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フォーフーム戦機  作者: 女又心
第二章 碧海のインザクア

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一緒にいられなくて、ごめんね

 レイチェルに案内されたのは、食堂と呼ぶのも(はばか)られるような簡素な一室だった。中央に四人掛けのテーブル席が一セット置かれ、壁際に自販機のような配給システムと、片付け用のダストシュートが設置されている。


「お口に合えばいいんですけど……」


 レイチェルは不安げな表情を浮かべながら配給システムを操作し、いくつかの料理が盛り付けられたトレイを葉月の前に配膳してくれた。


「おおう、これは……」


 その独特な見た目に、葉月は思わず圧倒される。


 白い何かが浮かんだ熱々の真っ白いスープに、一口サイズにカットされた肉や魚を思わせる白い主菜、お餅(ライスケーキ)団子(ダンプリング)のような質感の白い主食と、白い何かのオンパレード。 


 白一色の料理に尻込みしている葉月に、レイチェルは申し訳なさそうにしょぼくれる。


「す、すみません……。見た目も大事だとは知っていたのですが、まだそこまで手が回らなくて……」


「う、ううん、大丈夫。とりあえず、いただくわね」


 そう断ってから、葉月はまず、白いスープに恐る恐る口を付けてみる。


「…………あ、美味しい」


 クリーミィそうな見た目に反し、その口当たりはさっぱりしており、酸味や塩味が適度に()いて、非常に後を引く味付けだった。具体的にどんな味かと問われると、うまく説明できそうになかったが。


 何より、五臓六腑に染み渡る温かい汁物は、ささくれ立っていた心を落ち着かせるのに大分貢献してくれた。


 見た目に対する警戒が解けたことで、葉月は主菜、そして主食も順次口に運んでいく。


「……なんだろ。不思議な食感なんだけど、とてもコクや旨味があって……うん、いくらでもいけちゃうかも」


 葉月の軽快な食べっぷりに、レイチェルはほっとした様子で胸を撫で下ろす。


「そ、それでは、食べ終わったら、空いた食器はそこのダストシュートに入れておいてください。しばらくしたら、また戻ってきますね?」


「あっ、ちょっと待って」


 邪魔者は退散とばかりに姿を消そうとするレイチェルを、葉月は反射的に呼び止めていた。


「えっと、その……独りで食べるのもなんだし、少しの間でいいから、話し相手になってもらえると嬉しいなって」


 唐突な申し出に、レイチェルは目をぱちくりさせた(のち)


「は、はい。わたしでよければ……」


 そう言って、おずおずと葉月の対面に腰を下ろした。


「…………」

「…………」


 自分から話しかけておいて、ちょうど手頃な話題を見つけられず、葉月が気まずい思いをしていると、



「――シーラお姉様のこと、嫌いにならないでください」



「え?」


 意外にもレイチェルの方から話を持ちかけられ、しかもそれが、彼女を罵倒していたシーラを庇うものだったことに、二重の意味で葉月は面食らう。


 そんな彼女の当惑に気付いた様子もなく、レイチェルは姉の弁明を続ける。


「シーラお姉様、セシルお姉様のこと大好きだったから……きっとまだ、心の整理ができてないんだと思います」


「……うん」


 レイチェルに指摘されてようやく、シーラが自分と同種の焦りや苦しみを抱えていたのだということを、葉月は感覚的に理解する。


(大切な人を失って辛いのは、あの子も同じだったんだ)


 似た者同士だからこそ、抜身(ぬきみ)の刃のように、余裕のない攻撃的な言動で互いに傷付け合ってしまった。


 客観的に少し前の自分を見つめ直したことで、葉月は少し後ろめたそうに(こうべ)を垂れる。


「……明日、もう一度ちゃんと、シーラと話し合ってみるよ」


「! はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 心の(つか)えが取れたように破顔するレイチェル。彼女につられて葉月も微笑する。


「わたしからも、少し、話を聞いていいかな?」


「? 何でしょう?」


 いくらか打ち解けてくれた様子のレイチェルに、葉月は目覚めてからずっと気がかりだったことを思い切って尋ねてみた。


「……あなたから見て、ここにいた頃の光一って、どんな感じだった?」


「光一さん、ですか?」


 きょとんとしているレイチェルに、葉月はもう少し踏み込んでストレートにぶっちゃける。


「いや、あの子、すごい猜疑心の塊だし、とっつきにくかったんじゃないかなと思って」


「……んー、どうですかね」


 あまりピンと来ていない様子で、レイチェルは眉間にしわを寄せる。


「……確かに、始めは目付きが鋭くて、近寄りがたい印象だったかもしれません。……でも、実際に話してみると、全然怖くなかったし、ちょっとマイペースなとこのあるセシルお姉様とも、何だかんだでうまくやってたように思います」


「……そうなんだ。あの子がね……」


 予想に反して好感触な回答に、懸念が杞憂に終わって安心する反面、寂しさや疎外感にも似た感情を葉月は(いだ)く。



 彼女がこんなことを聞いたのには訳がある。



 というのも、光一は元来、超が付くほどの優等生で、周りからの信頼も厚かった。


 しかし、実父が借金を残して失踪した事件を機に、教師を始めとした大人たちや、それまで友達だと思っていた同世代の連中にも手の平を返されたことで、彼は極度の人間不信に陥ることになる。


 自分たちを見殺しにした大人たちや、群れる同年代に対し、激しい嫌悪感を露にする在りし日の光一は、正に狂犬と呼ぶに相応しかったと言える。


 元より誰からも期待されず、他人にもあまり関心のなかった葉月は、その件でさしたるダメージを受けることはなかったが、それでも、親類縁者から見放され、尚()つ、心に傷を負った弟を抱えながら、未成年の自分たちだけで生計を立てようというのは、現実的に考えて土台無理な話だったと、今になっては思う。


(あの子を養うために、一時は危ない橋を渡りかけたけど、それを命懸けで引き留めてくれたのも、結局はあの子だった。俺たちを捨てた糞親父と同類になっちゃダメだ、って)


 ぎりぎりのところで光一が立ち直ってくれたお陰で、葉月は今のところ、殺人や売り、その他犯罪行為の類いには手を染めずに済んでいる。


 以来、二人は手を取り合い、助け合って生きてきた。それがどう巡り巡って、こんな衛星軌道上の人工天体にまでやってくることになったのかは、皆目見当もつかなかったが。


(いずれにせよ、そのセシルって子には感謝しないとね)


 おそらく、パートナーに付いた彼女との相性が望外によかったことが、凝り固まっていた光一の心の壁を解きほぐす結果に繋がったのだろうと思う。


 葉月以外の他者との関係を築くことが、光一にとっていかに難しかったか。その労苦を知るのは、今となっては自分だけなのかもしれない。



「――葉月さん、大丈夫ですか?」



 気付くと、レイチェルが心配そうに葉月の顔を覗き込んでいた。いつの間にか、思考の海に沈んでいたらしい。


 目頭を押さえつつ、葉月は小さく(かぶり)を振る。


「……ごめんなさい。何だかぼうっとしていたみたい」


「慣れない環境に加えて、光一さんのこともあったから……葉月さんが思っている以上に、心と身体がお疲れなのかもしれません」


 労わるようにそう言って、レイチェルはすっと席を立つ。


「先程は伝えそびれましたが、この食事スペース以外にも、お風呂やトイレ、それから寝室を同じフロアに新設してあります。よかったら、そちらでお休みになってください」


「ありがとう。悪いけど、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 レイチェルから簡単に該当設備の案内を受けた後、彼女と別れた葉月は、一眠りする前にバスルームを利用させてもらうことにした。


 短時間でクリーニングが完了するという超高性能ランドリーに脱いだ衣類を放り込み、一糸纏わぬ姿で浴室に入ると、湯船には既にお湯が張ってあった。


(……わたししかいないみたいだし、別に構わないよね?)


 そう自問自答した葉月は、シャワーも浴びず、長いストレートの黒髪もアップにしないまま、どっぷりとお湯に浸かる。


「ふう……」


 人心地(ひとごこち)つき、天井を仰ぐ。


「……あの子(光一)が注文を付けてくれていたから、今のこの安らぎがあるんだよね……」


 そう思うと、その恩恵を何も受けられずに散っていった光一が、改めて気の毒でならない。


「……こんな異郷の地で、望まぬ戦いに巻き込まれて……」


 それで命を落としたとあっては、死んでも死に切れないじゃないか。


「……一緒にいられなくて、ごめんね……」


 温かいご飯とお風呂を経て、緊張の糸が切れたのか。


 涙腺が決壊し、()()なく溢れる涙を流れるままに、葉月は声を押し殺して、一頻(ひとしき)り泣き続けた。

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