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ディストピア系アイドルゲームの指揮官に転生したので、クズを演じながら推し活することにした  作者: 西嶽 冬司
3章【盟約、あるいは縄張り争い】

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第28話【追跡、あるいは悪意の萌芽】


談話室のソファで、玲は優雅に足を組んでいた。


黒いゴシック調のドレスは、相変わらず喪服のようだ。

窓から差し込む午後の陽光が、その漆黒の布地に複雑な陰影を落としている。

まるで絵画から飛び出してきた様相。 それ私服なの?


その傍らで、透がクッションに深く沈み、万里特製のクッキーを齧っている。

リスのように頬を膨らませた姿は、とてもではないが『死による救済』を掲げたテロリストには見えない。

食い意地の張った、ただの美少年だ。 美少年な時点で『ただの』はおかしいが。


「やっほー、お二人さん。 お元気ぃ?」


響が、ひらひらと手を振りながら談話室に踏み込んだ。

軽薄な足取りは、まるで近所の友人宅を訪ねるかのよう。

その後を、美咲が恐る恐る付き従った。 高宮ァ! 怖い相手の時はお前がパシれ!

仮にも現役のテロリストなんですけど。 客演として基地に滞在しているとはいえ、もうちょっと緊張感持ちません?

美咲の胃が、キリキリと痛みを伝えてきた。 そろそろ穿孔が見つかりそう。


「……話しかけないで。 耳が孕みそうだわ」


玲がティーカップを傾けたまま、冷たく言い放つ。

その美貌には嫌悪感がありありと浮かんでいる。

だが、その目の奥に——この基地の生活に、少しだけ馴染み始めた色が滲んでいた。

以前なら、響が近づいただけでヴァイオリンケースに手を伸ばしていたはず。

もしくは、そのヒールで股間を蹴り上げていたか。


「えぇ? それって悪口だったの? 褒め言葉で使われてると思ってた」


この男、顔や声質等の素材だけは良いからね。 天からの二物の無駄遣いだわ。

首を傾げる響の仕草は、本気で不思議がっているようにも見えた。

彼の場合、演技なのか天然なのか判別がつかない。 カレンにも騙されてたし。


「あなたの場合、本当にできそうだから怖いのよ」


玲の眉間に、深い皺が刻まれた。 カップを持つ手も、わずかに震えている。

心底うんざりした表情の奥——彼への警戒心が未だに消えていない示唆だろう。


「だったら、真っ先にやばいのはちゃんミサキだよ?」


響が親指で、後ろに立つ美咲を示した。


「気色悪いこと言うな! ブチ56すぞ!」


美咲は即座に言い返し、殺意を込めた視線で響を睨みつけた。

もはや敬語を使う余裕すらない。 この男と関わるようになってから、自分の語彙が確実に荒くなっている気がする。 これじゃ、私の清楚なイメージが崩れるでしょ!


「ヒュー! こっわぁ」


響が大袈裟かつ、わざとらしく首を竦めた。 両手を挙げる、降参のポーズ付きだ。

舞台役者のように大仰なリアクション。 明らかにお猪口ってる。 腹立つわぁ。


「それで、ご用件は? まさか、わざわざコントを見せに来たの? 暇人ね」


玲が溜め息をつきながら、紅茶を一口啜った。

カップを持つ指先は細く白く、爪には淡い紫色のマニキュアが塗られている。

深窓の令嬢のような、優雅さを漂わせる仕草。 中身はテロリストなのに。

瀟洒でしなやかで、孤高。 よほど響より狼らしい。 もしくは黒豹。


「お金取れるんじゃないですか?」


「いらないよ! これ以上、私の肩書きを増やさないで!」


透の、のんびりした言葉。 美咲は堪らず叫んだ。

広報官で、記録係で、パシリで、ツッコミ担当? 大渋滞だよ! 過労死するぞ!

言った本人は、お構いなしにクッキーを咀嚼し続けている。 少しは気にして。

クッキーの次はサンドイッチ、その次はまたクッキー。

口元にクッキーの欠片がついているのにも気づいていない。

この美少年の胃袋は、ブラックホールか何かなのだろうか?


玲がその口元をサッと拭った。 相変わらず、弟にだけはべらぼうに甘い女だ。

透は「ありがとう」と玲に礼を告げ、更に食べ続けた。

違うんです、シャレじゃなくて。 ごめんなさい! 怖いから睨まないで!


そんな和気藹々? とした空気が流れる中——




ゾクリ、と美咲の首筋に悪寒が走った。


凍ったタオルが柔らかく撫でたような。

背骨を氷の指が這い上がるような。


そんな得体の知れない何か。


ディストルに遭遇した時とは違う種類の——もっと原始的で、根源的な恐怖。


本能が警鐘を鳴らすまま、美咲は振り返った。




談話室の入り口に、銀髪の少女——千紗が佇んでいた。


午後の陽光を背に受け、その輪郭が逆光で暗く沈んでいる。

天使のような微笑みを浮かべているが、瞳孔はかっ開き、紫色の双眸が暗闇の中から怪しく輝いていた。


天使のような、悪魔の笑顔ってやつですね。 これは。


——私以上に、義兄さんの『特別』になる気ですか?——


何一つ声を発していないのに、その姿が雄弁に言葉を放っている。

すごいね。 九区にいれば、人は誤解なく分かり合えるかもしれない。

いや、殺意の高い誤解を、一方的に叩きつけられている真っ最中なんだけどね。


美咲の視界が歪み、膝が崩れかける。 カタカタと震え、制御が効かない。

心臓が早鐘のように打ち、呼吸が浅くなっていく。


「ちゃんミサキ、大丈夫か?」


響の呼びかけで、なんとか意識を取り戻した。 その手が、美咲の肩を支えている。


再度振り返ると、千紗の姿はない。


入り口には誰もいなかった。


午後の陽光だけが、静かに差し込んでいる。


幻覚だろうか?


でも、あの恐怖は——間違いなく本物だった。

背中にかいた冷や汗が、シャツに染みているのを感じる。


——やっぱりあの子、怖すぎなんですけど——


義兄の事になると、簡単に牙を剥きすぎる。 オマケに神出鬼没。 もはや魔犬や怪異の域に達しているのでは?

そんな美咲の心境など知る由もなく、響はベラドンナの二人へ歩み寄った。

ソファの背もたれに手をかけ、玲を見下ろす。 その目から、軽薄さが消えていた。


「闇市場の調査を頼みたい」


「……いいわ」


玲がカップをソーサーに置いた。 磁器が触れ合う、澄んだ音が談話室に響く。

その音が消えるまで、誰も口を開かなかった。


「ただし、見つけたものは私たちの判断で処理するわよ」


「構わないよ。 毒を以て毒を制す。 頼むね、玲ちゃん」


響がにっこりと笑う。 彼女を見つめる視線には、信頼とも警戒ともつかない、複雑な色が宿っている。


「ふん。 気安く名前を呼ばないで。 セクハラよ」


「おいおい、さすがに名前を呼ぶくらいじゃ妊娠はしないだろ。 なぁ透くん」


響が透に同意を求める。透はクッキーを咀嚼しながら、困ったように首を傾げた。

姉と響の間に挟まれて、どちらの味方をすべきか迷っている様子。

私はいつでも、彼と敵対できるけどね。 なんせスパイだった女なんで!


「透に近づかないで! このケダモノ!!」


玲が弾かれたように立ち上がり、響と透の間に割って入る。

さっきまでのクールさが消え、切羽詰まった声が喉を震わせていた。

黒いドレスの裾が翻り、その動きは素早く、まるで獲物を守る雌豹。

透を背に庇う姿勢は、無意識のものだろう。


「「えぇ……」」


響と美咲と透が、同時に呆れた声を上げた。

三者三様の表情だが、「このブラコン……」という感想だけは共通していた。




***




闇市場——アーケード街に、街の象徴として聳えていたデパートの残骸。

崩れかけた天井の隙間から、わずかな光が差し込んでいる。

かつては賑やかだったであろう吹き抜けは、今や瓦礫と埃に覆われていた。

エスカレーターは錆びつき、ショーウィンドウは割れ、フードコートだった場所には怪しげな露店が軒を連ねている。

盗品、密造酒、怪しげな薬品——法が届かない場所には、いつだって闇が巣食う。


玲と透は、黒いローブで身を包んでいた。

フードを深く被り、顔を隠し、足音を殺して歩く。

二人にとって、こういった場所は庭も同然。 ヘムロックとして活動していた頃、何度もこうした闇市場を訪れてきた。


「姉さん……これ……」


透が、露店の片隅に並べられた部品を指差した。

その手には、万里特製のミニサンドイッチが握られている。

頬はリスのようにパンパンに膨らんでいた。 いつの間に持ってきたのか。


彼の姿を、周囲の人間——スラム街の住人たちが見つめていた。

痩せこけた頬、落ち窪んだ目、不健康な肌、汚れた衣服。

透が持つ食べ物を、よだれを垂らしながら凝視している。

その視線には、羨望と嫉妬と、かすかな殺意が混じっていた。


玲がひと睨みすると、途端にその視線は、蜘蛛の子を散らすように消えた。

彼女の纏う威圧感は、ローブ越しでも隠しきれない。


彼女は改めて、透が指し示した部品を手に取った。

金属製の小さな箱型の装置。 表面には無駄な装飾と複雑な回路が刻まれ、側面にはいくつかの端子が並んでいる。


「……|『Euterpe』製の規格《シントニアの部品》に、|『Cantarella』製の規格《私たちの部品》が継ぎ接ぎされている」


玲の鋭く細められた視線は、外科医がメスを握る時のような冷たさを帯びていた。

本来なら互換性のない二つの規格が、強引に一つの装置に押し込まれている。

部品は農業用の『音響増幅装置』——『起床アラーム』の強度を上げるパーツとして、組み上げられていた。


だが、それ以上はこの場では判断できない。

詳しく調べるには、基地へ持ち帰る必要があった。


「……このパーツをいただけるかしら?」


玲が普段の冷たさを隠し、露店商へ声をかけた。


「悪いが、これはもう買い手がいるんだよ……」


商人が、にやりと笑う。 欠けた歯が覗き、口臭が漂ってくる。

その視線が、玲の全身を舐め回すように這い回った。

ローブの下の曲線を、値踏みするような目つきで追っている。


「サービスしてくれるってんなら、考えるが?」


玲の眉毛が、ピクリと動き、こめかみに青筋が浮かぶ。

気位の高い彼女の沸点は、ガソリンよりも低い。

伊達や酔狂でテロリストなのではない。 ただ生粋の過激派なだけだ。


この男を『処理』するのは簡単でも、ここで騒ぎを起こすのは少々まずい。

そう自制しながら、玲の手がローブの下——ヴァイオリンケースに伸び——


「——これで手を打ってくれない?」


透の声が、間に割って入った。

懐から取り出したのは——万里特製クラブサンドイッチ。

瑞々しいレタスに、真っ赤なトマト、とろけるチーズに、厚切りの炙りベーコン。 ジューシーな肉汁が、パンの隙間から滲み出ている。

闇市場の澱んだ空気の中で、その香りだけが異様に鮮烈だった。 むしろ毒に近い。


商人は、そのサンドイッチを穴が開くほど見つめた。 喉仏が、ゴクリと上下する。 目の奥に、獣じみた飢餓感が浮かんでいた。


玲も、透の手元を二度見した。

明らかに、懐に収まるサイズではないのだけれど? どこから出たの?

四次元的なポケットでも、響から貰ったのだろうか。

あの男、早めに『処理』するべきかしら。


「……お、おう。 それでいい。 持ってけ」


商人が、震える手で部品を差し出した。 その目は、サンドイッチから離れない。


やはり、ディストピアにおける最強の交渉術は、胃袋を直接ぶん殴ることのようだ。




***




第九基地、『ラボ』。


野暮用を片付け、遅れてやってきた美咲の耳に、ひなたの声が聞こえてきた。


「この技術の混ぜ方……七区の工業技術の特徴と一致してる」


眠そうな目を擦りながらも、ひなたの声には確信があった。

作業台の上には、例の部品が分解された状態で並んでいる。

基板、配線、コンデンサ、トランジスタ——それぞれが丁寧に分類され、ラベルが貼られていた。


「だろうなぁ」


腕を組みながら頷く響の視線が、分解された部品を一つ一つ追いかける。


なぜ分かったのか? 美咲は、作業台の上を覗き込んだ。


そこに置かれた外装部品は——ゴテゴテで、トゲトゲだった。

黒と銀と赤が混在し、どこか威圧的なデザイン。 必要以上に装飾的で、機能美よりも見た目の迫力を優先している。


まるで世紀末のガジェット。


七区が関与している可能性が浮上——というか、


「疑いようがないセンスとデザイン!」


見た瞬間に分かる。独特の美意識が、部品の隅々にまで刻まれていた。

回路の配置まで、なぜか龍の形を模しているように見える。

アーティストのサインなの? 自己主張が激しすぎでしょ!


「でも、ヘムロックの独自技術も流出している。 事態は複雑」


ひなたが、部品の断面スキャンの拡大画像を指で差す。

美咲には、まったくチンプンカンプンなものだ。

だがひなたの目は、異なる技術体系が融合している痕跡を見抜いていた。


「互換性がないはずのパーツ同士を、上手く適合させている技術は見事」


ひなたの指が、画像の特定の箇所を示す。

彼女の言によると、接合部分の処理が、異様に精密。

これだけの技術を持つ者は、限られているとの事。

取り敢えず美咲は、知ったかぶった顔で頷いておいた。


「七区ががっつり噛んでいるのか、それともそういう偽装なのか——」


響が顎に手を当てる。

考え込むように細まった視線は、何かを計算しているように虚空を見つめていた。


「揺さぶってみる必要があるな」




***




「お前ら、裏で何やってる?」


錬達を呼び出したのは、その日の夕方だった。

単刀直入に切り出した響の目には、冷徹な光が宿っている。


窓から差し込む夕陽が、二人の顔を赤く染めている。

長机を挟み、響と錬達が向かい合っていた。

響の傍らには美咲と高宮。 錬達の傍らには、護衛の大男が控えている。


「随分と薮から棒じゃのぅ。 礼儀を知らんのか?」


錬達が眉を顰め、腕を組む。その目も、同様に鋭い。

友好的な交渉の空気は、どこにもなかった。

「ママぁ……」と呟く高宮の声に、落ち着ける日が来るとは。

美咲は絶望した。


「実はこの前、ある奴らに音響兵器を盗まれてね」


響が、懐から写真を取り出す。 例の部品。 分解前の状態で撮影されたもの。

ゴテゴテとしたデザインが、写真越しでも伝わってくる。


「なんとびっくり。 そのパーツが、七区の装飾を施されて売られている」


響が写真を机の上に滑らせた。

錬達の目が、わずかに動いた。 瞳孔が収縮し、一瞬だけ呼吸が止まる。

だが、表情は崩さない。 長年の経験がそうさせている。


「……それが、俺たちとどう関係が?」


「おいおい、惚けんなよ」


響が机に手をつき、錬達を見下ろす形になる。


「お前ら、ディストルが送りつけられた件も知っていただろうが。

 交渉を有利に進めるために、俺の『家族』を嵌めようってのか?」


響の手が懐に伸び、『カーテンコール』の柄に触れる。

金属が冷たくかみ合う。 『コーダ弾』を装填する音が、静かな会議室に木霊した。


護衛の大男が、腰を浮かせかける。 その手が、懐の武器に伸びようとしている。


その額に、高宮の『カーテンコール』が突きつけられた。


「コ、コンダクター以外に『カーテンコール』を持たせるなんぞ正気か!?」


衝撃に、錬達の表情が思わず歪む。

対する響の貌には、三日月のような亀裂が浮かんでいた。

さながらネズミを甚振るネコ。 悪魔も泣いて逃げ出すような顔だ。 超怖い。


「あ? なんか文句あんの? コレは監査官殿の身の安全を守るための処置だ。

 始末書には、『俺の二丁拳銃が火を吹いた』って書いとくから安心しろよ」


歯噛みする錬達の表情を見て、響が満足気に鼻で笑う。

さっきの会談で痛い所を突かれたのが、よっぽど腹に据えかねていたらしい。

ねちっこい上に執念深い男だ。 性格が悪すぎる。


「大人しくしてくれるかい? 僕がママに、いい子いい子してもらうためにもね」


「「ママ……」」


美咲、錬達、そして護衛の男の声が重なる。

二人の男は、とても怪訝そうな顔をしていた。 うん、気持ちは分かる。

ただ、響と弥生もやってんですよ。 身内のママみプレイってキツいぞぉ……。


「……俺たちも被害者だ」


錬達の声には、怒りを押し殺したような重さがあった。

視線を逸らさず、真っ直ぐに響を見据えている。


「技術の一部が盗まれた。 犯人はウチじゃねぇ」


錬達が、わずかに声を落とす。 周囲を警戒するように、一瞬だけ視線を巡らせる。


「……ヘムロックの影もある。 落とし前は、こっちでもつける」


響は、ただ錬達を見つめ続けている。

彼は、意図的にヘムロックの名前を伏せ、錬達の反応に探りを入れていた。

もし七区が黒幕なら、ヘムロックの関与を隠そうとするはず。

逆に、自分からヘムロックの名を出してきたということは——


錬達が本当のことを言っている可能性はある。 同時に、あえてヘムロックのパーツを使い、罪をなすり付けている可能性も、まだ捨てきれない。


七区にはヘムロックの実働部隊はいない。 それでも、どこからかパーツを調達することは不可能ではない。


あの事件の際、九区から盗み出したように。


互いに腹の探り合い。 嘘と真実が、複雑に絡み合っている。


響は、警戒を続けたまま『カーテンコール』から手を離した。

高宮も、同じように護衛の額から銃口を下げる。


「……お前らを信じたわけじゃねぇが、今は見逃してやる」


「ふん。 殊勝なことを言いよるのぅ」


錬達の目は鋭いまま。 それでも、わずかに肩の力を抜いた。


「落とし前の件、覚えとけよ」


「若造が。 言われんでも分かっとる」


交錯する視線。 そこに、信頼はない。




***




三区・執務室。


高層ビルの最上階。 ガラス張りの窓から、沈みゆく夕陽が見える。

空が茜色に染まり、雲の縁が金色に輝いていても、その美しさを愛でる者はいない。


窓辺には、一人の少女が佇んでいた。


兵藤 ナギ——シントニアとヘムロック、両組織の総帥である兵藤 一成の孫。

その横顔は、精巧な人形のように整い、黒髪が夕陽を受けて赤銅色に輝いている。

だが、瞳には——感情という機能が欠落しているかのように、何も宿っていない。


「……辺境同士が手を取り合うのは、まだ少し早い——監視を強化しておきなさい」


ナギが、氷のように冷たい声で、静かに呟いた。

背後に控えていた部下が、頭を垂れる。


彼女は、再び窓の外を見つめた。

夕陽に染まる街並み。

整然と並ぶビル群。


その遥か先に、第九地区がある。 地図上では小さな点に過ぎない、辺境の地。


「……消化試合、といったところですね。 存分に活用してさしあげましょう」


夕陽が、ナギの横顔を、血のように赤く染め上げる。


窓ガラスに映る彼女の瞳は——どこまでも、冷たかった。

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