約束を果たせそうにないや
「打ち抜く!」
乾坤一擲の槍撃が結晶体に向かって放たれ、鋭い切っ先がクリスタルの表面に突き刺さる、その刹那。
ガキン!
結晶体の向こう側から忽然と伸びてきた二本の帯状の金属が、片やハープーンの刺突を未然に防ぎ、片や銛の柄に絡み付くや否や、ギルクラスターからそれを奪い去っていく。
「…………え?」
得物を失いたたらを踏んだギルクラスターは、咄嗟の出来事に茫然自失の体を晒すも、瞬時に体勢の立て直しを図るべく行動を切り替える。
台座の脇を疾走して通り抜け、これまで死角となっていた結晶体の裏側に潜む相手と距離を置きつつ対峙する。
「……黒い、HS?」
そこにレイルバインの姿はなく、代わりに身を潜めていたのは、人型機動兵器と思しき漆黒の異形だった。
黒を基調とした機体色。
笑っているような三日月状の白い双眸や、上向きにとんがったつま先、二股に分かれた頭部など、そこはかとなく道化師を想起させる独特な意匠。
先刻こちらの行動を阻害した二本の金属帯は、件の機体の両肩から伸ばされたもののようだった。見る限り、攻防を兼ねた伸縮自在のショルダーアーマー的な武装らしい。ハープーンの一撃を防いだ左肩の帯は、既に金色のショルダーアーマーの形状に戻っており、もう片方の右肩の帯は、今も蛇のようにくねくねとうねりながら、ギルクラスターから取り上げたハープーンを弄んでいる。
黒道化――便宜的に正体不明機を今からそう呼称――は、奪った高周波ハープーンをやおら頭上に掲げると、これ見よがしに柄をへし折った後、その辺にぽいと打ち捨てる。
「こいつ……」
黒道化のいやらしい振る舞いに葉月が苛立ちを募らせていると、それまで言葉少なだったシーラが、押し殺したような低い声で、どこか自分自身にも言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「……よく聞いて、葉月」
「?」
一拍置いて、彼女は告げる。
「……レイルバインの反応は、あの機体から出てる」
「ッ!?」
身を固くする葉月に、シーラは続けて所見を述べる。
「鹵獲、されたんだと思う。多分、インザクアに墜ちた、その後に。そして、奴らは改修したあの機体を早々に実戦投入し、あたしらへのカウンターとしてぶつけてきた。そうとしか考えられない」
「……じゃあ、あの機体に乗っているのは……」
一縷の望みを砕かれた葉月に、シーラは言葉を選びつつも、厳しい現実を突き付ける。
「確かに、あの機体にも生体反応はある。……けど、あいつは、次の候補者があんただってことを知ってる。なのに、今この場で向こうから接触を図ってこないってことは……」
「…………」
分かっていた。
分かり、切っていた。
可能性は、限りなくゼロに等しいことを。
でも。
それでも。
あの子がまだ、生きているんじゃないかと。
そう思うに足る程度の、一抹の光明だったのだ。
それすら。
たった、それだけの希望すら、奴らは嘲笑うかのように、容赦なく土足で踏みにじった――
「……ふふ……ふはははは」
急に哄笑し出した葉月に、シーラは戦慄する。
「は、葉月……?」
「分かったよ、シーラ」
首を反らすようにして後ろを向きながら、葉月は怨嗟の声をぶちまける。
「この結果をまざまざと見せつけるために、奴らは警備の手を緩めたんだ。おちょくってんだよ、わたしたちを。あんなピエロみたいな機体まで持ち出してさぁ……!」
「葉月、落ち着いて」
「無理。殺す」
言葉よりも先に黒道化にとびかかる葉月。
猪突猛進なギルクラスターのタックルを、黒道化は軽やかな跳躍でひらりとかわす。
「無茶よ、葉月! ギルクラスターはインザクア攻略に特化した水中戦用機。陸上での対HS戦なんて想定してない!」
「じゃあどうしろっての? どの道あいつをどうにかしなきゃ結晶核は破壊できないし撤退もままならない。腹を括るしかないでしょ」
キレながらも的確に状況を捉えている葉月に、シーラもやむなく覚悟を決める。
「……分かった。今からHDCEを開放するわ。残りの制限時間三分弱で、どうにか奴を押さえ込むわよ。それしか、あたしたちが生き残る方法はない」
「上等」
ギルクラスターを取り巻くバリアフィールドの強度が向上し、光学濃度が次第に増していく中、葉月は黒道化に再アタックを仕掛ける。
一直線に向かってくるギルクラスターに対し、黒道化はステップを踏みながら両の手の平に電撃球を生成、時間差でそれを投擲してきた。
放たれた二球は、共にギルクラスターの緑の光壁に直撃するも、有効打を与えることなく霧散する。
「効かないんだよッ!」
反撃する形で、葉月は機体の両掌底部から電磁ネットを打ち出す。
射出された投網は、それぞれ黒道化の両腕を巻き込んで上半身と下半身にまとわりつき、見事相手の拘束に成功したかに思われた。
だが。
数瞬、黒道化の周囲に金色の暴風が吹き荒れ、電磁ネットをズタズタに切り裂く。
伸長したショルダーアーマーを器用に乱舞させてこちらの束縛から逃れたのだと、葉月は即時に理解する。
しかし。
「その程度の動きは織り込み済み!」
捕縛した一時の合間に相手との距離を詰めたギルクラスターは、エネルギー防壁ごと機体を黒道化にぶつけ、そのまま地面に押し倒す。
光球の下、黒道化は大の字になって潰れ、ひび割れていく陸地との狭間でミシミシと軋みを上げる。
「拉げろッ!」
「葉月、ナイス! このまま制限時間ギリギリまで何とか押し切るわよ!」
葉月たちが勝利を確信しかけたのも束の間、黒道化の両腕に異変の兆候が見られた。
手の甲から突如出現する鉤爪状の三本の刃。
やがて紫電を帯び始めた両の爪を突き立てるようにして、黒道化は自らを押し潰しているバリアフィールドの球面を掻き抱く。
「「なッ!?」」
HDCE中にもかかわらず、紙切れのように引き裂かれるバリアフィールド。
防壁を突破した電撃爪は、そのままギルクラスターの胴を左腕ごと薙ぎ、機体を上下に分断した。
バリアフィールドと下半身を失ったギルクラスターの上半身は、横たわる黒道化の脇に崩れるように落下する――
※
「きゃああああッ!?」
攻撃の被害はコックピットにも及び、飛び散る火花と襲い掛かる衝撃に葉月が悲鳴を上げる。
「葉月!? 大丈夫、葉月!?」
シーラが懸命に呼びかけるも、葉月からの反応はない。気絶したのかもしれない。
「くっ! ……こっちの高密度圧縮バリアを中和した? アンチバリアフィールドだとでもいうの……!?」
敵の対応の早さと高い技術力にシーラも驚愕を隠せずにいた。
(こんな連中を相手に、あたしたちは本当に地球を取り戻せるの? ――いえ、今はそれよりも……!)
全武装と機動力を失った上、メインパイロットの葉月も負傷した。
このままでは――
「……もう、残された道は、自爆しか……」
「――いいわ、やって」
最後の決断に踏み切れずにいるシーラに、左目から流血した葉月が、弱々しい声で背中を押す。
「ここまで、来て、無駄死に、なんて……真っ平ご免、よ。どうせ、死ぬ、運命、なら……結晶核諸共、あいつを、吹っ飛ばして……奴らに、一矢、報いた、上で、華々しく、死んで、やる」
「……ほんと、あんたってば、こんな時まで潔いっていうか、男前なんだから」
頼もしい相棒の言葉に、迷いが生じていたシーラの気持ちもようやく踏ん切りがつく。
「……OK。やりましょう、葉月」
「そうと、決まれば、善は急げ、よ……」
力無くそう言い残すと、葉月は完全に気を失ってしまった。
後を託されたシーラは、ラストパラダイスに残してきたレイチェルに一瞬だけ思いを馳せる。
(……ごめん、レイチェル。お姉ちゃん、約束を果たせそうにないや)
ここにはいない妹に胸中で詫びると、シーラはバックパックに搭載された自爆装置の起動コマンドを実行した。




