五之二
紹介イラストにて、琥珀と前の話に突然乱入してきた謎の「小春は我が妻!」男子を追加しております!
是非ご覧ください~。
これはもう、誰にも言うつもりのない話だ。
あたしには――最愛の人がいる。いた、とはどうしても言えないの。
だって、命は途切れないもの。どんな形に巡っても愛している……そんな人が、あたしにもいるのよ。
長い話になるかもしれないけど、独り言だから、聞いてちょうだいな。
これはあたしが――化女沼で暮らしていた時の、ほんのお話。
ただちろちろと生きていた……そんな、お話よ。
夜を照らす月の輝きは、遥か昔も一つの物語を思い出させ、また人に物語を紡がせる。
それは星々の煌きにも言えることで、一つの命を星の瞬きに例えるなら、あらゆる命は美しさに代わると言ってもいい。
平安時代――その時に、一人の娘がいた。裕福な家の娘だった。美しい娘だった。
名を、照夜姫という。
白い肌に濡鴉の髪。領地内だからと言ってはしゃぐ瞳は星々を散りばめていて、彼女は毎日お気に入りの場所で過ごすことが大好きだった。
「陰陽師の占いどおりに過ごすなんて退屈もいいところだわ。折角自然豊かな我が国よ! 遊んで跳ねて転がって! 自然と一つになるのが通ってものでしょ?」
照夜が伸ばした指先に止まる小鳥も同意なようで、小さく頷いている。
朝日が煌めく露の反射の中で、その娘は快活に笑っていた。
愛されていると実感している。愛していると自信を持てる。
恵まれていると自覚している。だからこそ、全てを余すことなく受け入れる。
「……まあ。大変、生きてる……?」
着物の下に着ている下着――小袖の姿で水遊びをしていた照夜は、ふと茂みの違和感を覗き込んで驚いた。中に僅かにしか動かない蛇がいたからだ。
照夜は濡れた指先で蛇の頭をつんつん、と小突いた。蛇は目も開けず、その小さなノックに反応を返さない。
「どうしよう……母上に頼んでも……どうしようもないわ。医者に見せる訳にも……」
照夜の周りにあらゆる動物たちが集まって来た。しかし言葉を介さない彼らに尋ねても鳴き声の反応しかなく、おろおろと辺りの水を掻くはめになる。
するとそこに、一匹の大きなカエルが照夜の肩に飛び乗った。照夜はそのまま両手を重ねて、その上にカエルが着地する。
ケロケロ、と鳴くカエルが口から吐き出したのは小さなミミズだ。「みみず……? っあ、お腹が減ってるのかしら!?」閃く照夜がそのままミミズを蛇の顔の近くにぶら下げたが、何の反応もなかった。
「意識は……?」
口先にミミズを置いて、照夜の頭にカエルを乗せて、彼女は蛇の尻尾に両手で掬った水をかけた。
「あ……。だ、大丈夫? 蛇、さん……?」
蛇はのそりと身体を動かすと、頭を持ち上げて辺りを見渡す。――自らの周りに集った沼地の生き物たちが、色とりどりの姿で己を囲っているではないか。目を瞬かせたのはいいが、やはり体力が無いようでまた茂みに頭を伏せた。目の前にある獲物に一度這い寄って舌を出したはいいものの、噛み砕く力は無い。
照夜はミミズを沼に返し、生き物たちを掻き分けながら木々の近くで沼を這いあがった。
「薬草、薬草だわ! 葉っぱを食べてる蛇さん見たことありませんけど、そうしかないわ!! やる!」
照夜は昼餉をすっ飛ばし、陽がわずかに傾くまで薬草を探していた。水に入れない動物たちが力を貸してくれている。「果物も……いけるわね!」「それは……ちょっと無理!」とバランスに富んだ草花や実を収穫できた照夜は、それらを一旦木の根に置いて、じゃぶじゃぶと蛇のそばへ帰って来た。
「待っててね。絶対、あたしが助けてあげる」
蛇の頭を人差し指で撫でて、照夜は急いで脱ぎ散らかしていた着物を巻いた。綺麗に着なくてもいいのだ。今はやることがある――なんなら素っ裸で屋敷に帰ってもいいくらいだ!
「それでは鳥さんカエルさん、蛇さんの護衛をお任せいたしますわ」
姫より任を任された武士達は一斉に勇ましく返事をした。
その様子を見届けて照夜は――文字通りに駆け足で帰宅した。
「じいや!! じいや――ばあやも! ごめんなさいごめんなさいこの恩はいずれ明日くらいにお返しします!! どいたどいた――ッ!!」
悲鳴に近い驚愕の声をあげる家の者達を適当にかわし、照夜は屋敷の厨房へ駆けこんだ。
彼女の奇行に慣れ親しんでいる"じいや"は、豪快に笑いながらその注文に頷く。
「はあ~~。蛇のための滋養食ですか……。まァた薬草をここまでよく集められましたねェ」
「あってる!? あってるのね!?」
「ええ。薬草なのは間違いないですが……昆虫類はやめときましょうね」
「やめておくわ! これ全部磨り潰したらいいのよね!?」
「そうですなァ……実の配分をこれくらいにして、流石に全部は多いような……」
じいや――と呼ぶにはまだ若い男は、慣れた手つきで鉢に照夜が集めて来た薬草を入れていく。ついでに彼が磨り潰そうとしたので、照夜は慌ててその腕にしがみ付いた。
「うお」
「いけませぇーん! じいやはお仕事があるでしょう? これはあたしがやります!」
「しかし……御父上が見に来てはまた気絶されますよ?」
「いいのよいいのよ。父上、刺激が無いと早死にしそうじゃない?」
「うーん……爺は賛同しかねる」
と言いながらもじいやはすり鉢を照夜に手渡した。
陽が沈む前に――薬を完成させよう!
照夜は姫とは思えない威勢の良い掛け声と、瞳の炎を燃え上がらせながら葉を実を磨り潰した。
屋敷の悲鳴に当たりをつけて、差し足抜き足で覗きに来た彼女の父がぶっ倒れたのは――また別の話だ。
やれやれと眉を顰めた母が父の右足を掴んで厨房からそっと離したのも――また、別の話。
さあ、走れ走れ月夜を走れ。
誰に急かされることもないが、命の砂時計は姫の脳裏で彼女を急かしている。
死に逝くことは自然の摂理と言えど、今此処で死ぬのは彼女の心が嫌だった。
全ての生き物を救おうとして出来ることではない。既に命が無いものもいたし、屋敷に連れ帰れば叱られて結果殺してしまったこともある。領地の沼は命の縮図。そこから連れ出すことはいけないのだと、穏やかな両親が厳しい口調で教えてくれた。
だからこれは――あたしが出来るぎりぎりの境界線の手段。沼地の神様が許して下さるであろう、最後のライン。
そこを攻めても、あの蛇を助けたかった。だって、あんな、美しい蛇を――見たのは生まれて初めてだったから。
銀の肢体と、僅かに見えた蒼い瞳――きっとあれは、照夜があの蛇を見つけてしまったのは、そうしろっていう運命だと確信してしまったから。
「蛇さん!! 照夜が来ました!! 来ましたから!!」
着物のまま沼地へ入り、他の蛇に導かれるままにその茂みへ。
カエルが奏でる大合唱と鈴虫の伴奏は、朧月夜に無い音は無いというほどの重奏に違いない。
奥の陸で兎が鳴いている。確かに、この滑りでは上手く蛇に薬草を運べない。
「失礼!」
蛇の身体を持ち上げて、彼女は沼地を出た。
高価な着物があらゆるもので汚れている。そんなことなど知った事では無い。
蛇の肢体を太ももに乗せ、姫は指先でお手製の滋養食を蛇の口へ運んだ。
「もしもし、――もしもしあなた。もう少しだけ、頑張れそう?」
優しく語り掛ける。蛇は目を開けて――、チロチロと指先を舐めた。
つい雄叫びを上げそうになった心を必死に腹に圧し留めて、彼女は次々に食事を運んでいく。
そうしていく内に、蛇の頭に雫が垂れた。それらは蛇の瞳を伝い、口元へ。図らずも水分となって身体へ運ばれる。
照夜は――泣いていた。声を押し殺して、蛇の見えない死角で拭うこともせずに泣いていた。
救えたのなら喜ぶべきなのに――……ただただ、泣いていたのだ。
蛇は動けるようになると、彼女の身体を昇り彼女の涙を舌で掬う。
「もう、大丈夫?」
そう言うと、蛇は身体を照夜に巻き付かせて、二度頷いた。
「じゃあ、沼に帰るのね」
蛇は、するりするりと飛び出た葉に移ると、身を起こして沼を見て、照夜を見た。
帰ります――と、一礼をするかのようだった。
泥だらけの姫は大きく頷いて、手を振った。
「あー……今のあたし、きっと可愛くないなあ。綺麗なひとに、失礼なことしちゃったかも」
その言葉を否定するかのように揺れる蛇に、照夜は手を振って沼を指す。
「さようなら。ちゃんとご飯食べてね」
ここまで。
人間とあなたの交わりは、ここまで。
きっとあなたは――月夜の輝きを受けて青金に輝くあなたは……。
神様なんじゃないかと、思うから。
「あー……行っちゃった。あー……疲れた……」
姫は蛇を見送って、よろよろと身体を草花の間に倒した。
実りの季節に豊かな大地は、自室の寝床よりも心地よい。
大仕事を果たした彼女は、いつものように眠りに誘われていく。辺りの動物も彼女を守るように、丸まって行く。
月が頬を撫でる心地よさ、美しいもので満たされた心の穏やかさ――全てが、満たされてしまった。
だから眠ったっていいのだ。これこそが、彼女の……照夜姫のご褒美なのだから。
コスプレ準備がありましたのでお休みしてました……。
あとFGOの奏章で傷を負ってました……。
え、一か月、間開いてた、だと?
怖すぎる!!!!!!!




