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一之二


「あら、可愛いわね」


「ごめんなさい! 折角着物、用意してくれたのに……」


「ううん。いいのよ、着たいものを着たい時に着る。あたし、小春ちゃんの意志を尊重したいわ」


 速足で髪を跳ねさせる小春を振り返った輝夜は、申し訳なさそうに目を下げた彼女の瞳を持ちあげたいと、肩に手を乗せて微笑んだ。

 小春の目に一瞬映った女――、母。一度も、そんなことを言わなかった母。

 小春はこたえる様に笑った。はい、と。握られた手は、恥ずかしいくらいに暖かかった。


「ここから少し距離があるのよ。電車にも乗るけれど……あたしがついているから、怖がらないでね」


「はい……?」


 屋敷の門を潜って、大きく脈打つ坂を下って、線路を沿って歩いていく。少し更けるのが濃い夜に、学生の自転車がまだ寒い空風を切った。

 小春はいつものように目を落としかけてあげて、手を握って車道側を歩いてくれる輝夜を見上げる。視線に気づいた輝夜は、星夜空に頬を綻ばせて僅かに小春の安堵を誘った。

 二人は輝夜が用意しているICカードで改札を通ると、来たる電車を待つ。一番左端のホームに和装と制服が並んでいても、誰も気にしている人はいなかった。

 小春はさらに安堵した。

 そうしていると、わずか数分で電車が来る。その電車の電子光が示す行き先、それは――。


「江の島……」


 輝夜は小さく笑って、小春の手を引いた。運転手の後ろに背を付けるように二人は立つと、出発と同時に輝夜が小春に小さく言う。


「電車が市街地を通って大きく曲がるときに、一度目を閉じて。十秒数えたら、目を開けていいわよ」


「……はい。わかりました」


 よくわからないが、言われたとおりにしよう。

 窓を覗き込んで、景色に集中して、大きく街を人をすれすれを曲がる時に目を閉じて――――。

 周りの音が変わる瞬間を聞く。

 小春は目を開けた。

 そこには、電車の中には、二両だけでわずかにまばらに人が座っていた車内には、輝夜と小春の二人だけしかいない。

 小春は小さく息を呑む。胸がドキドキする。


「オウラガイー……オウラガイー……」


 車窓の声もがらりと色を変えていた。

 小春は左手を胸に当てて、右手で輝夜につれられて電車を降りる。

 ああ、聞こえる――。祭囃子の音――……違う、これは、賑やかな人の声……!

 うずうずと歩を速める小春を置いて行かないようにスピードを上げて、輝夜は同じICカードで境界を超えた。

 駅校舎を模した境界の門、小春は小走りで左の坂を超え、海の香りを嗅ぐことは出来ない代わりに眼下に広がる提灯の海を見る。


「わああ……!! なんですかあれ! 島が光ってる!!」


「あの島こそが、裏の顔の御甫街おうらがいよ! さあ、いらっしゃい! 楽しみましょう!」


「はい!」


 小走りで駆けていく。島へ至る参道すら、再び生まれ変わる心地を運ぶ。

 ああ、なんか、気持ちいい。心地いい。鼻腔を擽るお肉の匂い、塩と胡椒? 何だか……。


「お腹空いた」


「あら。あらあら、じゃあいっぱい食べましょう!」


 焼トウモロコシ、串、串、水飴、羊羹、ケーキ、「ケーキあるんだ」「あるわよ~」、レモネード、「レモネードもある!?」「美味しいものね~」、狐の面、林檎飴、わたがし、ふあふあしてて、とても……。


「しあわせ」


「そーう?」


「はい。こんなにお腹が空いたのも、こんなにおいしく食べたのもはじめ……はっ!」


 赤い布の敷かれた長椅子に座ってお茶を飲んでいた小春は、頬を薄ら赤に染めて緩んだ声で喋っていた。途中で自分の言ってしまった失態に気付き、あわてて両手を振る。


「輝夜さんのご飯!! とてもおいしいです!! 世界で一番!!」


「あらら、嬉しいわぁ」


 よしよし、と小春の頭を撫でていた輝夜の下に一人の幼子がたどたどしい足取りで寄ってきた。輝夜が「まあ、」と言って抱き上げると小春を向いて「座敷童よ」と笑う。


「ざ、座敷童!?」


 幼子は小春に手を伸ばしている。恐る恐る小春が身体を抱くと、雲のように軽いことから人間じゃないことは明らかだった。

 

「こんばんは!」


「……こんばんは」


「お姉ちゃん、面白いね」


「ふぇ!? ええ、えええと、きゅ、急に面白いってどどどうして!?」


 勢いよく輝夜を見た小春は、瞳で私どこかおかしいですか!? 洋服ですか!? と問いかけているが、それを輝夜は理解出来ず、ただ微笑んでいた。可愛い、としか思っていない。


「シャツにタレ、ついてるよ。イカの姿焼き食べたでしょ」


「ほわぁー!?」


「くふふ、浮かれすぎでしょ。まあ、お姉ちゃんみたいな人だと無理もないか」


 小春が人形も降ろせずに慌てているのを笑いながら見る輝夜が、小春に上を向いてと合図すると、小春は恥ずかしげに上を向いた。胸元のシャツを拭いてもらう羞恥に耐えている小春に、座敷童はセーターを小さく掴み口を開いた。


「お姉ちゃん、……あたしを浮世へ連れて行ってくれない!?」


「へ、浮世?」


「人間の世界!! お願い……お礼ならちゃんとするから、一緒に境界を……」


「待ちなさい。この輝夜を差し置いて、話を進めるのはおかしいわよ」


 鋭い声が飛んだ。小春の腕の中の子がびくっ、と肩を揺らす。


「小春ちゃんは店の子じゃないの。だから、そういう話ならあたしを通して貰わないと、奴らが来るわよ?」


「……真剣に聞いて、くれるなら」


「あらもちろん。あたし達骨董屋は、そういう窓口でもあるんだから」


「あの……ええと……私、帰ってたほうがいいでしょうか……?」


 小春の発言に座敷童が小春の首元にしがみついた。


「だめ!! 一緒にいて!!」


「あ、はい!!」


 少し頬を染めてあたあたする小春に、輝夜は思わず吹き出してしまった。


「じゃあ……いったん店に行きましょうか。名残惜しいけれど、また来ましょうね」


「はい……。……店?」


題名考えなくていいって楽だぜ~!

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