第10話【カーテンコール、あるいは傲慢の罪】
夜明け前の国道を、ひた走るトランポの中。
先程までの軽口は嘘のように消え、重苦しいタイヤの走行音だけが響いていた。
外の景色は闇に沈み、ヘッドライトが切り取る道だけが白く浮かび上がる。
「……あれは、つい数ヶ月前。 俺がここに来て、3度目の冬の話さ」
響が独り言のように語りだす。
その声は、いつもの軽薄さを失っていた。
「あの頃の第九は、無敵だった。 まぁ今でも最強無敵だけどさ。
誰も死なない。怪我人も減った。
千紗の『能力』を使えば、処分されるはずの連中だって看取ることができた」
組んだ響の手が、白くなるほど強く握りしめられる。
「俺は、調子に乗ってたんだよ。
第九の運命を覆せた。クソみたいな原作シナリオを攻略してやった、ってな」
システムへの反逆がうまくいっているという手応え。
もう誰も死なせずに済むかもしれないという、甘い希望。
それは死と隣り合わせのこの世界において、最も忌むべき——
致命的な『隙』となった。
***
その日発生したのは、住宅街でのW2級災害だった。
ありふれた現象。 幾度となく救難活動を成功させていた規模の災いだ。
現場の瓦礫の陰で発見されたのは、Bランク化した男性。
身分証から、近所に住む父親だと判明した。
彼はまだ微かに自我を残しており、自宅の方角を見つめて動かない。
その瞳には、家族を案じる色が残っていた。
「よし、手順通りに行くぞ」
俺は気軽に指示を出した。 いつも通りのルーチン通りにって感じで。
千紗が歌い、他のメンバーが周囲を警戒。
俺がタイミングを見計らって『カーテンコール』で幕を下ろす。
本来なら遺族は遠ざけ、安全圏から声だけを聞かせるのが鉄則。
だが、その日は違った。
度重なる成功体験が、俺の判断を鈍らせていた。
——最期くらい、ちゃんと会わせてやりたい——
そんな感傷で、駆けつけた妻と娘の規制線を解除しちまった。
それが、指揮官としての俺の——最大の過ちだった。
千紗が一歩前に出る。
彼女が深く息を吸い込むと、周囲の空気がピリリと張り詰めた。
冬の寒気が、一層冷たく肺を刺した気がした。
「————」
歌声が、紡がれる。
それは、通常のライブで聴かせるような熱い歌声ではない。
ガラス細工のように繊細で、触れれば壊れてしまいそうなほど儚い、鎮魂の響き。
『再調律』
それは、世界で唯一、篠崎 千紗だけが持つ特異性。
ノイズによって歪められ、不協和音となった精神の波形。
それを、彼女の歌声で強引に『正常な音階』へとチューニングし直す力。
効果は劇的だ。
苦痛に歪んでいた男性の表情から、瞬く間に影が消えていく。
多重にブレた身体が、輪郭を持ち始める。
痙攣していた手足が落ち着き、濁りきっていた瞳に、人間としての理性の光が宿る。
黒く染まっていた皮膚が、元の色を取り戻していく。
まるで巻き戻し映像を見ているようだ。
怪物から、人へ。
不可逆であるはずのノイズ化を覆す、神の御業のような奇跡。
だが、代償はある。
無理やりねじ曲げられた精神は、より大きな反動を伴って崩壊へ向かう。
そして、『人の姿』に戻れる時間は、わずか数分。
その時間が過ぎれば——
彼は確実に、より大きな災害へと至る道を開く。
だからこそ、その前に幕を引かなければならない。
人間として、死なせてやるために。
「……すまない、愛している」
男性の口から、絞り出すような最期の言葉が漏れる。
涙を流す妻子。 感動的な光景だ。
だが、それは同時に『終わりの合図』でもある。
俺は『カーテンコール』をホルスターから抜き、その銃口を男へ向けた。
迷いはない。 これが彼にとっての救済だ。
銃身が冷たい。
引き金に指をかける。
「お疲れさん……おやすみ」
引き金を、引く。
「「ダメ!!」」
叫び声と共に、妻と娘が俺の腕にしがみついた。
「殺さないで!」 「まだ、まだパパはここにいるの!」
予想外の衝撃に、俺の身体が揺らぐ。
放たれた『コーダ弾』の軌道が逸れ——男の肩を浅く掠めた。
弾丸が弾かれる甲高い音が響く。
——しくじった!——
中途半端な刺激は、不安定なノイズの精神核を刺激するトリガーになってしまう。
「パパ!?」
制止を振り切り、男性に駆け寄る妻子。
恐らく抱きつくその腕から伝わるのは、爆発的な悲しみと、行き場のない愛情。
ノイズは『感情の揺らぎ』に強く共振する。
『コーダ弾』による不協和音と、妻子の激情。
臨界点を超えていた精神核に直撃し——許容量を超えた。
「う、ぐ……あ……」
男の口から、呻き声が漏れ、その身体がビクンと痙攣する。
「総員、退避! 距離を取れ!」
響が叫ぶ。 だが、間に合わない。
男の瞳から光が消える。
「ガ、アアアアアアアアッ!!!」
絶叫。
男の身体が風船のように膨張し、漆黒の波動が噴出する。
空気が震え、地面が揺れる。
それはもはや人間ではない。
制御不能な——災害そのもの。
千紗の歌声が、まるで布を引き裂くようにかき消された。
「ひっ……!」
千紗が喉を押さえて膝をつく。
再調律の反動。 恐らく声帯に、裂けたような激痛が走っている。
「『Aランク災害体』化!?」
真凜の悲鳴が聞こえた。
変異の瞬間に発生した衝撃波が、爆風となって全方位に広がる。
至近距離で抱きついていた妻と娘は、悲鳴を上げることすら許されず——
プツリと映像が途切れるように消え失せた。
鮮血も、悲鳴も、肉片さえもない。
俺の目の前で、光の粒子となって消滅した。
さっきまでそこにいた愛し合う家族が、無に置換された。
音もなく。 痕跡すらなく。
そのあまりに静かで、無機質な消失。
「……嘘だろ……?」
俺は呆然と立ち尽くしていた。
目の前に広がるのは、何もかもが消え失せた空間と、黒い災害。
守りたかった家族を、自らの手で殺した絶望。
それがディラプターをさらに狂暴化させる。
災害が咆哮を上げた。
大気が振動し、瓦礫が震え——
その腕が薙ぎ払われた。
「くっ!」
湊が咄嗟にギターを構えて防御する。
だが、Aランクの力は桁違いだ。
ギターの弦が悲鳴を上げ、湊の身体ごと吹き飛ばされる。
瓦礫に叩きつけられた湊の口から、血が溢れた。
「湊!」
万里が叫びながらドラムを叩く。
音の障壁が展開され、次の一撃を受け止めようとして——
その拳に触れた瞬間、飴細工のように砕け散った。
衝撃が万里の巨体を襲い、彼女は吹き飛ばされて地面を転がり、呻き声が漏れる。
カレンがベースを掻き鳴らし、重低音の波動を放つ。
音の檻がディラプターの足を縛り、その動きを一瞬止めた。
「今だ、真凜!」
「分かってます!」
真凜がリズムギターから精密な音の刃を放つ。
ディラプターの腕に命中し、黒い波動が揺らぐ。
それでも構わず、ディラプターはもう片方の腕を振り上げた。
「カレンさん、避けて!」
真凜の叫びと同時に、カレンが横に飛ぶ。
直後、ディラプターの拳が地面を叩き潰した。
コンクリートが砕け、巨大なクレーターが生まれる。
粉塵が舞い、視界が曇る。
「ちっ、避けるので精一杯かよ……!」
カレンが歯を食いしばる。 攻撃どころか、回避するだけで手一杯だ。
「コ、コアの位置が定まらない……! データが、滅茶苦茶です……!」
リリィがタブレットを操作しながら、涙目で叫ぶ。
ディラプターの波動があまりに不規則すぎて、解析が追いつかない。
「リリィ、下がれ!」
リリィを庇うように前に出るのと同時に、衝撃波が真凜を襲った。
真凜の身体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。
リズムギターが手から滑り落ち、弦が千切れた音がした。
「真凜さん!」
ポロポロと涙を流したリリィの絶叫が、虚しくこだました。
そんな彼女も暴風に晒され、木の葉の様に吹き飛ばされる。
そして——千紗。
喉へのバックラッシュを受け、口から大量の血を吐き出して膝をつく。
「げほっ……げほっ……!」
その華奢な身体が、痙攣するように震えている。
歌えない。 声が出ない。
再調律の代償が、彼女の喉を蝕んでいる。
——俺のせいだ。 俺が、油断さえしなければ——
千紗のフレーバーテキストにあった悲劇。 それを乗り越えたと思っていた。
だが、もし違っていたら?
これが、今ここで起きている悲劇こそが、本来の『正史』だったら?
助けるはずだった家族は消滅し、部隊は全滅寸前。
俺の脳裏に、かつて『ホスピス』で見たメンバーの姿がフラッシュバックする。
お利口になった、無機質な人形。
その姿が、光の粒子になって崩れていく。
絶望的な幻視に、俺の心が蝕まれ——
重厚なチェロの音色が、戦場を切り裂いた。
低音が響く。 それは、悲しみを湛えた、深い深い音色。
「——いつも暑苦しい男が、珍しく誰より沈黙しているわね」
瓦礫の上から響く、冷徹な声。
ヘムロック実働部隊——『ベラドンナ』。
災害の反応を感知して駆けつけたようだ。
「別に私はどうでもいいのだけど……。
コンダクターである貴方が諦めてどうするのかしら?」
玲が冷ややかに見下ろす。 その視線は、まるで氷の刃のよう。
その言葉にハッとして、俺は千紗を、そして第九メンバーの顔を見た。
血を吐き、傷つき、泥にまみれながらも——
彼女たちはまだ、楽器を構えていた。
その顔には、不敵な笑みすら浮かんでいる。
「ふぅ……、ふぅ……」
喉を押さえながら、血を吐く千紗。
でもその瞳には、普段の儚さにはない、ギラギラとした激情が伺えた。
「……息子の未来のためにも、こんなところじゃ負けられない」
千紗の背中をさするカレン。
口元の血を拭い、ニヤリと笑う。 タバコを吸いたそうな顔で。
「リリィもです。 まだ新作のパーツが届いていません」
リリィがタブレットを抱きしめながら、鼻血を拭う。
「響さんを王にする予定を遂行するまで、死ぬ気はないですよ」
真凜が姿勢を正し、ボロボロのリズムギターを拾い上げる。
「……晩御飯、まだ作ってない」
万里が巨体を起こし、ドラムスティックを握り直す。
メンバーの口から溢れる、未来への希望。
かつては『どうせ死ぬ』と捨て鉢になっていた彼女たち。
今は——『生きたい』と叫んでいる。
「確かに今日は死ぬには良い日よ——でも、死ぬのは今日じゃない」
湊がギターを掻き鳴らす。
その音が俺の鼓膜を震わせ、蝕まれていた心を叩き起こした。
——俺のやってきたことは、無駄じゃなかった——
俺の蒔いた種は、確かに彼女たちの中で芽吹き、根を張っていたのだ。
俺は震える足で立ち上がった。
推しが頑張ってるのに、俺が指を咥えて見てるわけねーだろ。
——推しに奉仕するのが、ファンの勤めってもんだ!——
眼前には、暴走するディラプターと、鎮魂歌を奏でるベラドンナ。
玲の歌声は、千紗とは対照的だ。
冷たく、鋭く、刃のように——ディラプターの精神を削り取っていく。
そして透のチェロの重低音が、ディラプターの足を地面に縫い付ける。
だが、Aランクの力は圧倒的だった。
「ぐっ……早くしなさい! 私たちだけじゃ保たないわよ!」
抑え込む玲が苦しげに呻き、口の端から血が流れる。
ベラドンナだけでは、決定打にならない。
玲の歌声、そして透のチェロの調べ。
その流れに——第九のメンバーが音を合わせる。
「行くぞ! 原作を超えるんだ! 俺たちで!!」
カレンのベースが唸りを上げる。
重低音の波動がディラプターの足を縛り、地面に沈み込ませる。
万里のドラムが炸裂し、音の障壁がディラプターの攻撃を跳ね返す。
真凜のリズムギターの刻むビートが、全員の攻撃を1つへ収束させていく。
「コアの位置……特定しました!」
リリィが叫ぶ。
タブレットの画面に、ディラプターの核の位置が表示されていた。
「湊、今だ!」
響の檄とともに、湊のギターが鋭い音を放つ。
音の刃がディラプターの胸を切り裂き、核を揺らす。
ディラプターが苦悶の声を上げた。
音が繋がり、一つの旋律を形作る。
即興で生まれたダブルユニットの旋律が、暴走するディラプターを切り崩していく。
それでも——ディラプターを倒し切るには届かない。
「クソっ、足りねぇか……!」
カレンの歯を食いしばった声が漏れる。
湊のギターから放たれる斬撃がディラプターを切断するが、傷は黒い波動に覆われて再生していく。
削っても、削っても、追いつかない。
——このままじゃ間に合わねぇ!——
災害となったノイズの持つ、恐るべき能力——
一定周期で『ヴォイドハウリング』を引き起こす力。
ディラプターの核へ、音が収束し始める。
空気が歪み、黒い波動が渦を巻くように集まっていく。
このままでは、湊と玲が削り切る前に、W4クラスの『ヴォイドハウリング』が発生してしまう。
そうなれば、第九部隊だけでは済まない。
第九地区そのものが滅ぶ。
ディラプターが纏う高密度のノイズ嵐が、収束したユニットの音を減衰してしまう。
災害を抑え込むには、誰かが嵐の中に飛び込み、核を撃ち抜くしかなかった。
俺は『カーテンコール』に、予備の『コーダ弾』を装填した。
もう、手は震えていない。
「まさか、突っ込む気ですか!?」
真凜の叫びが聞こえる。
「近づかなきゃ抑え込めねぇ!」
『カーテンコール』を握りしめる。
「死にますよ! 一般人の装備じゃ耐えられません!」
「やめろ、響!」
真凜とカレンの制止を振り切り、俺は走り出した。
ディラプターの放つ不協和音のフィールド。
そこに、一歩踏み込んだ——
「ぐ、ううぅぅぅッ!!」
世界が歪んだ。
鼓膜が破れるような激痛が走る。 いや、実際に破れている。
耳の奥から生暖かい液体が溢れ出す。
三半規管が破壊され、世界がぐるぐると回った。
インカムダンパーが過負荷で火花を散らし、砕け散った。
耳朶が焼け、砕けたパーツの破片が薄皮を引き裂き、鋭い痛みが走る。
生身の脳髄を、致死量の騒音が直接殴りつけた。
目の前が真っ白になる。視神経が焼き切れる。
視界が真っ赤に染まった。
耳から、目から、そして鼻から——体中の穴という穴から血が噴き出す。
味覚も嗅覚も、全てが血の味と匂いで満たされる。
平衡感覚が消え失せる。 地面がどこか分からない。
上下が逆転する。 いや、もう上も下もない。
ただ痛みと騒音だけが、世界の全てだ。
全身の骨が軋む。 筋肉が断裂する。
皮膚が裂け、血が噴き出す。
身体中の水分が、全て血になって流れ出ているような感覚。
それでも、足は止まらない。
痛みで意識が飛びそうになるのを、歯が砕けるほど食いしばって耐える。
——ここで止まったら、千紗が死ぬ。 みんなが死ぬ——
俺は走る。 走り続ける。
視界は赤く染まり、何も見えない。
だが、ディラプターの位置は分かる。
その黒い波動が、痛いほどに伝わってくる。
「おおおおおおぉぉッ!!」
血反吐を吐きながら、俺はディラプターの懐へと迫り——
視界の端に黒い影が映った。
ディラプターの腕だ。
その巨大な腕が、俺を潰そうと振り下ろされる。
——クソ!——
咄嗟に横に飛ぶ。 でも不協和音に蝕まれた身体は、思うように動かない。
腕が掠め、吹き飛ばされる。
背中から瓦礫に叩きつけられ、肺から空気が押し出された。
「がっ……!」
立ち上がろうとする。 足に力が入らない。
もう一度、ディラプターの腕が振り上げられる。
——これでも、届かないのか……!——
絶望が、俺の心を蝕む。
ここまで来て、まだ足りないのか。
やはり『正史』には抗えないのか。
そして——
「させるか!」
真凜の声が響いた。
リズムギターの音が空気を切り裂く。
ビートが刻まれ、それが全員の音を一つのリズムへと収束させていく。
導火線のように、音が繋がる。
「私を未亡人にする気かい?」
カレンのベースが唸りを上げた。
重低音の波動がディラプターの腕を下から突き上げ、その動きを止める。
同時に、透のチェロの重厚な音色が、ディラプターの足を地面に縫い付けた。
2つの低音が重なり、ディラプターの身体を縛る音の檻を形成する。
「今です!」
透の声に呼応するように、万里のドラムが炸裂。
音の衝撃波が、ディラプターの振り下ろされようとしていた腕を受け止める。
ディラプターの腕が、空中で止まった。
「位置、確定! 湊さん、座標送ります!」
リリィの声が響く。
タブレットの画面に映し出されたデータが、湊のインカムに送信される。
「引き裂いてやる……!」
湊のギターから、鋭い音の刃が放たれた。
それはリリィの解析通り、ディラプターの腕の関節部分を正確に切り裂く。
黒い波動が飛び散り、ディラプターの腕が宙に舞った。
ディラプターが苦悶の声を上げる。
その咆哮が、不協和音の嵐をさらに激しくする。
俺の身体が再び激痛に襲われ——
2つの歌声が、重なった。
千紗と玲。
生を司る歌声と、死を司る歌声。
始まりの音から生まれた相反する2つの力が、1つの旋律となってディラプターを包む。
不協和音の嵐が、2人の歌声に押し返された。
身体を蝕んでいた激痛が、少しだけ和らぐ。
「ぐっ……!」
玲が口の端から血を流しながら、歌い続ける。
その顔は苦痛に歪んでいる。
千紗も同じだ。
声帯が悲鳴を上げていても、彼女は歌う。
「行って、義兄さん!」
普段からは想像もできないほど、ひび割れて掠れた千紗の声。
喉を引き裂かれるほどの痛みの中、それでも彼女は俺の背中を押した。
その声が、心に火を灯す。
——そうだ。諦めるわけにはいかない——
震える足で立ち上がった。
『カーテンコール』を握りしめ、走る。
ディラプターの核まで、あと少し。
メンバーたちの音楽が、道を作ってくれている。
真凜のリズムが、俺の足取りを導く。
カレンと透の低音が、ディラプターを縛り続ける。
万里の音の壁が、ディラプターの攻撃を防ぐ。
リリィのガイドの元、湊の斬撃が進む道を切り開く。
そして、千紗と玲の歌声が、嵐を中和し続ける。
全員が、俺のために道を作ってくれていた。
——だから、俺はただ撃つだけだ——
ディラプターの懐に滑り込む。
目の前には、黒い波動の中心にある、赤く輝く核。
俺は銃口を、核に突きつける。
「……悪いけど、俺の推しを殺させるわけにはいかないんだよ!」
引き金を、引く。
重い衝撃が、右腕を駆け上がり——
放たれたコーダ弾は、今度こそ吸い込まれるように核を貫いた。
『ヴォイドハウリング』を解析して生まれた衝撃波。
金属を引き裂くような音とともに、弾丸から解き放たれる。
ピシッ、ピシッ、と核に亀裂が走る。
そして——
「——————」
ディラプターは断末魔を上げることなく、光の粒子となって弾け飛んだ。
静寂。
後には、何も残らなかった。
父も、母も、娘も。
「はぁ……はぁ……」
俺は瓦礫の上に大の字に倒れ込んだ。
全身が痛い。 指一本動かせない。
視界の端で——いや、もう何も見えない。
ただ、誰かが駆け寄ってくる気配を感じる。
「……生きて、ますか?」
湊が、泣きそうな声で駆け寄ってくる。
「ことわざにあるだろ? 明日首を吊る男が、今日溺れ死ぬことはない、ってな」
血まみれの顔で、ニカっと笑ってみせた。 笑えているかは分からんが。
「第九のみんなが死ぬ時まで、俺は死なねぇ。
だから、今日はまだサ終には早ぇよ」
その後、全員が『パウーザ』送りとなった。
俺も精密検査を受けたが、奇跡的にもノイズ汚染の危険性はなかった。
ただ鼓膜の損傷などで、全治数週間を喰らっただけだ。
***
「——かろうじて被害は抑えた。 だが、代償はデカかった」
トランポの中、響は自嘲気味に語り終えた。
「Aランク災害の発生と、鎮圧した経緯。 とても隠蔽しきれるものじゃない。
結果、『篠崎 千紗にはノイズを人間に戻す、あるいは暴走させる特異性がある』という事実が、三区に露見した」
美咲は息を呑んだ。
全てのピースが繋がった。
「……その後、俺は査問委員会からのお呼び出し。
その隙を狙って、三区はスパイを送り込んだってわけよ」
最初は、前任の白石。 そして——佐倉 美咲。
「私がここに来たのは……千紗さんを『管理下』に置くためだったんですね」
美咲の声が震える。
自分は、響を追い落とすためだけのコマではなかった。
三区が千紗を独占するための、尖兵だったのだ。
車内に重い沈黙が流れる。
「……でも、もしかしたら千紗さんの能力を解析して、ノイズの治療に役立てるためかもしれませんよ?」
「やれやれ。 美咲ちゃんは相変わらずピュアだね。
前も言っただろ? 千紗の能力は諸刃の剣だって」
響は手すりを強く握りしめた。
「もし敵国で、千紗の能力を無差別に使ったら——そうは考えないのか?」
そんなバカな。
第九に来たばかりの美咲なら、素直にそう言っていただろう。
でも今は知ってしまった。
ノイズの真実。
響の献身。
そして、安楽という欺瞞。
その全てが、美咲に疑問を飲み込ませた。
「俺は間違った。 俺が第九を危険に晒し、あの家族を殺した」
もし、最初から非情に徹して撃っていれば。
もし、慢心せずに対処していれば——
そんな、消えることのない悔恨が滲んでいた。
千紗の手が、響の袖をギュッと掴む。
そんな彼女を、そして第九のメンバーを、響は宝物のように見つめた。
「だから、もう二度と間違えない」
響が顔を上げる。
その瞳には、揺るぎない覚悟の炎が宿っていた。
「全員が幸せになる『ハッピーエンド』を掴むまでは、俺はどんな泥でも被る」
美咲はその横顔を見て、改めて思った。
この人は、誰よりも深く傷つき、自分の罪を背負っている。
そして、それでも前を向く——本物の『指揮官』なのだと。
美咲はタブレットを操作し、新しいファイルを作成した。
タイトルは——『第九部隊活動記録』。
「……記録しました。あなたの『罪』も『覚悟』も」
美咲の言葉に、響が目を合わせ、ニヤリと笑う。
「いいね。 頼むぜ、共犯者さん」
トランポは夜明け前の道を走る。
東の空が、白み始めていた。
その光の先には、まだ見ぬ未来——
掴み取るべきハッピーエンドが待っている。




