4 病身
建物の壁だったコンクリート片、それを内側から支えていた鉄筋、誰かが乗っていた車、家々の塀、使えなくなった日用品や家具。そういったものが壊れたまま放置されている。治療法もなく悪化していくイルネスの病そのものだった。体は痩せ、筋力も衰えていく。いつまで働けるかも分からない。男娼の仕事ができなければ、どのみち命はない。
サーチブレスの支配者であるゴーベールは、町外れのバーを根城にしていた。表向き普通のバーだが、地下には紛争孤児となって拉致された少年少女達がゴーベールの『所有物』として捕えられ、あらゆる形で酷使されていた。バーの店員になる者もいればゴーベールに逆らう人間を処罰する者もいる。イルネスのように体を売る者もいた。捕えられた孤児達はゴーベールにとって金づるでしかなく、働けなくなったら容赦なく命を奪われた。イルネスも例外ではない。働けなくなったその時が寿命だった。頼りなく弱っていく自分の体を惜しむ気持ちはもはやない。ただ弱っていく事実を事実として受け止める。それだけだった。
早朝の空気は砂埃の匂いに包まれていた。町が平和だった頃、こんな匂いはしなかった。ゴーベールが強硬的な支配を始めてから数年後、彼のやり方を非難する町外国外勢力がサーチブレス開放を掲げ、『第一次大規模攻撃』を行った。当時十二歳だったイルネスはこの攻撃で住む場所を失い天涯孤独となって、ゴーベールの配下となっていた警察に連れられ、バーの地下へやってきた。非力な子供に逃げ場はない。ゴーベールの『所有物』となったイルネスは十六歳までバーの給仕として働き、十六歳を迎えたその日に男娼として客の相手をするようになった。男の客は支配欲を、女の客は寂しさを、若すぎる少年に忌憚なくぶつけた。元々多感で聡明なイルネスは苛虐されながらも冷静に大人達を観察し、少しずつ彼らを手玉に取る術を覚えた。男娼の仕事を始めて三年。体も心もすり減り、傷も多く抱えた。不思議と思考能力だけは真っ当だった。
――自分の心にも彼らと同じ寂しさや満たされなさはある。強く生きられない人達を責めることはできない。自分だってそうなのだから。
人を責めそうになる時、イルネスはいつもそんな思考になった。正義は何の意味も持たない。ただ、余計な憎しみを抱き、自ら心を汚すような真似はできなかった。
七月初旬の朝、朝日はみるみる昇り町を照らした。十分歩いただけで空の色は一変する。
イルネスは痩せた手を握り、立ち止まって朝日の光を見た。






