機体反応
「……壁?」
数10から数100メートル程先の前方に、突としてぼんやり浮かび上がってきた巨大な影を視認し、葉月がぽつりと呟く。
ソナーや各種センサーで解析を行っていたシーラが、うへえと嫌そうな顔をして呻く。
「一辺一キロメートル四方の立方体型メガストラクチャー……どうやらこいつが、噂のインザクア・コアってヤツみたいね」
「まさか、このデカブツを破壊しろっての?」
冗談でしょ、とでも言いたげな表情で振り返った葉月に、シーラは瞑目して小さく首を横に振る。
「インザクアに働く理から類推するに、力押しって線は限りなく低いわ。この広大な六面のどこかに、核へと至る経路の侵入口があるんだと思うけど、それを見つけ出すのが大変なのか、見つけた先に難題が控えているのか……」
「なるほど……焦れったいというかなんというか、ほんとインザクアってわたしたち向きじゃないよね」
「激しく同意」
二人はくすりと笑い合うと、早速対コアに向けた行動を開始する。
「とりあえず、どこか怪しいところはないか、各面を順に探ってみる」
「了解。索敵哨戒はこっちに任せて。HDCEはまだ温存しとくから、引き続き被弾や衝突には細心の注意を払うようにね」
「おけ」
言いながらコアの壁面調査に着手する葉月。
沈むでも浮かぶでもなく、一定の深度を保って漂流する巨大構造物の周回を、ギルクラスターで念入りにチェックして回る。
(六面のどこにも、それらしき開口部は存在しない。水中ドローンで定点監視もしてみたけど、定期的にどこかしら口が開く様子も特に見られないし……)
光学迷彩か何かで入口そのものが隠されているのか、それとも何らかの仕掛けの解除が必要なのか。
壁面を前に葉月が思案を巡らせていると、出し抜けにシーラが警鐘を鳴らす。
「葉月、後ろ! カジキタイプの生物兵器が一体、ミサイルみたいにこっちに突っ込んでくる!」
「ッ!」
言われて葉月は反射的に機体を水平方向にスライドさせ緊急回避。
直後、寸刻前までギルクラスターの背中があった辺りを、カジキタイプの吻が高速で突き抜けていく。
あわやそのままインザクア・コアに正面衝突すると思われたカジキタイプであったが――
にゅぽん
「「は?」」
葉月とシーラの吃驚する声が異口同音にハモる。
というのも、カジキタイプはコアの壁面に激突することなく、水面に吸い込まれるかのように、音もなく壁の内側へと呑み込まれてしまったのだから。
二人はカジキタイプが掻き消えた壁の辺りを暫し呆然と凝視する。
「……普通に触れたり銛で突いたぐらいじゃびくともしなかったのに」
「もしかすると、一定以上の速度なり衝撃力を与えることで、内部への侵入が可能となる仕組みなのかもね。試しにトーピード一本いっとく?」
どこぞの栄養ドリンクCMみたいな軽いノリで提案してきたシーラの勧めに従い、葉月は万能魚雷を射出する。
魚雷はコア壁面に着弾して爆発。これと言って期待した成果は得られずに終わった。
「……ダメみたい」
「んー、さっきのカジキタイプと何が違うんだろ? 弾速が足りない? もしくは鋭さ?」
シーラが頭を抱える傍ら、葉月はある妙案を思い付く。
「……シーラ。HDCE、発動よろしく」
「へ? なにゆえ……って、ああ! そういうことね!」
葉月の意図を汲んでくれたシーラが、言うが早いか即行動に移す。
「バリアフィールド高密度圧縮、全面展開ッ!」
ギルクラスターの周囲に張り巡らされたエネルギー防壁の厚みが増し、翠緑の光弾となった機体を葉月は巧みに駆る。
一旦インザクア・コアから距離を取り、Uターンするように引き返しながら、機体を一気に加速させていく。
「突っ込むよ! 衝撃に備えて!」
「らじゃ!」
高周波ハープーンを突き出すように構え、ギルクラスターは全速力でコア壁面に突撃をかます。
身構えた二人に、想像していたような強い反動が襲い来ることはなく。
気付けば葉月たちの乗るギルクラスターは、見知らぬ屋内空間の只中に放り込まれていた。
下半分がプールのような貯水池、上半分ががらんどうのドーム状空間となったその場所で、勢い余った機体は激しい水柱を上げ、広々とした人工の水溜まりに着水する。
「……ここは?」
かすかにふらつく頭を軽く振りながら現状確認を行う葉月に、彼女より一足早く再起したシーラが、HDCEを解除しつつ見解を述べる。
「お手柄よ、葉月。見た感じ、コア内部への侵入に成功したみたい、あたしたち」
「そっか。ヒントをくれたカジキ様様だね」
ほっと一息吐くと、葉月は遠くに見える陸地――今いる空間の中心部で淡い碧光を発している結晶体、それを頂く台座へと目を向ける。
「……あのクリスタルみたいなのが、インザクアを構成する核ってヤツね」
あれを破壊すれば、インザクアは消失し、地球解放計画の第二フェーズは完了する。
あともう一踏ん張りと、葉月が己を鼓舞しようとした矢先、突然シーラが頓狂な声を上げた。
「えっ!? 嘘……!?」
「今度は何?」
ややローテンション気味に葉月が尋ねると、シーラは震える指で結晶体の方を差しながら、
「……あれの近くに、レイルバインの機体反応が……」
「な……」
思わぬ不意打ちに葉月は絶句する。
今すぐ駆け付けたい衝動を何とか自制し、平静を装って彼女はシーラに確認を取る。
「……それって、光一がまだ生きてるってこと?」
「分かんない……。何度か呼びかけてるけど、あいつや姉様からの応答はないわ。もしかしたら、機体の大半の機能が死んでるのかも」
「確かなのは、あそこにある何かがレイルバインの識別信号を発しているという客観的事実のみ、か……」
冷静に考えれば、こちらを誘い出すためのブービートラップと見るべきだろう。まだ見ぬ敵が、自分たちをぬか喜びさせるために、ささやかな希望をチラつかせつつ、虎視眈々と牙を研いでいるのやもしれない。ここに来るまでの、異様な警備の薄さとの因果関係も気になるところだった。
(――でも)
次元断層の内側では、時の流れが歪曲する件もある。
万に一つ、絶望的な状況の中で、奇跡が起きたのだとしたら――
早鐘を打つ胸を押さえ、葉月は大きく一つ、深呼吸する。
「……まずは、核の破壊を優先しよう。安否確認は、その後にいくらでもできるし」
「そ、そうね」
葉月の沈着な言葉に、シーラも気持ち落ち着きを取り戻す。
「……よかった。猪娘のあんたが例の如く突っ走らなくて。お姉さん安心したわ」
「余計なお世話」
茶化してくるシーラをぞんざいにあしらうと、葉月は機体を結晶体が鎮座する中心部へと走らせる。
「わざわざ近付かなくても、ここからトーピードで一撃じゃない?」
「万一外したら事だし、爆発の余波も気になるから……ここは慎重にハープーンで行く」
そう言ってスクリュースラスターから銛を取り出すと同時、ギルクラスターは中心部から半径100メートル程にかけて浮上している円形の足場に上陸を果たす。
上陸ポイントからはレイルバインの機影は確認できない。台座の反対側の物陰に隠れる形となっているのだろうか。
(……待っててね、光一。面倒事を片付けたら、すぐに迎えに行くから)
雑念を振り払い、葉月は超高速で振動する銛の穂先の狙いを定める。




