五之七
四之四にて挿絵を追加しております!
是非ご覧ください!
生まれた意味を探していました。
何をしても無気力なのです。あたしの心は、生まれた時には死んでいました。
だから、どうして? と探していたのです。
心が五感に反応しないなら、あたしはどうして生まれて来たのでしょう?
でも――一つだけ、確かなものはありました。
足りないのです。
あたしは、何かを奪われたのです。
だからそれを探さなければ、と思って生きてきました。
それが何か知る時に、死んでしまえばいいと思ったのです。
それこそが生まれた意味なのだと、信じてもいいのでしょうか?
「有り得ない――……有り得ない!! 照夜が此処に在るものか!! あの人の魂が、こんな所に流れ着くはずがない!!」
「でも、父さん!! でも、でも……!!」
女は――微笑んでいる。歓喜に震える瞳に涙を潤ませて、錯乱する夫の様子さえも愛おし気に見つめてさえいて、うっとりと心を震わせていた。
燈夜は引き攣りそうになる頬を噛み締める奥歯で押さえ付けて、必死に母親の状況を看破しようとした。父に守られるだけの子どもでは無い。今やあの幼き白蛇は、立派な神の使いなのだ。
「……あなたは、ボクが誰かわかりますか」
母、と呼んではいけない。そんな直感があった。
「あたしがお腹を痛めて産んだ子だもの。わからないはずがないわ、ねえ、坊や?」
「……あな、たは、どうして……」
此処に来たのですか?
そう聞こうとした問いに、毅然とした心に、役人然とした心に、魔の手が伸びる。
舌を痺れさせ本能を、と母の瞳が語る。
心を解いて幼子へ、と母の瞳が薫る。
いけない。この怪異と――話してはいけない!!
「どうして……帰って来てくれたんですか」
「どうして――。当たり前よ、当たり前じゃない! だってあたし、燈夜の母上だもの!」
脳裏に警鐘が鳴り響いている。でも、指先が動かない。
「はは、うえ」
女が微笑んでいる。
いけない。母とそれ以上認識してはいけない。
そうしてしまえば――ボクは、……ボクは……――。
……泣いていた、あの頃の自分が背後にいるのだ。大人になってしまったボクの背後に、いるのだ。
母を想って泣いていた日々の自分が。己の不幸を他人の幸福と比べて、痛みを味わっている自分が。
嬉しいと、駆け寄る自分が――――。
「会いたかった……!! 会いたかったの、ずっと探していたの!! あたしの坊や、あたしのあなた、愛してる……愛している……それだけを、ただ、ずっと覚えて――――」
近づいて来た母の腕を、どんっと跳ねのけた腕がある。
それは力強い男の腕だ。片方の腕で大切なものを守るように抱いて、心臓に近い腕で自らの半身を拒絶した。
「照夜はもういない……!!」
痛みを錯覚させるほどの声を振り絞って、夫はかつての妻を否定する。
「きみは、きみは――ッ!! 照夜、ではない!!」
「……あ、あ、あ、え? どうして、そんな、ひどい、ことを、? え? え、え、え、え、え、え……」
揺れる。
世界が揺れる。
泡沫がはじけ飛ぶ前の最後の抵抗だ。
「あなた、わたくしに逢いたくなかったの?」
輝夜は答えない。
「輝夜、わたくしと本当に離れたかったの?」
輝夜は答えない。
「輝夜! あたしを、もう愛していないの!?」
輝夜は、答えない。
ただ息子を抱きしめて、まるで壁となるように、恐ろしいものから守る盾になるように彼女と対峙していた。
「あたし!! あなたと離れたくなくて、こうなってでも探したのに!! やっと見つけた光だったのに!! あたし、あたし、このために生まれたのに!! ああああああ―――ッ!!」
それは、慟哭だった。
女の魂の奥底に抑え込んできた、細やかな闇でもあった。
それを増幅させた何かが、女の嘆きを暴走させたのだ。
「でも……大丈夫よ。あたしは、そんなあなたでも、愛している。愛しているから――あなたを許すわ」
にこりと微笑んだ妻の形。どろりと溶けていく。
「神様が言ったの……。探し物を見つけてあげるって。本当に見つけられた……だからあたし――もう、後悔はしないわ。ね、燈夜、輝夜。あたし達、今度こそ、幸せよ」
女は溶けて、水底の幻想をその大蛇の尾で圧し潰した。
輝夜は燈夜を競り上げた尾で水面に打ち上げる。
そうだ――、人の形をした都合の良い夢は全て意識の幻想だ。
二つの大蛇は絡み合い、黒い蛇はどろどろに溶け合う体液でもう一方を喰らおうとしている。
「父さん!! 母さん!!」
どうしたら――どうしたらいい?
自分の父と母なのに、もう泣いてるだけの子どもじゃないのに、ただ大きな両親を見上げて右往左往している。
涙があふれて来た。何をどうしようもないのに、どうにかしないと何もかもが壊れる気配がする。
誰か――誰か、助けて欲しい。
ボクの父上と母上を、助けて欲しい!!
「黄船の神使、しっかりしろ! お前には力がある!」
その声は、吹き荒れる砂浜からしている。
陰陽師だ――あれは。確か、確か……。
「主が必要なら僕が代わりに導こう! 神使よ、貴き神に仕える勇気ある者よ! 大切なものならば、ためらうな!! 怖がるな!! 一歩を出せ、今すぐに!!」
燈夜目掛けて二柱の式神が飛んできた。
玄武と六合だ。
「久しいな、燈夜」
「大きくなったのう、燈夜」
「玄武様……六合様……」
玄武はこくりと頷くと、絡み合う大蛇を見上げる。
六合は燈夜の右手を両手で包むと、海に足を付けた。
「……ご助力を。ボクはあの二人を――……」
玄武が何かを指差している。燈夜は玄武の指先から空を見た。
雪が降る――。
黒い空に雪が舞って、それが花弁のように空を舞い、二人の魂に降っている。
「何かあるな」
六合が呟いた。
「……母上の魂を、包んでいる……?」
そう、六合によって昇華した雪の花が穢れを祓おうとしている。
その花は歪んだ大蛇に自由運動で降りているように見えているだけで、実のところ意識ある動きだ。
その花は雪であるので、その魂に触れては陽炎のように溶けていく。
だが、触れるから。だが、形が見えるから。
その歪さが、殻に覆われているからだと理解出来た。
まるで種が魂を飲み込んでいるようだ。
黒く漂う煙が、母の魂を包み込んでいる。
「迷う暇はない。――魂を取り出す!」
「ならばこの六合の出番よな。手伝って進ぜよう。一誠!」
離れた場所にいる三善は、頷いた様だ。
すぐに祝詞――違う、式神を動かす真言が綴られていく。
主を頂く十二神将は、命令によって動く武器に等しい。だから、どんどん六合の抑えられていた力が解放されていく。
「貴船の御力は健在よの。水や滴る日の本に――。例外なくこの地には雨や降る。濡れぬ者は誰もいまい。故に、……貴船の御方は縁結びお役目を頂いておるのだ」
「……はい」
「神が縁を繋げてくださった。……おぬし達は、再会出来るのじゃ」
「……――そんな、まさか」
六合は微笑む。燈夜の肩を抱いて、声を大きくその心を奮起させる。
「何を言う! 母の幸福を願ったおぬし達を、どの神が呪おうか! さあ行くのじゃ! 母上の下へ! 父上の下へ! ――お前たちは、家族だろう!」
玄武が背を向けた。――世界が凍て付く。
降る雪の花が大蛇に纏わりついていたために、その凍て付きは鎖となる。
燈夜は凍る水面を走る。蛇の速度は一瞬で距離を詰める。歪んだ大蛇の魂の場所まで登り詰め、花弁の間を潜った。
「大丈夫。この六合が道を作ろうぞ」
その囁きはそのとおりで、夢中で母の魂に手を伸ばす内に燈夜は己が走っていることに気付いた。
蠢く闇の中を、叫び声が木霊する中を走っていく。
その奥に、一人の女がうずくまって泣いていた。――間違いない。母だった。
燈夜は母に抱き着いた。その形はすぐに両手に収まる人魂となり、燈夜の腕に抱かれる。
その背後に何かが立っていた。男の視線だった。恐ろしい眼差しだった。燈夜は駆け出した。
奥にはまだ道がある。花の香りがある。――出口がある!
「出た! 玄武!!」
六合が叫ぶ。玄武は大きく飛び上ると、歪んだ大蛇に向かって上空から踵を振り下ろした。
「父さん!! 母さんの身体を守って!!」
落ち行く燈夜は父へ叫ぶ。大きな父は、崩れていく大蛇の中にある小さな人型を見つけた。
大蛇は輝夜に変貌する。手足の無い身体は手足を得て、少し小さい女の身体を抱き締めた。
二人、溶けた海へ落ちて、顔を出す。
世界はもう、凍て付いてない。
黒い空も無い。
ただ綺麗な身体の愛おしい妻が、彼の両手に在った。
えたってなぁあああああああああい!!
FGOフェス10周年の準備を、前回更新日からフェス前日までやってました!!
高校三年生の夏からFGOをしておりまして、私にとって切り離せない一部なので……仕方なし。
今週からは更新ペース戻します! いえーい。




