放課後の遭遇
午後4時15分 終業を告げるチャイムが鳴り響く。
今日は特に用事のない佑太は、剛史と蓮の来襲に備えて部屋の片づけに専念することにしていたので、彼らとの合流を待たずして自転車置き場へと向かう。
階段を降り始めたところで後ろから声をかけられる。
「よっ、会長っ!」
振り向くと隣のクラスの俊太が手を振りながら降りてくる。
「よぉ。どうでもいいんだが、どうしてひたいにそんな複雑な模様がはいってるんだ。」
俊太は自分の額を触って状況を把握し、苦笑いする。
「昼飯食ったあたりから記憶がなくてさ。てへっ。」
「気持ち悪い声出すなよ。つーか、ちゃんと授業はうけろって言ってるだろ。」
相変わらず気楽な奴だ。この居眠り常習者の高橋俊太は高校で知り合った友達の一人で、部活にも所属していないことから、よく帰り道に一緒に帰る友人なのだ。
こんな関わってるとろくなことがなさそうな奴なのだが、これでも校内で徐々に勢力を広げつつあるオタクと呼ばれる一団の中ではマスターと呼ばれる存在らしく、会長選挙の折には蓮の獲得してくれた女子票に次ぐ票稼ぎをしてくれた、佑太にとっては大事な後援者の一人なのだ。
「この前からやってるギャルゲーの妹キャラがめちゃかわいくてさ、昨日もずっと徹夜でフラグたて頑張ってたんだけど、今朝攻略wikiみたらその子のルートがないらしくてさ、もうやってらんないっての。佑太もそう思うだろ。」
一気にしゃべってからいきなり話を振られたので、戸惑ってしまう。というか、日本語のはずなのに理解できない単語が多すぎる。
「まぁ、それは悲しいよな。」
現代文の能力を駆使しても理解できないと判断したので、差し障りのない返答でやり過ごす。
自転車置き場でオタク繋がりの友達が俊太の元に集合したため、駅までの道中は賑やかなものだった。ただし、理解できたのは日常会話に比べると約八割と言ったところだろう。
特に、嫁の話というのは全く理解できなっかった。彼らは、一夫多妻制のゲームをやっているのだろうか。何やらたくさんの嫁がいるようで、彼らは自分の嫁について熱く語っているのだった。
「じゃあ今夜は205号室で。」
駅に着くとそれぞれの方面へと向かう彼らは口々に別れを告げて帰路につく。
「205号室って何だ。」
さっきの一人が口にした謎の暗号らしき言葉の真意を尋ねる。
「あーあれは、ネットゲームの待機室の部屋番号だよ。今夜は久しぶりにみんなでクエストやるんだよ。」
駅ホームへの階段を降りながら俊太が答える。
「200以上も部屋があるほどそのゲームは流行ってるのか。」
「200じゃ足りないよ。確か1000まであったはずだよ。」
相変わらずネットとは広い世界だ。佑太の理解できる範囲はせいぜいケータイで友人のHPを閲覧するといったところまでだ。それ以上はついていける自信がない。
考えるのも恐ろしくなり。おとなしく彼の嫁の話を聞き流しながら、しばらくしてやってきた電車に二人で乗り込む。
車内はさほど混んではいなかったが、帰宅部の生徒が乗り込むのでドアが閉まってみれば結構な密度になっていた。
発車して間もなくの事だった。佑太が立つドアの前から斜め前の席では四人の女子高生が陣取り、お菓子を食べる姿が目立っていた。
お婆さんが前にいるのにどういう神経してるんだか。
などと思っていると、その女子高生達の内の一人が、佑太とは逆のドアにもたれ掛かるホームレスの様な風貌をした男性に向かって、車内に響き渡る声で叫ぶ。
「おっさん汚ねー服で電車乗るんじゃねーよ。」
酷い言葉だった。その男性は言われ慣れているからなのか、黙ったままだったが、佑太にしてみれば、同じ高校の生徒が発した言葉とはとても思えなかった。
他の仲間もさすがにまずいと思ったのか止めに入るが、暴言を発したのがリーダー的な存在だったらしく、あまり強く止めるというようなことはしない。
隣の俊太の付けるイヤホンからは軽快なリズムが流れていた。
佑太は一つ腹を括り、自分なりの正義を通すために少女達のもとへと向かっていった。