第五話 傷ついた子猫
今年で八歳になった俺。
今日は魔法の訓練を終えて、近くの森で遊ぶことにした。
まあ友達もいないのに何をするのかって話だけどね。
実はこの辺の森には、冬に近い寒い時期にしか咲かない花があるらしく、それを探しに来たのだ。
寒い時期に咲く花だなんて、まったく元気で丈夫な花だね。
この花はストラリウスという青色の花で本によると、何でも食べられる花らしい。
ぜひ味わってみたいと思った次第で、今に至るというわけだ。
こういう珍しい食べ物を食べられるのかと思うと、つい興奮してしまっている。
一体どんな味がするのだろうか、やはり花だし見た目通り甘いのだろうか、はたまた酸っぱかったりするのだろうか。
まるで遠足気分で森に入ることにした。
森にはキノコが生えていたり、見たことない草や花なんかが咲いていた。目的の花とは違うみたいだがな。
森の空気は澄んでおり、鳥のさえずりも聞こえてきて、この空間にいるだけでもとても心地よかった。日差しも木が生い茂っていていい感じに影になっていて、それなりに風が吹いていて涼しい。
空気が美味しい、自然に囲まれた村の空気は前世と違って澄んでいたが、この森はまたさらに気持ちよく感じる。
森の中は村の人たちもよく出入りする場所なので、ある程度整備されている。
なので、ところどころ木々が切り倒されており、いくつか切り株があったので俺はそこに腰を下ろし時々休憩をとっている。この切り株に座りながら、この森で読書するのもなかなかよさそうだな、などと考えながらさらに進んでいく。
――――――――――――
ゼーハーゼーハー、かれこれ一時間探しているが全く一向に見つからない。
この時期になれば、そんなに珍しい花ではないはずなんだけどな、もっと具体的な生息地があるのだろうか?俺は本を読んでいた時、この花は時期さえ合えば珍しくないと知って、今は実際あてもなく歩いている。群生地などがあったならしっかりと調べてくるべきだったか?
とりあえず村の近くで安全な区域の森をもっと広範囲で探してみるか。
ハアーとため息を吐きながら探索を続ける。
この森は奥に行き過ぎない限り獣は来ないので、安心して子供達もよくここへ遊びに来るそうだが、森であることに変わりはないのできちんと警戒はしている。
そして、さらに歩き続けること二時間。
……いや、おかしいだろ!もしかして村のガキどもがすべて食い尽くしたとでも言うのか?
そうだとすればガキども許すまじ。
少し歩き疲れたので、近くの木にもたれかかってまた一休みすることになった。この場所は村から近いがさっきのように木々が切り倒されておらず、人の出入りも少ないと思い、ここならストラリウスはあるかと思ったが、一向に見つからない。
ハアー、まさかここまで見つからないとは。
こんなに時間がかかると思っていなかった俺は、水を持ってきていなくとてものどが渇いていた。
こんなところでもし倒れでもしてしまったら、迷惑をかけるだろう。
しょうがない、今日のところは引き上げて別日に探してみるか。
そして、俺は踵を返し村の方へ帰ろうとそう思っていると、何やら近くの茂みから音が聞こえてきた。
カサカサと茂みが動く。
なんだ?
思わず身構える。
ここは人里だし魔物なんかはこんなところまで来ないはず……まさか獣?
目を凝らし、静かに茂みの様子をうかがう。
茂みから出てきたのは―――
「ニャー」
茂みから顔を出したのは子猫だった。
なんだ猫か、びっくりした。
ほっと一安心した俺だったが……その時。
ドサ!と音を立てて倒れた。
「お、おい大丈夫か?」
思わず子猫のところへ駆け寄ってしまった、ってケガしてんじゃん!
「シャー!ッ!ナーナー」
「おっと、無理に起き上がるなよ」
体中擦り傷だらけ、それにずいぶん軽いな、やせ細っていて今にも死にそうだ。
もう何日も食べ物を口にしていないのだろう。
しょうがない、家で手当てしてやるか。
俺は子猫を抱いて急いで家へと向かった。
森を出るころには日はかなり沈んでおり、辺りはオレンジ色で染まっていた。村には外を出歩いている者はもういなく、かなり時間が経っていることが分かる。
家に着くと「ただいま」と言って、「おかえり」の声を待たずに急いで家に入る。椅子の上でくつろいでいるペルダの姿を見かけたので、早速ペルダに手当てを頼んだ。
ペルダには短く事情を説明すると、子猫の様子を見てすぐに応急手当をすることに。
「傷だらけじゃないか、ちょっと待ってろ!」
部屋から包帯などの入った救急箱を持ってきた。
この世界には回復魔法があるので基本的にその方法で治すが、菌は微量しか除去できないので、すぐに措置しないのであれば消毒の必要がある。
ちなみにこの世界には消毒するという概念ぐらいはあるらしく、それ以外はこの村にいる限りではあまり医療の発達が見受けられなかった。
これが果たして菌を除菌するためと思ってやっていることかは知らないが。
そしてこの子猫は、自然の中を何日もこの姿で歩いた様子だ。
消毒しなければ大量の菌が体に入ってしまうだろう。
ペルダは消毒や包帯を巻いたり、手際よく手当てを施し終えると子猫の体が冷えていたので、暖炉の火をつけ暖炉の前で寝かせることにした。
「よし、とりあえずこれで大丈夫だろう。後でおなかもすくだろうしご飯でも作っといてやるか」
「うん、それが良いね」
夕飯の時間も近づいてきたので、一緒に子猫の食事と夕飯を作ることにした。
俺はいつものように夕飯を作っていると、ペルダは猫に有害な食べ物を避けスムーズに作っていく。
流石、うちのお父さんだ。俺でも猫が食べる料理なんて作れないが何でもできるんだな。
そんな知識も知っているのか。
この世界には動物によっては毒になるものは研究されているのだろうか?
しかし、転生は俺一人のわけではない。女神はこの世界に来るとき、他のものもこちらの世界に行っているような口ぶりだった。
もしかして動物好きの人がその知識を教えでもしたのか?
例えば徳川綱吉とか、生類憐みの令とかやってお犬様とかなんとかある人だから教えたのかもしれない。まあそもそも江戸時代にそのような知識があるかは知らないが。
一時間ほどですべての料理が終えたが、少し早めにできたので子猫の料理を暖炉の前に置くとペルダは書斎へ、俺は部屋で読書をして少し待つことにした。
しばらく三十分ほど経って、子猫の様子を見に行くと暖炉の前からいなくなっていた。
見てみると子猫はご飯を食べ終わった様子、どこに行ったかと思うとテーブルでカタッという音が聞こえたので見てみると―――
「あー!俺の夕飯が!」
俺たちの分の食事まで食べ終えると満足したのか、子猫が大きく伸びをした次の瞬間―――
バヒュン!という音を立てけむりが出てきた。
「な、なんだ!?」
突然目の前でけむりに包まれた子猫。
俺は思わず腕で目の前を塞いでしまったが、やがてけむりは消えて影が見えてきた。
すると目の前には―――
「はにゃ~、生き返ったですぅ~」
そこには裸の子供がいた、正確に言うと猫の耳としっぽが生えている……だ。
ケモ耳、しっぽ、まさかこの子猫は獣人だったのか!
驚くべき事実に直面してしまった俺だが、何より重要なのはその子供には、あそこがついていなかった……そうメスなのだメスだ……やった―――!異世界定番、獣人の女の子キタ――――――!!
グヘヘ、グフグフグフフフフ、にちゃり。
「にゃっ!フウーフウー!」
危険を察知したのか警戒しているようだ。
おっと、顔に出ていたか?しっぽが逆立っている。
まずい怖がってるな、メデメデ愛でたかったのに。
でもまあしょうがないかもしれない。どちらにせよ俺には呪いもあるから。
「拾ったのが俺で悪かったな」
俺は一言残すと自分の部屋の服を取りに行き、獣人の少女にその服を渡してあげた。
流石に女の子を裸にし続けたままなのは、紳士として風上にも置けないからね、キリリ!
…………ホントはさりげなく大きめの服を着させ、手が袖からでなくて「この服おっきいな、スンスン……ハァ~これがあの人のにおい」とかいう彼シャツというやつをさせたかっただけなんだけどね!キリキリリ!!
獣人の女の子は急に服をもらって、まだ少し警戒しているようだったので、部屋から離れてこっそりと顔をのぞかせた。
すると少し落ち着いたのか、さっき渡した服を着始めた。
数秒して着終わった様子なので部屋に戻りどんなものか見てみる。
ふむ……予想してた感じと違う。
なんか、普通に男物の服着てるって感じだ。
ただのボーイッシュ。
よくよく考えたら、八歳の俺の服なんてそこまで大きくないし少女の見た目は六歳ほど、大した差はない。
……だが結果彼シャツは成功した、計画通り!
裸の少女も良いが、ボーイッシュな服を着た姿も悪くない。
元々のポテンシャルもなかなか、い~やかなり良いね!超絶可愛い!!
…………お兄ちゃん!とか言われてみたいな、なんてね!グフフフフゥ~!!!
すると、俺の驚いた声に反応してペルダもようやく部屋にやってきた。
さっきまでの子猫が変身したことが分かり、「この子猫、獣人だったのか!」と、ペルダも驚いた表情をした。
こっちの世界の人間からでも変身する獣人は珍しいことだったりするのかね。
食事は獣人の少女がすべて食べてしまったので、作り直すことにした。
まったく困った子猫ちゃんだぜ。
ってかこんな大食いってことは、もしかしてストラリウスが見つからなかったのって、この子猫が全部食べたから見つからなかったんじゃ?
ひどいことしてくれるぜ。
いやまあ、あの様子ならしょうがないんだろうけど。
食事を作り終えたので俺たちは席に着く。
食事しながら獣人の少女のことについて聞いてみることにした。
名前がなくては呼びづらいので、まずは名前を聞いてみることにした。
「名前はなんて言うんだ?」
「―――い」
「ごめん、なんて?」
「名前、ない」
「そ、そっか」
う~ん、まずいこと聞いちゃったかな。そこまでこの子は気にしてないみたいだけど、あんまり聞かないほうがよかったかもしれないと思ってしまう。だがこれも必要なことなので許してほしい。
するとペルダが俺に提案してくる。
「どうせならサキラが決めてやれよ」
「いいのかな?」
「君はどうだ?」
ペルダは獣人の少女に問いかけると、そんなことどうでもいいかのように肯定っぽく返事をする。
「……別に名前は何でも良いです」
「だってよ、ならいいんじゃないか」
「じゃあ、う~んそうだなぁ……このかわいいケモ耳……よし、ミミットだ」
「お、おいサキラもっと凝った方が……」
すると、ミミットが顔を少し微笑ませ尻尾を振っていた。
「……いや、案外喜んでるみたいじゃねぇか」
「ッニャ!別に喜んでないです!!」
慌てて否定するミミット。
あくまでも白を切るか、可愛い奴め!
まあいいさ。初の獣人に会うことができたんだからそれで十分。
後で話を聞いたところによると、ミミットはお家がない様子だったので家のメイドとして雇うことにした。
なんでもお父さんから「メイドならサキラと話さないといけないし、俺以外との会話に慣れる練習だ」と言ってメイドにすることにしたのだ。
ミミットには働く形になるのは申し訳ないが、ここは有効活用させてもらおう。
……ついでに夜のお仕事も頼んじゃおっかな!ハハハ!!なんて……調子に乗りましたすみません。
まあなんにしても家族が一人増えてにぎやかになった、うれしいねえ。
え、メイドは家族じゃない?ちっちっち、一緒に仲良く住めば皆家族さ!はっはっは……まあ仲良くなれるかは分からないが、未来のことは未来の俺に任せよう。