第20話【卒業、あるいは泥を啜る覚悟】
オーディションの熱狂が過ぎ去った後——
第九部隊基地の食堂は、変わらず打ち上げの喧騒に包まれていた。
新人たちの歓声、メンバーたちの笑い声。
料理の匂いが入り混じり、荒廃した世界の存在を忘れさせる——
そんな、温かな空気が広がっている。
美咲は壁際に背を預けながら、その光景を眺めていた。
「よっしゃあああ! トンカツ食うぞおおお!」
響の絶叫が、食堂の天井を揺らした。
両手を高々と掲げ、子供のようにはしゃぐ。
その姿は、とても辺境部隊の指揮官には見えない。
美咲は呆れ半分、感心半分でその背中を見つめた。
この人は本当に、こういう瞬間を大切にする。
戦場の合間に訪れる、束の間の平穏を。
「トンカツって……まさか」
美咲の脳裏に、ある不穏な予感が過ぎった。
この基地で飼育されている豚といえば、あの忌まわしき存在しか思い浮かばない。
——第九ベラ豚ナ(仮)!?——
美咲の脳裏に過ったのは、響が高宮を処理するのに使用しようとした豚。
なぜか豚のくせにやたら耽美で、艶やかな黒髪をした姿を脳内再生してしまう。
「死にたいのかしら?」
氷点下の声が、美咲の鼓膜を刺した。
振り向けば、如月玲が優雅にグラスを傾けながら、こちらを見据えている。
その瞳には、明らかに殺意が宿っていた。
「ぴぇぇぇ!!」
美咲は反射的に後ずさった。 盾は!? 盾はどこ!?
視線を巡らせると、いつも通り女性に囲まれている盾が目に入った。
カレン、弥生、湊、それと見慣れぬ二人。
まさか、あれが残りの嫁!? ここで勢ぞろいなの!?
前門の『恐怖の大王』、後門の『最終戦争』!?
今日だけで、地球は何回滅ぶの!?
「……ふぅん」
ぴよぴよしている美咲から、玲は興味を失ったように視線を逸らし、再びグラスに口をつけた。
その傍らでは、透が黙々と料理を口に運んでいる。
その姿を玲がチラリと視線だけ向けた後——もう一度、見た。 綺麗な二度見だった。
だって、一人で黙々と四人前くらい食べてるんだものね。 どこに収まってるの?
オーディションで『客演』として迎えられた二人は、すっかり打ち上げに溶け込んでいた。
テロリストと同じテーブルで食事をするという異常事態に、もう誰も疑問を呈さない。
それが、第九の日常だと言わんばかりに。
「メインディッシュが出来たぞ」
万里が厨房から姿を現した。
その両手には、湯気を立てる大皿が握られている。
190センチを超える巨体が、まるで給仕のように優雅に——
いや、優雅というには些か威圧的すぎる足取りで——テーブルへと近づいてくる。
なんだろう。 食事を振る舞われるはずなのに、食事として振る舞われそう。
大皿の上には、黄金色に輝く衣をまとった豚肉が山のように積まれていた。
ジュワッと油の音が聞こえそうなほど、艶やかな光沢。
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、美咲の胃袋を直接殴りつけてくる。
「これが……」
「ああ」
響が誇らしげに胸を張った。
「全部、第九産。俺たちの畑で育てた食材だけで作った」
その言葉に、食堂がどよめいた。
合成タンパク質でもなく、配給のレーションでもない、正真正銘の豚肉。
それを揚げたトンカツ。
添えられた野菜も、すべて第九地区の土壌で育てられたもの。
「汚染土壌で育てた食材で、だと……?」
高宮の声が、場の空気を切り裂いた。
彼は席から立ち上がり、料理を睨みつけていた。
その顔には、嫌悪と——そして、隠しきれない恐怖が浮かんでいる。
「き、貴様……! 汚染土壌で育ったものなど、口にできるか!」
高宮が後ずさる。
「誇り高きレゾナントが、そのような……! ウイルスや細菌が混入していたらどうする!
そんな危険な食物など、私は絶対に——」
だがそう言いながらも、彼の視線は料理に釘付けだった。
唾を飲み込む音が、美咲の耳にまで聞こえてくる。 気持ちは分かる。
三区からの補給が止まってから、高宮はまともな食事をしていないはずだ。
間違いなく、持ち込んだレーションはとっくに底をついている。
「私はいただきますね」
涼やかな声が、高宮の言葉を遮った。
兵藤 ナギだった。
彼女は何の躊躇もなく席に着き、箸を手に取った。
その所作は、まるで高級レストランで食事をするかのように優雅で——
だが同時に、野戦での食事に慣れた者特有の実用性を兼ね備えていた。
一口、口に運ぶ。
「……美味しい」
ナギは微かに目を細めた。
その表情には、演技の気配が微塵もない。 純粋な感嘆だけだった。
「祖父は、もっと酷い環境で世界を再建しました」
ナギは淡々と続ける。
「瓦礫と灰の中で、泥水を啜りながら。それに比べれば——これは、天国の晩餐ですね」
高宮が愕然としていた。
兵藤家の令嬢——あの兵藤 一成の孫娘が、汚染土壌で育った食物を平然と口にしている。
その事実が、彼の価値観を根底から揺さぶっていた。
——この人、本当に何を考えてるんだろう——
美咲は、ナギの横顔を見つめた。
自分が最初に食べたトマトのことを思い出す。
毒見をするように、恐る恐る口にしたあの味。
酸味と甘みが口の中で弾けた瞬間の驚き。
だがナギは、そんな躊躇を微塵も見せなかった。
肝が据わっている——いや、それ以上の何かが、彼女にはある。
もしかしたら、話が通じる相手かもしれない。
そんな気持ちが、美咲の胸の中で湧き始めた。
ただ、言い回しがいささか物騒だったけど。 死ぬの?
「ほら、他の連中も食え」
響の声に促され、第九部隊のメンバーたちが次々と箸を取る。
千紗、湊、カレン、リリィ、真凜。
そして客演のベラドンナ——玲と透も。
誰もが当たり前のように料理を口に運び、頬張り、笑顔を浮かべている。
その光景は、荒廃した世界の片隅で咲く、小さな花のようだった。
「……っ」
高宮は、その光景を呆然と見つめているようだった。
みんなは——平気なのだ。
『汚染土壌』で育った食材を、何の抵抗もなく食べている。
むしろ、美味そうに頬張っている。 と言うかメチャクチャ美味しい。
彼が『劣等』と断じていたものを、誰もが当然のように享受している。
「食わないのか、高宮」
響が、にやにやと笑いながら言った。
「別にいいぜ。 お前の分は俺が食うから」
「ぐ……っ」
高宮の腹が、盛大に鳴った。
体は正直だ。
いくら精神が拒否しても、肉体は飢えを訴えている。
空腹というものは、人間から理性を奪う最も原始的な力だ。
「食べないの?」
声がして、高宮は顔を上げた。
万里が、無表情でこちらを見下ろしている。
キャラデザの癖の如き巨体が、山のように高宮を圧迫していた。
彼女の手には、新たな皿が握られている。
「ひ……っ」
高宮が、反射的に椅子ごと後ずさる。
この女性は、高宮にとって恐怖の対象だった。
オーディションの時も、その威圧感に何度も息が詰まっていた。
鉄塊のようなドラムスティックを振るい、敵性ノイズを粉砕してきたであろう、その腕力。
『ロジック・アンプ』が使用できない高宮にとっては、何よりも恐ろしい存在だった。
いや第九のメンバー相手なら、誰でも一緒だと思うけど。 ここ、野犬の群れぞ?
「食べないなら、片付ける」
万里が手を伸ばす。
「ま、待て!」
高宮が、慌てて皿を引き寄せた。
「……食べる。食べればいいのだろう」
高宮は震える手で、箸を取った。
自分でも信じられない行動だった。
三区で培われた「汚染物を口にしてはならない」という教え。
それが、彼の全身に染み付いている。
破ることは、自分のアイデンティティを否定することに等しい。
だが——空腹には、勝てなかった。
トンカツを、一切れ。箸で掴み、口に運び——
***
——味がしない——
最初に感じたのは、それだった。
いや、違う。味がしないのではなく——
『味』というものを、高宮は知らなかったのだ。
高宮の脳裏に、三区での食事が蘇る。
無機質な食堂。整然と並ぶ白いテーブル。
完璧に消毒された空間には、何の匂いも存在しなかった。
配給されるのは、完璧に栄養バランスが調整された『食事』——
いや、彼らはそれを『栄養摂取』と呼んでいた。
ブロック状に固められた合成タンパク質。ペースト状の栄養補助食品。
必要な栄養素を、必要な量だけ、必要な時間に摂取する。
それが三区における『食事』の定義だった。
味など、なかった。
いや——味を求めることすら、禁じられていた。
『お前は選ばれたレゾナントだ』
教官の声が蘇る。
厳格で、冷たく、一切の感情を排した声。
それでいて、どこか脅迫的な響きを帯びていた。
『感情に流されるな。完璧であれ』
『食事は燃料補給だ。味覚など、無駄な神経の興奮に過ぎん』
『そのような動物的欲求に支配されてはならない』
かつての高宮には、それが正しいのかどうか判断する術がなかった。
ただ、教官の言葉に従うことだけが、生き延びる道だと信じていた。
訓練校での日々が脳裏を過ぎる。
同期たちが、次々と脱落していった。
訓練についていけなかった者。
精神を病んだ者。
任務中に死んだ者。
彼らは——ゴミのように扱われた。
二度と名前を呼ばれることはなく、記録からも消された。まるで、最初から存在しなかったかのように。
共に食事をした仲間が、翌日には消えている。
それが当たり前の日常だった。
『脱落者に価値はない』
教官の声が、高宮の脳に刻まれている。
『完璧でなければ、生きている資格すらない』
だから、高宮は完璧であろうとした。
感情を殺した。味覚を殺した。人間性を殺した。
そうしなければ——自分も『ゴミ』になってしまうから。
弱さを見せた瞬間、自分も消される。
その恐怖だけが、彼を突き動かしていた。
誰からも、個人として心配されたことがない。
誰からも、人間として扱われたことがない。
温かみのない、冷たいエリート街道。
それが——高宮 セイジの、全てだった。
***
——だが、今——
口の中で、何かが弾けた。
トンカツの衣が、サクリと音を立てて砕ける。
その瞬間、閉じ込められていた肉汁が溢れ出し、舌の上で踊った。
豚肉の繊維が、歯に逆らうように解けていく。
脂の甘みが、舌の上で溶け出す。
そして——香りが、鼻腔を突き抜けた。
揚げ油の香ばしさ。肉の旨味。添えられたキャベツの青い匂い。
それらが混ざり合い、高宮の嗅覚を圧倒した。
三区の無臭の食堂では、決して味わうことのできなかった——生命の匂い。
それは——『生命』の味だった。
かつて食べたどんな高級合成食よりも、暴力的なまでに生きている味。
栄養ブロックの『無』とは、対極にある『有』の奔流。
口の中で、何かが爆発するような感覚。
それは味覚だけではなく、高宮の感情をも揺さぶっていた。
「な、なんだ……これは……」
高宮の声が、震えていた。
「劣等なはずのものが……なぜこんなに……」
箸を持つ手が、止まらない。
一切れ、また一切れ。口に運ぶたびに、何かが——崩れていく。
「う、うまい……」
涙が、頬を伝った。
「なんだこれは……こんなに……」
空腹というスパイスもあるだろう。だが、それだけではない。
この料理には——手作りの温かさがあった。
誰かが、誰かのために、心を込めて作った。その想いが、食材の一つ一つに染み込んでいる。
三区の『栄養摂取』には、決して存在しなかったもの。
効率や合理性では測れない、人間の温もり。
それは、高宮が生まれて初めて味わう——愛情の味だった。
「私は……今まで何を……」
涙が止まらない。
箸を持つ手が震え、料理がぽろぽろとこぼれる。
「誇りとは……これほど脆いものだったのか……」
高宮の中で、何かが——音を立てて崩れていった。
三区で築き上げてきた全て。
選民思想。
優越感。
エリートとしての矜持。
それらが、たった一皿のトンカツによって、瓦礫と化していく。
高宮の頭上に、巨大な影が落ちた。
見上げると——万里が立っていた。
寸尺間違ってね?という巨体。無表情で、感情の読めない顔。
だがその威圧感は、先ほどとは少し違って見えた。
彼女の手には——おかわりが握られている。
「手が止まってる」
万里が、低い声で言った。
その声は、鉄のように硬く、でもどこか温かみを帯びていた。
「……生きるために食え。 死んだら誇りも何もない」
その言葉に、高宮は息を呑んだ。
それは——かつて誰も、かけてくれなかった言葉だった。
『完璧であれ』ではなく。
『脱落するな』ではなく。
『エリートとして振る舞え』ではなく。
ただ、『生きろ』と。
無条件に。何の見返りも求めず。
ただ、生きていることそのものを肯定する言葉。
高宮の瞳に映る万里の姿が——ぼやけていく。
涙で歪んだ視界の中で、巨大な彼女のシルエットが、聖母のように見えた。
いや、違う。それは——高宮が知らない、『母』の姿だった。
彼の母親は、幼い頃に亡くなっていた。記憶すらない。
父から受けたのは、他人行儀な冷たい言葉だけ。
『母親』という存在が、どのようなものか——高宮は、知らなかった。
だが今、目の前にいる巨大な女性は。
その不器用な優しさは。
おかわりを差し出すその手は。
高宮の中で、何かが——完全に壊れた。
「う、うぅ……あ……」
タガが外れた。完璧であろうとしていた全てが、崩壊した。
彼は、吸い寄せられるように万里の巨体へと手を伸ばした。
いい歳の男が、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして——
「……ママぁ……っ!」
幼児退行。そう呼ぶしかない状態だった。
高宮が、縋るような目で万里を見上げていた。
その瞳には、子供のような——純粋な渇望があった。
今まで生きてきて、一度も満たされることのなかった渇き。
母親の温もりを求める、原始的な欲求。
一瞬の、静寂。
食堂中の視線が、万里に集まる。
千紗が口を開けて固まり、湊がフォークを落とし、リリィが目を丸くしている。
響は——生暖かい目を向けた。 弥生さん、ステイ。
そして——
「ママじゃない。気持ち悪いやつだ。56すぞ」
慈愛のかけらもなかった。
万里が、無表情のまま言い放った。
その声には、一切の温情が含まれていない。
汚物を見るような、冷たい視線。
無情にも、その手は鉄塊のようなドラムスティックに伸びていた。
「ぴぃっ……!」
高宮が悲鳴を上げて後ずさる。
——容赦ないなぁ……——
美咲は、その光景を呆然と見つめていた。
だが同時に——どこか安心もしていた。
そう、これが第九だ。
家族以外には、砂漠のようにドライ。 本当にカラッカラのパッサパサ。
敵には鬼のように容赦しないが、味方には——こうして、飯を食わせる。
その線引きが、あまりにも明確で。 あまりにも、第九らしくて。
「クックック……」
響が、悪役のような笑い声を上げた。
「それじゃ高宮は万里に任せて——今までの分もコキ使い倒してやるぜ」
——悪い顔してるなぁ……——
地獄に住む悪魔とは、きっとこんな奴なのだろう。
罠に嵌め、飯を食わせ、恩を売り——そして逃げ道を完全に塞ぐ。
それは、ある意味で——救いでもあった。
三区の『完璧であれ』という呪いから、高宮を解放する。
代わりに、第九の『生きろ』という価値観で——縛り直す。
呪縛から呪縛へ。 だが、その質は全く異なる。
三区の呪いは、人間性を殺すものだった。
だが第九の呪いは——人間として生きることを、強制するものだ。
いや、でもやっぱり不平等な悪魔契約かもしれない。
美咲の視線の先では、高宮が「ひぃっ! ごめんなさい、おかわり……!」と悲鳴を上げていた。
万里に突き出されたドラムスティックに怯えつつも、差し出された皿に食らいついく。
恐怖と食欲、そして歪んだ依存。
美咲はそのカオスな光景に頭を抱えそうになった。
「——効率的な『教育』ですね」
食後の紅茶——もちろん紛い物のハーブティーだが——を優雅に啜りながら、ナギが呟いた。
その瞳は、折檻に近い扱いを受けている高宮を、まるで実験動物を見るように観察している。
「え?」
「高宮監査官は現在、自我の崩壊と再構築のプロセスにあります。
三区での『完璧であれ』という抑圧からの解放。 そこに『生存《食事》』という強烈な報酬が与えられた」
ナギはカップをソーサーに置くと、万里に蹴り飛ばされそうになりながらも足元にすがる高宮を指差した。
「今の彼にとって、万里さんの『暴力』や『暴言』は、拒絶ではありません。
生存を管理してくれる上位存在からの『干渉』——つまり、愛情の代替行為として脳内処理されています」
「……それって、やばくない?」
「パブロフの犬より単純で、強固な依存関係の完成。
篠崎コンダクターは、人の壊し方だけでなく……壊れた後の『繋ぎ合わせ方』も熟知しているようですね」
ナギは口元をナプキンで拭うと、ニッコリと——年相応の少女のような、だが底知れない笑みを浮かべた。
「勉強になります。 今後の参考にさせていただきますね」
——何を参考にする気なの!?——
美咲の背筋に冷たいものが走る。 九区はヤベェ奴しか流れつかないのかしら。
「よし」
響が立ち上がった。
食堂の視線が、一斉に彼に集まる。
その顔から、先ほどまでの軽薄さが消えている。
代わりに浮かんでいるのは——指揮官としての、鋭い眼光。
「これより——第九地区のネットワーク復旧作戦を開始する!」
その声に、第九部隊のメンバーたちが一斉に顔を上げた。
「オーグリーの観測網、レティエの技術設備、パウーザの医療体制。
全部まとめて、独立稼働させるぞ」
響がニヤリと笑い、拳を握りしめる。
「作戦名は——『オペレーション・支配からの卒業』だ!」
響は真顔で言い放った。
とんでもない悪魔合体。 やはりここはアナーキストの群れなのでは?
「俺たちは今日をもって、三区という窮屈な学校を退学する。
管理された時間割も、行儀の良い教科書も、もういらない。
夜の校舎の窓ガラスを割って回るように——三区の支配をぶち壊して自由を勝ち取る」
響の目が、鋭く光る。
「三区に頼らなくても、俺たちだけでやっていける。それを証明する時だ」
メンバーたちが、力強く頷いた。
千紗は静かに、だが確かな決意を瞳に宿して「義兄さんがそう言うなら」と微笑む。 全肯定BOTめ。
湊は口元に笑みを浮かべ、キラキラした目を向けている。 脳内ピンクめ。
カレンは気だるげに煙草を咥えようとして、妊娠中だったことを思い出し、舌打ちをする。 アナーキストめ。
リリィはタブレットを抱きしめ、「校則違反なら、リリィの得意分野です」と不敵に笑った。
真凜は背筋を伸ばし、「我が王の御意のままに」と恭しく頭を下げる。
万里は無言で、ドラムスティックを握り直した。 高宮に振り下ろすのはやめてね。
そして——ベラドンナも。
「面白そうね」
玲が、薄い笑みを浮かべた。
「退屈な授業を抜け出すのは、嫌いじゃないわ。
手始めに理科室でも爆破しましょうか?」
やっぱこの人、生粋のテロリストだわ。 正気じゃない。
「ご飯が美味しかったので」
透が表情を緩めて言った。 この子もブレないなぁ。
高宮は——まだ涙を拭いながら、その光景を見つめていた。
彼の価値観は、完全に崩壊した。
その廃墟の上に——何か新しいものが、芽生え始めている。
彼はもう——『完璧』であることを求めていない。
ただ、『生きる』ことだけを——
「行くぞ、野郎共! 永遠の夏休みを始めるぞ!」
響の号令と共に、第九部隊が動き出す。
美咲は、その光景を静かに見守った。 呆れと、興奮と、そして確かな信頼を胸に。
——『支配からの卒業』、か——
ベタで泥臭くて、だからこそ最高にロックな言葉。
やっぱり、この人たちはおかしい。 薩摩武士より狂ってる。
でも、その『おかしさ』が——美咲には、どうしようもなく眩しく見えた。




