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ディストピア系アイドルゲームの指揮官に転生したので、クズを演じながら推し活することにした  作者: 西嶽 冬司
3章【盟約、あるいは縄張り争い】

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第26話【実演、あるいは甘美なる降伏】


「百聞は一見にしかず、ってやつだ」


翌朝。響は七区の一行を『実演ツアー』に案内した。


農業プラントへ続く道を歩きながら、美咲は周囲を見回す。

七区の男たちは、相変わらず任侠映画から飛び出してきたような風体だ。

だが、昨日の夕食後と比べると、どこか表情が柔らかい。

万里の料理は、彼らの心まで溶かしたらしい。恐るべし、飯の力。


「ここが、ウチの農業プラントだ」


響が、広大な敷地を示した。 目の前一面に広がるのは、青々とした畑。

元は滑走路として使われていたエリアの成れの果てだ。

整然と並んだ畝には、トマト、キュウリ、ナス、キャベツ、レタス——色とりどりの作物が、陽光を浴びて輝いていた。


「……嘘じゃろ」


錬達が、呆然と呟いた。 その隣では、七区の技術者たちが目を見開いている。


七区にも、噂は届いていたのだろう。

三区が独占していると思われていた技術の正体。

実は、辺境の第九が開発し、売却したものだという話。

だが噂は所詮噂だ。 その目で見るまでは、半信半疑だったに違いない。


「ほんまにここが出処じゃったんか……」


錬達の部下——歯車の刺青を持つ技術者が、畑に駆け寄った。

土を手に取り、匂いを嗅ぎ、指で揉み解す。 その目が、驚愕に見開かれた。


「この土……完全に浄化されとる。 有機物の含有量も異常に高い。

 こがぁな汚染地帯で、どうやって……」


「静香ちゃ〜ん、データ見せてやって〜」


響が振り返ると、霧島 静香がタブレットを差し出した。

眼鏡の奥の瞳は、以前の疲弊した色ではなく、落ち着いた光を湛えている。


「現在のバクテリア活性率と、土壌成分の推移です。 順調な伸びですね。

 活性率は中央に流通しているものの約3倍。 改良を重ねた結果です」


七区の技術者が、食い入るようにデータを見つめる。

何度も画面をスクロールし、数値を確認し、また戻る。

その顔色が、みるみる変わっていった。


「……マジや。 三区に出回っとったデータとは全然違うぞ。

 改良どころの話じゃねぇ。 根本から設計思想が違う」


「当たり前だろ。 胡座をかいてちゃ足元を掬われるからな」


響が肩をすくめ、何でもない事のように嘯いた。


美咲は、静香の横顔を見た。

美味しい美味しいと、もりもりご飯を食べてる影響か、以前よりも肌艶が良い。

寒く暗い部屋で、頭痛薬をボリボリと齧っていた頃の不健康な顔が嘘のようだ。


「……七区に技術提供したら、また静香さんの負担が増えるんじゃないですか?」


「心配すんな」


美咲は小声で話しかけた。

響は軽く肩をすくめた。


「今までの土壌改良で、だいぶデータ取りもできてる。

 リアルタイムで計測しなくても、ある程度対応できるようにしたから大丈夫だ」


——無能と有能の反復横跳びがえげつねェ——


普段はクズで種馬でダメ人間なのに、こういう時だけ妙に先を読んでいる。




***




「響ぃぃぃぃぃ!!」


食料加工施設の入り口に差し掛かった時、甲高い声と共に小柄な影が飛び出してきた。


泥だらけの少女だった。

ボサボサの髪に、小麦色の肌。 作業着は土で汚れ、所々に草葉がくっついている。

野生児という言葉が、これほど似合う人間も珍しい。


「今日のトマト、甘いぞー!」


少女は勢いそのままに、響に飛びついた。

まるで獣のような俊敏な動き。 まぁ第九にはそんな奴しかいないけど。

響の胸に顔を埋め、尻尾があれば千切れんばかりに振っているだろう。


「おー、そうかそうか。偉いなー、ノラ」


響は慣れた様子で、少女の頭を撫で回した。ノラ——響の四番目の妻にして、元野良ノイザー。廃墟で野生化していたところを保護され、今は農業プラントの管理を任されている。言葉遣いは拙いが、植物を育てる才能は本物だ。


「ん〜、響のにおい、好き〜」


ノラは響の胸に顔を擦り付け、幸せそうに目を細めた。その仕草は、まるで飼い主に甘える犬のようだ。


「あまーーーーーい!」


美咲は絶叫した。


「仕事してください! 視察中ですよ!?」


「んー? でもトマト甘いから、響に教えたかった」


ノラは不思議そうに首を傾げる。甘いのは空気だっつーの。


七区の男たちが、ざわついていた。


「おい……あの娘、まさか……◯学生か? ヤベェやろ」

「さっきまで弥生(姐さん)とイチャついとったのに……」

「嫁が四人っちゅう噂、マジじゃったんか……倫理観イカレちょる……」

「いや待て、あの野生児みてぇな娘が農場管理者じゃと? どういう人事じゃ……」


まぁ従姉妹とイチャついてた男が、今度は合法ロリとイチャついてるんだ。

普通の論理感の人間なら、そんな反応にもなるだろうな。

美咲は、改めて響の非常識っぷりを思い知った。 むしろ自分が慣れすぎだ。


錬達は、なんとも言えない複雑な顔でその光景を見つめていた。

呆れと困惑と、ほんの少しの羨望が入り混じったような表情だ。


「はいはい、ノラはいい子だな〜。 後でご褒美あげるから、今は仕事に戻って〜」


「んー、わかった。じゃあ後でねー」


ノラは名残惜しそうに響から離れると、また駆け足で農場へと戻っていった。

その背中を見送りながら、七区の男たちはひそひそと囁き合っている。


「なぁ……あれで農場回っとるんか?」

「回っとるどころか、さっきの作物見たじゃろ。あの品質じゃぞ」

「……世の中分からんのぉ」




***




食料加工施設を出たところで、一行の前に儚げな少女が姿を現した。

風に揺れる銀髪。 透き通るような白い肌。 どこか現実離れした美貌。

響の義妹にして、第九部隊のソリスト——篠崎千紗がそこにいた。

いつ見ても、見た目だけは天使。 見た目だけは。


「義兄さん、お疲れ様です」


千紗は小走りで響に駆け寄ると、響の腕にそっと手を添えた。


「朝からずっと案内をされていたでしょう? お茶をお持ちしました」


「お、サンキュー千紗。気が利くねぇ」


「義兄さんのためですから」


響が千紗の頭を撫でる。 千紗は目を細め、幸せそうに微笑んだ。

その笑顔は純粋そのものだった。

だが、響の腕に絡みつく手の力は、明らかに義妹のそれではない。


「義兄さん、今夜は千紗がお食事をお持ちしますね。一緒に食べましょう?」


「いいよ、いつもありがとね」


「ふふ、千紗は義兄さんのお傍にいられるだけで幸せですから」


その甘ったるい光景に、七区の男たちが固まった。


「おい……あれ、義妹じゃろ? 『義兄さん』言うとったぞ……」

「じゃが、あの距離感……どう見ても……」

「血ぃ繋がっとらんにしても、あれは流石に……」


錬達が、こめかみを押さえた。


「……嫁四人に飽き足らず、義妹までか。どうなっとるんじゃ、この基地は」


千紗が、七区の男たちをちらりと見た。

その瞳は澄んでいたが、どこか——底が見えない光を湛えている。


「あら、お客様方。義兄さんのこと、何か勘違いされていますか?」


その声は穏やかだった。だが、美咲は背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「義兄さんは、世界で一番優しくて、一番格好良くて、一番素敵な方です。

 千紗が誰よりもよく知っていますから」


にっこりと微笑む千紗。

その笑顔は天使のように無垢で、だからこそ——恐ろしかった。

七区の男たちが、顔を引きつらせた。


「……わし、何かもう帰りてぇ」

「俺もじゃ……」

「この基地、魔境じゃ……」


美咲はその様を見て確信した。

七区のメンバーとは、めちゃくちゃ仲良くできるかもしれないと。

少しだけベクトルの違う希望が、美咲の胸の中で輝いた。




***




その後、一行は万里の厨房へ案内された。


出されたのは、昨夜とはまた違う料理だった。

採れたての野菜をふんだんに使ったミネストローネ。

香ばしく焼き上げられた自家製パン。

ハーブを効かせた自家製ソーセージ。

そして、色とりどりの野菜が盛られたサラダ。


湯気と共に立ち上る香りが、食堂全体を包み込んでいた。

トマトの甘酸っぱさ、焼きたてのパンの芳醇な匂い、ソーセージから滲み出る肉汁の香り——それらが混ざり合い、食欲を刺激する。


七区の男たちが、恐る恐る料理を口に運ぶ。


「……っ」


一口食べて、沈黙。スプーンを持つ手が、止まった。

既に万里の料理の実力は思い知らされている。

だが、改めて口にすると、やはり衝撃を受ける。


そして——


「……くそ、やっぱり美味ぇ。

 昨日食ったばかりじゃっちゅうのに、また感動しとる自分が腹立つわ」


「分かります……」



錬達の悔しそうな呟きに、美咲は深く頷いた。

配給食で育った人間にとって、『本物の味』は衝撃なのだ。

栄養ブロックや合成タンパクでは決して得られない、素材そのものの旨味。

それを知った瞬間、自分がこれまで何を食べてきたのかを思い知らされる。

美咲も毎日この食堂で食事をしているが、未だに慣れない。 いや、慣れたくない。

この味に慣れてしまったら、外の世界で生きていけなくなる。

そして、これを当たり前だと思うことは、みんなの努力を当然のものだと享受することに他ならない。


七区の男たちは、黙々と料理を口に運んでいた。

昨夜のような号泣はないが、その表情は穏やかだ。

強面の顔が、食事の間だけは柔らかくなる様を、万里は黙って眺めていた。

表情は相変わらず無愛想だが、その目にはかすかな——本当にかすかな——満足の色が浮かんでいるように見えた。




***




食後、一行は第九基地の外柵周辺——変換炉群へと向かった。


「ここが、ウチのダンパー施設だ」


響が、巨大な装置を示した。変換炉——ディストルのエネルギーを変換し、安全に処理するための中核設備。

普段は関係者以外接近禁止だが、特別に七区の技術者たちにも公開されていた。


「技術解説は、ひなたに任せる」


響が振り返ると、眠そうな目をした少女——宇佐美ひなたが前に出た。

通り髪はボサボサで、目の下にはうっすらと隈がある。

いつもの『限界エンジニア』スタイルだ。


「……んー、これが第九式変換炉。

 基本構造は中央に流通してるものと同じ。 でも、いくつか改良してる」


眠そうな声。 だが、説明は的確だった。


「まず、コアの配置を直列から並列に変更。これで処理効率が約40%向上してる。

 次に、冷却システムを水冷式からハイブリッド式にした。

 なんとびっくり、連続稼働時間が従来の3倍に延びた」


七区の技術者たちが、身を乗り出した。 目の色が変わっている。


「そして、一番大きいのが自動制御システム。

 従来はリアルタイムで係数計算してたけど、自動化した」


「……は?」


技術者の一人が、絶句した。


「自動制御って……暴走せんのか? 三区みたいに」


「二年くらいデータ取って、パターンを解析した。

 例外処理も組み込んでるんで、たぶん大丈夫」


ひなたは眠そうに目を擦りながら、淡々と言った。


「毎回手動で計算するの、面倒」


七区の技術者たちが、顔を見合わせた。

その表情には、驚愕と——畏怖のような色が浮かんでいる。


「これが噂の変換炉か……」


錬達が、低く呟いた。


「マジで三区に流通しとるものと同じ……いや、構造が違う。効率もやべぇ……」


その声には、悔しさが滲んでいた。

七区も技術者集団として誇りを持っている。

だが目の前の技術は、その誇りを揺るがすほどのものだった。


「でも、叩き台を作ったのは弥生さんだぜ?」


響が振り返った先。 弥生が、一行の後方に立っている。

錬達の視線を避けるように、少し距離を置いていた。


「弥生さん」


響が彼女の元へ歩み寄った。


「ありがとうね。弥生さんの設計図がなければ、ここまで来れなかった」


そう言って——響は、弥生を抱きしめた。


「ひゃっ……ひ、響さん、皆の前で……っ」


弥生の顔が真っ赤に染まる。だが響は構わず抱き締め続けた。


七区の男たちが、再びざわつく。


「おい……また姐さんに抱きついとるぞ……」

「やっぱ噂通りの種馬のクズじゃの」

「職権濫用して、自分のハーレムにしとんのかい。 最低じゃ」

「じゃが……部下への感謝を、ああやって示せる上司っちゅうのも……」

「お前、毒されとるぞ」




***




視察が一段落し、一行は談話室へと移動した。


美咲がお茶を淹れている間、錬達は窓際に立ち、外を眺めていた。その視線の先には、農業プラントが広がっている。夕陽に照らされた畑は、金色に輝いていた。


「多々良の技術が、ここまで応用されとるとはのぉ」


錬達の声が、静かに響いた。その背中には、複雑な感情が滲んでいる。


「これは私一人の技術じゃないわ。第九のみんなで作り上げたものよ」


一歩前に出た弥生へ、錬達が振り返る。 その目には、複雑な光が宿っていた。


「じゃが、根幹にあるんは多々良の技術じゃ。

 変換炉の基本設計も、土壌改良の基礎理論も——全部、七区で学んだことじゃろ」


「……それは」


「血は争えんっちゅうことじゃ」


錬達が、一歩踏み出した。その目が、真っ直ぐに弥生を射抜く。


「お前は、どこまで行っても『多々良』なんよ。骨の髄までな」


「いいえ。 これは『第九』の技術よ。私一人じゃ作れなかった」


弥生が、真っ直ぐに錬達を見つめ返した。その瞳には、もう迷いはなかった。


「静香さんのデータ解析がなければ、土壌改良は実現しなかった。

 ひなたちゃんの機械設計がなければ、変換炉は動かなかった。

 そして——響さんがいなければ、誰もこの道を歩もうとは思わなかった」


弥生が、一歩後ろに下がる。 その背中が、響の胸に触れた。


「私が七区で学んだことは、確かに土台になってる。

 でも、それだけじゃ何も変えられなかった。

 みんなの力が合わさって、初めて形になったの」


弥生の声は、静かだが、揺るぎなかった。


「今の私は、『篠崎 弥生』。 第九の技術者で、響さんの妻。

 それが、私の選んだ居場所よ」


響が、弥生の肩にそっと手を置いた。


錬達は、しばらく二人を見つめていた。

その表情は——怒り、失望、そして——どこか、諦めのような複雑な色。


「……そうかい。 相変わらず、頑固な女じゃ」


錬達が、小さくため息をついた。

その声には、もう先ほどまでの鋭さはなかった。




***




夜。 基地の大半が寝静まった頃。

リリィは通信室で作業を続けていた。


彼女の前には、複数のモニターが並んでいる。

その画面には、傍受した通信データが流れていた。

ノートPCのキーボードを爆速で叩く音だけが、静かな部屋に響いている。


「……」


リリィの指が、キーボードの上で止まった。

画面に表示されたのは、暗号化された通信データ。

一見するとただのノイズ だが、リリィの目はその中にパターンを見出していた。


「この暗号パターン……」


ボソリと呟くリリィの眉間に、わずかな皺が寄る。


変態パパ(コンダクター)、起きてますか? 至急、見てほしいものがあります」


リリィは、通信機に手を伸ばした。


数分後——響が、通信室に姿を現した。寝間着姿だが、その目は鋭く覚醒している。

ただし、ちょっと息が荒く、服も乱れている。

あと、なぜか消臭スプレーの香りがする。


「何があった」


「これを」


しれっとしている響に呆れつつ、リリィがモニターを示した。


「七区の通信に紛れて、別の暗号通信が流れています。

 周波数を偽装して七区の通信に見せかけてるけど——中身は全く別物です」


画面を覗き込む響の表情が、徐々に険しくなっていく。


「この暗号パターン……闇市場で使われてたやつか」


「はい。 以前、不正流通を追った時に見たものと同じだと、リリィも思いました」


響の表情が、さらに険しくなった。


「七区の連中が持ち込んだのか、それとも——」


「分かりません。ただ、昨日の会話——『例の部品』というワード。

 これと関係があるかもしれないと、リリィの内なる声も囁いてます」


響は、窓の外に目を向けた。

闇に沈む基地。 その向こうには、七区の面々が宿泊している施設がある。


「……きな臭くなってきたな」


その声は低く、冷たかった。 普段の軽薄さは、完全に消え失せている。


「リリィ、引き続き監視と、通信の解析も進めてくれ。

 怪しい動きがあれば、すぐに報告しろ」


「了解です、変態パパ」


通信室を出て行く響の背中を見送りながら、リリィは再びキーボードに向かった。

その手元には、響が報酬として置いていった、お菓子とジュースが置かれている。


夜の闘が、第九基地を包み込んでいる。

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