第28話【追跡、あるいは悪意の萌芽】
談話室のソファで、玲は優雅に足を組んでいた。
黒いゴシック調のドレスは、相変わらず喪服のようだ。
窓から差し込む午後の陽光が、その漆黒の布地に複雑な陰影を落としている。
まるで絵画から飛び出してきた様相。 それ私服なの?
その傍らで、透がクッションに深く沈み、万里特製のクッキーを齧っている。
リスのように頬を膨らませた姿は、とてもではないが『死による救済』を掲げたテロリストには見えない。
食い意地の張った、ただの美少年だ。 美少年な時点で『ただの』はおかしいが。
「やっほー、お二人さん。 お元気ぃ?」
響が、ひらひらと手を振りながら談話室に踏み込んだ。
軽薄な足取りは、まるで近所の友人宅を訪ねるかのよう。
その後を、美咲が恐る恐る付き従った。 高宮ァ! 怖い相手の時はお前がパシれ!
仮にも現役のテロリストなんですけど。 客演として基地に滞在しているとはいえ、もうちょっと緊張感持ちません?
美咲の胃が、キリキリと痛みを伝えてきた。 そろそろ穿孔が見つかりそう。
「……話しかけないで。 耳が孕みそうだわ」
玲がティーカップを傾けたまま、冷たく言い放つ。
その美貌には嫌悪感がありありと浮かんでいる。
だが、その目の奥に——この基地の生活に、少しだけ馴染み始めた色が滲んでいた。
以前なら、響が近づいただけでヴァイオリンケースに手を伸ばしていたはず。
もしくは、そのヒールで股間を蹴り上げていたか。
「えぇ? それって悪口だったの? 褒め言葉で使われてると思ってた」
この男、顔や声質等の素材だけは良いからね。 天からの二物の無駄遣いだわ。
首を傾げる響の仕草は、本気で不思議がっているようにも見えた。
彼の場合、演技なのか天然なのか判別がつかない。 カレンにも騙されてたし。
「あなたの場合、本当にできそうだから怖いのよ」
玲の眉間に、深い皺が刻まれた。 カップを持つ手も、わずかに震えている。
心底うんざりした表情の奥——彼への警戒心が未だに消えていない示唆だろう。
「だったら、真っ先にやばいのはちゃんミサキだよ?」
響が親指で、後ろに立つ美咲を示した。
「気色悪いこと言うな! ブチ56すぞ!」
美咲は即座に言い返し、殺意を込めた視線で響を睨みつけた。
もはや敬語を使う余裕すらない。 この男と関わるようになってから、自分の語彙が確実に荒くなっている気がする。 これじゃ、私の清楚なイメージが崩れるでしょ!
「ヒュー! こっわぁ」
響が大袈裟かつ、わざとらしく首を竦めた。 両手を挙げる、降参のポーズ付きだ。
舞台役者のように大仰なリアクション。 明らかにお猪口ってる。 腹立つわぁ。
「それで、ご用件は? まさか、わざわざコントを見せに来たの? 暇人ね」
玲が溜め息をつきながら、紅茶を一口啜った。
カップを持つ指先は細く白く、爪には淡い紫色のマニキュアが塗られている。
深窓の令嬢のような、優雅さを漂わせる仕草。 中身はテロリストなのに。
瀟洒でしなやかで、孤高。 よほど響より狼らしい。 もしくは黒豹。
「お金取れるんじゃないですか?」
「いらないよ! これ以上、私の肩書きを増やさないで!」
透の、のんびりした言葉。 美咲は堪らず叫んだ。
広報官で、記録係で、パシリで、ツッコミ担当? 大渋滞だよ! 過労死するぞ!
言った本人は、お構いなしにクッキーを咀嚼し続けている。 少しは気にして。
クッキーの次はサンドイッチ、その次はまたクッキー。
口元にクッキーの欠片がついているのにも気づいていない。
この美少年の胃袋は、ブラックホールか何かなのだろうか?
玲がその口元をサッと拭った。 相変わらず、弟にだけはべらぼうに甘い女だ。
透は「ありがとう」と玲に礼を告げ、更に食べ続けた。
違うんです、シャレじゃなくて。 ごめんなさい! 怖いから睨まないで!
そんな和気藹々? とした空気が流れる中——
ゾクリ、と美咲の首筋に悪寒が走った。
凍ったタオルが柔らかく撫でたような。
背骨を氷の指が這い上がるような。
そんな得体の知れない何か。
ディストルに遭遇した時とは違う種類の——もっと原始的で、根源的な恐怖。
本能が警鐘を鳴らすまま、美咲は振り返った。
談話室の入り口に、銀髪の少女——千紗が佇んでいた。
午後の陽光を背に受け、その輪郭が逆光で暗く沈んでいる。
天使のような微笑みを浮かべているが、瞳孔はかっ開き、紫色の双眸が暗闇の中から怪しく輝いていた。
天使のような、悪魔の笑顔ってやつですね。 これは。
——私以上に、義兄さんの『特別』になる気ですか?——
何一つ声を発していないのに、その姿が雄弁に言葉を放っている。
すごいね。 九区にいれば、人は誤解なく分かり合えるかもしれない。
いや、殺意の高い誤解を、一方的に叩きつけられている真っ最中なんだけどね。
美咲の視界が歪み、膝が崩れかける。 カタカタと震え、制御が効かない。
心臓が早鐘のように打ち、呼吸が浅くなっていく。
「ちゃんミサキ、大丈夫か?」
響の呼びかけで、なんとか意識を取り戻した。 その手が、美咲の肩を支えている。
再度振り返ると、千紗の姿はない。
入り口には誰もいなかった。
午後の陽光だけが、静かに差し込んでいる。
幻覚だろうか?
でも、あの恐怖は——間違いなく本物だった。
背中にかいた冷や汗が、シャツに染みているのを感じる。
——やっぱりあの子、怖すぎなんですけど——
義兄の事になると、簡単に牙を剥きすぎる。 オマケに神出鬼没。 もはや魔犬や怪異の域に達しているのでは?
そんな美咲の心境など知る由もなく、響はベラドンナの二人へ歩み寄った。
ソファの背もたれに手をかけ、玲を見下ろす。 その目から、軽薄さが消えていた。
「闇市場の調査を頼みたい」
「……いいわ」
玲がカップをソーサーに置いた。 磁器が触れ合う、澄んだ音が談話室に響く。
その音が消えるまで、誰も口を開かなかった。
「ただし、見つけたものは私たちの判断で処理するわよ」
「構わないよ。 毒を以て毒を制す。 頼むね、玲ちゃん」
響がにっこりと笑う。 彼女を見つめる視線には、信頼とも警戒ともつかない、複雑な色が宿っている。
「ふん。 気安く名前を呼ばないで。 セクハラよ」
「おいおい、さすがに名前を呼ぶくらいじゃ妊娠はしないだろ。 なぁ透くん」
響が透に同意を求める。透はクッキーを咀嚼しながら、困ったように首を傾げた。
姉と響の間に挟まれて、どちらの味方をすべきか迷っている様子。
私はいつでも、彼と敵対できるけどね。 なんせスパイだった女なんで!
「透に近づかないで! このケダモノ!!」
玲が弾かれたように立ち上がり、響と透の間に割って入る。
さっきまでのクールさが消え、切羽詰まった声が喉を震わせていた。
黒いドレスの裾が翻り、その動きは素早く、まるで獲物を守る雌豹。
透を背に庇う姿勢は、無意識のものだろう。
「「えぇ……」」
響と美咲と透が、同時に呆れた声を上げた。
三者三様の表情だが、「このブラコン……」という感想だけは共通していた。
***
闇市場——アーケード街に、街の象徴として聳えていたデパートの残骸。
崩れかけた天井の隙間から、わずかな光が差し込んでいる。
かつては賑やかだったであろう吹き抜けは、今や瓦礫と埃に覆われていた。
エスカレーターは錆びつき、ショーウィンドウは割れ、フードコートだった場所には怪しげな露店が軒を連ねている。
盗品、密造酒、怪しげな薬品——法が届かない場所には、いつだって闇が巣食う。
玲と透は、黒いローブで身を包んでいた。
フードを深く被り、顔を隠し、足音を殺して歩く。
二人にとって、こういった場所は庭も同然。 ヘムロックとして活動していた頃、何度もこうした闇市場を訪れてきた。
「姉さん……これ……」
透が、露店の片隅に並べられた部品を指差した。
その手には、万里特製のミニサンドイッチが握られている。
頬はリスのようにパンパンに膨らんでいた。 いつの間に持ってきたのか。
彼の姿を、周囲の人間——スラム街の住人たちが見つめていた。
痩せこけた頬、落ち窪んだ目、不健康な肌、汚れた衣服。
透が持つ食べ物を、よだれを垂らしながら凝視している。
その視線には、羨望と嫉妬と、かすかな殺意が混じっていた。
玲がひと睨みすると、途端にその視線は、蜘蛛の子を散らすように消えた。
彼女の纏う威圧感は、ローブ越しでも隠しきれない。
彼女は改めて、透が指し示した部品を手に取った。
金属製の小さな箱型の装置。 表面には無駄な装飾と複雑な回路が刻まれ、側面にはいくつかの端子が並んでいる。
「……|『Euterpe』製の規格《シントニアの部品》に、|『Cantarella』製の規格《私たちの部品》が継ぎ接ぎされている」
玲の鋭く細められた視線は、外科医がメスを握る時のような冷たさを帯びていた。
本来なら互換性のない二つの規格が、強引に一つの装置に押し込まれている。
部品は農業用の『音響増幅装置』——『起床アラーム』の強度を上げるパーツとして、組み上げられていた。
だが、それ以上はこの場では判断できない。
詳しく調べるには、基地へ持ち帰る必要があった。
「……このパーツをいただけるかしら?」
玲が普段の冷たさを隠し、露店商へ声をかけた。
「悪いが、これはもう買い手がいるんだよ……」
商人が、にやりと笑う。 欠けた歯が覗き、口臭が漂ってくる。
その視線が、玲の全身を舐め回すように這い回った。
ローブの下の曲線を、値踏みするような目つきで追っている。
「サービスしてくれるってんなら、考えるが?」
玲の眉毛が、ピクリと動き、こめかみに青筋が浮かぶ。
気位の高い彼女の沸点は、ガソリンよりも低い。
伊達や酔狂でテロリストなのではない。 ただ生粋の過激派なだけだ。
この男を『処理』するのは簡単でも、ここで騒ぎを起こすのは少々まずい。
そう自制しながら、玲の手がローブの下——ヴァイオリンケースに伸び——
「——これで手を打ってくれない?」
透の声が、間に割って入った。
懐から取り出したのは——万里特製クラブサンドイッチ。
瑞々しいレタスに、真っ赤なトマト、とろけるチーズに、厚切りの炙りベーコン。 ジューシーな肉汁が、パンの隙間から滲み出ている。
闇市場の澱んだ空気の中で、その香りだけが異様に鮮烈だった。 むしろ毒に近い。
商人は、そのサンドイッチを穴が開くほど見つめた。 喉仏が、ゴクリと上下する。 目の奥に、獣じみた飢餓感が浮かんでいた。
玲も、透の手元を二度見した。
明らかに、懐に収まるサイズではないのだけれど? どこから出たの?
四次元的なポケットでも、響から貰ったのだろうか。
あの男、早めに『処理』するべきかしら。
「……お、おう。 それでいい。 持ってけ」
商人が、震える手で部品を差し出した。 その目は、サンドイッチから離れない。
やはり、ディストピアにおける最強の交渉術は、胃袋を直接ぶん殴ることのようだ。
***
第九基地、『ラボ』。
野暮用を片付け、遅れてやってきた美咲の耳に、ひなたの声が聞こえてきた。
「この技術の混ぜ方……七区の工業技術の特徴と一致してる」
眠そうな目を擦りながらも、ひなたの声には確信があった。
作業台の上には、例の部品が分解された状態で並んでいる。
基板、配線、コンデンサ、トランジスタ——それぞれが丁寧に分類され、ラベルが貼られていた。
「だろうなぁ」
腕を組みながら頷く響の視線が、分解された部品を一つ一つ追いかける。
なぜ分かったのか? 美咲は、作業台の上を覗き込んだ。
そこに置かれた外装部品は——ゴテゴテで、トゲトゲだった。
黒と銀と赤が混在し、どこか威圧的なデザイン。 必要以上に装飾的で、機能美よりも見た目の迫力を優先している。
まるで世紀末のガジェット。
七区が関与している可能性が浮上——というか、
「疑いようがないセンスとデザイン!」
見た瞬間に分かる。独特の美意識が、部品の隅々にまで刻まれていた。
回路の配置まで、なぜか龍の形を模しているように見える。
アーティストのサインなの? 自己主張が激しすぎでしょ!
「でも、ヘムロックの独自技術も流出している。 事態は複雑」
ひなたが、部品の断面スキャンの拡大画像を指で差す。
美咲には、まったくチンプンカンプンなものだ。
だがひなたの目は、異なる技術体系が融合している痕跡を見抜いていた。
「互換性がないはずのパーツ同士を、上手く適合させている技術は見事」
ひなたの指が、画像の特定の箇所を示す。
彼女の言によると、接合部分の処理が、異様に精密。
これだけの技術を持つ者は、限られているとの事。
取り敢えず美咲は、知ったかぶった顔で頷いておいた。
「七区ががっつり噛んでいるのか、それともそういう偽装なのか——」
響が顎に手を当てる。
考え込むように細まった視線は、何かを計算しているように虚空を見つめていた。
「揺さぶってみる必要があるな」
***
「お前ら、裏で何やってる?」
錬達を呼び出したのは、その日の夕方だった。
単刀直入に切り出した響の目には、冷徹な光が宿っている。
窓から差し込む夕陽が、二人の顔を赤く染めている。
長机を挟み、響と錬達が向かい合っていた。
響の傍らには美咲と高宮。 錬達の傍らには、護衛の大男が控えている。
「随分と薮から棒じゃのぅ。 礼儀を知らんのか?」
錬達が眉を顰め、腕を組む。その目も、同様に鋭い。
友好的な交渉の空気は、どこにもなかった。
「ママぁ……」と呟く高宮の声に、落ち着ける日が来るとは。
美咲は絶望した。
「実はこの前、ある奴らに音響兵器を盗まれてね」
響が、懐から写真を取り出す。 例の部品。 分解前の状態で撮影されたもの。
ゴテゴテとしたデザインが、写真越しでも伝わってくる。
「なんとびっくり。 そのパーツが、七区の装飾を施されて売られている」
響が写真を机の上に滑らせた。
錬達の目が、わずかに動いた。 瞳孔が収縮し、一瞬だけ呼吸が止まる。
だが、表情は崩さない。 長年の経験がそうさせている。
「……それが、俺たちとどう関係が?」
「おいおい、惚けんなよ」
響が机に手をつき、錬達を見下ろす形になる。
「お前ら、ディストルが送りつけられた件も知っていただろうが。
交渉を有利に進めるために、俺の『家族』を嵌めようってのか?」
響の手が懐に伸び、『カーテンコール』の柄に触れる。
金属が冷たくかみ合う。 『コーダ弾』を装填する音が、静かな会議室に木霊した。
護衛の大男が、腰を浮かせかける。 その手が、懐の武器に伸びようとしている。
その額に、高宮の『カーテンコール』が突きつけられた。
「コ、コンダクター以外に『カーテンコール』を持たせるなんぞ正気か!?」
衝撃に、錬達の表情が思わず歪む。
対する響の貌には、三日月のような亀裂が浮かんでいた。
さながらネズミを甚振るネコ。 悪魔も泣いて逃げ出すような顔だ。 超怖い。
「あ? なんか文句あんの? コレは監査官殿の身の安全を守るための処置だ。
始末書には、『俺の二丁拳銃が火を吹いた』って書いとくから安心しろよ」
歯噛みする錬達の表情を見て、響が満足気に鼻で笑う。
さっきの会談で痛い所を突かれたのが、よっぽど腹に据えかねていたらしい。
ねちっこい上に執念深い男だ。 性格が悪すぎる。
「大人しくしてくれるかい? 僕がママに、いい子いい子してもらうためにもね」
「「ママ……」」
美咲、錬達、そして護衛の男の声が重なる。
二人の男は、とても怪訝そうな顔をしていた。 うん、気持ちは分かる。
ただ、響と弥生もやってんですよ。 身内のママみプレイってキツいぞぉ……。
「……俺たちも被害者だ」
錬達の声には、怒りを押し殺したような重さがあった。
視線を逸らさず、真っ直ぐに響を見据えている。
「技術の一部が盗まれた。 犯人はウチじゃねぇ」
錬達が、わずかに声を落とす。 周囲を警戒するように、一瞬だけ視線を巡らせる。
「……ヘムロックの影もある。 落とし前は、こっちでもつける」
響は、ただ錬達を見つめ続けている。
彼は、意図的にヘムロックの名前を伏せ、錬達の反応に探りを入れていた。
もし七区が黒幕なら、ヘムロックの関与を隠そうとするはず。
逆に、自分からヘムロックの名を出してきたということは——
錬達が本当のことを言っている可能性はある。 同時に、あえてヘムロックのパーツを使い、罪をなすり付けている可能性も、まだ捨てきれない。
七区にはヘムロックの実働部隊はいない。 それでも、どこからかパーツを調達することは不可能ではない。
あの事件の際、九区から盗み出したように。
互いに腹の探り合い。 嘘と真実が、複雑に絡み合っている。
響は、警戒を続けたまま『カーテンコール』から手を離した。
高宮も、同じように護衛の額から銃口を下げる。
「……お前らを信じたわけじゃねぇが、今は見逃してやる」
「ふん。 殊勝なことを言いよるのぅ」
錬達の目は鋭いまま。 それでも、わずかに肩の力を抜いた。
「落とし前の件、覚えとけよ」
「若造が。 言われんでも分かっとる」
交錯する視線。 そこに、信頼はない。
***
三区・執務室。
高層ビルの最上階。 ガラス張りの窓から、沈みゆく夕陽が見える。
空が茜色に染まり、雲の縁が金色に輝いていても、その美しさを愛でる者はいない。
窓辺には、一人の少女が佇んでいた。
兵藤 ナギ——シントニアとヘムロック、両組織の総帥である兵藤 一成の孫。
その横顔は、精巧な人形のように整い、黒髪が夕陽を受けて赤銅色に輝いている。
だが、瞳には——感情という機能が欠落しているかのように、何も宿っていない。
「……辺境同士が手を取り合うのは、まだ少し早い——監視を強化しておきなさい」
ナギが、氷のように冷たい声で、静かに呟いた。
背後に控えていた部下が、頭を垂れる。
彼女は、再び窓の外を見つめた。
夕陽に染まる街並み。
整然と並ぶビル群。
その遥か先に、第九地区がある。 地図上では小さな点に過ぎない、辺境の地。
「……消化試合、といったところですね。 存分に活用してさしあげましょう」
夕陽が、ナギの横顔を、血のように赤く染め上げる。
窓ガラスに映る彼女の瞳は——どこまでも、冷たかった。




