第11話【共犯者の誓い、あるいは戦いは続く】
夜の帳が上がり、東の空が白み始める。
過去の告白という、長く重い夜が明けたのだ。
基地に到着したトランポから降りた美咲の身体は、鉛のように重かった。
だが、その瞳はどこか晴れやかだ。
「響さん、寝る前に書類書いてくださいね。 溜まってますよ」
「だるーん。 明日にしようぜ明日。
明日という字は明るい日と書くのさ☆」
「もう今日です。 ほらさっさと執務室へ!」
美咲は駄々をこねる年上の上司(仮)の背中を押し、執務室へと連行する。
ガチャリと扉を開けると、そこには書類の雪崩が起きたデスクが鎮座していた。
——にしても、こいつのデスクきったねぇな——
美咲は心の中で毒づく。
響の秘書を自称する真凜が、この惨状をなぜ放置しているのだろうか。
弱みか? このゲスに弱みを握られているのか?
「真凜さんに怒られないんですか? これ」
「着任当初ならまだしも、今は何も言わねぇよ。 効率に問題なければな」
響はドサリと椅子に座り込み、天井を仰いだ。
「あいつが口うるさかったのは、前任者の咎だ。
規律や効率を守ることで、部隊という『家族』が壊れるのを防ぎたかっただけだからな」
だから今はもう、そんな強迫観念に駆られる必要はない。
この汚いデスクは、ある意味で平和と信頼の証なのかもしれない。
……いや、 前言撤回。 単に汚いだけだな。
響がペンを回し始めた。 書類書けよ。
ツッコミを呑み込み、美咲はずっと気になっていた疑問を口にする。
「そういえば、どうやって千紗さんを九区に留めたんですか?」
Bランクを鎮め、そしてAランク災害を引き起こす千紗の能力。
本部がそれを欲しがらないはずがない。
一般人の響が、どうやってあの狸親父どもを黙らせたのか。
響はペンを止め、ニヤリと笑った。
「簡単だよ。 脅した」
「えっ……」
「俺にはね、この世に転生した時にチートを授かったんだ」
——またヤベェ妄想をほざき始めたな——
美咲が生温かい目を向けると、響は自分の目を指差して笑った。
「俺はね……心の音が見えるんだ」
脳裏に蘇る、過去の会話。
『今の美咲ちゃんの音は、すごく綺麗だからな』
あの時の違和感が、今、はっきりと形を持った。
比喩ではなかったのだ。
見透かされている。
その事実に、美咲は不思議と恐怖を感じなかった。
「前世じゃ『響界のヴァルキリー』メチャクチャやってたんだよ。
それこそ寝食を忘れるほどに。
4日風呂キャンするひなたの集中力には負けるけどさ」
「……はぁ」
気もそぞろな美咲の反応。
どうでもいいから書類を書け、とその目は語っている。
そんな彼女の姿を気に留めず、響は自分のこめかみをトントンと叩いた。
「それだけやってたからか、耳と魂に刻まれちまってるんだよね。
GAME STARTを押した時の——『始まりの音』が」
『始まりの音』——
0.01%の人間だけに与えられる、奇跡の福音。
ぶわりと美咲が総毛立つ。
「もしかして『クロトコード』を——!?」
「そういう事。 だから俺にも心が分かっちゃうってわけよ」
響はあっけらかんと言う。
本来ならノイズ化した人間にしか知覚できないはずの領域。
それをこの男は『前世でやりすぎたゲームの影響』という、ふざけた妄言で獲得したと宣った。
神の奇跡を舐めてるのだろうか?
「……でも、篠崎さんって、ノイズじゃなくて一般人ですよね?」
「そうだね。 いやぁ安心したよ、ノイズじゃなくて」
その発言に、美咲の心にヒヤリとした空気が流れ込む。
所詮、この男も自分だけ安全圏にいたいのだろうか?
だが、美咲の中のもう一つの内なる声が囁いた。
この推しに狂ったヤベェ男が、そんな薄い内容の発言をするだろうか?と。
答えは否。 断じて否。 かんっぺきに否だ。
でも聞いたら間違いなく面倒臭いことになる。 多分。 恐らく。 いや絶対に。
とはいえ、読者のためには——いや、自分自身のために、聞かざるを得ない。
本当に本当に嫌だけど、聞かざるを得ない。
「え〜と……なんでノイズじゃなくて良かったんですか?」
響はキョトンとした顔をして、それから——憤慨したように叫んだ。
「だって推しと同じなんて恐れ多いじゃないか!」
「はい?」
「俺はね、ギャルゲーの主人公相手でも感情移入しないタイプなの!
主人公と推しのあれやこれやを、壁という第三者の立場で眺めておきたいの!」
響が力説する。 机をバンバン叩きながら。
——なんか猿のオモチャみたいだな——
美咲は、曇りなき遠い目で響を見つめた。
「主人公とヒロインがイチャイチャしている空気が吸えれば満足なの!
だから俺自身がノイズになるのは解釈違い! わかれよ!」
予測可能。 回避不可能。
誰だこの狂人のスイッチを押したやつは! 私だよ!!
「……あの、言いにくいんですけど」
「ん?」
「壁になりたいとか言っといて、『推し』であるカレンさんと致してますよね?」
美咲の鋭いツッコミが炸裂する。
壁どころか、ガッツリ介入して子供まで作っているではないか。
壁は壁でも、グローリ——ギャァァ! ゲスの思考が感染してる!
響は美咲の瞳をしばしば見つめ——
そして、露骨に顔を逸らした。
「カレンは原作に出てないのでノーカン!!」
——こいつずりーな! 都合良すぎだろ!——
美咲が呆れ果てていると、響は急に真面目な顔に戻った。
「それにさ、ノイズ同士だと今回の妊娠支援制度の効果が薄れるのさ。
『子供を盾に、役務から逃げおおせた』ってな」
「え?」
「『一般人のクズ上司に無理矢理手篭めにされて、仕方なく孕まされた』。
そんな建前があった方が、彼女たちが被害者ポジションになれて都合が良い」
——建前と本音がどっちもマジすぎる……——
でも、どうせなら今の建前だけ教えてほしかった。
前半の壁になりたい云々という狂言は忘れたい。
あわよくば、感染した自分のモノローグも記憶から消したい。
「俺の特異性が、ディラプターのノイズ嵐を耐え抜けた秘密なのかもな。
そして、ノイズの産んだ子供にも俺と同じ兆候が見え始めている」
「それって……!」
「ま、これも未来の知識の応用なんだけどさ!」
響は人差し指を立ててウィンクする。
「この情報と引き換えに、千紗の移動を抑え込んだってわけ。
俺ちゃんは一般人なので、レゾナントだけで固まった中央にはいけないからね。
だったらまとめて監視した方が楽でしょ?
あわよくば君に、俺を失脚させるネタを掴ませたかったみたいだけどさ」
全ては、最初からこの男の手のひらの上だったのだ。
美咲は降参するように、ため息をついた。
***
美咲の個室。
三区への定時報告の時間だ。
本来なら、響の弱みや不正の証拠を報告すべきタイミング。
美咲は端末に向かい、報告書を打ち込んだ。
『——対象は極度の女好きであり、職務よりも女性隊員との交遊を優先。
脅威度は極めて低い。
また、現場指揮においても独自の判断が目立ち、統率力に疑問が残る——』
完璧な虚偽。
響を無能なクズとして認識させるための、戦略的な醜聞。
そして、最後に一文を付け加える。
『——だが、その特異な行動原理には不明な点も多い。
念の為、継続的な監視を推奨する』
指が、送信ボタンの上で一瞬だけ止まった。
——これを押せば、私は完全に……——
美咲は小さく息を吐き——
送信ボタンを押した。
これで、自分がここに残るための口実もできた。
行動原理が意味不明なのは間違いじゃないし。
「……私も大概、染まっちゃったなぁ」
美咲は苦笑し、コーヒーを飲んだ。
たんぽぽから作った紛い物のコーヒー。
同じ紛い物の合成コーヒーよりも、身体に深く沁み渡る味だった。
***
荷物をまとめた美咲が、ガーデニングエリアへ向かう。
そこにはいつものように土いじりをする響の姿があった。
「確か、今日が三区に戻る日だっけ?」
響が手を止めずに尋ねる。
「えぇ。 でもまた戻ってきます。 ここは退屈しなさそうですから」
美咲はカメラを構えた。
ファインダー越しに見えるのは、朝日の中で輝くトマトと、泥だらけのクズ指揮官。
そして遠くからは、今日も元気な第九メンバーの騒がしい声が聞こえてくる。
もう、監視者ではない。
この騒がしい楽園を、正しく記録し、守り抜くための——
「それに、誰かが見張ってないと、すぐに暴走するでしょう?
私の新しい肩書きは——『シントニア所属 レヴェナス第九部隊 専属広報・記録係』ですから」
「俺より肩書き長くない? ウケる」
美咲の言葉に、響が振り返る。
そしてニカっと笑うと、手元の真っ赤なトマトを無造作に放り投げた。
「おっと」
美咲は慌てず、それをフワッと両手で受け止める。
かつては毒見をするように恐る恐る食べた、あのトマトを——
美咲は、躊躇いなく齧り付いた。
プツリ、と薄皮が弾ける感触。
途端に口いっぱいに広がったのは、脳が痺れるほど濃厚な甘み。
綺麗に管理された第三地区には決して宿らない——泥と太陽の味だ。
少しだけ不格好で、粗野で、でもどうしようもなく生命力に満ちている。
この第九部隊そのものの味。
その強烈な生の味が、美咲の喉を通り、身体の奥底へ満ちていく。
「契約成立だ。 また会おう、共犯者さん」
響の言葉を背に、美咲は歩き出す。
その足取りは、来た時よりもずっと軽かった。
よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ。
特に前回。 8,500文字超えのイかれた長文。
それを乗り越えた其方。 誠に大義であった。
世界の半分が手に入るわけでもないのに。
正に真なる勇者と呼べる偉業である。
これにて序章は終了です。
引き続き、2章もお楽しみください。
『面白かった』『続きが楽しみ』
そう思っていただけましたら、
★やフォローで応援してください。
作者のモチベーションに繋がります。
ぜひよろしくお願いいたします。
それでは次の章でお会いしましょう。
ゴーハモ☆




