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ディストピア系アイドルゲームの指揮官に転生したので、クズを演じながら推し活することにした  作者: 西嶽 冬司
2章【楽園、あるいは独裁国家】

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第17話【追放、あるいは独立】


美咲は、自室のベッドに横たわっていた。


電気は、ない。


代わりに、非常用のランタンが弱々しい光を放っている。

備蓄品の中から見つけた、古びた手回し式のランタン。

それを回す気力すら、今の美咲にはなかった。


天井を見つめる。


何も見えない。 ただ、暗闘があるだけだ。


美咲は、自分がここに来た経緯を思い出していた。


三区からの命令。

篠崎 響の監視。

スパイとしての任務。


最初は、嫌だった。

こんな汚くて、臭くて、野蛮な場所。

三区の清潔な空気が恋しくて仕方なかった。


でも——いつの間にか、ここが好きになっていた。


カレンの気だるげな笑顔。

湊の不器用な優しさ。

リリィの毒舌の裏にある寂しさ。

真凜の規律正しさの中に隠れた温かさ。

万里の無骨な母性。

千紗の危うい美しさ。


そして——響のバカみたいな情熱。


全部、全部。

愛おしくて、守りたくて、だから私は三区を裏切った。


——なのに——


美咲は、自分の腕を抱きしめた。


寒い。


空調が止まった基地は、夜になると急激に冷え込む。

毛布にくるまっても、震えが止まらない。


それが寒さのせいなのか、恐怖のせいなのか、もう分からなかった。


——このまま、みんな死ぬのかな——


その考えが、頭から離れなかった。


水はあと五日分。

食料は二週間。


でも、ノイズがいつ襲ってくるか分からない。

オーグリーのセンサーは死んでいる。


いつ、どこから、何が来るか——誰にも分からない。


そして、三区は助けに来ない。


むしろ——このまま第九が全滅すれば、都合がいいとさえ思っているだろう。


厄介者の掃除。

手を汚さずに、辺境の反乱分子を始末できる。


——私たちは、見捨てられたんだ——


その事実が、重く、冷たく、美咲の胸に沈んでいった。


涙が出てきた。

止められなかった。

声を殺して泣いた。


誰にも聞かれたくなかった。


こんな情けない姿を、誰にも見られたくなかった。


——怖い——


その言葉が、何度も何度も、心の中で繰り返された。

死ぬのが怖い。

みんなが死ぬのが怖い。


このまま暗闇の中で、誰にも知られずに消えていくのが怖い。


そして何より——


——私が、無駄死にさせてしまうことが、怖い——


もし私があの時、正直に報告していたら。

『篠崎 響は危険人物です。 監視を強化すべきです』と。


そうすれば、三区はもっと第九を気にかけていたかもしれない。

こんな極端な制裁は、しなかったかもしれない。


私が——守ろうとしたせいで。

私が——味方になろうとしたせいで。


みんなが、死ぬ。


「……ごめん、なさい……」


誰に向けてか分からない謝罪が、暗闇に消えていった。


美咲は、そのまま眠れない夜を過ごした。


冷たいベッドの上で。

止まらない涙と共に。

長い、長い夜を。




***




「——銀行口座、全凍結です」


電源ダウンから一夜明けた、早朝の執務室。

真凜がタブレットを見せながら、淡々と報告する。


「第九地区全体の預貯金が利用不可。

 給与振込も物資購入も、電子マネーすら完全ロックです」


補給を断ち、電気を断ち、情報を断ち、金を断つ。

三区は本気で、この第九地区を干上がらせるつもりだ。


「戦争です! 宣戦布告です! リリィ、三区を許さない!!」


リリィの怒りは、ある意味で第九部隊全員の総意だった。

ただ、べそべそと涙目で響の膝に座り、彼のシャツで涙と鼻水を拭いているので、緊迫感が削がれる。


「本当……絶対に許せない。アイツら、全員地獄に落ちればいい」


ギリっと歯軋りが聞こえそうな顔で、湊が低い声で唸る。

でも響の背後からその首に腕を回してしがみついているので、まったく怖くない。


何なの? なんで二人とも甘えん坊コアラになってるの?

その男はユーカリか何かなの? 確かに有毒だけど。


響はいつも以上にパッサパサに乾き、干物のような雰囲気を醸し出していた。

きっと昨夜は『色々』とあったのだろう。 全部自業自得なんだけど。

普段の美咲なら、心の中で「ザマァ、ザマァ」と高らかに笑っていただろう。


だが、今の彼女にそんな気力はなかった。


執務室に集まっていた真凜と万里が、湊の変わりように少し驚きの表情を見せる。


「ほぅ。 あのツンケンしていた湊がそんな風になるとは。

 さすがは我が王、とんだスケコマシっぷりですね」


「妊婦ならしっかりと食え。 栄養が足りなければ良い子も育たない」


「……………」


真凜が感心したように呟き、万里は腕を組み、うんうんと頷きながら湊を見つめた。


いや、そこまで驚いてなさそう。

ブレないなぁと感じながら、美咲は再度響を見た。


あ、無言で微笑む千紗さんについては、ノーコメントとさせていただきます。


「タバコ吸いてぇ……」と言わんばかりの遠い目で、響はされるがままになり続けていた。

妊婦と未成年に配慮しているのだろう。

それでもしっかりリリィの背中をポンポンしたり、湊の腰を抱き寄せたりしている。

その辺は抜かりないなぁと美咲は感じた。 さすが推し活に狂った種馬。


「……ふん。 これで分かっただろう」


そんな第九の日常を切り裂くように、高宮が執務室へ姿を現した。

勝ち誇った笑みを浮かべているが、前回の発砲を警戒してか響に近づこうとしない。

半身を扉の影に隠しているので、小物感がすごい。


「三区に逆らうとどうなるか、身をもって理解しただろ?

 今すぐ白旗を上げ、全面降伏しろ」


その言葉に、第九のメンバーたちが一斉に殺気立った。

リリィと湊の、響へ抱きつく力が万力のように増す。

フレンドリーファイアでは? 響の顔色が青くなってますけど。


真凜の瞳が絶対零度の光を放ち、万里の太い指がピクリと動く。

千紗に至っては、無言で高宮の首筋を見つめていた。

獲物を狙う蛇のように。 瞬き一つせず。


……引き千切るつもりなんだろうか? 怖い。

お願い、誰かあの娘の視線を遮って。


「……ぷっ」


そんな一触即発の空気の中、響が突如吹き出した。 首でも絞まったのかしら。

そして椅子から立ち上が——ろうとして、コアラたちの重みで止めた。 まぁ無理よね。


「なぁ高宮。 兵糧攻めでお嬢様まで飢えさせちゃっていいわけ?」


「ぐっ……! そう思うならさっさと三区へ頭を垂れろ!

 意地を張れば、それだけ総裁やお嬢様からの心象を悪くするぞ!」


美咲はチラリと、ソファへ腰掛けているナギへと目を向けた。

彼女は周囲の状況などお構いなしに、響特製のたんぽぽコーヒーを優雅に啜っている。


「お前——いや、お前らは一つ勘違いしてる」


響が、獰猛な捕食者を思わせる笑みを浮かべる。


その時、建物の奥底から重低音が響き渡った。

続いて、バチバチという音と共に、消えていた照明が一斉に点灯する。

空調が唸りを上げ、停止していた機械端末がピッピッピと電子音を奏でながら息を吹き返していく。


「なっ……どういうことだ!? 三区からの送電は止まっているはずだぞ!?」


思惑が外れ、高宮があからさまに狼狽える。


響が再び、椅子から立ち上が——ろうとして止めた。 まぁ無理よね。

それでも顔はキリッとしたまま。 すごいなコイツ。


「ただでさえ、カレンと湊は妊婦だってのに……。

 俺の『推し』たちに負荷をかける三区のゴミども——許さん」


響が濁点のついた感じの、腹の底からの低い声と圧力を放つ。


「ダーリン……!」


空気読めや脳内どピンク! 目にハート浮かべんなや!


あまりにもいつも通りの第九の空気に、少しだけ、美咲の心は軽くなった。




***




第九部隊基地、発着場。

そこは今、戦場のような活気に包まれていた。

輸送班のリーダー・轟が、部下たちと共に怒号を飛ばしながら忙しく動き回っている。

巨大なトランポの整備、コンテナの積み下ろし、燃料タンクの確認。

やるべきことは山のようにある。


「よぉ、轟」


気軽に声をかけながら、響が歩み寄っていく。

美咲は真凜と共に、その後ろで控えた。 だって顔が怖いから。


「コンダクター。 状況は聞いた」


轟がサングラス越しに響を見据える。

その顔には、疲労の色と共に、奇妙な高揚感があった。


「三区との縁が切れたってことは——俺たちの給料も止まったってことだな」


「ああ。 悪いな、轟」


響が頭を下げる。


「これからは茨の道だ。 お前の嫁さんや子供のことを考えると、心苦しい」


轟は黙って響を見つめていた。

その目は、いつもの鋭さを保ったまま、響の値踏みをしているようにも見えた。

臓器を売り払われそうな雰囲気で、とても怖い。


「港湾施設を閉鎖して、輸送部隊の設備を全て基地へ移設してくれ」


その言葉に、轟はしばし考え込んだ後——低く笑った。


「いいぜ、コンダクター。 ターミナルは封鎖する。

 どうせ三区の給料なんざ、ガキのオムツ代にもならん」


轟がサングラスを外す。

その目には、信頼と覚悟が宿っていた。


「嫁とガキが笑って暮らせてるのは、お前が作った『第九』のおかげだ。

 この場所を守るためなら、地獄の運び屋にだってなってやる」


轟の声が、僅かに震えた。


「俺のメトロは——アンタに預ける」


響はニカッと笑った。


「歓迎するぜ、新しい同居人ども」


「おう。 全員、聞いたな! 作業開始だ!」


轟の号令一下、輸送班のメンバーたちが一斉に歓声を上げ、動き出す。

巨大なトランポが唸りを上げ、基地への移設作業が始まった。




***




数時間後。

第九部隊基地の放送設備が、突如として起動した。

その音声は基地内だけでなく、第九地区全域の街頭スピーカーや、個人の端末にまで強制的に割り込んでいた。


『——マイクテスト、マイクテスト。 あーあー、聞こえるかー?』


響の声が、第九地区全域に響き渡る。


三区との通信網は遮断されている。

だが、第九地区内のローカル放送システムは、リリィのハッキング技術と弥生やひなたのインフラ構築により、既に独立稼働していたのだ。


『第九地区の皆さーん! 元気ですかー!?』


響の陽気な声が、スピーカーから流れ出す。

それは、絶望的な状況とは裏腹の、底抜けに明るい声だった。


『元気だよねー!? 仮に死にそうでも元気って言えよー!?

 はい、返事がないから超元気ってことでいいね!?』


放送を聞いた高宮が、顔面蒼白で放送室へ駆け込んできた。


「き、貴様、何をしている! 何の放送だ!?」


『というわけで、大事なお知らせでーす!』


響の声が、一段と明るくなる。


『本日をもちまして、第九地区は——三区から独立しまーす!!』


「な、なんだってーーー!?」


美咲の絶叫が、放送室に響いた。

いや、聞いてない。 こんな展開、一言も聞いてない。

独立? 国家? バカなの? 死ぬの? 私たちが?


『三区の狸親父どもが、俺たちを見捨てたからねー!

 やりたい放題やってくれちゃった!

 もう従う義理はないので、独立させていただきまーす!』


高宮が響の胸ぐらを掴もうとする。

だが、いつの間にか背後に立っていた真凜に腕を掴まれ、動きを封じられた。


「監査官殿。 放送の邪魔です。

 あまり騒ぐのなら、万里を呼びますよ。 彼女、ミンチを作るのが得意なんです」


真凜の声は、氷のように冷たかった。 冗談に聞こえない。 恐ろしい。


そんな背後での些事には構わず、響の放送は続く。


『さーて、お知らせパート2! 孤立した以上、特務規程発動!

 『新メンバー・オーディション』を開催しちゃうぞー!』


「は? そ、そんな規程が!?」


「可能です」


愕然とする高宮へ、真凜が冷たく告げる。


「シントニア基本規程第47条。

 『補給線断絶により孤立した部隊の指揮官は、当該地域のノイズを臨時部隊員として徴用する権限を有する』。

 ご存知なかったのですか? エリートの監査官殿」


高宮の顔が、屈辱で歪む。


「き、貴様! こんな事をして、三区が、総裁が黙っていると——」


真凜の力が増し、高宮の腕からミシミシという不穏な音を奏で始める。


「次はありませんよ。 黙れ。

 三区と袂を分つ以上、お前を生かす必要はないんですから。

 ……今ここで、テメェをスクラップにしてやろうか?」


ちょっとアウトローすぎません?

一応アイドルだから、発言に気をつけるんじゃなかったんですか?


『居場所がなかったヤツも、はみ出し者扱いされてたヤツも——

 全員まとめて面倒見てやるから、うちに来いよ!』


響の声が熱を帯びる。


『メシは食わせる! 屋根は貸す! 推しは俺が守る!

 それが『独立国家・第九』のルールだ!』


響の宣言が、第九地区全域に轟いた。

街で、スラムで、隠れ家で。

その放送を聞いたノイズたちが、顔を上げる。

絶望に沈んでいた目に、微かな光が宿る。


『以上、コンダクター篠崎 響からのお知らせでしたー!

 じゃねー! みんなー! 一週間後、基地で待ってるよー!』


プツン、と放送が切れる。


静寂が、放送室を包んだ。


「……篠崎さん」


美咲が、呆然とした顔で響を見つめる。


「これ、本当にやっちゃって……大丈夫なんですか?」


響が肩をすくめた。


「俺たちは俺たちで、生き延びる道を作る。 それだけだ」


響の目が、真剣な光を帯びる。


「原作の『推し』は三区にいるんじゃ? 良いんですか?」


「知らん。 今の俺の『推し』は『第九』だ。

 生きてるか死んでるか分からん奴なんてどうでもいい」


美咲は、言葉を失った。


この男は、本気だ。


たった一人で、日本に喧嘩を売る覚悟ができている。


いや——たった一人じゃない。


背後には、真凜がいる。

通信室には、リリィがいる。

調理場には、万里がいる。

子供を守る、カレンがいる。

ちょっと頭が緩くなってる、湊がいる。

響の私室には、千紗がいる。

そして、支援部隊のメンバーたちがいる。


この基地には、響を信じる人間がこれだけいるのだ。


あれ、何かおかしい人いなかった?


それにしても、あれだけ『原作』がどうこう狂言を吐いていたのに。

急な方向転換に感じなくもない。

そんな違和感が、美咲の胸に去来した。


——ひょっとして、昨日ナニかあった?——


千紗と弥生による『再教育』が、彼の何らかのスイッチを切り替えたのだろうか。


「……あの」


不意に、ナギが静かに口を開いた。

いつの間にか、彼女もやってきていたのだ。


「……私は、どうすればいいのでしょう?」


ナギの表情は、いつもの読めない微笑みではなかった。

どこか——困惑しているような、戸惑っているような。


「三区への見せしめに、指の3、40本ほど送りつけたら良いのでは?」


「良いですね、千紗さん。 さすがです」


——こいつらカタギじゃなーーーい!!!——


いつの間にか現れた銀髪の悪魔(天使)。 みんなサイレンサー機能がデフォなの?

穏やかに真凜と言葉を交わしているが、嵐のような苛烈さを纏っている。

本気でやるつもりだ。 エンコ! エンコですよ、コンダクターさん!!


「ダメに決まってるでしょう! そんなことしたら戦争ですよ!?」


「……チッ」


天使が舌打ちした!? 何よりも一番心に来るんですけど!?

ガビーン!と、白目を剥くほどショックを受ける美咲。

そんな彼女を尻目に、ナギは窓の外を見つめた。


そこには、慌ただしく動き回る基地のスタッフたちの姿がある。

彼らの顔には、不安ではなく希望の光があった。


「私は——どちらの味方をすればいいのか、分からなくなりました」


その言葉に、響は少し驚いたような顔をした。

それから、ニヤリと笑う。


「お前が正しいと思う方の味方をしろ。

 血筋とか、立場とか、そんなもんはどうでもいい。

 お前の『心』が、何を選ぶか——それだけだ」


ナギは、黙って響を見つめた。

その瞳の奥で、何かが揺れているように見えた。


「ただし、腹は減るだろ? 飯の時間には食堂に来いよ。

 敵だろうが味方だろうが、メシは食わせる。 それが第九のルールだ」


ナギは一瞬、目を見開いて——それから、小さく頷いた。




***




第三地区。中央統括本部。

最上階の会議室は、濃密な葉巻の煙に覆われていた。


「クックック……聞いたかね? 第九のあの態度を」


恰幅の良い男——黒岩が、革張りの椅子に深く沈み込みながら笑う。

その膝の上には、三区所属のアイドルが座らされている。

彼女は笑顔を浮かべているが、その目は死んでいた。

黒岩の手が、彼女の太ももを這いずり回る。


「いやはや、傑作ですな」


隣のソファでは、痩身の男——宇垣が、別のアイドルに酒を注がせていた。

彼女がグラスを差し出すと、宇垣はわざと手を滑らせ、酒を彼女の胸元にこぼした。


「おっと、失敬」


謝罪の言葉とは裏腹に、宇垣の目は彼女の濡れた胸元に釘付けだ。

アイドルは能面のような笑顔のまま、「いえ、私の不注意です」と答えた。


これが、三区のアイドルの『仕事』だった。

被災地で命を削り、帰還すれば薄汚い権力者の玩具になる。

それでも笑顔を絶やさないのが『プロ』だと、彼女たちは教育されていた。


「補給を断たれ、金も尽き、追い詰められた野良犬の狼狽えようが目に浮かびます」


宇垣がアイドルの顎を掴み、無理やり顔を上げさせる。


「お前も第九に配属されてたら、あんな僻地でボロボロになってたんだぞ?

 ここにいられることを感謝しろよ」


「……はい。 ありがとうございます」


アイドルは機械のように答えた。

その声に感情はない。 あるのは、生き延びるための諦念だけ。


「電気も止まり、今頃は暗闘の中で震えていることでしょうな」


三人目の男——嶋崎が、口元を歪めた。

彼の隣には、ナース服を着せられたアイドルが控えている。


「泣きついてくるのも時間の問題です。

 その時は——あの千紗とかいう銀髪の娘、私に譲っていただけませんかな?」


「おやおや、嶋崎くんもお目が高い」


黒岩がニヤリと笑った。


「だが順番は守りたまえ。 私が先だ。

 あの儚げな顔が、泣き叫ぶ様を見てみたいものだよ」


男たちの下卑た笑い声が、会議室に響き渡る。

アイドルたちは、石像のように微動だにしない。


彼女たちは知っていた。

ここで不快感を見せれば、『不適合者』として処分されることを。


「しばらくは『お遊び』として泳がせておきましょう。

 彼らがどれほど無様に足掻くか、高みの見物といこうではありませんか」


黒岩がグラスを掲げる。


「第九の野良犬どもに——乾杯」


「「乾杯」」


その時——


「た、大変です!!」


部下が、血相を変えて飛び込んできた。

会議室の空気が凍りつく。


「……何だ。今は会議中だぞ」


黒岩の声が、不機嫌に低くなる。

膝の上のアイドルが、僅かに身を竦めた。


「三区のダンパーが次々と停止しています!」


「……何だと?」


「原因不明です! ハードウェアは完璧なはずなのに、エネルギー変換効率がゼロに……!

 過負荷で緊急停止するダンパーが続出しています!」


黒岩がアイドルを膝から突き落とし、立ち上がった。

彼女は床に倒れ込んだが、誰も気にしない。


「それだけではありません! 実験農場の作物が一斉に枯れ始めています!

 肥料をやっても水をやっても、全く効果がありません!」


男たちの顔から、余裕が消える。


ダンパーの停止。農場の壊滅。

それは、三区のインフラを根底から揺るがす事態だった。


「……まさか」


黒岩の脳裏に、一人の顔が浮かんだ。

軽薄な笑みを浮かべる、あの男。


篠崎 響。


「原因を突き止めろ! 今すぐにだ!!」


部下たちが慌ただしく退室していく。

床に倒れたアイドルは、誰にも助け起こされないまま、静かに立ち上がった。

その唇が、微かに——本当に微かに——弧を描いていた。


そこへ、別の部下が駆けつける。


「黒岩議長! 九区へ派遣中の補佐官ですが——」


「今度は何だ!」


「どうやら兵藤会長のお孫様だったようです!」


「「なぁぁぁぁぁ!?」」


男たちの絶叫が、会議室にこだました。

葉巻の煙が、天井でゆっくりと渦を巻いている。

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