第八話 慣れた生活
朝はパンを食べる。剣の修行や魔法の修行をして汗をかくので、水を浴びる。娯楽に本を読んで、一日が終われば硬いベッドで寝る。この世界ではそんな毎日を繰り返してる。
この世界の生活に慣れ始めた俺は、同時に前世の生活が恋しくなってきたところだ。
米にお風呂、ゲームにふかふかのベッド……はああァァ~~ァ”ア”ア”!
……っと、つい発作が出ちゃったな。
小麦ばかりの主食料理、特にパンは好きなので悪くないが、バリエーションがこの世界のパンはあまりない。
第一にパンと言ってもメロンパンに揚げパン、クロワッサンなどいろいろあるからな。
だがやはり、日本人としては米が食いたくなる。アイラブオ・コ・メ~!
お風呂だってそうだ。この世界は中世ヨーロッパの時代の人間のように、清潔のために水を浴びるのであってお風呂までは入らない、気持ちよくなるために入るという思考がなく、結びつかないのだ。
たしかに効率は良いかもしれないが、日本人の俺はしっかりお風呂に浸かってほぐれるぅ~~!がしたい。水浴びだけじゃ物足りなさすぎるのだ。
まあ、王族なんかは女に裸で囲まれるためという理由で、お風呂はあるらしいがな。……ナイトプールかよ。
ゲームやふかふかのベッドだってそうだ。娯楽に心を休ませる道具。前世には当たり前のようにあったから、さすがにこれだけ年月が経つと前世の生活が恋しくなる。
寝るたびに体バキバキで休めたものじゃない。
いや、作ってみるのもありか?ゲームは流石に無理だがそれ以外なら頑張れば作れるかも?
前世と違って辺りの自然は資源として使っても怒られることなんてほとんどないし、魔法を上手く使いながら加工すれば作れるかも!?
この際いろいろ前世の物を作ってみるのもありかもしれないな。
それこそ米なら探したら見つかるかもしれない。
アニメや漫画でもそういうことはよくあることだし……こういうテンプレあるからね異世界ものは。
そうと決まれば即行動!
今日の予定は決まった。といっても日課のトレーニングをサボるわけにはいかないので、まずはこれらを済ませることにした。
今日の日課を済ませると俺はペルダにまず、米について聞いてみた。
すると、少し話しただけでほぼ米と断定できる穀物があることが分かった。
そもそも今俺たちが住んでいる国、ラーベール国は稲作が盛んで都市に行けば簡単に手に入るそうだ。今まで口にできなかった理由は、買い物は近くの港町ですべて買い物を済ましているらしく、港町にたまたま米らしきものを売ってる商人がいなかったそうだ。
たしかに港町は魚がメインで売れる場所、米なんて重いものをここまで運ぶのも大変だし、仕方のないことかもしれない。
だが、米とほぼ断定できるものは見つかった。
これで日本の味をまた味わうことができる。米が増えるだけでも料理のバリエーションが増えるので、早く手に入れたい。おむすび、炊き込みご飯、パエリアにチャーハン……あぁ~~楽しみだ~~!
米はまたの機会だな。
次に、お風呂づくりだ。これなら十分作れるものだし、簡単なものならお湯を多く入れられて、大人一人が足を広げて入れる、ただの四角い浴槽でも問題ないはずだ。
この世界は魔法があるのだから、お湯はこちらでとりあえず出せば立派なお風呂になるのだから。
お風呂は前世の日本気分に浸りたいしせっかくだし、温泉のような和風にしたい。檜風呂みたいなのがよく聞いてたものだし、やっぱ木造かな。
なら木材調達のために木を伐採しないといけないか。
早速森へ向かうことにした。
一人で伐るのも運ぶのも大変なので、ペルダとミミットも呼んで森に来た。
怪我をしないように手袋をはめる。木くずが手に刺さったら大変だからな。
まずは、細すぎず、太すぎない木を探す。細すぎれば単純に大きさが足りないし、太すぎればチェーンソーなどがない限り伐るのは一苦労だからな。といってもここは魔法がある世界、太い木でも頑丈な斧と魔法で力を強くすれば問題ないがな。
伐るのは俺じゃなくペルダだが。
あまり遠すぎると運ぶのが大変なので村に近い木から適当な木を探していく。基本的には似たような木ばかり生えているので種類は選べないが、今回は初めてだし、失敗してもわりかし良い出来ならそれでいい。また作り直せばいい話なのだから。
少し探すとなかなか良さそうなサイズの木を見つけたのでペルダが早速木を伐っていく。
時間もかかるので魔法で自身の力を強化するため、ペルダは身体強化魔法を唱える。
準備を終えたペルダは木の前に立ち、斧を振り上げる。
「せーのっ!」
ダガーン!という音と同時に木に大きな切れ込みが入る。というか一発で木が伐れた。
わあ~お。つい見とれてしまったが、身体強化魔法を唱えたからと言ってこんなにえぐい力出せるとか凄いな。と思っていると、バランスが崩れた木は思いっきり倒れ掛かってきた。
「やべ」と声に出してしまったペルダは急いで俺とミミットを抱えて走り出す。
「逃げろ逃げろ逃げろぉ―――!!」
やがて、木が勢い良く倒れて土煙が舞い上がる。
「ふうー、あぶねえ、あぶねー」
その様子に俺とミミットは、ついクスリと笑ってしまった。
ペルダも俺たちにつられるように笑い出す。
こんなハプニングでも楽しくやれるものだ。
気を取り直して、運べるサイズにするため短く伐っていくが、小さい枝が邪魔なので俺とペルダ、ミミットの三人できっていく。
十分近くかけて、やがてほとんどの枝がきり終えたので、ペルダが運べるサイズにするため、また斧で三等分に分けていく。
木を伐り終え最適なサイズにしようとしたが、あることに気づいてしまった。……木材って自然乾燥みたいなのとかしないといけないやん……と。
木を伐り終えたのは良いが、こんな致命的なミスをしてしまうなんて、勢いでしか考えてなさすぎた。乾燥には一年とかかかるはずだし、やってしまった。
頭を抱えているとペルダがどうしたのかと聞いてくる。
「何か分からないところでもあるのか?」
「えっと実は、使う木材を乾燥しないと加工できないことに今気づきまして……」
「なら、もう加工された木材とこの木を交換してもらえばいい。交渉すれば安く手に入れられるし、問題ないだろう」
「……そ、そっか」
「そう落ち込むな。俺もこういう事すんの初めてだが、案外楽しいもんだし。気楽にやっていこうぜ」
ペルダに慰められてしまった。
こんな失敗をしても怒らず、何なら改善案まで出してくれて……俺のせいで振り回してしまってすまんねえ。
「ごめんね、父さん」
「ごめんねより、ありがとうの方がお父さんはうれしいな」
「……そうだね、ありがとう父さん」
ということで、とりあえずこの木は家まで一旦運ぶことになった。
もちろんペルダに任せっきりになるが。こういう時こそ感謝を忘れずにいるべきだろう。
「ありがとう父さん」
「ふっ、さっそくか。なら父さん頑張らないとな、よっしゃー!」
ブーストがかかったように走り出して一気に木を運ぶ。
自分の身長よりもでかい木を軽々と運んでいてすごいな。
家の前に木を積み終えると日が暮れたので、今日はこの辺にしておこう。
次の日に木材を取り扱ってる場所に行ってみることにする。
後日そのお店に行ってみると、持ってきた木と交換で必要な分の木材を加工してタダでくれるそうだ。
まあこれは等価交換というやつだろう。
ご厚意に思ってありがたく頂戴しよう。
俺たちは木を適切なサイズに切り分けるなどの加工の必要な手間も減らすことができ、一気にお風呂づくりを進めていくことができた。家の中に作っては濡れてしまうので、家と塀の壁でちょうど見えなくなる場所に木材をもっていき、組み立てることに。
木材はところどころ穴や突起物があり、はめ込んで組み立てていく。前世で言う江戸時代の建築のような感じだ。釘なども使っていいが、見栄えが悪くなるだろう。
時間をかけてこんこんと木材を叩き、はめ込んでいく。やがてお風呂の形をした原型が見えてきた。これであとは水を入れて湯を沸かせば完成だが、ここは異世界、魔法があるんだ。
ということでまず、お風呂の上にお湯が流れ込む筒をつける。
そして筒の中にこのとある魔道具を付ければ―――
「「おおぉ~~!!」」
ジャ―――という音を立てお湯が流れ出す。
ペルダとミミットはこの様子に興奮したように興味津々の目でお風呂を見る。
実はこの魔道具、この前誕生日に買ってもらったお湯を出せる魔道具なのだ。水魔法と火魔法を混合した作りになっている魔道具だ。
魔法はこのようにして混合することができたのかと、俺はあの時新たな知見を得ることができた。
まさかこんなところで役立つなんてな。
やがてお風呂にお湯が溜まりきる。
俺とペルダとミミットは早速服を脱ぎ、お風呂に飛び込む。
バッシャーン!という音を立て、お湯がお風呂から溢れ出す。
そして―――
「「「熱っっっ!!」」」
と俺たち三人は声を上げると、慌ててお風呂から出る。
どうやら温度調節がしっかりできていなかったようだ。
俺は魔道具の火魔法の出力を弱める。再度入れ直し、手を入れて温度が問題ないことを確認すると今度こそお風呂に浸かる。
今回はそっと足からゆっくり入っていく。
静かにお湯がお風呂から溢れ出す。
そして―――
「「「気持ちいい~~!!」」」
三人はあまりの気持ちよさに身体は一気に脱力してしまう。
これだよこれこれ~~。芯からほぐれる~~。
俺は久しぶりのお風呂に、前世で定番のあの言葉を口にする。
「極楽極楽~~」
すると二人が驚いたようにこちらを向く。
なんだ、何か悪いこと言ったか?
すると、二人が俺の肩をつかみ―――
「ダメだ、サキラ!まだ天国に行くには早すぎる!!」
「ご主人様死んじゃイヤにゃ~~!!」
二人に勘違いされてしまった。
俺は慌てて説明して、なんとか二人をなだめた。
ってか天国って概念はあるのか。
しばらくぬくもると、俺とペルダはお風呂から上がる。
ミミットはまだ気持ちよさそうにお風呂に浸かり続ける。
猫って水苦手じゃなかったっけ?
水大丈夫系のねこなのか?
とりあえずこれでお風呂は完成だ。
一日の疲れもこれで洗い流せる、ただいまお風呂!
お風呂づくりだけでもかなりの重労働だったので今日はお風呂に入り、晩ご飯を食べるとあまりの疲れに倒れこむように眠りについた。
――――――――――――
次の日、お風呂に入ったおかげかいつもより体がとても軽い。作って正解だったな。
俺はいつもの日課を済ませると、今日からはもう一つ欲しかったもの、ベッドを作っていくことにした。
まずは、残りの木材を使ってベッドの土台を作っていく。木材を貰いに行ったときに、一緒にベッドに使う形の木材をを頼んでいたので、組み立ていくだけだ。
今日は冒険者の仕事のために外に出かけるので、組み立ては俺とミミットの二人でやっていく。
黙々と作業をして休憩を挟みながら作業時間二時間以上、ミミットと二人きりはまだあまり会話できないので少し居心地が悪かった。それでも時間の経過で俺はミミットと徐々に話していくことはできた。
そして俺たちはベッドをなんとか作り終えることができた。
「なんとか作り終えましたね」
「そうだね。父さんがいないとなかなか大変だ」
作り終えるとミミットが床に倒れこむ。
俺も同様にミミットの横に並んで倒れこむ。
ミミットは警戒も何もなく今では普通に話しかけてくれる。
過去の俺、未来の俺はミミットと仲良くなれそうだ!
すると、ドアの開く音がした。どうやら仕事が終えたペルダが家に帰ってきたみたいだ。
「ただいまー、父さんが帰ってきたぞー」
「おかえりー、父さん」
「おかえりなさいませ」
「腹も減ったし飯にするか」
ということでベッドづくりの続きはまた今度にすることにした。
――――――――――――
今日はマットレスを作ろうと思う。
作ろうと思っている理想のマットレスはホテルにあるような高反発マットレスが良い。
高反発のスプリングマットレスベッドを作るには中のコイル、つまり金属を加工しなければならない。さすがにこれは無理なので職人に任せることにした。
幸い、この村に金属を扱う類の職人がいたためその人に依頼しに行くことにした。
職人のいる工房につくと要件を説明する。
もちろん自分の口で言わないと、コイルのバネの構造は理解させることができないかもしれないので、俺が説明することになっている。
だが、知っての通り呪いで嫌われる俺が説明なんて普通にできるはずがないので、ペルダに俺の言葉を口パクで説明してもらうことにした。
この光景、まるであの探偵と博士だな。
バネの仕組みを紙を使って自作したバネもどきで説明する。
どうやら理解はできたようだが、数も数だが作ったことないものを作るからということで、とりあえず十日後に来てほしいとのことだった。今日のところはとりあえず帰ることにする。
ここからは布や綿、バネを使ったマットレスづくりだったので、明日は別の材料を調達しに行けばやることがなくなるので、当分はコイルが出来上がるのを待つしかない。
――――――――――――
十日後、コイルが出来上がったか工房に顔を出しに行くと、要望通りのバネの仕組みになっているコイルが出来上がっていた。ベッドづくりのために失敗した時のためにも多めに頼んでいたが、大量の依頼をそれも未知のものだというのにたった十日で出来上がってしまって、この職人なかなかやる人なのだろうか。
さて、材料もそろったところでさっそく作っていこうと思う。
マットレスを作るには裁縫をしなければならないので、裁縫道具を取り出す。この世界は裁縫技術が魔道具を組み合わせることにより、前世の裁縫とほとんど変わりない出来栄えをもっており、小さい裁縫道具でも一般に売られておりうちにもあったのだ。
早速とりかかろうとするとペルダが何やら不安そうに話してきた。
「サキラ、お前裁縫したことないだろう。教えてくれれば父さんが作るぞ?」
一応前世では家庭科の授業で裁縫は習ったので問題はないが大きいしなあ。
ということで、あらかじめ作っていたマットレスの設計図を見せながら、ペルダに説明していく。
「これは……さすがにきつくないか?」
「ま、まあそうかも?」
ミシンとか使いながら作る大きさだし、手で作るのはたしかに大変かもしれない。
「どんなものかは分かったから、裁縫の店に明日行ってみよう。この村にあるから」
「意外とこの村にそういう人たち居るんだね」
その店では魔道具を使っているので頑丈に、スピーディーに仕上げてくれるらしいので、その店に頼むことにした。
魔道具ってミシンみたいなものなのかな?
――――――――――――
数日が経ち、マットレスが完成したらしいので受け取りに行く。
うむ、なかなか悪くないだろう。大方理想通りの出来だ。
家に持って帰り、ベッドの土台の上に設置する。
「ついに完成だ」
「これがサキラの言っていたコウハンパツ?のマットレスってやつがついたベッドか」
「ミミット、このベッドに飛び込んでご覧。面白い体験ができるよ。」
「べ、ベッドにですか?」
ミミットの反応が悪い。
まあ、普通の民のベッドの常識なんて硬い板や藁、羽を敷き詰めたものに寝っ転がるのだから、飛び込んでと言われたらほぼ地面に飛び込むのと同じことだろうからな。
だが、ここは一番にミミットに体験してもらって反応をみたいのだ。
だから譲ることはできない。
「大丈夫、しっかり安全確認もしたし、保証するよ」
「ご、ご主人様がそこまで言うのなら」
そう言ってベッドの前に立つ。やや手は震えているがペルダがミミットの頭をなで、グッチョブサインをして微笑む。
安心したのか、覚悟を決めたミミットは勢いをつけて飛び込むため、腕を後ろに振る。
そして―――
「ぃやあぁぁーー!!」
ぼいーーん!!と勢い良くはね上がったが、ミミットは何が起こったか分からず困惑して「ふぇ?」という顔をしている。未知の体験をして戸惑っているミミットは可愛いなぁ~ん。
だが俺が一番見たい反応は楽しく飛び跳ねる姿だ。
まるで修学旅行で泊まるホテルのベッドに、つい飛び込んで遊んでいる楽しい姿を!
なら、俺が一緒に横で跳ねていればミミットも自ずと楽しんでくれるかもしれない。
そうと決まれば俺も……とうっ!
俺はミミットの横に飛び込む。俺の飛び込んだ勢いでミミットも少し跳ね上がる。
「ミミット、このベッドはこうやって遊ぶんだ!」
そう言って俺はトランポリンの上ではねるように遊ぶ。
このベッドの楽しみ方が分からないなら、俺がお手本として見せるべきだろう。
ミミットがその様子を見て、俺の真似をするように飛び跳ねてみる。
「えいっ!ほっ、やっ!あははは!!」
ようやくこのベッドの楽しみ方が分かったのか、今までに見せたことのないような満面の笑みで跳ね回っている。
俺はミミットの年相応の笑顔をやっと見れた気がする。
ミミットは自分の立場もあってか全力で遊んだり、はしゃぎまわる姿を見たことがない。
だからこれをきっかけに、ミミットが俺たちのことを家族の一員のように思ってくれたらうれしいな。少しでも気を許してくれれば、もっと歩み寄ってあげられるから。
こうして約一か月ほどをかけてお風呂とベッドを作り上げることができた。
これなら充分にストレスなく暮らしていくことができそうだ。