第19話【発掘、あるいは剪定】
第九部隊基地、中央広場。
普段は閑散としているその空間が、今日ばかりは異様な熱気を孕んでいた。
まるで、地底からマグマが噴き出そうとしているかのような、荒々しくも強烈なエネルギーの奔流。
「フェスだ! 祭りだ! いえーーーい!!」
響が両手を突き上げて叫ぶ。
その声に呼応するように、広場を埋め尽くす群衆から地鳴りのような歓声が沸き起こった。
美咲は腕を組み、呆れ顔でその光景を眺めていた。
——この人、騒ぎたかっただけじゃ?——
『新メンバー・オーディション』
響が独立宣言と同時にぶち上げた、第九部隊の拡充計画。
それが今日、ついに幕を開けたのだ。
広場の中央には、廃材を組み合わせて作られた急造の簡易ステージ。
その周囲を、第九地区の隅々から集まった人々が取り囲んでいる。
参加者の顔ぶれときたら——まさに混沌の坩堝だった。
全身に極彩色のタトゥーを刻んだ、腕っぷしだけが取り柄のような荒くれ者。
オイルと埃にまみれたツナギを着崩した、スラム街のメカニック。
見るからにカタギではない、目つきだけは一丁前に鋭い裏社会の住人たち。
三区の『エリート』が見たら、眉をひそめて「掃き溜め」と吐き捨て、立ち去るような光景。
だが、その濁った瞳の奥には、確かな熱量——飢えに似た、強烈な希望の火が灯っていた。
「はいこれ、参加賞のレンガとセメントね!」
響が受付に並んだ参加者たちへ、何かを配り歩いている。
「レンガ……?」
ギギギ……と、錆びた蝶番のような動きで、美咲は青ざめた顔を響へ向けた。
「そう。 コオロギブロック。高タンパクで栄養満点。
こっちの灰色いのは、高栄養価ペースト。
推しには死んでも食わせられんが、腹だけは膨れる小粋なヤツらだ」
響がニカッと白い歯を見せる。
参加者たちは『参加賞』を受け取るや否や、目を輝かせて頬張り始めた。
彼らにとっては、それだけでも十分すぎる報酬なのだ。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫なんですか!?」
美咲が慌てて響の袖を掴んだ。
「二週間分しか備蓄ないのに、こんなにバラ撒いて!」
「は? なんのこと?」
響がキョトンと首を傾げる。
その顔に、演技の気配は微塵もない。
「だって、真凜さんが言ってたんです!
食料は二週間、水は五日しか備蓄がないって!」
「ああ、それですか」
背後から降ってきたのは、氷点下の声だった。
振り返れば、真凜が腕を組んで仁王立ちしている。
「それは電気がストップしていたらの話です。
もう電力供給してるのに、そんなわけないじゃないですか」
蛇のような真凜の瞳が、キラリと光る。
「土壌改良プラントも、食料生産ラインも、全て稼働中です。
備蓄だけで凌ぐ必要はありません」
そこで一拍、真凜は間を置いた。
見つめ合うと素直にお喋り出来なくなるから、やめてほしい。 恐怖で。
「……バカなんですか?」
「ぐぬぬ……」
言葉に詰まる美咲。
確かに、言われてみればその通りだ。
電力さえあれば、第九地区は自給自足できる体制が整っている。
——ん? 今、バカって言った? 私のことバカって言った?——
バカって言う方がバカなんですが? むしろいつもバカやってるのはそっちなんですが?
悔しさを噛み殺す美咲を尻目に、響は陽気に手を振った。
「三区との断絶で、みんな不安を抱えてるだろ?
ストレス解消には、ガス抜きが一番だ。
こういうイベントで騒げば、少しは気も紛れる」
「……それが建前で、本音は?」
「九区男子は祭り好きじゃん?」
「一生涯、建前だけ喋ってくれませんかね」
深々と吐き出したため息。
けれど、美咲の口元にはいつの間にか笑みが浮かんでいた。
悔しいが。 非常に悔しいが、響の言う通りなのだ。
三区との対立で、第九地区の住民たちは不安の渦中にある。
こういう『お祭り騒ぎ』こそが、その重圧を和らげる特効薬になる。
——計算高いのか、単なる狂人なのか。相変わらず掴めないなぁ、この人——
***
ステージ正面に設けられた審査員席。
満面の笑みを浮かべる響の隣で、高宮は死人のような目をしていた。
「なぜ私がこんなことを……」
絞り出すような呟き。 屈辱と疲労が、その顔を醜く歪めている。
「あれ〜、自信ないの?」
響がニヤニヤと覗き込む。
「中央でブイブイ言わせてたエリートのくせに?
トップアーティストなら、審査員くらい楽勝だよなぁ?」
「ぐ、ぐぬぬぬぅ……!」
歯ぎしりの音が、美咲のところまで聞こえてきそうだった。
——仕返ししてるなぁ——
高宮が第九に来てから、散々な目に遭わせてきた『お返し』だろう。
響のやり方は、どこまでも陰湿で——そして嫌になるほど効果的だ。
「さぁさぁ、盛り上がっていきましょう!」
響がマイクを握り、観客を煽る。
「コンテスト優勝者には、特別に——唐揚げを振る舞ってやるぞ!」
「「うおぉぉぉぉぉ!!」」
広場が爆発した。
唐揚げ。 たかが唐揚げ。
だが荒廃した日本において、それは『ご馳走』どころか『至宝』に等しい。
合成タンパク質ではない、本物の肉。 ジュワッと油で揚げた、黄金色の塊。
香ばしい匂いを想像しただけで、参加者たちの目が血走っている。
何なら私も涎が止まらない。
「万里特製だからな! 期待しろよ!」
アイドルの手作り——その一言で、歓声の音量がさらに跳ね上がる。
腐っても第九はアイドル部隊。その人気は、やはりこの地では絶大なようだ。
——食べ物の力って、すごいなぁ——
飢えた人間にとって、『美味いものが食える』という希望は、何よりも強い原動力になる。
響はそれを熟知している。 だからこそ、こういう『餌』を用意するのだ。
***
オーディションは、予想を超える熱狂の渦と化していた。
参加者たちが次々とステージに上がり、それぞれの『芸』を披露する。
我流で改造した楽器を奏でる者。
魂の叫びのような歌を響かせる者。
ナイフジャグリングなどの特技を見せつける者。
……ナイフジャグリングが、アイドル活動に役立つかな?
その合間には、メンバーによるミニライブやトークも挟まれた。
湊のギター、リリィのピアノ、万里のドラム、そして千紗の歌声。
そのたびに、観客から熱狂的な歓声が巻き起こる。
そして、湊が「ダーリン」と響に声をかけるたび、ブーイングのビックウェーブが打ち寄せる。
ええんか? アイドルがそれでええんか?
「いいねぇ、この熱気! ロックだねぇ!!」
上機嫌で叫ぶ響。
一方、審査員席の高宮は完全に蚊帳の外だった。
何か言おうとしても、誰も耳を貸さない。視線すら向けない。
意見を述べようとすれば、「へぇ、そうなの」と響に流される。
存在そのものが、無視されている。
「……私は、監査官だぞ」
誰にともなく、高宮が呟いた。
「三区から派遣された、正式な監査官だ。
貴様らのような蛮族を監視し、指導する立場にある」
だが、その言葉は虚空に溶けていく。
観客はステージに夢中。
響は次の参加者を呼び込むのに忙しい。
真凜は進行表と睨み合っている。
高宮の『権威』は、ここでは何の意味も持たなかった。
——私は……何のためにここにいるんだ?——
その疑問が、胸に深く突き刺さる。
三区では、彼の言葉は絶対だった。
『監査官』という肩書きは、誰もが畏れる権力の象徴だった。
だが、ここでは——
——『肩書き』など、何の意味もないのだな——
その事実が、高宮の心を深く抉った。
***
フェスも佳境に差し掛かった頃。
広場の入り口に、異様な気配が立ち込めた。
観客たちがざわめき、波が引くように道を開ける。
その先から、二つの人影がゆっくりと歩み寄ってきた。
黒いゴシック調の衣装。
長い黒髪を揺らす女と、その傍らに立つ少年。
如月玲と、如月透。
ヘムロック実働部隊——『ベラドンナ』。
「——面白そうだから、来てみたわ」
冷ややかに微笑む玲の手には、ヴァイオリンケースが握られていた。
「美味しいご飯が食べられると聞いて」
透が淡々と付け加える。 食いしん坊キャラだったの?
まるで気軽にお散歩に出かけたら、ばったり出くわしたご近所さんのようなテンション。
いや、ご近所さんがテロリストとか、どんな世紀末なの?
広場が、一瞬で静まり返った。
彼らの正体を知る者は少ない。
だが、纏うオーラが明らかに『異質』だった。一般人でも本能的に感じ取れる、圧倒的な『強者』の気配。
その姿に、高宮の顔が引きつる。
勿論、美咲も引きつっていた。 だってテロリスト相手だもの。
「き、貴様……! ヘムロックの——」
「おっと」
響がその声を遮る。
「俺の目には、『素性不明の腕利きレゾナント』しか見えねぇなぁ」
「な……っ!?」
「ちなみにこの件を三区に報告すると、お前が『テロリストを見逃した無能』になるぞ?」
響の目が、鋭利な光を帯びる。
「まぁ——報告できたら、の話だがなぁ」
高宮の顔から、血の気が引いた。
今、三区との通信は完全に途絶えている。 報告したくても、その手段がない。
そして通信が回復した時——『テロリストを目前にして何もしなかった』という事実だけが残る。
「ぐ、ぐぬぬぬぅ……!」
歯を食いしばる高宮。
美咲はその様子を眺めながら、心の中で呟いた。
——ここぞとばかりに仕返ししてるなぁ……——
響は高宮を『共犯者』に仕立て上げようとしている。
一度でも黙認すれば、もう後戻りはできない。
高宮は強請られ続け、響の『駒』として使われることになる。
分かっていても、高宮に打つ手はなかった。
——えげつないなぁ、この人——
「へぇ。なかなか楽しそうな事になってるねぇ」
声のした方へ目を向けると、ベースを吊り下げたカレンが立っていた。
両手をポケットに突っ込み、禁煙中なのでガムを噛んでいる。
その姿は『アーティスト』というより、『アナーキスト』だ。
——出たな、特急危険物——
だがドラミング時と比べ、纏う空気は幾分か穏やかに見えた。
「カレン、今日は調子良いの?」
「お陰様でね。最近コバエが静かだから助かるよ」
高宮へ棘のある視線を送りつつ、響にヒラヒラと手を振るカレン。
「うぐ……」と呻きながら、高宮が気まずげに目を逸らす。 小物だなぁ。
「それに、こんなお祭り騒ぎに引き篭もってちゃ、『第九』の名折れだろ」
そう言い残し、カレンはステージへと歩を進めた。
ベラドンナと向かい合い、挑発するようにベースをひと掻きする。
「よぉ、久しぶり。運動不足に付き合ってくれよ」
その姿に、観客のボルテージが最高潮へ跳ね上がった。
異様な興奮が渦巻く中、会話を打ち消すほどの歓声が基地を満たす。
「……貴女、ひょっとして——」
「良い『今日』にしよう——今できる精一杯でね」
カレンが弦を弾いた瞬間、空気が爆ぜた。
腹の底を直接殴りつけるような重低音。 歓声さえも薙ぎ払う、圧倒的な音圧だった。
それは単なるリズムではない。
心臓の鼓動を強制的に上書きするような、圧倒的な生命の咆哮だ。
呼応するように、玲のヴァイオリンが悲鳴を上げる。
冷たく、研ぎ澄まされた氷の刃のような旋律。
聴く者の鼓膜を切り裂き、その奥にある魂を震わせる。
透のチェロが、慟哭する。
重厚な低音が大地を揺らし、空気を震わせる。
その演奏は——讃美歌のようでもあり、鎮魂歌のようでもあった。
観客は言葉を失っていた。
目の前の光景があまりに圧倒的で、叫び出したい衝動と緊張が拮抗していた。
拍手することすら忘れ、ただ呆然と立ち尽くしている。
それほどまでに——次元の違う演奏だった。
「……すげぇよな」
響が感嘆の声を漏らす。その瞳には、純粋な称賛の色。
「まったく。これだから推し活はやめられねぇ……」
子供がヒーローを見上げるような、キラキラとした目。
テロリストが混ざっているというのに、畏怖も侮蔑もない。
ただ純粋な尊敬と興奮。
まさに——推しを見つめるファンの姿がそこにあった。
美咲もまた、言葉を失ったままステージを見つめていた。
演奏が終わると、ようやく観客たちが我に返る。
割れんばかりの拍手が、広場を包み込んだ。
玲は涼しい顔でそれを受け止め、透は無表情のまま楽器を下ろした。
そしてカレンは——
ひとつ息を吐くと、眩しいものを見るような目を、観客と、そして響へ向けた。
***
オーディションの結果発表。
選ばれたのは、荒削りながらも光るものを持った若者たちだった。
「そして——」
響が、玲と透の方を向く。
「ベラドンナの二人には、『客演』として協力してもらう」
「客演?」
美咲が首を傾げた。
「正式なメンバーじゃなくて、ゲスト扱いってことだ。
必要な時に呼べば来てもらう。報酬は——飯と寝床」
響がニヤリと笑う。
「悪くない条件だろ?」
玲が小さく肩をすくめた。
「……まぁ、いいわ。暇つぶしにはなるでしょう」
「ご飯、楽しみにしています」
透が頷く。 腹ペコ路線でいくのかしら?
こうして、第九部隊とベラドンナの——奇妙な協力関係が成立した。
その様子を見ていたカレンが、響の隣に歩み寄る。
「ねぇ、響。 あたしの後釜、ちゃんと育てなよ?」
カレンの視線が、ステージ上の新人たちへ向けられている。
その目には——どこか寂しげな色が滲んでいた。
響の表情が、一瞬だけ真剣なものに変わる。
「……ああ。任せろ」
カレンは満足げに微笑んだ。
だが美咲には、その会話の裏にある重みが痛いほど伝わっていた。
——カレンさん、本当に引退するんだ——
妊娠を機に、前線から退く。
それは制度の成功例として、喜ばしいことのはずだ。
けれど同時に——長年戦場を駆けてきた戦士が、武器を置く瞬間でもある。
その寂しさは、きっとカレン本人が一番噛み締めているのだろう。
***
オーディション終了後の宴会。
基地の食堂は、参加者や観客たちで溢れ返っていた。
万里特製の料理が次々と運ばれ、酒が注がれ、笑い声が飛び交う。
約束通り、優勝者には唐揚げが振る舞われた。
黄金色に輝く揚げ物を頬張る優勝者の顔は、天国を垣間見たかのような恍惚に包まれている。
その喧騒の中、美咲はひとり——玲の隣に座っていた。
玲は万里特製の煮物を、上品な所作で口に運んでいる。
まるで貴族のような佇まいだった。 こんな辺境で、なんて育ちが良いのかしら(ど偏見)。
「……あの」
美咲が、恐る恐る口を開いた。
「聞いてもいいですか?」
玲の視線が、こちらを向く。
冷ややかな、値踏みするような目。
——う〜ん、怖い——
まるでクロヒョウだ。しなやかで、優雅で、獰猛。
研ぎ澄まされた漆黒の刃のような鋭利さが宿っている。
カッコ良い感じに言っても、目の前にいると超怖いんだけどね。
「何?」
「どうして……こんな生き方を選んだんですか?」
玲の箸が、ピタリと止まった。
——う〜ん、めちゃくちゃ怖い——
その瞳の奥に、一瞬——深い闇が見えた気がした。
やっぱり聞くのやめようかな?
「……知りたい?」
「は、はひ……」
震える声で頷く。
記者として——いや、ひとりの人間として、知りたかった。
ヘムロックは『テロリスト』と呼ばれている。
彼らの行う『死による救済』は、法的にも倫理的にも許されない行為だ。
だが——玲の演奏には、確かに『魂』が宿っていた。
——単なる殺人鬼が、あんな音を出せるはずがない——
……いやでも、第九のメンバーを見ていると、一概にそうとも言えないかもしれない。
玲は箸を置き、しばしの沈黙の後、静かに口を開いた。
「……私たちの両親は、ノイズ化したの」
美咲の目が見開かれる。
「災害の余波でね。 でも、シントニアの救助は——来なかった」
玲の声は、あまりにも静かだった。
まるで明日の天気を語るかのような、感情の抜け落ちた声音。
だが、その平坦な響きこそが、彼女が背負ってきた地獄の深さを雄弁に物語っていた。
「私たちは見たの。目の前で両親が——人間としての尊厳を失っていく姿を。
苦悶の表情のまま、変質していく過程を。 数日の間、ずっと」
言葉が出ない。
「最終的に——両親はディストルに変質する前に、自ら命を絶ったわ。
私たちを襲う前にね」
玲の視線が、遠くへ向けられる。
「シントニアが来たのは、その後。
彼らは両親の遺体を——『ゴミ』のように焼却したわ。
何の弔いもなく、何の言葉もなく」
「そんな……」
「だから、私たちは誓ったの」
玲の声が、微かに震えた。
「せめて最期は——人として、美しいまま送ってあげようって。
苦しみながら醜く崩れていくんじゃなく、穏やかに、眠るようにね」
透が、静かに姉の言葉を引き継ぐ。
「それが『ベラドンナ』——『美しい淑女』という名の由来です。
そして——僕たちの、罪滅ぼしでもあります」
美咲は、何も言えなかった。
ベラドンナの行為は、確かに『殺人』だ。
だがその動機は——『復讐』でも『狂気』でもなかった。
それは——『愛』だ。
歪んだ形ではあるけれど、確かに——『誰かを救いたい』という想い。
「……あの男も」
玲が、響の方を見やる。
新メンバーたちと楽しげに話す、軽薄な笑みを浮かべた男がいた。
「やり方は違うけど……『綺麗に終わらせたい』って執念は、同じ匂いがするのよね」
美咲は、その言葉を噛み締めた。
——テロリストと同じ匂いなのか……——
改めて、響のことを考える。
あの男は、何を目指しているのだろう。
『推し活』と嘯きながら——その実、世界を変えようとしている。
それはヘムロックの『死による救済』とは、対極の方法論だ。
だが、根底にある『何かを救いたい』という想いは——同じなのかもしれない。
——ヤベェな、どっちも——
美咲は小さくため息をついた。
合わせて、透のポテンシャルと第九への適合率に、美咲は恐怖した。
唐揚げでリスみたいに頬を膨らませ、どうしてそこまで真面目な雰囲気を出せるの?
***
第三地区・中央統括本部。
最上階の会議室は、重苦しい空気に満ちていた。
「おのれ、九区……!」
恰幅の良い男——黒岩が、拳でテーブルを叩く。
「ダンパーの停止、農場の壊滅、市民の暴動……!
全て、あの蛮族どもの仕業だ!」
「落ち着きたまえ、黒岩」
痩身の男——宇垣が、葉巻をくゆらせながら言った。
「騒いだところで、状況は変わらん」
煙を吐き出しながら、宇垣は続ける。
「——我々には、我々のやり方がある」
黒岩の目が、鋭く光った。
「……どういう意味だ」
「我々をコケにすればどうなるか——別の方法で、彼らに『教訓』を与えてやればいい」
宇垣の目が、爬虫類のように細められた。
「ちょうど、廃棄処分に困っていた『特大の荷物』がある。
奴らにプレゼントしてやろうじゃないか」
その口元には、他人の不幸を蜜の味とする者特有の、粘着質な笑みが張り付いている。
黒岩が目を見開いた。
「正気か? 総裁のお孫様まで巻き込んでいるのだぞ!」
「不慮の事故として、九区に責任を押しつければ良い。
総裁もご理解いただけるだろうさ」
黒岩の顔に、醜悪な笑みが広がっていく。
「なるほど……面白い」
「くっくっく……九区の連中が、どこまで対処できるか見ものだな」




