第二十一話 デンドリスの恋心
技法トーナメント以降のこと、俺とデンドリスは度々、一緒に訓練を行っている。
「せぁぁぁ―――!」
「ぎぃっ!」
デンドリスの回し蹴りを、俺はリンボーダンスのように体をそらして避ける。
しかし、完全には避けきれず、顔に細い線の傷を作ってしまう。
俺の頬を血が伝って垂れていく。
それでも気にする暇などない。
次の攻撃に備え、距離を置き軽いステップを踏み、後ろへ下がる。
そこを追いかけるように、距離を詰めるデンドリス。
デンドリスから繰り出されるのは、大振りのストレート。
デンドリスには、ジャブのような軽い打撃がない。
なので、全てが重いパンチになっていて、一発一発が命取りだ。
俺は焦ることなく、ストレートを体を翻して避ける。
そして、俺はデンドリスの右側面に立つと、腹部に膝蹴りをお見舞いする。
「グッ!」
俺の膝はみぞおち付近にヒットする。
デンドリスの頑丈な体でも、ダメージが入ったらしい。
そこを畳みかけるように、俺は両手を握りしめた拳を頭に振り下ろす。
しかし、それよりも早くデンドリスが上体を起き上がらせ、俺の拳を避けた。
バランスを崩してしまった俺は、そのままデンドリスの次の拳にのされてしまった。
「……負けだ」
「よっしゃ!俺の勝ちだ!」
デンドリスは子供のようにはしゃいで、ガッツポーズを見せる。
トーナメントを合わせて一勝十二敗。
度重なる連敗に俺は少し心が折れそうだ。
デンドリスは元のフィジカルが強すぎて、あまりダメージが入らないのが一番の敗因の原因だ。
実を言うとこの一勝も、俺が投げ技を成功して締め技で抑えただけなので、実際の試合で勝ったとは言いづらい勝利でもある。
まだまだだな。
「訓練、お疲れ様です」
俺たちが訓練を終えて、リーミュルが冷たい飲み物を持ってこちらへやってきた。
「へぇぁっ!あ、あ、あぁぁありがとう!!」
すると、デンドリスから緊張した声が漏れる。
いつも同じ部屋で暮らしているというのに……まさか?
「相変わらず強いね」
「ま、まあな!」
デンドリスの鼻が、これでもかと伸びている。
あんなにデレデレして、まさか、デンドリスは好きなのだろうか………リーミュルのことを。
俺は察してしまった。
これまでの恋愛アニメ視聴経験からして間違いない。
デンドリスは……リーミュルに恋しているのだ。
はっはっは!年頃の男子みたいでいいじゃないか!
この恋を、俺は密かに応援することにした。
――――――――――――
(デンドリスview)
俺の名前はデンドリス・カバネル。
突然だが、俺は寮の同居人、リーミュルに密かに恋心を抱いている。
彼女には一目ぼれだった。
最初の出会いは寮のルームメイトとの初顔合わせの時だ。
「え、えっとリーミュルです。これからよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いしマス」
………ちっちゃくて可愛いぃぃ!
なんだこの守ってあげたくなるような生き物は!
いや、俺が守っていかなきゃ!
―――そして、時は戻り、放課後の図書館にて。
「んっしょ!とど……かない」
目的の本を取るため、棚の上に手を伸ばすリーミュル。
「これか?ほら」
こっそりリーミュルをつけてきたデンドリスは、図書館の棚の陰から現れ、リーミュルの手の届かない本を手に取る。
「あ、ありがとう」
目的の本を手渡され、感謝の言葉述べる。
デンドリスは、思春期の男の子のような顔をして、リーミュルにグーサインで返す。
すると、そこから離れたところから、二人の学生がリーミュルの見える方向に立っていた。
二人はギリギリ聞こえない声で、陰口を言っていた。
(「なんで、デンドリス様があいつと一緒にいるの?」)
(「わざわざ平民にやさしくする必要なんてないのに」)
リーミュルは、声を聴かずともどんなことを話しているか分かって、思わず不機嫌そうな顔を取ってしまう。
「えと、どうしたんだ?」
その時、顔を覗き込むように、デンドリスに声をかけられて、平静に戻るリーミュル。
さっきまで嬉しそうな顔をしてたのに……ん?後ろを見てる、何かあるのか?
思わずリーミュルの視線がおかしいと感じ、振り返ってみようとする。
「あっあっ!デンくん、あっちの棚に届かない本があったから、取ってほしいな」
「え?あ、そうか。よし、まかせろ!」
リーミュルの言葉に、デンドリスは振り返ることなく別の棚へと向かっていく。
リーミュルは安堵しながら、目的の本を取り終えると、貸し出しの手続きを行いに行った。
その間にデンドリスは先に帰路へ向かい、寮に帰った。
よし、リーミュルの手助けをできたぜ!
この調子でリーミュルが困ってたら、真っ先に助けて俺に惚れてもらうんだ―――!
すると、本の手続きが終わったのか、部屋の扉が開いた音がした。
「ただいまー!」
俺は急いで玄関に向かう。
「おかえり!」
このやり取りを日課になるほど繰り返す。
二人が一緒に住んでいることがまるで、夫婦のように感じてしまう。
こんなやり取りをする毎日が続いていき、今日もあっという間に終わりを告げていった。
―――次の日。
俺は学園の始まるギリギリに目が覚めてしまった。
やばいやばい!
すぐに準備を済ませ、自分の部屋を出る。
すると、リーミュルが鞄をからい、扉に手をかけていた。
今日は朝に何も話せずに離れ離れか………いや、そんなの嫌だ!
デンドリスはここで、ある一つの案を考えついた。
そして、すぐにリーミュルに声を掛ける。
「り、リーミュル」
「ん?どうしたのデンくん」
「き、今日、一緒に学園行こうぜ?」
緊張感を持ちながら、デンドリスはリーミュルに対して、考えついた案を実行する。
登校でも一緒にいれたらサイコーだ!
我ながらなかなか良い考えじゃないか?
すると、リーミュルは途端に苦い顔になってしまう。
「っ!い、いい。一人で行くから!」
「あぁ……そ、そうだよな、俺とはいやだよな……変なこと言ってすまん!」
即拒否され、落ち込むデンドリス。
そうか、やっぱ俺みたいな頭悪くてうっとうしい奴嫌だよな。
デンドリスは、急いで走ってその場を後にした。
一人取り残されたリーミュル。
「デンくんとが嫌なんじゃないよ。私と居たら、きっと嫌な目に合うからで……」
本当のことを、デンドリスの前では口に出せず、リーミュルから遠ざかっていくデンドリスの背中。
当然この声は、デンドリスには届いていない。
今はただ、見つめることしかできなかった。
――――――――――――
学校の教室についたデンドリス。
やはり、一緒に登校は言いすぎたかもしれない。
初めて出会ってまだ一か月も経ってないのに、俺は何を言っているんだ。
デンドリスはあまりのショックにしょぼくれて、膝を抱えて体育座りのようになってしまった。
「俺はダメな奴だ……」
いつも元気なデンドリスが今日は、まったく元気にみなぎっていなく、周りの学生たちは不安の声を上げる。
「今日のデンドリス様、何だか元気がないわね?」
「何かあったのかしら?」
するとそこへ、二人のドワーフがやってきた。
二人はまるで、親戚のおじさんのようにデンドリスに絡んできた。
「どうしたんだよ辛気臭い顔してよ?」
「いつもの元気はどこ行った?」
「あぁ、ゴーローグ、ボルフガッツ」
二人は二組の優等生ドワーフたちで、基本的に優しい性格をしているので、クラスでもみんなと仲が良い。
二人とも筆記の成績が良く、ゴーローグは魔法、ボルフガッツは技法の成績も高い。
強いやつのことが好きなデンドリスは、二人と親密にしており、こうして絡んでくることも多い。
「何かあったなら話してみろよ」
「そうだぜ、お前がそんな顔してちゃ、クラスの雰囲気も暗くなるだろ?」
「……そうだな、実はある女の子に迫りすぎて、嫌われたかも知れないんだ」
「「ある女の子?」」
すると、リーミュルも教室にやってきた。
俺はいつものように手を振ろうとするが。
「っ!」
リーミュルは目を見開くと、申し訳なさそうに、すぐにそっぽを向いてしまった。
やはり嫌われてしまったのだろうか?
まだそんな仲でもないのに、必要以上に迫って怖がらせるなんて、俺が守ってあげるはずなのに何をやってるんだ俺は!
再び膝を抱えるデンドリス。
すると、ゴーローグとボルフガッツが小声で話し合い始める。
「おい、ボルフ」
「あぁ、ゴーグ」
「ある女の子ってリーミュルのことだったな」
「あぁ、しかもありゃー、あっちの方に問題がありそうじゃないか?」
「やっぱそう見えるか?」
デンドリスは引き続き落ち込んでいる。
そして、手を振られたリーミュルはチラチラとこちらを振り返る。
「リーミュルは、自分の意見をしっかり言えない子だ」
「デンドリスのやつが話をちゃんと聞いてなくて、勘違いしてるんじゃねぇか?」
「デンドリスは頭が悪いし、勝手に物事を決めつけそうだ」
「話をちゃんと聞けなかったことに対して謝らせれば、あっちがしゃべってくれるかもな」
「よし、とりあえず謝らせよう」
二人はデンドリスに向き直り、再び話しかける。
「なあデンドリス、お前そのある女の子とやらに一回謝ってみたらどうだ?」
「何か分かるかもしれないぜ」
「やっぱりそうか」
と言って、デンドリスは頬杖をついた。
「まあ、二人きりの時にでもしっかり話し合え」
「そうだそうだ、ちゃんと仲直りしろよ」
「おう!」
よし、帰ったらリーミュルに謝ろう。
――――――――――――
(リーミュルview)
授業が終わり、寮に戻る。
今回のことは私が悪い、デン君にしっかり謝らないと!
でも、なんて伝えればいいの?
私のことを素直に話したら……いや、これは彼には言えない。
私なんかと仲良くしてくれる優しい友達。
傷つけないためにはなんて言えば?
考えがまとまらないまま、私は寮についてしまった。
とにかく謝ろう!後はその場でなんとか切り抜けよう。
部屋に入ると、人の気配があった。
デンくんは先に帰ってきたのだろう。
「た、ただいま……」
「お、おう、おかえり……」
部屋に入ると、お互いそこから何も言葉が出ない。
部屋は静寂に包まれる。
うぅ、沈黙が痛い。
とにかく仲直りはしたいのに。
言葉がのどでつっかえる。
もちろん、こんな事態になったのは私が悪いけど。
「き、今日の天気は良かったですねぇー」
「そ、そうだな」
あぁ~、ダメだ!
会話のネタが天気しか出てこない!
これ以上、変に言葉をつないだって無駄だ。
そうして私は、ついに謝罪の声を漏らす。
「「今朝はごめん!」」
すると、同時に謝る二人。
「あ!ごめん、かぶっちゃって……」
「い、いや、どうぞ」
「じゃあ、その………一人で行きたいのは、デン君とが嫌なわけじゃなくて、えと……なんていうか」
怖くて顔を見れない。
そんな不安に蔑まれ、リーミュルは顔を下に向けてしまった。
事情は話せない。自分のせいでデンくんが私を傷つけてると知ったら、私のせいなのに自分のせいだとデンくんはきっと言うからだ。
なんとかして言葉をつなぎたい、その時。
「よかった―――!俺を嫌ったわけじゃないんだな!」
「え?まあ確かにそうだけど」
その瞬間、デンドリスから気の抜けた返事が返ってきた。
なんで?私はデン君を嫌うことなんてないけど、私が一方的にひどいこと言ったのに。
リーミュルはデンドリスの予想外の返しに、少し困惑してしまった。
「俺のこと実は嫌いで、同居のよしみで一緒に話してくれてるのかと思ったから」
「そ、そっか」
デンドリスは、頭をポリポリと搔きながら、恥ずかしそうに打ち明けていく。
想定外の答えに、ちゃんとした返事を返してあげることができなかった。
そっか、私の今までの態度はこの状況がさせたことだって思ってたのか。
デンドリスの心の内を少し知ることができたリーミュル。
本気で仲良くしてくれようとしてくれている。
なら、このまま突き放したままでいいのか?そう思ったリーミュル。
決して突き放したかったわけじゃない。
ただ、一緒に登校はできないけど、一緒にいるのは嬉しい。
するこことはただ一つ。
「デン君」
「は、はい!」
デンドリスは柄にもなく、かしこまった返事を返す。
まだ少し困惑している。
でも今言えば、もっと彼と仲良くなれると思う。
「私はデン君と一緒にいるのは楽しい。登校は一緒には難しいけど、嫌なわけじゃないからその……」
「………」
「安心してっていうか……あれ?この言葉で合ってるのかな?つまり、えっと……」
「大丈夫だ!言いたいことはなんとなく分かったから!」
お互いに恥ずかしくなり、顔を赤く染める。
しばらくまた、この場に沈黙が走り思わず俯く二人。
それでもリーミュルは、恥ずかしさを取っ払い、デンドリスに向き直る。
「だから、えっと………今後もよろしくお願いします?」
「あ、えと、こちらこそ」
二人ともぎこちなく言葉を投げかける。
心の距離が近づいたのかもしれない。
それでも、誤解もちゃんと解けてはいない。
でも、彼がこうして歩んでくれようとしてくれる姿勢があるから、今がある。
今はまだ誤解があるままでいい。
これから、時間をかけて誤解を解いていけばいい。
いつか話せるようになって、彼もしっかり聞いてくれるはずだから。