第三十話 英雄祭
夏休みのある日、ダンが突然現れるやいなや泣きつかれた。
「助けてくれサキラー!」
腰辺りに手をまわして抱きついてくる。
○○太くんかよ。
「落ち着け、何があったんだ?」
ダンの普段ないような慌てように、とりあえず何事かと聞いてみる。
あのダンがこんなに慌てているんだ、相当な事件だな。
すると、いつもの様子にあっという間に戻ると、ダンが訳を話しだす。
「実は、今度催される英雄祭で、父さんの代わりに屋台をしなきゃいけなくなったんだよ」
「英雄祭かー」
「もうそんな時期が来たか」
「楽しみね」
そして皆、口々に英雄祭のことを話しだす。
みんな知ってんの?その英雄祭とやらを。
俺は聞き覚えのない言葉に、会話について行けない。
「えっと……英雄祭って何?」
話の腰を折るようで悪いが、会話についていけなくては元も子もない。
とりあえずどんなものなのかと聞いてみた。
「そっか、カイツァルド国出身じゃなければ知らないかもね」
「じゃあとりあえず予備知識として、英雄祭が何かをざっくり教えてやる。英雄祭ってのはな、一年に一回、三日間催される祭りで、カイツァルド国最大の祭りとしても知られてるんだ」
「名前の由来はその名の通り、英雄様に感謝をささげる祭り、で英雄祭よ」
「へー」
祭りか。
前世ではとてもじゃないが、俺にとっては縁遠い場所だ。
あんな陽キャのたまり場にいじめられっ子が行けようはずもないからな。
そんなもの、俺にアドバイスをもらおうって言ったって、無理だと思うぞ?
もちろんそれは前世のことなので、口には出さないが。
するとダンが説明を続ける。
「それでその祭りには当然、食べ物を売ってる屋台だったりなんだりがあるわけなんだが―――」
なるほど、要するにあれか?
俺が料理が得意だから、何か屋台で出す料理を考えて教えてほしいってわけか?
さすがに前世の屋台で、どんな食べ物が売られていたかくらいは分かるから力にはなれそうだが……。
「ってわけでサキラ、何かいいアイディアないか?」
「そもそもダンの父さんは毎年何をやってるんだよ?」
「たしかに、そもそも同じ事すればいいもんね?」
そうだ、毎年やってるんだ。
そこからアイディアなんて出す必要なんてないだろう。
俺たちが口々にそうだと言う。
するとダンは、再び落ち込んだ表情に戻ると、訳を話し出した。
「それが……父さんから、お前のオリジナルでやってみろ!って言われてさ」
「あらら」
「それは大変ね」
その言葉を聞いて、皆の言葉が止まった。
うーんと肩ひじをつくように、思案し始める。
そういうことか。
確かにそれはしょうがないな。
しかし屋台か、飲食類がやりやすいし……それならやはり定番の焼きそば辺りが良いが、この世界には市販のソースがない。
たこ焼きやイカ焼きだってそうだ。
ソースを何百人分も作るのはさすがに骨が折れる。
せっかくなら手間のかからないものが良いな。
……よし。
なら、ここは定番のかき氷がいいだろう。
そう決めると、さっそくこの案をみんなに提案してみることにした。
すると―――
「「かき氷?」」
「氷を食うのか?」
「ま、簡単に言えばそうだな」
説明してみると、案の定だが当然、みんなから不思議な顔をされた。
まあ普通に考えて氷を食うなんて、冷蔵庫の氷をバリボリ食うのが好きなやつだけだからな。
だが、それだからこそ話題性はある。
この世界にはない珍しい料理……いや、料理ではないか。
これじゃ、卵かけご飯も料理みたいだ。
そのことはいったん置いといて。
後は作戦次第だ。
集客方法だって色々ある。
屋台の設置位置やチラシ配り、コスパの良さ、他にもにおいで客を釣ったりもある。
しかし、屋台の設置位置は決まっているし、チラシを配ったところで大規模の祭りだ。木を隠すなら森の中みたいな具合に人々の目には届きづらそうだ。
コスパだって珍しいものなら比較しようがないし、かき氷ににおいなんて大してない。
いずれにしてもこれらの方法は難しい。
何か秘策を取らねばなるまい。
俺はこのことを話すと、みんなで早速作戦づくりに取り掛かった。
――――――――――――
英雄祭当日。
今俺たちは、立てた作戦の決行のため、二手に分かれて準備している。
思案の末、俺たちが決めた作戦はサクラだ。
そう、詐欺でよく見るあれのことだ。
内容は、屋台側と客側に分かれて、サクラになる客側がこれでもかと物珍しそうに周りの人たちの気を引き、こちらに引き込んでいくというものだ。
商品価値が分からなく物珍しいものなら、この方法がよいかとみんなで決断した。
そんな中、周りの屋台は繫盛しており、俺たちも一応開いて客を待っているが、客足は一向にない。
もちろん、すぐに作戦は決行していないが、これほどまでに客が来ないとは。
今は屋台を開いて二時間が経過し、大体夕方ごろだ。
そろそろ作戦決行してもよさそうだな。
俺は客役のデンドリスとリーミュルに合図を送る。
すると―――
「おいおい、氷なんて売ってんのか?」
「そんなのただの冷やす道具じゃない」
意外とチャラそうな客で来たなあいつら。
そう、これが作戦だ。
こちらの世界では氷なんて食べるという認識はない。
かき氷を売っても最初の客も来ないだろう。
だから、客を引き寄せるために演じるのだ。
デンドリスたちが迷惑客のふりをして、まずは注目を集める。
「優しい俺たちが一個買ってやるよ!」
「きゃ~っ!優しいぃ~!」
「ありがとうございます。ただいま用意しますね」
アリアがそう言うと、かき氷を作るダン。
リーミュルのキャラが変わりすぎて少し怖い。
声に引かれて、何人かの目がこちらに向く。
乗り出しとしては良い調子だ。
まもなくして作り終わり、器に盛ったかき氷をアリアがダンから受け取ると客に手渡す。
「どうぞ、こちらかき氷です」
「なんかピンクの液体がかかってるよ?」
「おいおいーこんなんで氷がうまくなるわけないだろー?」
デンドリスのわざと感がすごいが、まあいいだろう。
そう言って二人はかき氷を一口食べる。
「「……」」
「どうですか?」
ダンの質問に、しばらく二人は押し黙る。
そして―――
「「美味しい!」」
途端に、先ほどの煽りとは違う調子でしゃべりだす。
「なんかすごく甘くて美味しわ!」
「この液体はいったいなんだ!?」
それでも、このリアクションは二人とも迫真の演技だ。
周りからも何事かと寄ってきては、興味を持ってうちの屋台のかき氷を求めてくる。
「あんちゃん、俺にもそのかき氷とやらを一つくれ!」
「私にもちょうだい!」
「うちにも一つ!」
「毎度ー!」
そこからは、先ほどの売れ行きが噓のようにどんどん売れていく。
やがて、一日目が終わり、売り上げは右肩上がりだ。
「疲れたー」
「一時はどうなるかと思ったよ」
皆、先ほどの緊張が一気に抜けたように脱力した。
みんなよくやってくれたな。
するとダンが立ち上がると、拳をあげる。
「何はともあれ、この調子で明日も頑張ろう!」
俺たちも乗っかり、拳をあげて一致団結した。
「「「おー!」」」
そして、続いて英雄祭二日目も、俺たちは屋台を開いた。
一日目の噂が広まったのか、珍しいものが食べられると話題になっており、その日も見事大盛況となった。