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ディストピア系アイドルゲームの指揮官に転生したので、クズを演じながら推し活することにした  作者: 西嶽 冬司
序章【共犯者、あるいは被害者の苦悩】

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第5話【日常、あるいは生存戦略の愛】


「——はい、というわけで本日も無事に慰撫ライブ終了。お疲れ様でした〜」


「……また全カットですか!?」


第九部隊の基地、談話室。

美咲はソファに突っ伏しながら、恨めしげに声を上げた。


救助後の打ち上げの翌日。

へばる美咲を尻目に、メンバーはW2級被災者の精神ケアのための慰撫ライブを行なったのだが——


「慰撫ライブなんて、お婆ちゃんの手を握って『長生きしてね』って言うだけのハートフルイベントだからね」


響がケラケラと笑いながら、コーヒーをすする。


「いやいや、全然ハートフルじゃなかったでしょ!

 真凜さんなんて『規則正しい生活を送ること。以上』って言い切って帰ってきたじゃないですか!」


「的確なアドバイスでは?」


「冷たすぎるでしょ!?」


美咲の抗議に、響はニヤニヤと笑うだけ。


「まぁまぁ。昨日の打ち上げで疲れたんだろ? 尺の都合上仕方ない」


——シャク? シャクってなんですか!? まさかお酌のこと!?——


美咲の顔色が青ざめた。

脳裏に蘇るのは、昨晩の悪夢のような光景。


『ほらほら美咲ちゃん、グラス空いてるよぉ?』


『え、ちょ、カレンさん!? ストレートは無理……!』


『ロックならいいって? ロックだねぇ!』


高級ウィスキーを湯水のように空け、美咲の口に注ぎ込んでくる東雲 カレン。

うっ、カレンさんやめてください……もう飲めない……。


美咲は口元を押さえて震えた。

二日酔いの頭痛が、ガンガンと警鐘を鳴らしている。


「顔色が悪いねぇ。ちょうどいい、今から『パウーザ』に行くがついてくる?」


響は美咲の様子を気にする風もなく、さらりと言った。


「パウーザ……?」


「医療部隊だよ。 ちょっとした定期連絡があってな。

 カレンも一緒だけど」


カレンの名前を聞いた美咲は、耐えきれずにマーライオンになった。


カレンさんの鬼、悪魔、アングレート!!




***




基地内の発着場には、緑色の塗装が施された巨大なトランポが停車していた。

『Legato』と書かれた車体から、物資が次々と降ろされている。


「あれは『レガ』。 定期配給部隊だよ」


カレンが煙を吐きながら、顎で示す。

あんなに湯水みたいにお酒飲んで、なんで平気なんだろう。 強化人間?


「へぇ……この前乗ったオレンジ色のは?」


「あれは『ポルタ』。 救難専門だね」


そう言いながら、カレンはタバコの灰を落とす。

美咲が感心していると、運転席から大柄な男が降りてきた。

その目つきは鋭く、とてもカタギには見えない。

おかしいな、九区ではそんな人にしか出会ってないぞ?


「——コンダクター。 出発は1100だ。 1秒でも遅れたら置いていく」


「へいへい。 相乗りする立場で文句はないが、相変わらずシビアだねぇ」


響が苦笑いで手を上げる。

男は鼻を鳴らして響を一瞥しただけだった。


「俺はまだマシな方だろ。

 轟さんなら、『俺のメトロを狂わせるやつは56す』っていうところだ」


「違いないねぇ」


響が軽く流す。


(ひょえ……)


美咲は震え上がった。

響も怖いが、このインフラ屋の殺気もまた別ベクトルで怖い。

56すって言葉が、挨拶代わりに飛び交っている。

やっぱ九区には893しかいないんだぁ……。轟って人には会いたくないなぁ。


「美咲ちゃん、轟って昨日のペダル——あ〜運転手のことだからね。

 響だって彼の名前呼んでたでしょ」


——そうだったぁ……じゃあ絶対また会うじゃん……恨むぞ運営ェ——


美咲は、自分を九区へ送った運命に、特大の呪いを送りつけた。




***




医療部隊『パウーザ』。

殺伐とした外の世界とは裏腹に、そこは清潔で穏やかな空気が流れていた。


酔い止めを貰い、響に連れられて奥へ進む。

徐々にガラス張りのプレイルームが見えてきた。

そこには——


「——よしよし、いい子ね」


柔らかな表情で、幼い子供を抱き上げるカレンの姿があった。

戦場で見せる気だるげな表情とも、昨晩の酔っ払いモードとも違う。

慈愛に満ちた母親の顔。

赤ちゃんはタバコ臭く思わないのかな?


「本当に、カレンさんのお子さんなんですね……」


美咲は窓越しにその光景を見つめ、呟いた。

抱かれているのは、まだよちよち歩きの男の子だ。


「ああ。俺にとっちゃ、世界を救うための第一歩だ」


響の声には、いつもの軽薄さはなく、静かな決意が滲んでいた。




***




「——彼女の検査結果だが、数値は安定している。 驚くべきことだ」


診察室。

白衣を着た、パウーザを統括するドクター——フェルマータが、モニターを見ながら感嘆の声を上げた。


「通常、ノイザーが覚醒してから10年が限界と言われている。

 だが彼女は12年を超えた」


「12年……?」


美咲が聞き返すと、フェルマータは淡々と説明した。


「そう、12年。 本来ならとっくに限界を迎えているはずだ。

 侵食が進んで精神が崩壊するか、肉体が変質するか。

 だが彼女は、それを2年以上も更新している」


美咲は息を呑んだ。

あの強靭に見えるカレンが、実は寿命のリミットを超えて生きている?


「一度『退役』したのが良かったのかもしれん。

 妊娠・出産によるホルモンバランスの変化か、あるいは……」


フェルマータの言葉を、響が引き取る。


「『生きる意志』ってやつかもな」


響は、診察室の壁面に設置されたマジックミラー越しのモニターを見つめた。

そこには、プレイルームで子供をあやすカレンの姿が映し出されている。

柔らかな日差しの中で笑う彼女は、聖母のように穏やかだ。


「……俺がここに来た当初のあいつは、見てられなかった」


響の目が、過去の光景を映すように細められる。


「酒とタバコに溺れて、戦場じゃ死に場所を探すみたいに突っ込んでいく。

 防御なんて考えちゃいない。 『どうせ死ぬなら派手に』ってな」


「毎晩のように悪夢にうなされて、叫びながら飛び起きる。

 その恐怖を忘れるために、また酒をあおる。

 ……ボロボロだったよ。心も体も、すり減って消える寸前だった」


響の声には、隠しきれない痛みが滲んでいた。


「だから俺は提案した。『一度、全部やめてみないか』って」


美咲は声が出なかった。

急にヘビィな話をされて、どう反応すれば良いのか分からなかった部分もある。

でもそれ以上に、いつも楽しそうにしている今のカレンからは、想像もつかない姿だったからだ。


「最初は殴られたよ。『私を実験動物にする気か』ってね」


響は苦笑する。


「でも、俺は必死に説得した。君には幸せになる権利がある。

 死ぬために戦うんじゃなくて、生きるために戦ってきたはずだと」


「懐かしいですね。

 君は支援制度作りのため、私達に必死で協力を要請してきた。

 つい昨日の事のように思い出せますよ」


フェルマータが静かに微笑む。

響が作ったというそのシステムが、カレンを死の淵から救い上げたのだ。


モニターの中のカレンが、子供を抱き上げて頬ずりをする。

その顔には、かつての絶望の影など微塵もない。


「カレンは退役を選び、でも戻ってきた。 『子供の未来を作るため』にな」


響は寂しそうに、けれどどこか誇らしげに笑った。

しみじみと語る響を見て、美咲の中で何かがプチンと切れた。


——何こいつ。 独り身の私に惚気を言ってるのかしら? 56すぞ——


美咲はつい響へと殺意を向けた。

どうやら彼女も、ここ数日でだいぶ第九の色に染まってしまったようである。


「俺との子供は、いわば『生存のための政略結婚』みたいなもんだ。

 義務としての出産だよ。 愛とか恋とか、多分そういう甘いもんじゃない」


「……はぁ」


「だから、カレンには本命の男を見つけて欲しい」


響は遠い目をして、自分勝手な未来予想図を語り始めた。


「昼は湊がコーヒショップを経営して、夜はカレンがバーテンとかやってさ。

 長身のカレンには絶対に似合うと思うんだよ」


美咲はフェルマータを見やった。 早くこのバカの治療をお願いします。

しかしフェルマータは美咲の瞳を覗き込むと、静かに首を横に振った。


——残念ですが、もう手の施しようがありません——


彼は雄弁に語っていた。 いや口は開いてないんだけど。

なんということだ。 なぜ皆、こうなるまで放っていたのだろう。

誰も手を差し伸べなかったから、医療部のトップでさえどうにもできない領域まで進行してしまった。

なぜ狂犬——千紗は言わなかったのか? いや彼女なら案外楽しんで言わないかも。


「俺はただの種馬。あいつが幸せなら、相手は俺じゃなくていい。

 むしろあいつの過去ごと、その強さと優しさを本当に理解してくれる……。

 そんな男と結ばれるべきだ」


響の声が、ふっと弱くなる。


「俺みたいな、口先だけのペテン師じゃなくてな」


とりあえず、このバカには鏡でも叩きつければ良いのかしら?

美咲が思考の海に少しだけ沈んだ。


その間が致命的だった。


響がトップギアに入ってしまったのだ。

美咲が気が付いた時には、延々とフェルマータへ妄想を垂れ流し続けていた。


「クックック……。

 湊のキャラデザなら、コーヒーショップの常連と恋に落ちるのが『正史』だ」


響の目が、危険な光を帯びる。


「ノイズの開いている店ということで、最初は拒否反応を見せる男。

 ムキになった湊と言い合いになり、有機栽培コーヒーのうまさに感動するんだ。

 やがて湊の情熱に触れ、意気投合していく」


「カレンは仕事の帰り道、酔い潰れた男を拾い、家で介抱する。

 最初は捨て鉢で自暴自棄だった男だったが、カレンが息子と触れ合う姿を見て惹かれていく。

 前向きになっていく男に、カレンもまた自分の過去を重ねるんだ」


止まらない。 完全に止まらない。

無表情な上、フェルマータの顔が青い。 私の顔も多分青い。


「万里もひとりぼっちだったショタを餌付けして、いい感じになる。

 最初はタッパのある上にノイズである万里にびびるショタ。

 万里のご飯なんかもひっくり返しちゃうんだ。

 でも万里の献身に絆され、そこから絆を育んでいき——」


響は息継ぎもせずに、ノンブレスで喋り続けた。

その顔は完全に限界オタクのそれだ。


「……あれ? どの男も最初はみんなの事傷つけてるな。

 こりゃあ許せんなぁ。ケツからコーダぶち込んで56すか」


こえぇー! こいつ、自分勝手な気持ち悪い妄想の中で生み出した男を、自分勝手にSA・TSU・GUYしやがった!!

あまりに吐き気を催す邪悪っぷり。

美咲は震えた。 フェルマータも震えていた。

こんなヤベェ妄想を垂れ流す男は、今すぐ隔離するべきなのではないだろうか?


「おっと、そろそろドクターと込み入った話がある。 ちゃんミサキは先に出ててよ」


「……は、はいぃ」


これ以上込み入った話とは? 具体的な殺害計画を詰めるのだろうか? 怖い。

美咲は診察室を出た。 助けて……と目で訴えるフェルマータを見捨てて。


この問題は、帰ったら湊辺りに相談しよう。

恐らく同じような解決策しか思いつかないだろうが、美咲は決意を固めた。




***




廊下に出ると、壁に寄りかかってタバコをふかしているカレンがいた。

表情から察するに、どうやら中の話を聞いていたらしい。

ここ病院ですよ? 見てくださいあの看護師さんの目を。


「……バカな男だよね、ホント」


カレンは紫煙を吐き出しながら、ポツリと呟いた。

あんたも大概ヤベェから。 早く看護師さんに気づいて。


「私がどれだけ救われたか、分かってない。

 ……だからまぁ、私の残りを全部使い、分からせてやるしかないだろうな」


その横顔は、呆れているようでいて、どうしようもなく愛おしそうだった。


「でもカレンさん、『死ぬなら一人で死んで』って……」


美咲が恐る恐る尋ねると、カレンは「ぷっ」と吹き出した。


「バカだね、あんなの冗談だよ。

 自分を救ってくれた旦那に、本気でそんな事言うわけないだろ」


カレンは吸い殻を携帯灰皿にしまい、ニヤリと笑った。

いや、九区の人間なら割と言いそうだけどなぁ。 あの看護師とかも。


「あいつが本当に死にそうな時は、殴ってでも止めるさ。

 ……多分、他のメンバーもね」


その言葉に、美咲は言葉を失った。

「一人で死ね」という言葉の裏にある、絶対に死なせないという強烈な意志。

歪だが、鋼のように強固な家族の絆がそこにはあった。

でも万里さんがやったら死ぬよ?


「おーい、そろそろ帰る時間だよー」


診察室から出てきた響が、能天気に手を振る。


「はいはい、今行くよ。

……ったく、本当に手のかかるパパだ」


カレンは肩をすくめ、しかし足取り軽く響の方へ歩き出す。

そして響の腕に抱きつき、彼の肩口に頭を擦り付けた。


「ねぇもう少し時間あるでしょ? あの子に会って行ってよ」


「ん〜別に良いけど、俺の顔覚えそうでイヤなんだよね」


どう考えても、子供を認知したくないクズな父親の発言。

でも本当は、いずれ現れると信じているカレンの恋人に遠慮してるのだろう。

えっ、もう違う男を生み出したの? 怖っ。


「大丈夫だよ。 子どもって3歳までは顔の判別できないから」


「へぇ〜、そうなんだ。 知らんかった」


もちろん嘘だ。 そんな訳がない。

赤ん坊は生後3〜4日には母親を認識し始める。

そして6ヶ月もあれば、他人を見分けられる。

なぜ制度を作っておいて、そんな事を知らんのだ。


カレンは既成事実を作ろうとしているんだ。

響を父親として。 そして彼が逃げられないように。

いずれ「解釈違いなんだよなぁ」と頭を抱える響の顔が目に浮ぶ。 ザマァ。


その背中を見送りながら、美咲は思った。

この場所は、常識外れで、粗野で、暴力的だ。

でも——


——これが、家族なのかな——


窓越しに見える光景。

響が照れくさそうに子供を抱き上げる。

カレンがその様子を、幸せそうに見つめている。


「……ほんと、いい迷惑」


美咲は小さく毒づきながらも、自然と口元が緩むのを止められなかった。


第三地区では決して見ることのなかった、温かな光景。

美咲はただ静かに見つめていた。

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