ラウンド3:芸術と技術の融合〜万博が描く未来〜
あすか:「ラウンド2では、『万博』が持つ国家、都市、民衆、経済といった様々な側面が見えてきました。さて、このラウンドでは、万博が常に提示しようとしてきた『未来』というテーマに、さらに深く切り込んでいきたいと思います。そして、その未来像を形作る上で欠かせない二つの力、『芸術』と『技術』の関係について考えていきましょう。」
あすか:「レオナルド先生。先生はまさに、芸術と科学技術の両方に、人類史に残る偉大な足跡を残されました。先生にとって、この二つの領域は、どのように結びついているのでしょうか?」
レオナルド・ダ・ヴィンチ:「(静かに目を閉じ、少し考えてから)…私にとって、芸術と科学(技術)は、決して別々のものではありませんでしたな。鳥がどのように飛ぶのかを観察し、その構造を理解しようと努める。そして、その驚異的な飛翔の姿を、あるいは飛行機械の夢を、紙の上に描き出す。」
(モニターに、レオナルドの鳥の飛翔に関するスケッチや、飛行機械のデザイン画が映し出される)
レオナルド・ダ・ヴィンチ:「人体の構造を理解するために解剖を行い、その知識が『最後の晩餐』の人物描写に深みを与える。自然界のあらゆる現象を注意深く観察し、その法則性を探求し、そしてその発見から得た感動や洞察を、形や色彩で表現する。根底にあるのは、世界を深く『知り』、そしてそれを『表現したい』という尽きない欲求なのです。未来を描くためには、まず現実を深く見つめる観察眼と、そこから飛躍する想像力、そしてそれを形にするための技術が必要不可欠なのです。」
あすか:「観察し、理解し、表現する…芸術も科学も、根は同じだと。深いお言葉、ありがとうございます。さて、岡本さん、丹下さん。お二人は1970年万博という場で、まさにそれぞれの『芸術』と『技術』をぶつけ合い、未来を表現しようとされました。レオナルド先生のお話を受けて、いかがですか?」
岡本太郎:「(腕を組み、ふん、と鼻を鳴らす)レオナルドのジイさんの言うことは、まあ、わからんでもない。だがな、俺に言わせりゃ、技術なんてもんは、しょせん道具だ!俺の腹の底から、この胸から、爆発するエネルギーを形にするための手助けにすぎん!大事なのは魂だ!パッションなんだよ!」
(モニターに、太陽の塔の建設中の写真、巨大なパーツをクレーンで吊り上げる様子などが映る)
岡本太郎:「あの塔を創る時もそうだ!技術屋どもは『構造的に無理だ』『予算がない』『前例がない』、理屈ばっかりこねやがって!俺のイメージを、このほとばしる生命感を、連中は殺そうとした!だから俺は怒鳴りつけてやった。『できるかできないかじゃない、やるんだ!』ってな!技術は、人間の情熱に従うべきなんだよ!」
丹下健三:「(静かに、しかし反論するように)岡本さん、お気持ちは理解できます。しかし、情熱だけでは、巨大な建造物は立ち上がりません。特に、あの『お祭り広場』の大屋根のような、前例のない大空間を実現するためには、構造力学、材料工学、施工技術…あらゆる分野の最新の知見と、緻密な計算、そして多くの技術者たちの創意工夫が必要でした。」
(モニターに、お祭り広場の大屋根の構造模型や、建設に関わった技術者たちの写真などが映る)
丹下健三:「建築とは、単なる芸術家の自己表現ではありません。社会的な要求に応え、人々の生活を支え、そして未来の可能性を切り開くための、総合的な営みなのです。そこでは、芸術的な感性と、それを裏付ける高度な技術とが、不可分に結びついていなければならない。レオナルド先生が仰ったように、両者は車の両輪なのです。」
豊臣秀吉:「(話を聞きながら、面白そうに)ふむ。わしには難しいことはわからんが、要は、岡本殿は『気合』で、丹下殿は『算段』で物を作る、ということか?わしに言わせれば、どちらも必要じゃな。わしだって、城を築く時には、最高の腕を持つ大工や石工を集め、最新の鉄砲や大筒も揃えた。だが、最後にそれを成し遂げるのは、わしの『天下を取る!』という気概よ。絵師であろうと、鉄砲鍛冶であろうと、役に立ち、わしの威光を示すものであれば、それでよい。」
(モニターに、秀吉時代の城郭建築の図や、当時の武具などが映る。レオナルドの発明スケッチが再び映し出される)
豊臣秀吉:「して、レオナルド殿。その奇妙な絵図にある仕掛けは、戦の役に立つのか?空を飛ぶ機械など、実現すれば、敵の城を一瞬で攻め落とせるやもしれぬな!」
レオナルド・ダ・ヴィンチ:「(少し悲しげな表情で)…私の探求が、軍事目的に利用される可能性は、常に考えておりました。技術は、使い方次第で人を幸福にも、不幸にもいたします。だからこそ、技術を持つ者は、その影響を深く考えねばならないのです。」
あすか:「レオナルド先生の懸念、非常に重要ですね…。ここで皆様に問いかけたいのですが、万博は常に『技術の進歩』を謳い、輝かしい未来を見せてきました。しかし、技術が進歩すれば、社会は豊かになり、人々は本当に『幸福』になるのでしょうか?」
岡本太郎:「なるわけねえだろう!進歩だ、便利だ、豊かだ、って、そんなもんは幻想だ!見ろ!今の世の中(モニターに現代社会の映像…高層ビル群、ネット社会、しかし戦争や格差、環境問題なども映し出す)、技術はこれだけ進んだのに、人間は昔からちっとも変わっちゃいねえ!相変わらず争い、奪い合い、悩み、苦しんでるじゃねえか!技術で人間は救えん!大事なのは、そんな人間のどうしようもなさ、矛盾、それでも生きようとする『生命力』そのものを、丸ごと肯定することなんだよ!」
丹下健三:「(静かに反論)…技術そのものが悪なのではありません、岡本さん。問題は、それをどう使うか、どう社会の中で位置づけるかです。技術の進歩には、確かに負の側面、予期せぬ副作用もあります。だからこそ、我々は倫理観を持ち、社会全体でそれをコントロールしていくための知恵と制度を構築しなければならない。都市計画も、持続可能な社会の実現も、そのための枠組み作りなのです。」
レオナルド・ダ・ヴィンチ:「(頷き)丹下殿の仰る通りです。技術は、あくまで人間が使う『道具』です。その道具を使って何を目指すのか、その『目的』こそが問われなければなりません。戦争のためか、平和のためか。一部の富のためか、多くの人々の幸福のためか。そして、その『幸福』とは何か?物質的な豊かさだけが幸福なのでしょうか?精神的な充足、他者との繋がり、自然との調和…我々は、もっと多様な『豊かさ』について考えるべきではないでしょうか。」
豊臣秀吉:「(冷ややかに)ふん、甘いのう。何を言っても、結局は、強い者が技術を制し、世を動かすのが現実よ。勝てば官軍、負ければ賊軍。幸福かどうかなど、天下を取ってから、ゆっくり考えればよいことじゃ。」
岡本太郎:「(秀吉に)おい、古狸!あんたの時代はそれでよかったかもしれんがな!今、あんたの言う『力』が、人間全部を滅ぼしかねんのだぞ!」
秀吉:「なにを!?このわしに意見するか!」
あすか:「(慌てて割って入る)お、お待ちください、皆様!議論がヒートアップしておりますが…!技術と幸福、そして未来。これは、いつの時代も人類が向き合ってきた、重く、そして深い問いですね。」
あすか:「芸術家の魂の叫び、建築家の理性的な構想、統治者の現実主義、そして万能人の普遍的な探求心…。それぞれの視点がぶつかり合う中で、万博が提示する『未来』という言葉の裏に隠された、複雑な問いが浮かび上がってきました。」
あすか:「技術の進歩がもたらす光と影。私たちが本当に目指すべき豊かさ、そして幸福とは何か。万博は、その時代の最先端を見せることで、私たちにそんな根源的な問いを、鏡のように突き付け続けているのかもしれません。それは、簡単には答えの出ない、しかし私たちが目を背けずに、考え続けなければならない問いなのでしょう。」
(あすかは、重いテーマを扱った後の余韻を感じつつ、スタジオの空気を見守る)