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五之三


 月が大きく輝いて、そよそよと涼しい風がその頬を撫でている。

 彼女は深く眠り入っているようで、その物音に特別反応することはない。自然の中で眠っているのだ。些細な音など、あって当然なのだから。

 それは彼女を覗き込むと、しばらく見つめているようだった。しかし、一羽の鳩が屋敷の方より羽ばたいて、それにため息交じりに屋敷の騒ぎを伝えた。それは頷くと――彼女を抱きかかえる為に、大きく身体を起こした。




 屋敷は真夜中なのに明るく慌ただしく生きていて、その影を見つけると数人が「ああっ!」と声を上げて詰め寄った。


「姫様!!」


 屋敷を警備している数人の男は、姫を抱きかかえる男を見て――皆刀に手をかけた。

 男は慌てたように両膝を付くと、姫は眠っているのだ、と交互に視線を合わせ訴えている。


「殿、此方でございます」


「おお、照夜……!! ええいええい、皆よ、下がりなさい! これ、何を抜こうとしておるのか!」


 男衆はおずおずと引き下がり、殿――と呼ばれた優しそうな顔の男は、皺を篝火に深めて彼らに近づいた。


「御仁よ、すまなんだ。この娘のことだから、どこかでお腹でも出して寝ていたんだろうが……。お、おお? どうした? 喋れるか?」


「……あ、は、はい。姫様は……傍の沼地にて、お眠りに……」


「あそこかァ!? 探したのでは!?」


「はい、探しましたが――草が覆い茂っていたので……」


「なんということか。見つかって良かった……!! おお、すまないすまないね。こんな所ではなんだ、こんな時間なのだし、泊まって行かれるが良い。腹も減っておるだろう、何か作らせようか」


「……あるもので十分でございます。それより、姫様を……。暖かい季節ではありますが、寒そうで……」


「――おおう、我が娘ながら、随分と重くなっ……なんでもない。御仁、すまないがせっかくなので姫を部屋まで運んでほしい。榮子(えいこ)、ここへ!」


「はぁ~~いおりますぅ~~!!」


 簡易な袴に身を包んで、あわあわと屋敷より駆け出して来た女性――榮子は、照夜の寝顔を見ると安心しきったように胸をなでおろして、涙をほろほろと流していた。


「心配しておりましたのよ、こんなこと、こんなこと今まで一度も無かったものでえ!!」


「そうさなあ、外に遊びに行っても、夕餉には必ず帰ってくる腹減り虫が故……!!」


「殿~~奥方様もこれで意識を取り戻せますねえ~~!!」


「ほんと~~!!」


 二人は寄り添って同じようにおいおい泣いていた。

 男が姫を抱きなおし立ち上がったので、榮子は涙を拭きながら「こちらへ」と道を指す。

 照夜の父は手を振って、屋敷の奥へ姿を消した。

 男は姫を両手に抱いたまま、屋敷の木の目を踏んでいる。榮子は前をすいすいと歩いて、追う男のほうが僅かに汗ばんでいた。


「こちらです。床は整えておりますので、姫さまを下ろしてさし上げてください」


「は、はい……」


「――うふふ、どうしてそんなに緊張しているのかしら」


 男はつい姫を落としそうになった。寸で力を込めて、ゆっくりと姫を降ろす。


「ありがとうございました。少し外で待っていてください。お部屋にご案内いたしますので~」


 男が部屋を出ると、御簾が一瞬で降ろされた。

 ふう、と額の汗を拭う。フクロウと鳩の音色が、男に大丈夫か? と問いかけていた。

 男が通された部屋に行くと、既に食事が用意されていた。ご飯と漬物、お味噌汁……といった軽食だが、男は息を吐いて腰を下ろす。

「わかってる、そんなに言われなくたって出来るよ! うるさいなあ」と掛け合いながら、男は箸を置いた。

 



 次の日、部屋の外が騒がしい。

 男は重い身体を起こして、太陽が差し向ける日差しに目を焼かれていた。


「な、なりませんって!! 姫様!! 怒られたばかりでしょう!!」


「うるさいわね! それでもお礼は一番に言うべきよ! あたしはこの国の姫なのよ!!」


「だからこそもうちょっとねえ!? あっ!! 姫様!! いけませえんんってええ!!」


「な、なに……?」


 足音は地響きのように迫り、此方と此方を下手出る御簾は無遠慮に開かれた。

 その軽い足取りは明るい声を伴って、背後から飛び込もうとする家来の気配に慌てて速度を上げる。

 男は呆然としていた。

 姫は勢いよく片手を上げて男へ――――「んぎゃあ!!」

 姫は足を取られた。脱ぎ散らかされた着物のせいだ。

 姫は身体のバランスを取ろうとして失敗し、前方に倒れる勢いよく――その身体を受け止めようとした男の腕に頭ごと倒れ込み、あらぬ事態が晒される。

 ほぼ裸の男の上に倒れ込む、姫の姿は。

 淡い色の髪の男を組み敷いた、姫の瞳の煌きは。

 

「たい、へん、だ、わ……とっても、綺麗……」


「ひ、め、さま……」


 頬の紅潮はお互い様で、急上昇する体温は引き剥がされる幸運で誤魔化しきれたと信じたい。

 男には勢いよく布が被され、慌ただしく家来は姫を連れ戻していく。

 その痴態を――事態を報告された父は豪快に笑い、母は使いを出して謝罪を入れる。

 男と姫は離れた部屋で互いに頭を抱えていた。

 まだ明るい、朝の時間である。

これは証明だ。わたしにもラブコメが書けるってね。

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