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さよなら、ばいばい、また来世  作者: 黒井白


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2.柔らかな風の中で(セノ視点)

 柔らかな風が吹いた。

 花のにおいと甘い焼き菓子の匂い。そして遠くから聞こえてくる子どもたちの笑い声。

 平和な気配に満ちていた。

 良いことなのだろう。

 それなのに、何故こんなにも居心地が悪いと感じるのか。

 セノはまっすぐに背を伸ばし、辺りを警戒しながらも叫びだしたくなるような、走り出したくなるような、そんな感情を持て余していた。

 それは急に現れた感情ではない。

 物心ついた時からずっと感じていたものだった。

 家族の中で過ごしていても相容れない。澄んだ水の中に一滴混ざりこむ墨。

 それが自分の存在だった。

 これが若者特有の空虚な特別感から生まれた感情であったならそれほどまでに思い悩むことはなかっただろう。

 とっくに成人した身でありながら自身を特殊な存在に感じる、なんて口に出せば周りから一線を控えることは間違いなかった。


「せの」


 拙い口調で呼ばれて意識を戻す。

 柔らかい金髪と深い湖の色をした瞳。ようやく自分の力で歩けるようになったばかりの幼児が一生懸命に手を伸ばして抱っこをせがんでいた。

 今世の主と定めた方のご子息。

 生まれたばかりの姿を知っているからこそ、この方が生きるこれから先の世界も守ろうと訓練のたびに気合が入った。

 膝をつき柔らかく打開止めれば嬉しそうに笑い声をあげる。

 そのまま立ち上がり周りを見渡せば満足したのか、ぱたぱたと足を動かした。

 そのまま再度、膝をつき手を離せば走り出して他の者の傍まで寄っていった。

 好奇心が旺盛で、くるりくるりと変わる表情は愛くるしい。

 そのうち嫌でも表情や感情を隠す術を覚えなければならない。その時に彼が折れないように、道を違えないようにと支え、導くのものも、また周囲に侍るもの達の役割であった。

 その役割を先日までは確かに大切に受け取っていた。

 しかし、今、脳裏を占めるのは戦場で視線を交わした男のことであった。

 セノの初陣であった。

『セノ』としての人生では初めて会った男。

 いや、余人はあれを出会った、とは言わないだろう。だが、少なくとも、自分と、そして相手も『会った』と認識するだろう。

 敵国の鎧に身を包み、鋭い目は油断なく周りを見渡していた。

 そして、自分へと向けられる視線に築いた瞬間、警戒と敵意を一心に向けてきたのだ。

 それの、なんて甘美なことか。

 言葉を交わしたわけではない。

 触れ合ったことだって一度もない。

 それなのに、わかってしまう。

 彼があの人の魂を持つものだ、と。


 この世界には魂の輪廻という考えがあった。

 とはいえ、過去生を全て覚えている者は多くない。

 多くの人々は精々が前世を覚えているくらいだろう。

 その中で、セノはほとんどの生を覚えていた。


 時には廃墟の中で。

 時には砂漠の中で。

 時には荘厳な城の中で。

 戦い続けて戦い続けて、そして死んだ。


 それがセノの魂に刻まれた生き方だった。

 セノはその生き方を悔やんだことは一度だってない。

 死ぬたびに、次はどんな戦場に産まれるのか、それを楽しみにしていたくらいだ。

 そしていつしか気が付いた。

 自分以外にはそれほど多くの過去生を覚えている者はいない、と。


 セノにとって過去生も今生も地続きであるという認識だった。

 今回は死んでしまった。

 ならば、次の生では何を気を付ければいいのか。

 そのくらいあっけらかんと考えていた。

 当然、身の回りにいる家族も友人も変わっていく。だが、当人の意識は何も変わることなく次へと繋がっていくのだ。

 だからこそ、死を恐れたことがない。

 夜に眠りにつくように、死に抱かれる。

 それがセノにとっての『死』というものだった。

 ただ、それを周りに理解されることを諦めていた。

 幾度前であっただろうか。

 当時の親に戦士になることを止められたのだ。

 セノの魂は常に戦いに惹かれていた。

 一兵卒だとしても戦場に出たかった。

 戦って、戦って、戦いつくした先の光景が見たかった。

 死んだところで、その生が経験したことは来世に活かされる。

 そう思っていたからこそ、戦場に立つことの恐怖も忌避もなかった。

 しかし、皆が皆そうではないことを初めて知ったのだ。


 最初はなぜ止められるのかわからなかった。

 経験を重ねるだけだ。例えその戦場で死んだとしても次の生で活かされる。

 そう問うた子どもに、両親は泣いた。

 泣いて、泣いて、過去でも未来でもなく、今の生を大切にしろと懇々と諭した。

 その生で戦士になる人間が少なかったことも、また止められた理由なのだろう。

 各地で戦火は上がっていたけれど、一般市民まで戦場に出る必要があるほど戦況が悪化しているわけでもなかった。

 戦に特化している家系であれば別だが、その時に産まれた家系はどちらかといえば文官に寄った家系だった。

 故に、余計に引き留められたのだろう。

 それでも、少しずつ、少しずつ、戦況は悪化していった。

 特別な理由があったわけではない。

 ただ、弱かった。

 優しくて、優柔不断で、現状維持が最上と考えている上層部には、戦況を見る力がなかった。

 地滑りを起こすように、次第に説教は悪化し、戦えるものは全て戦地へと送り出された。

 平穏な世界であれば問題がなかったのだろう。

 残念ながら、平穏とは程遠い世界状況だった。


 そうして出た先で、やはりあの男と出会った。

 恐らく、男の方が十は上だろう。

 その戦場が所詮だったかつてのセノと違い、男は勇猛な戦士であった。

 男の振るう斧が自軍の戦士たちを薙ぎ払うのを見ていることしかできなかった。

 せめて一矢を報いたくて、どうにか懐へと踏み込み振るった刃は辛うじて男の頬を切っただけだった。

 いや、あれは今思い出してみても敢えて受けたのだとわかるものだった。

 恐らく、男も気が付いていた。

 自分の懐に踏み込んだのが、何かと因縁がある魂を持つものだ、と。


 細められた目を、高く振り上げられた腕を、最後に動いた唇を、セノは覚えている。


「相変わらずぼんやりですね、貴方は」


 再度、自分の意識に没頭していたようだった。かけられた声に首を向ければ、同僚が呆れたような、仕方がない、というような顔をしてセノを見ていた。

 何か、と声に出さないまま首をかしげる。


「確かに私たちは飾りのような護衛ですが、それでもただぼうっとしていられるわけではないのですよ。……最も、ぼんやりとしていながら誰よりも成果をあげてきているのは貴方であるのが業腹ですが」


 深く、深く、息を吐きだす同僚の辛辣な言葉に、少しだけ申し訳ない気持ちがわいてくる。

 確かにセノはぼんやりとしていることが多い。過去に経験したことが不意に脳裏に浮かび、そのまま思考に没頭してしまうことが、これまでにもあったのだ。

 しかし、その状態で襲撃があったとしても難なく撃退してきた。

 そのことを彼は言っているのだろう。

 あれは過去生から積み重ねてきた経験から体が勝手に動いたに過ぎない。

 セノにしてみれば当たり前の動きでしかなった。


「まぁ、いいです。それよりも先の戦い。敵方の将の姿は見ましたか?」


 黒髪の誰よりも立派な鎧を着ていた彼のことだ。

 小さくうなずくセノに、よろしい、と頷いた。


「次の戦。恐らく彼の方が主戦力として出てくるでしょう。此度の戦で何故か彼は後方から出てきませんでしたが……。それすら相手方の作戦の可能性もあります。貴方は次も前線へと送られる可能性は高い。……決して無理をしないように。()()の相手は他の実力あるものに任せてしまいなさい。貴方の無事を何より我らの主が望んでいるのですから」


 柔らかな風に包まれた庭の主。

 今も駆け寄ってきた幼子を大切に抱き上げ笑いあっている主は、この国の王太子だ。

 この国は決して大きな国ではない。

 それでも次期国主からの信頼は非常に重たい。セノは胸に湧き上がる感情を持て余しながらうなずいた。

 蔑ろにしたいわけでも、切り捨てたいわけでもない。

 ただ、落ち着かないのだ。

 次の戦はいつだろうか。

 息がしやすい場所は、あの場所だけなのだ。

 そっと息を吐きだし、次の戦について思考を飛ばした。

少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。

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