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ディストピア系アイドルゲームの指揮官に転生したので、クズを演じながら推し活することにした  作者: 西嶽 冬司
2章【楽園、あるいは独裁国家】

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第23話【門出、あるいは二律背反】


「……というわけで、今回はギリギリセーフってところですかね」


『ターミナル』襲撃から一ヶ月。

破壊された設備の修復作業は着々と進み、第九基地にはいつもの喧騒が戻りつつあった。

執務室の窓から差し込む朝日が、相変わらず雪崩を起こしている書類の山を照らしている。 美咲はため息をつきながら、向かいの席でコーヒーを啜る響を見つめた。


「なんだか、響さんの言っていた『原作』の内容みたいな感じでしたね」


「……俺が言ってた内容?」


「ええ。千紗ちゃんの能力の影響で、第九が滅びるのが『正史』だって。

 今回の件も、発端を考えれば同じ運命力のようなものを感じて……」


大量のディストルを搭載した特攻船。

本来なら、第九部隊はあれで壊滅していてもおかしくなかった。


もちろん、千紗が直接関与したわけではない。

だが彼女を取り巻く運命の歯車が、強制的に破滅へと収束しようとしている——


美咲はそんな薄ら寒い感覚を覚えていた。


「あっ、待ってください。 別に千紗ちゃんを悪く言ってるわけじゃないですよ?

 なので、どうか命ばかりはお助けくださいぃ……」


響の目がすっと細められたのを見て、美咲は慌てて付け加える。

最近、この男の『推し』に関する地雷原がどこにあるのか、肌感覚で分かるようになってきた。

ビバ、生存本能。


響はコーヒーの湯気越しに、窓の外を見上げた。


「……つまり俺は、まだ『クソ運営』の『正史ルート』から抜け出せてないってわけか」


かつて彼が語った、ゲームとしての絶望的な未来。

どれだけ抗っても、世界はそこへ収束しようとする。


だが——響は、不敵に口角を上げた。


「上等だ。必ず俺は第九と千紗の運命を覆して、ハピエンを目指してやるよ。

 俺のプレイングスキルを舐めんなってな」


その目には、諦めや絶望など微塵もない。

あるのは、難攻不落のクソゲーを攻略するゲーマーのような、不屈の闘志。


「それに、収穫もあった。 なぁ真凜」


「はい。 三区より、通信再開の申し入れが来ております」


響の言葉を引き継ぐように、書類の影から真凜が淡々と報告を読み上げる。

もういつもの事なので、今更美咲も驚いたりはしない。 肩がビクンとするのはご愛嬌だ。


「要約すると——『今回の件は遺憾である。再発防止に努める。ついては通信と物流の再開を提案したい』……と」


「さすがに総裁のお孫様を危険に晒したのはマズかったか。で、こっちのメリットは?」


響が、にやにやと笑みを深めた。


「物資の供給再開。ただし、以前より減額された予算での配分となります。

 また、第九地区の『自治権』について、暗黙の承認を得られる見込みです」


「えっ、本当に独立しちゃったんですか!?」


三区との全面対決を覚悟していたが、結果として得られたのは『暗黙の自治権』。

名目上はシントニアの傘下でありながら、実質的には独立した運営が認められる。

政治的には微妙な立場だが、今の第九には十分すぎる成果と言える。


「向こうもインフラがガタガタで、俺たちのご機嫌を取らざるを得ないからな」


響が椅子の背もたれに深く沈み込み、悦に入る。 悪い顔だなぁ。


「それと、もう一点」


真凜が、タブレットを操作する。


「通信再開後、一区をはじめとする辺境地区から打診が来ております。

 『第九の技術を分けてくれ』と」


美咲は目を見開いた。

今回の騒動で、三区のライフラインの正体が露見したのだ。

三区の支配に苦しむ他の辺境にとって、それは希望の光に映ったのだろう。


「三区を経由しない、辺境同士のネットワークルートが作れるわけか」


少年のように無邪気な響の指が、画面上の地図をなぞる。

中央を包囲するように、辺境の点と点が線で結ばれていく。


その構想は、国家転覆レベルの壮大なものだ。

美咲は改めて、この男の底知れなさに戦慄し——そして、少しだけワクワクした。




「コンダクター。少々お時間をいただけますか」


いつもの読めない微笑みを浮かべ、ナギが静かに告げた。

傍らには、どこかやつれた様子の高宮がいる。

どいつもこいつも音もなく現れすぎなんですが?


「三区との通信が回復しました。私は本部に報告義務がありますので、一足先に戻ります」


ナギは深々と頭を下げた。相変わらず完璧で、隙がない所作。


「高宮監査官は……これからの第九とのパイプ役として、現地に残った方が良いでしょう」


しれっと告げるナギに、高宮が「えっ」と声を上げる。 だがナギは笑顔で無視した。


「彼なら、第九の『良さ』を十分に理解していますから」


——あ、これ厄介払いだ——


美咲は直感した。 高宮はもう、三区にとっては『不要な存在』なのだ。

体のいい理由をつけて、ここに捨てていくつもりだろう。


呆然とする高宮を、響がニヤニヤとした顔で見つめていた。 悪い顔だなぁ。


「『汝、この門を潜る時、一切の希望を捨てよ』。 歓迎するよ、パシリ2号くん」


響が、芝居がかった口調で呟く。


「……私、広報なんですけど?」


美咲が、ジト目で割り込んだ。


「似たようなものでは?」


「全然違うよぉ!」


美咲が目をクワッと見開く。

広報兼記録係という立派な肩書きがあるのに、パシリ扱いは断じて認められない。

若干自分でもそうかもと思い始めている手前、認めれば既成事実となってしまう。


「お、お互い……今後も苦労しそうだな」


高宮が、引きつった笑みを浮かべながら美咲へ声をかけた。

同じ『被害者』として、連帯感を求めているらしい。 小賢しい。


「私は、もうなんとなく慣れました……」


美咲は遠い目で答えた。 慣れたくなかったけど、慣れてしまったものは仕方ない。


「まぁ仕事すりゃ、今後もママのご飯を食わせてやるよ」


響が、にやにやしながら告げる。


「くっ……背に腹はかえられないか……!」


高宮が、屈辱に顔を歪めながらも頷いた。


——こいつもだいぶキャラが濃いなぁ——


美咲は、新たな同僚を眺めながら溜息をついた。

第九に来てから、まともな人間に出会った記憶がない。

類は友を呼ぶというか、引き寄せの法則というか。

あれ? そうなると自分も同類ってこと? 美咲は考えるのを止めた。


「なぁ高宮。第九の飯、美味かっただろ」


響が、不意に話題を変えた。


「……認めたくはないが」


高宮が、苦虫を噛み潰したような顔で答える。

彼が最初に万里の料理を口にした時の衝撃は、美咲もよく覚えている。

『味』というものを初めて知ったかのような、あの表情。


「お前、三区で何食ってた?」


「は? 当然、安全管理された三区産の——」


高宮の言葉を遮るように、響がニヤリと笑った。


「残念。あれも全部、ウチの技術で作ったものだ」


「……は?」


高宮の顔が凍りついた。


「土壌改良技術、ノイズ波長の解析。三区はそれを買い取り、『三区産』ってラベル貼って配給してただけ」


響が指を立て、得意げに語る。 高宮の顔色が、みるみる蒼白になっていった。


「『劣等な蛮族』と見下してたものに、お前達はずっと生かされてたんだよ」


響の言葉が、容赦なく高宮の誇りを打ち砕く。


「そんな……バナナ……」


三区の『選ばれたエリート』という自負。

『蛮族』を見下し、支配する側だという優越感。


それら全てが、音を立てて崩壊していく。


美咲は、がくりと膝をついた高宮を、複雑な思いで見つめていた。

それは、九区を『辺境』と見なしていた、かつての自分の焼き増し。

汚染土壌の野菜を恐る恐る口にしたあの日のことを、今でも覚えている。


「……ま、これからは本物が食えるんだ。 感謝しろよ?」


響はそう言って、高宮の背中をバンと叩いた。

高宮の目には、絶望と——そして憑き物が落ちたような色が混じっていた。


「……なるほど。生物学的なアプローチですか」


振り返ると、ナギがタブレットを手に何かをメモしていた。


「ノイズ波長と土壌成分の相関分析……興味深いですね」


ナギは微笑みながら、すぐにタブレットを閉じた。


「短い間でしたが、お世話になりました。大変良い勉強ができました」


深々と頭を下げるナギ。 角度、タイミング、表情——全てが計算されたかのように美しい。

だからこそ、美咲は薄ら寒いものを感じた。


——この人は、最後まで『本心』を見せなかった——


「ナギさん——」


気がつくと、美咲は声を上げていた。


「……また、会えますか?」


我ながら子供じみた質問だと思った。

だがナギとの間に生まれた、奇妙な親しみを捨てきれなかった。

記者仲間のような、あるいは戦友のような——

ナギが振り返る。 その目が、一瞬だけ揺れた気がした。


「……ええ。きっと、また」


微笑みを返し、ナギは執務室を後にした。




「さて、俺はカレンのところに行ってくる。真凜、留守は任せた」


「御意」


いそいそと必要な書類をまとめ始める響。

『カレンのラストライブ』以降、響は毎日ベッドへ横たわる彼女の傍に寄り添い続けた。 必要な仕事を持ち込み、面会時間をフルに活用して。


——変われば変わるものね——


今回の出来事は、響の価値観に大きな影響を与えたようだ。

手を出したり、妊娠させたりしておきながら、どこか『推し』との間に一線を引いていた響。

それが、絶対に手放したくないという気持ちに変わった。


いや——今更本心に気づいた。 と言う方が正しいかもしれない。


「あ、ちゃんミサキも一緒に行く? 今日は湊の再検査の結果も聞く予定なんだよね」


行きたくねぇな。 そんな気持ちを抱きつつ、美咲は響の後を追った。




***




「——で、どうなんだよ『フェルマータ』」


基地内に新設された、『パウーザ』の診察室。

響と美咲が見守る中、湊がベッドに座っていた。

傍には、車椅子に座るカレン。 よっぽど離れたくないらしい。


画面越しのフェルマータ——いや、フェルマータAIが、無機質に告げる。


「再検査の結果……妊娠の兆候はありませんでした」


その言葉に、湊が固まった。 その場にいた全員が固まった。


「……は?」


「ホルモンバランスの乱れによる偽陽性でした。

 救助活動によるストレスと、不規則な生活が原因と思われます」


淡々と告げるフェルマータAI。 湊は数秒間、口をパクパクさせ——


「……えっ」


ようやく、その事実を理解した。


「つまり想像妊娠? へぇ、そんなに俺の子供が欲しかったんだ?」


響が、にやにやしながら割り込んだ。

湊の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。

耳まで、首まで、真っ赤に沸騰していく。


「やめろぉぉぉぉ!! 記憶から消せぇぇぇぇ!!」


湊が絶叫し、ベッドの上でのたうち回る。

羞恥心で死ねるなら、彼女は今頃灰になっているだろう。


「あーあ、ツンデレこじらせるとこうなるのね」


カレンが、気だるげな声で茶々を入れる。

彼女の手は、自分のお腹——本物の命が宿る場所を、優しく撫でていた。


「カ、カレンさんまで……!」


「事実じゃん。『ハニー』って呼ばせてるくせに」


「あれは……その……っ!」


美咲は、生暖かい目でその光景を眺めていた。

みんなの前であれだけデレデレしていたのだ。 さぞや根深く、黒歴史として残るだろう。


「ま、結果オーライだ。戦力が減らなくて済んだしな」


響が笑い、湊の頭をくしゃりと撫でる。


「まずは平和な世界を作ってから。 そしたら本当にお願いするよ」


「……っ///」


湊は真っ赤な顔のまま、黙り込んだ。 否定はしないらしい。本当にチョロい。




***




シントニア本部。

薄暗い執務室に、通信端末の光だけが浮かんでいる。


『——第九の戦力評価は完了しました』


ナギの声が、静かに響く。


『これ以上の滞在は、正体が露見するリスクがあります』


通信相手は、画面には映っていない。

だがナギの声には、普段の穏やかさとは異なる——任務報告特有の、機械的な抑揚が混じっていた。


「……そうか。ご苦労だったな——









 ナギちゃん」


「下水でうがいしたような声で、『ちゃん』付けは止めてください。 反吐が出ます」


「相変わらずナギちゃんは冷たいなぁ。 おじいちゃんは悲しいよ」


無表情の顔からは想像もできない間延びした声で、おじいちゃん——兵藤一成は応答した。


「いくら可愛いナギちゃんの頼みでも、おじいちゃん心配だったんだよ?

 あ、ちゃんと上層部の連中は処理しておいたから。ナギちゃんの作戦通りに」


『シントニアには、あんなゴミは必要ありませんからね』


黒岩と宇垣——第九への報復を企てた狸親父ども。

彼らは今頃、どこかの暗い穴の中だろう。

シントニアの闇に呑まれ、存在そのものを消されて。


「とはいえ、よく頑張ったね、ナギちゃん。










 ……いや、孫娘としてではなく、同志として労うべきか」


兵藤の声が、僅かに重みを帯びた。

ナギの表情が、僅かに揺れた。 だがそれは一瞬のこと。

すぐにいつもの、読めない微笑みが戻る。


「よくやった——『ヘレボルス』の『ニゲル』」


兵藤 一成——シントニア総裁にして、ヘムロック首領。


二律背反する二つの顔を持つ男が、孫娘の『成果』を称えていた。


「……ありがとうございます、総帥」


ナギ——『ニゲル』は、静かに頭を下げる。


『第九の技術は、『計画』の核心に迫るものです。

 エネルギー転換技術、土壌改良技術……あの男は、私たちが諦めていた『平和』への道筋を示しています』


「ああ。だからこそ——その『希望』を正しい方向へ導く必要がある」


沈黙が、執務室を満たした。

やがて兵藤は、低く笑った。


「くっくっく。飼い犬が狼になったか」


その言葉の真意を、ナギは問わなかった。

ただ静かに通信を終了し、端末の画面が暗転する。




——これを機に、三区は九区への認識を改めることとなった。

辺境の『負け犬(アンダードッグ)』ではなく、『野犬(ワイルドドッグ)』。

群れで獲物を狩る、獰猛な捕食者。


そして、その群れを率いる男——篠崎 響。


神の頂(シントニア)に背いた獣の王——


大逆の狼王(リュカオン)


侮蔑と微かな畏敬を込められた呼称。

それが、三区の闇に刻まれた響の『戦果』だった。

よくぞ勇者。 9,500文字とかヤべェね。

書きたい話はいっぱいあったけど、

だいぶ削っちゃいました。 とっても悲しい。


『面白かった』『続きが楽しみ』

そう思っていただけましたら、

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作者のモチベーションに繋がります。

ぜひよろしくお願いいたします。


3章については、来年の1月4日に投稿予定です。


えっ、ディストピアでスローライフですか?

次回『辺境、あるいは黄金郷』

お楽しみに。


1月1日には、番外編もお届けします。


それでは、よいお年を。 ゴーハモ☆

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