工冬眠施設で長きに亘るコールドスリープに入っている。ついさっきまで、君もその中の一人だった」
「…………」
無言のまま、目顔で次を促す光一に、アルバートは続ける。
「話を戻そう。かくして、故郷に帰る日を夢見て眠りに就く人類に代わり、地球奪還の使命は私たちレプ
リノイドに託されたわけだが――」
そこで言葉を切って、アルバートはさっきまで彼がいた部屋の奥、展望室の窓際まで歩いて戻ると、
「まずは、これを見てほしい」
そう言って、光一を手招きした。




