地球奪還とか、人類救済なんて綺麗事はどうでもいい
翌日、シーラは予告通りに葉月を迎えに来た。
「調子はどう?」
「お蔭様で、ゆっくり休めたわ」
昨日のことがなかったかのように、あっけらかんと尋ねてきたシーラに対し、嫌味でも何でもなく、素直な気持ちで葉月がそう答えると、
「――昨日は、止めてくれてありがと」
ばつが悪そうにそう言って、シーラは葉月に頭を下げた。
「……姉様がいなくなって、色々と精神的に余裕がなくて……いけないって頭では分かってるのに、あの子にも、ついきつく当たってしまって……」
「大丈夫。レイチェルはちゃんと分かってくれてるよ。――でも、できるなら本人に直接謝った方がいい。お互い、生きてる内に、ね」
「う……はい、善処します」
返す言葉もないといった感じでしょげているシーラに口元を綻ばせつつ、葉月も己が非を詫びた。
「……わたしの方こそ、昨日は態度が悪くて本当にごめんなさい。わたしの与り知らぬ所であの子が死んでたという事実が、思った以上に堪えてたみたい。急いては事を仕損じるっていうのに、動揺して、気ばかり焦って……」
「それは……仕方がないわよ。むしろ、あたしの方こそ、その辺り配慮できなくて、ごめん」
「そんなこと……」
「…………」
「…………」
それっきり黙りこくる葉月とシーラ。
二人して陰気な顔を突き合わせて落ち込んでいると、いきなりシーラが大声を張り上げた。
「あーっ、やめやめ! お互いのわだかまりも解けたことだし、過去の過ちを悔いるのはこれでおしまい! これからは、もっと建設的な話に移りましょう」
「賛成。シーラのそういうとこ、わたし結構好きかも」
唇に弧を描かせるように笑うと、葉月は真面目な顔になって決意を新たにする。
「……正直、わたしにとっては今も、地球奪還とか、人類救済なんて綺麗事はどうでもいい。ただ一点、今のこの状況を生み出した諸悪の根源を討ち滅ぼし、光一の無念を晴らす。そのためだけに、わたしは、この命を懸ける」
葉月の所信表明に、シーラはニッと白い歯を見せる。
「それでいいと思う。あたしも、少し前までは、どこか対岸の火事だと思ってた節があるもの。博士に言われたから、仕事としてこなしてただけ……。それが、姉様を喪って初めて、自分の問題として向き合えるようになるとか、ほんと皮肉な話よね」
軽く肩をすくめると、シーラも真剣な面持ちになる。
「……だから、あんたの想いは、ほんの少しかもしれないけど理解できるつもり。あたしも、会った事のない人間のためじゃなく、今は亡き姉様のために戦うつもり」
「うん、いいんじゃないかな」
二人は頷き合うと、足並みを揃えてシミュレーターのあるトレーニングスペースへと向かった。
※
「それじゃ、昨日はスキップしたけど、改めて概要を説明するわね」
シミュレーターを起動しながら、シーラが解説を始める。
「第二の次元断層、碧海のインザクア――その名の通り、障壁の内部には海中そのまんまのエリアが展開されているんだけど……その辺りは昨日実際に体験してるから、特に説明は不要よね?」
「ええ。外から見ると緑色に見える層のことでしょ?」
「そう、それそれ。で、あんたが搭乗するギルクラスターは、そのインザクアでの活動に最適化された海戦用HSなの。耐水圧用に、他の二機に比べて強固な装甲を持つけど、これはあくまで補助的な意味合いが強く、守りの要はインザクア用に調整されたバリアフィールドが担っていると言っていい。このバリアフィールドのお陰で、ギルクラスターは水の中でも自由自在に移動することが可能よ」
シーラは言葉を切って、シミュレーターによるバーチャル空間を構築する。
周囲に投影される、海中と思しき碧色の風景。昨日もそうだったが、息の詰まるような圧迫感を覚え、葉月は思わず身震いする。
果ても底も見えない液状世界は、そこを満たす液体自体がわずかな燐光を発しているらしく、暗くもなく、かといって明るくもない、何とも奇妙な景観を創出していた。
シーラの説明は続く。
「インザクア内は、常に深海レベルの水圧が機体を襲うだけでなく、獰猛な巨大生物兵器が徘徊する魔の領域よ。極力被弾や衝突を避けないと、たちまちバリアフィールドが連続稼働限界を迎え、保護を失った機体は圧壊する羽目になる。昨日みたいに、遭遇した敵を手当たり次第殲滅してたら、あれよあれよという間に囲まれて海の藻屑になっちゃうから気を付けて」
「了解。肝に銘じるよ」
「素直でよろしい。そういうわけで、インザクア攻略の鍵は偏に、いかに敵に見つからずに目的地にたどり着くか、その一点にかかってる。コアとの戦端を開く前にバリアフィールドのHDCEを発動してしまうと、それだけ交戦可能時間や生還可能性が減少することになるから、訓練の際も念頭に置いておいて」
「分かった」
要はステルスゲームみたいなものかと葉月は大雑把に解釈した。その手のジャンルはどちらかと言うと得意ではなかったが、四の五の言ってもいられない。やるしかないのだ。
「さてと……大体こんなとこかな」
一通り話を終えたシーラが、手の平にぱしんと拳を打ち付ける。
「それじゃあ葉月。早速昨日のリベンジマッチと行きましょっか」
「よし……突撃よ!」
「いや突撃しちゃダメでしょ!? 隠密にね、お・ん・み・つ! スニーキング・ミッション!」
「分かってる分かってる」
「ほんとかしら……」
かくして、すったもんだの末リスタートを切ったデコボコンビの慣熟トレーニングは、先鋒の光一・セシル組ほどではないものの、トータル二日以内という比較的短い期間で全行程の終了を見る。
そして、明くる日。
ラストパラダイス直下点にインザクアの核が急接近、絶好のダイビング日和となったことを受け、二人の出撃の時間が刻々と迫っていた。




