2 煙
男は煙草の灰を灰皿に叩き落とすとまた口に咥え、長々と煙を吐いた。イルネスは煙草を吸うわけでもないし匂いや煙に惹かれるわけでもないが、嗜み慣れた男の手付きだけは不思議と魅惑を感じ、心ともなく視線を注いだ。そんな視線には気付きもせず、男はイルネスの首元を見つめた。
「ずいぶん痩せてるな」
病に蝕まれたイルネスの首は痛々しく痩せ細り、客が顔を顰めるほどだった。
「今の僕は死を待っているだけですから。体型なんてどうでもいいんです。あなたも大枚叩いてゴーベールから僕を買ったんでしょうから、どうぞお好きになさってください。僕は何でも従います」
「……大人しそうに見えて結構あけすけにものを言うんだな。豪商・ゴーベールには誰も逆らえないはずなんだが」
「今さらゴーベールのことなんて怖くありませんよ。病気なんかしてなくったって、ゴーベールは僕らを弄ぶだけ弄んで最終的に自分の手で殺すのが目的なんですから」
「酷い老爺だ」
客はそう言って心底嫌な顔をした。
部屋の中は煙で白く濁り、息を吸うと否応なしに煙草独特の匂いが肺いっぱいに広がった。体も交えないうちから体内にはすでに男の呼気が交じっているのだった。
「……お前、恋人いるか?」
客は唐突に訊ねた。
「好きな人ならいますよ。かわいい女の子です」
「……ゴーベールの店にいる青い髪の娘じゃないだろうな」
イルネスは思わず笑みを浮かべた。
「どうして分かったんです? 彼女はいつも僕を救ってくれました。本当は僕も彼女を守ってあげたいんですが、こんな病身じゃ何もできなくて……。今度生まれ変わったら彼女を幸せにしてあげたい」
「お前、死ぬことばっかり考えてるんだな」
「生きていると体が痛くて堪らないから」
「あの娘は娼婦ではないと聞いたが」
「そうですよ。彼女には別の仕事があるんです。不思議な力があるから」
「……不思議な力、か」
そう言って男は煙草の火を揉み消した。
「どうしてみんながお前を欲しがるのかよく分かった。だが、俺はもうお前を買わない。もっと真っ当な形で出会いたかった」
「……ありがとう。そんなふうに言ってくれて。男娼なんて大抵雑に扱われますから、たまに親切にされると却ってびっくりします」
その一言で男娼の境遇を諸々察し、客は灰色の瞳に憐情を籠め、苦みを含んだ息を吐き出した。