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ディストピア系アイドルゲームの指揮官に転生したので、クズを演じながら推し活することにした  作者: 西嶽 冬司
2章【楽園、あるいは独裁国家】

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第14話【亡霊、あるいは重力の底】


シントニア本部・最上階。

雲を見下ろす高さにある、その執務室。

冷暖房が完備され、塵一つない静寂に包まれていた。

第九部隊の、あの騒がしく泥と鉄の匂いがする空気とは——対極の世界。


その主——兵藤 一成は、デスクに広げられた数枚の人事ファイルを眺めていた。

映っているのは、先日派遣したばかりの監査官・高宮 セイジと補佐官・兵藤 ナギ。


そして——


「……篠崎 響」


兵藤がモニター隅に映る、コンダクターの名前を低く呟く。


彼は革張りの椅子を回転させ、窓辺のクリスマスローズを一瞥した。

白い花弁が、空調の風に微かに揺れている。


「あの『種馬』が、辺境で何を育てているのやら」


眼下には整然と管理された、第三地区の街並みが広がる。

息苦しいほどに整備された、人類の生存圏。


だが、彼の瞳は街を見ていない。

遥か彼方——『第九地区(ゴミ溜め)』を見据える、猛禽の目だった。


「見せてもらおうか。 お前の『楽園』とやらを」


クリスマスローズが、静かに首を垂れていた。

まるで——これから訪れる災厄を、悼むかのように。




***




第九部隊基地・居住区エリア。


美咲は、ふらふらとした足取りで基地内を歩いていた。

その目は、響にも負けないほどに腐れ果てており、立派な隈もできている。


原因は、昨夜に響の部屋で見つけてしまったファイル。


処理済(Disposed)』のスタンプが押された、『多々良 弥生』という女性の写真。


あれが幻覚でないなら——この基地には、死人が歩いていることになる。


「……お化けなんていない。 お化けなんて嘘」


美咲はそう呟きながら、必死に己を鼓舞していた。

真凜が言っていたように、あれは寝ぼけていたのだ。


——そうよ。 そうに違いないわ——


深夜の廊下で見た女性も。

ファイルの記述も。

きっと疲れた脳が見せた幻覚に違いない。


そうでないなら——ただの他人の空似だ。


徹夜明け独特の、奇妙なテンションが美咲を包み込む。

根拠のない前向きさが湧き上がってきた。

ははは、と乾いた笑みを浮かべる美咲。

すれ違ったオーグリー職員が、ギョッとした。

そんなことはお構いなしに、美咲はスキップを踏み始める。 痛々しいこと限りない。


そんなテンションで歩き続け——




「……いた」


隊舎の裏手。 建物の影になっている一角。

響が誰かと話しているのが見えた。


相手は女性だ。

昨夜廊下で見かけた、あの長い髪の女性に間違いない。


美咲は建物の陰に隠れ、じっと目を凝らす。


「……足、よし。 影、よし」


昼の光の下で見れば、彼女はしっかりと地面に立っていた。

幽霊なら影はないはずだ。 うん、きっとそう。 ないよね?


それに、その姿はあまりにも生々しい。

彼女の腕や首筋には、無数の火傷の痕がある。

それも、ただの火傷ではない。

はんだごてや、高温の金属を押し当てたような——幾何学的で痛々しい傷痕。


どこか、ひなたに似た雰囲気を持つ女性。

だが、その瞳にはひなたのような職人の熱はない。

もっと静かで、深い水底のような色を湛えている。


響は彼女と、とても親しげに話していた。

いつもの軽薄なノリではない。

もっとこう、身内に対するような——穏やかな空気。


「……な〜んだ、やっぱり生きてるじゃん」


美咲はホッと胸を撫で下ろした。

昨夜の写真は、やはり見間違いか、あるいはよく似た親族なのだろう。

姉妹か、従姉妹か。 きっとその辺。


とにかく、幽霊ではない。


「驚かさないでよ、もう……」


安堵のため息をつき、美咲は二人に声をかけようと足を踏み出した。

昨夜の非礼を詫びて、ついでに事情を聞けばいい。


そう思った——その時だった。


「……あ、師匠。 おはようございます」


ボサボサの頭をしたひなたが通りがかり、女性に向かってペコリと頭を下げたのだ。

寝癖だらけであくびを噛み殺しながら、ごく自然に。

目が滲みないので、あれ以降ちゃんとお風呂には入っているようだ。


だが彼女の言葉に、美咲の足がピタリと止まる。


「……師匠?」


美咲は思わず声を漏らした。

天才マエストロであるひなたが、師匠と呼ぶ人物?


まさか——


美咲の脳裏に、ひなたの言葉が鮮烈に蘇る。


『前任は……銃口を咥えた』


前任のマエストロ。

昨夜見たファイルには、確かに『処理済』とあったはずだ。


前任=師匠=死亡確定 Q.E.D


その等式が成立した瞬間、美咲の『他人の空似なんじゃね?説』は粉々に砕け散った。


「え、ええええ!? ま、まさか幽霊!?」


美咲の絶叫が、朝の静寂を切り裂いた。 すごい迷惑。


「うおっ!? びっくりしたぁ!」


響が飛び上がる。 女性も目を丸くして美咲を見つめた。


「……なんだ、ちゃんミサキか。 朝から元気だなぁ」


「そ、それより響さん! 幽霊です! そこに幽霊が!」


美咲が震える指で女性を指差す。

さっきまで足があるから大丈夫、と思っていた理屈など吹き飛んでいた。

だって、本人が『死んだ』と言っていた相手が、そこにいるのだから。

誰か、この中にエクソシストの方はいらっしゃいませんか!?


完全にパニックへ陥った美咲。

響は「あー」と頭をかき、女性——多々良 弥生の肩を抱いた。


「紹介するよ。俺の4人の妻の内の1人、弥生さんだ」


「……は?」


「初めまして。 記者さん、で合ってますよね? 幽霊じゃありませんよ」


弥生がふわりと微笑む。

その笑顔はどこか儚げで、けれど確かな体温を感じさせた。


「ど、どういうことですか!? ファイルには死亡って!!」


美咲が詰め寄ると、響はバツが悪そうに視線を逸らした。

響の目が、当時の壮絶な光景を映すように細められる。


「『死ぬくらいなら俺に人生くれよ』ってプロポーズしてな。

 ……ま、半分脅迫みたいなもんだが」


「プロポーズって……」


「マエストロとしては『処理』したことにした。

 そうしなきゃ、シントニアの規定で処分されるからな。

 で、俺の嫁として籍を入れて、『母親』として制度送りさせたってわけだ」


美咲は開いた口が塞がらなかった。

死亡したことにして、戸籍を改竄し、自分の妻として匿う。

公私混同も甚だしい。


だが——


「いや、ひなたちゃんも『銃口咥えた』って!

 重い雰囲気出してたじゃないですか!」


「誰も『死んだ』とは言ってない。

 静養のためマエストロの地位を移譲させ、制度送りにしただけだ」


響はあっけらかんと言い放った。


「俺は女の子の涙には弱いんでね。

 死にたくないって泣くなら、俺が一生養ってやる。

 それが俺の流儀だ」


その言葉に、弥生が愛おしそうに響を見つめる。

彼女の指には、シンプルな指輪が光っていた。


「……こいつは、本当に」


美咲は脱力した。

『クズ』という汚名を被って、世界中の不幸を拾い上げようとしている。

女好きの種馬という仮面の下で、誰1人見捨てようとしない。


——筋金入りの、ヒーローじゃないですか——


美咲は胸の奥が熱くなるのを感じた。

だが、同時に一つの疑問が浮かぶ。


「……ということは、もしかして前任のカナリアも?」


もしや、その人もどこかで生きているのでは?

淡い期待を込めて尋ねた美咲だったが——




それが過ちだった。


空気が凍ってしまった。


弥生が痛みを堪えるように唇を噛む。

そんな姿を心配したのか、ひなたが彼女へ寄り添った。

「お前ってやつは……」と言いたげな響の冷たい視線。

それが、美咲の胸に深く突き刺さる。


「……あいつは、文字通り処理したよ」


——う〜ん、この部隊ってば地雷が転がりすぎじゃない?——


地雷原か何かなの? もういっそ全部爆発させてやろうかな?

あまりの的中っぷりに、美咲が捨て鉢になり始めていた。


だが同時に、疑問も湧いた。


「……なんで……弥生さんは救えたのに、その人は——」


その問いに、響の表情が苦く歪む。


「退役出産支援制度は、まだ試験導入を始めたばかりだったんだよ。

 当時の適用者は——カレンだけ。 前例がなさすぎた」


響は煙草を取り出そうとして、やめた。

その指先が、微かに震えている。


「それに、マエストロもカナリアも替えの効かないポジションだ。

 辞めさせるには、まず後任を育てなきゃならない。

 弥生の場合は——ひなたがいた。

 あいつは天才だったから、なんとか引き継ぎが間に合った」


「じゃあ、カナリアの方は……」


「静香はまだ、訓練生だったよ」


響の声が、低く沈む。


「あと半年。いや、3ヶ月でも早く制度が整っていれば——

 後任の育成が間に合っていれば——

 あいつを、ああいう形で『処理』しなくて済んだ」


——間に合わなかった——


その言葉の重さが、美咲の胸に落ちた。

救えた命と、救えなかった命。

その差は、ほんの僅かなタイミングだったのだ。


「前任のカナリアと弥生は幼馴染でな。淡い思いを抱き合ってた。両片思いってやつよ。

 だからこそ、あいつの処理の事実が、弥生の精神を完全に破壊する引き金になっちまったんだ」


響の声は重い。

それは、彼が背負っている『罪』の一部なのだろう。


救えなかった命。

守れなかった想い。


「……でも、響さんが救ってくれました」


弥生が、胸元のペンダントを握りしめる。

そこには、小さな無機質なチップのようなものが収められていた。

おそらく、亡き彼の形見なのだろう。

見つめる目に、涙が滲んでいる。


「私は生きるわ。彼の分まで。

 明日を笑って生きられる世界を作るために」


——重ぉい……——


美咲は言葉を失った。 地雷が全部重ぉい。

この基地には、あとどれだけコッテリしたドラマと、業と、愛が埋まっているのだろう。

響という男を中心に、歪で、けれど強固な円環が回っている。


でも踏みたくないから、事前にある程度教えてほしい。

地雷目録でも作ろうかな?と美咲が思い始めた——




その時だった。







「——あら。 朝からお盛んね、旦那様?」


背後から、絶対零度の声が響いた。 さっきから気温下がりすぎ。


振り返ると、そこには明らかに不機嫌そうなカレン。

いつものダウナーな雰囲気ではない。

もっと何か——じめっとして近寄りがたい瘴気を纏っている。


『そもそも君が妊娠なぞしなければ、こんな辺境にくることもなかったんだ。

 劣等の分際で。いい迷惑だよ』


ただでさえ妊娠により、酒もタバコも断たれ、乾いていたカレンの心。

その上基地へ帰ってくるたび、ネチネチとした高宮の嫌がらせを受けている。


ストレスがピークを更新中の、第九部隊における最大の特級危険物。

下手に刺激すれば、高宮どころか基地ごと吹き飛びかねない。


それが、今の東雲 カレンだった。 正直、近寄りたくない。


「カ、カレンさんじゃないですかぁ……これはどうもお元気そうでぇ」


響が引きつった笑みを浮かべる。 見事な高速もみ手。 越後屋かな?


「へへ。 つわりは、大丈夫なんでございましょうか?」


とんでもないゴマのスリようである。 豚カツが美味しく食べれそうだわ。


「おかげさまでね。 アンタの顔を見たら、吐き気がぶり返しそうだけど」


カレンはツバでも吐きかけそうな目で響を睨みつけ、それから弥生へと視線を移した。


「久しぶりね、弥生さん。 体調はどう?」


「ええ、おかげさまで。

 ……貴女こそ、2人目だそうね。 おめでとう」


弥生が優雅に微笑む。 だが、その目は笑っていない。


二人の間に、バチバチバチ……!と目に見えない火花が散った。


——あ、これヤバいやつだ——


美咲の本能が警鐘を鳴らす。


とんでもねぇ女同士の戦いの火蓋が——今まさに切られようとしていた。


「ありがとう。でもあまり響に甘えないでくれる?

 旦那様は今、私のケアで手一杯なんだから」


カレンが一歩前に出る。 正妻(仮)としての先制どストレート攻撃。

その背後に、巨大なシルバーバック(幻影)がババァァン!と佇む。


「あら、それはこちらの台詞よ。

 それに、ひなたや静香ちゃんのサポートには、私の知識が必要不可欠なの。

 ……貴女と違って、『技術』で『生活』に貢献できますから」


弥生も一歩も引かない。

元・マエストロとしての自負と、響への依存が入り混じった強烈なカウンター。

彼女の背後にも、威嚇のドラミングを始めるゴリラ(幻影)が——


ドンッ!ドンッ!ドンッ!という幻聴が聞こえてきそうな様相。


いや幻聴じゃなかった!

本当に胸を叩いている! お互いの胸部装甲で! 相撲だコレ!


——もいでやりたいわ。 うらやましい——


なぜ、神は公平なチャンスを授けないのだろうか?

美咲は視線を己の足元へ向けた。

しっかりと、くるぶしまで見える。 くっ、なんて防御の薄い!


「「…………」」


2人の女性が、完全にマウンティングゴリラへと変貌を遂げていた。

今から怪獣大戦争でもおっ始めようというのだろうか?


——ちょっと待って。 あと2体、このクラスの怪獣がいるってこと!?——


いずれ訪れる、『世界の終わり(ハルマゲドン)』の予感。

その事実に、美咲は震えた。


そして、その間に挟まれた響は完全に空気——


いや、ゴリラたちが奪い合う一本のバナナ(意味深)と化していた。


「響は私の匂いが一番落ち着くって言ってたわ」


「あら、昨日は私の膝で寝てましたけど?」


「ふぅん。でも『夜』の相性は私が一番だって、本人が言ってたわよ?

 彼って推しに奉仕したがるけど、逆に奉仕してあげるとスゴイの」


「あら、そんなに必死にならないといけないの?

 彼、私には自分から甘えてくるのに。

 ……『ママ』って呼ばれたこと、ある?」


「は?」


「あ?」


——人妻の話ってえぐいなぁ——


というか、響のそういう趣味についてはノーコメントを貫きたい。

知りたくなかった情報が、美咲の脳へ流し込まれていく。


「響さん……これ、どうするんですか?」


美咲が小声で尋ねる。


「……死んだふりをする。 あと今すぐ忘れて」


「情けなっ!」


響は白目を剥いて直立不動の姿勢を取っていた。

それを尻目に、ドラミング(相撲)はバインバインと激しさを増していく。

妊娠してるのに、胸は張ってないんだろうか? 別の意味で張ってるけど。


「私は響の『最初』なのよ。 分かってる?」


「私は響の『特別』なの。 命を救われた恩があるもの」


「恩で繋がってるだけでしょ? 私たちは『愛』で繋がってるの」


「……それ、依存って言うんじゃないかしら?」


「「…………」」


空気がさらに冷え込んだ。 さっきからもうキンッキンだよ。

もはや言葉ではなく、純粋な殺気のぶつかり合い。

美咲は、この修羅場を凪いだ目で見つめていた。


——ふっ、自業自得でザマァ。 今日のご飯がススムさんだわ——


バナナ(意味深)をオカズ(意味深)にするみたいで何か嫌だけど。


でもこの騒音(カオス)こそが第九部隊の日常。


重い過去も、暗い未来も。

全てを飲み込んで笑い飛ばすような、たくましい生命力。


でも顔見知りの夜の話はやっぱキツイです。


そんな騒がしい日常が——唐突に破られた。


「——コンダクター、緊急事態です」


真凜が走ってきた。 珍しく、少し慌てた雰囲気を纏って。

その手には端末が握りしめられている。


「なんだ、また高宮か? 今度はトイレの回数制限でも言い出したか?」


響が死んだふりをやめて尋ねる。


「それはすでに言われました。 ナギさんを盾にして撤回させましたが」


高宮ァ。 あの男、本当に何を考えているのか。

でも真凜の恐れ知らずに、美咲は恐怖を覚えた。


「本部より通達がありました。

 第九地区への支援物資の——無期限延期です」


「……は?」


その場の全員の動きが止まった。

マウンティングゴリラたちでさえ、ドラミング(相撲)の()を止めている。


支援物資の停止。

それは——兵糧攻めを意味していた。


響の目が、スッと細められる。

そこにはもう、種馬のふざけた色はない。


「……狸どもめ」


低く呟く響の声は、重力の底から聞こえるような——重く冷たい怒りを孕んでいた。


「まさか自分で自分の首を締め上げるほど愚かとはね。 そういうプレイ?

 ……上等だ。 第九に喧嘩を売るってんなら——」


響の目が、獣のように危険で怪しい光を放つ。

コンダクターの時とは違う、冷徹で冷酷な、捕食者の瞳。

その輝きに、美咲は思わずブルリと震えた。


「——骨までしゃぶり尽くしてやる」


窓の外では、鉛色の雲が低く垂れ込めている。

嵐の前の不気味な静けさ。


九区と三区の本格的な対立が——始まろうとしていた。

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