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六之二


 葵は目を開いた。口も開いたが、その先を聞いていいのか……なぜか恐怖が先行した。そのまま口を閉じる。――抗わないことにした。


「たまには葵さんにもお掃除を手伝ってもらおうかと思ったけど――今日は勘弁してあげますね」


 小春は微笑んでいる。葵は小さく首を振った。


「ダメです。体調が悪いなら、きちんと寝てないとダメなんですよ! 風邪は引きはじめがなんとかって、お兄ちゃんが言ってました!」


 あいつか……と葵は目を細めたが、素直に従ったふりをして踵を返さず、小上がりに腰をかけた。

 小春は仕方ないなあ、という風に結んだ髪を下げ、掃除を再開している。

 鼻歌交じりの朝のお掃除。小窓を開けて、外の静謐な空気を取り入れる。

 空気の入れ替えは一つの魔法だ。陰と陽を入れ替える、自然が原初より持つ優しい魔法。

 葵は次第に瞬きのスピードが落ちていく。小春が気を利かせてスイッチを入れたストーブが、紫色の炎を湛えている。







「あおい――葵~! どこにいるの――?」


 母、と慕った女の声がする。 

 幼く低い視界で、葵は女の下へ駆け出した。

 寒そうに着物の裾を親指に掛けていた女は、葵が庭の茂みから飛び出してくるのを見つけると、大きく手を広げた。


「葵! ダメじゃない、当主様がお呼びでしたよ。もう、そんな泥んこになって……」


 女の白い着物を汚しながら、葵は嬉しそうに母に抱き着いている。

 母も、そんな葵を愛おしそうに抱きしめていた。

 古い記憶だ。もうこの指先には薄衣すら掛けられぬ、遥かにも遠い過去だ。


「お前は本当にいい子……お前ならきっと……あの人の願いを叶えられる……」


 二人鼻先を付け合って、微笑んでいる。

 薄く開けた瞳に映るのは――――。





「葵さん、朝ごはんの時間ですよ」


 小春が手を差し出す。僅かに屈んだ腰の傾斜によって流れた髪束を潜り抜けて、葵も手を差し出した。

 素直な様子に目を丸めた小春の、柔和な笑みは――遠いところに行ってしまった彼女に、似ていると思った。

 ストーブは消さなくていい。どうせ二人――いや、四人は、朝餉が済んだらこちらで仕事をするのだから。そうなのだから、小春が凍えないように温めておこう。








 ぱたぱたと小春が台所へ駆けていく。長机には客の分が先に並べてある途中の光景で、小春は手伝いに急いで駆け出したというわけだ。

 客人――三善一誠は欠伸をしながら寝間着浴衣の肩口から手を入れて無遠慮に搔いている。葵は目を細めたが、特に何も言わずに定位置に腰を下ろした。

 三善の隣に式神二柱も座っている。玄武――少年型の式神も、同じように欠伸をしていた。六合――少女型の式神は、そわそわと台所を覗けるふすまの間を見ては、いつ立ち上がろうと葛藤しているようだ。

 

「ふわああ……おはよーさん。……げ、三善まだおるんや」


「ふわああ……昨日の今日だし普通に新幹線も飛行機もないってぇ……てか眠れなかった。入眠10分前、起床3分前」


 琥珀が大きな欠伸をしながら入ってくる。その欠伸に、三善はまたつられた。

 

「客人だからと言って手伝わないんですね、現代の三善は」


「……神使に言われると辛い……」


 両手にお盆を持った燈夜が手際よく机に皿を並べていく。三善ががっくりと肩を下ろして立ち上がろうとしたが、それを輝夜が制した。


「そんなに多いとかえって邪魔だわ!」


「邪魔……」


 三善はがっくしと、ぼけぼけの目で天井を見つめながら再び腰を下ろした。

 六合が音もなく台所に入る様や、琥珀がご飯を盛る様……それぞれがこの二部屋を一つの空間として活発に動いていて、この屋敷では珍しい……そう、生命の賑やかさに葵は耳を澄ませている。

 不快には思わなかった。あの黒い影さえ無いのなら――きっと、これは呼ぶべき名があるとすれば……。


「じゃ! 食べましょうか! はーい、いくわよ? でーは、いただきます!」


 美味しい。味がする。暖かい。温度を感じる。

 あの影さえ無ければ――本当に、よかったのに。


「あ――そうだ。そうしよう」


 三善がふいに、デカすぎる独り言を放った。

 自然と、皆が三善を見る。


「今日から僕、骨董屋に居候する!」


「……よおおおおお言った一誠!!」


「――よおおおおお言えたな一誠!! すごいぞ~すごいぞ~!!」


 玄武、続けて六合が涙を堪えて一方通行な宣言をした三善を褒めちぎっていた。

 葵はお茶を飲む。輝夜は遅れて何度がぎこちなく頷いている。燈夜は驚愕に口を開き――「いつ言おうか迷ってたのに……先を越された……!!」と嘆いている。


「萩原の――……えっと、小春ちゃん。君のことはよく知ってるけど、よければ今日から色々教えてくれたほうが守りやす」


「ああ~~――ッ! キモッ! キモイわ~ッ!! うちの小春に何言うてくれとんねんキモい! 寝とけや!」


 ぐるぐるとした目で小春に膝立ち高速移動で近づこうとした三善を、琥珀の黒い靴下顔面ストレートで阻止している。

 小春はそれを見て、けらけらと笑っていた。

 騒がしさの雰囲気が変わったけれど――まあ、小春が笑ってるならば…………それはそれとして。


「三善一誠。後ほど、私の部屋へ来い」


 呼び出しだ……と燈夜の顔が青ざめていたのは、ここだけの話。燈夜もここにしばらくの間滞在することに、誰も咎めなどしないのだが。神使という職務についた者の性であろう。

 それほどまでの朝の穏やかな喧騒。昨日までの凍結は――まるで無かったかのような。

お久しぶりです~!

実はクトゥルフTRPGのシナリオを作っておりました。

もし完成したら遊んでやってくださいませ。

そして久しぶりの更新! ちょっとリハビリ。次から物語がしっと動かします~!!

まあ、あれやな。FGOがやばいんだけど。

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