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一之一

ぬん、みたいな題名だな!


「眠ったか」


「眠ったわ。ありがとね、葵。あの子なんだかとても無理をしていて……。昨日も眠ってないと思うの。これで少しは楽になるといいんだけど……」


「……わからんな。小春が決めることだ」


「……葵。完全にあの子の存在は……消えちゃったの?」


「完全に、ではない。この場所が暴かれない限り、まだ存在出来る」


「そう――――。……夜ご飯の準備をするわ。何にしようかしら……」


 






 ぱちり、と小春は目を開けて左右を見渡した。慌てて襖を開けて、庭へ出る。夜空には三日月が笑っていて、ほのかに潮が香る。

 高鳴る心臓を胸に抱いて、小春は屋敷に駆け戻り光が漏れる襖を開け放った。


「海です!! 海があります!! ――泳ぎたいです!! 泳ぎましょう、あ、アオイさん!!」


 笑顔で言い放った小春に名を呼ばれたアオイは、小さな陶器の器から唇を離して小春を手招きした。小春は御馳走が並んだ机に目を輝かせながら、アオイの隣に膝を畳む。


「葵、……」


 アオイは陶器の中に入っていた酒を机に零すと、指先で文字を描いた。その横にひらがなで【あおい】と書き、小春はうんうん、と頷いている。


「葵さん……。わかりました、ばっちりです!」


 その横に小春は、自分の字を書いた。「私は、小さな春でこはる、と言います」と書いてちらりと葵を見ると葵は表情を一つも変えずにただ字を見ている。小春の視線に気づいたのか一度視線を絡ませ合うと、小さく頷いた。

 小春は安堵の笑顔を浮かべた。小春にとって何よりも恐ろしいのは、コミュニケーションの不一致だったからだ。


 輝夜に言われて自分の席へ座った小春は、美味しそうに与えられた分だけを頬張っていく。その最中に一口も食べ物に手を付けていない葵が、唐突に口を開いた。


「存在を喰われた、という件についてだが」


「……はい」


 と小春はお茶を飲んだ。


「簡潔に事実だけを述べる。お前に関する全ての記録、記憶が浮世から消された、ということだ」


「……つまり、私は親からも存在を忘れられた、ということですね」


「違いない」


「そうですか。それは、仕方ありません」


 二人は小春を見つめた。小春は視線を感じながらも、照れたように頭を掻いている。


「仕方ないことは、変えようがないので諦めます」


「小春ちゃん……?」


 輝夜は端を置いて小春を見ていた。

 小春に先程までの無邪気さは無く、冷たく降る雪の温度のように冷え切った瞳をにこやかに細めていた。


「……これを」


 葵が拳を握った手を、小春の前に差し出した。小春は両手を差し出して、そこに落とされたものを見つめて目を広げる。


「……御守りの、髪留め……」


「葵! あんた、これを取りに行ってたわけ!? 業者に会わなかったの!?」


「会わなかった。――小春。ずっと屋敷にいろ、とは言わぬ。ただし、外へ出る際は守りの髪留め、護りの首飾り、三つを一つも欠けることなく身に付けろ。これだけは破るな、誓えるか」


「うん……約束、する……」


「……では、良い夜を」


「どこへ行くんですか?」


 小春は立ち上がり部屋を出掛けた葵に声を掛けた。葵は一瞥だけを返して、そのまま言葉を返すことも無く縁側を鳴らしながら行ってしまった。


「小春ちゃん。夜の海はオススメしないけれど、夜の街には興味があるかしら?」


「夜の街……?」


 輝夜はお味噌汁を一気に飲み干すと、にこりと笑った。


「ええ! 百聞は一見に如かず、というものを教えてあげるわ!」


 外に出る、というので小春はお腹を擦りながら自室で唸っていた。外行きに用意された着物……は少し気がひける。どちらかと言わずとも制服が動きやすいのは明らかだ。ああ、でも、折角準備してくれたのに制服を着ちゃうのは……。

 二つを見比べて、小春は頷いた。やはり制服だ。制服を着よう。皆が忘れてしまったという萩原はぎはら小春という姿を着て、知らない街へ挨拶にいこう――――。

 少しウキウキした。首飾りよし、髪留めよし! 海香る街――嗚呼、楽しみ!


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