四之四
小春は頷いた。ただ、思い切りの笑顔で、それが当たり前という軽やかさで頷いた。
そしてそれは、紛れも無い正解だった。
小春は店を振り返らずに、ついていく。
安堵した顔を隠さずに笑う同年代の少女を、嬉しそうに見つめている。
「あ、あの。わたし……遠野ひまりっていいます。ごめんなさい、名前、遅れちゃって……」
「ぜんぜん! 萩原小春と申します! ひまり、ちゃん? かわいい~」
いえ……とひまりは足元を見た。それは照れた仕草では無い。
「双子さん……なんですよね?」
小春は少し首を傾げた。ひまりは頷く。
「はい。姉は、あかね、といいます」
「ひまりちゃんと、あかねちゃん!」
「はい……」
やはり、ひまりの反応は悪い。
無理もない……あんなことがあった後で、今からひまりには大仕事が待っているのだから。
二人歩きながら、小春は目的地がどこにあるのか知らないが――大変だ、と一人頷いた。
「なんだか……」
ひまりが小さく口に出して、小春を見る。小春はまんまるな目で、笑って続きを待っている。
しかし、ひまりは首を横に振った。
両手の掌の上にしっかりとソレを抱えて、己のすべきことを、苦痛と思わないように必死だった。
それから数十分歩いて、小春達は冷たく佇む一軒家にたどり着いた。
鬱蒼と枯れ葉が落ちて項垂れている木々は、広い庭に主の不在を表している。
「どうぞ……」
ひまりはコートを脱ぎながら小春を招き入れた。
小春は白い息を吐きながら、「おじゃまします!」と意気込んだが、家の中から返事は無い。
「葬儀の準備を……しているので」
「そ、そうでした!」
小春は慌てて中に入る。ぱたりと閉じて鍵のかけられた玄関。
冷え切った家の中は、ひまりでさえも、逃げ出したいと思えてしまった。
「とりあえず……おばあちゃんの部屋に行きましょう。何かあるかも」
「うん!」
二人大きく頷いて、おばあちゃんの部屋の襖を開いた。
辺りはちょっと散らかっていて、どうやらひまりとあかねは、あの手紙を見つけ次第慌てて骨董屋を訪れたようだ。そもそもよみがえりの玉自体、幼い頃に二人がおばあちゃんからお伽噺のようにうんざりするほど聞かされていたものだったらしく、母が亡くなる直前まで忘れていたのだという。
縋るように思い出した昔話の痕跡を辿って、祖母のその手紙を見つけたのだ。二人のその時の気持ちを察するのは簡単では無いが難しくはない。
ひまりは木箱を部屋中央の机の上に置いて、手あたり次第引き出しを開け始めた。
小春も動こうとしたが、……他人の家だ。簡単に手を出せない。
「小春……さんは、そちらの机の引き出しを探してくれますか」
「わかりました!」
脇を閉めて、小春は部屋の隅に向かった。
恐らく――日記やらの書き物をするための小さな机だ。つやつやの木で作ってある。
机の真下に二つの大きな引き出しがあったので、重くゆっくりとした動作で引き出しを開けた。
左側――特になし。右側――なにかある。封筒だ。中には何もない。
「あ、それに、さっきお見せした手紙が入っていたんです」
「あれが……、ん? もう一枚ありますよ」
「え……?」
小春が覗いた封筒、確かにもう一枚存在している。
古いとも新しいとも言えない紙質で、そこに現れた。
小春が開くと、ひまりが肩越しに覗き込んでいる。
そこに書いてあるのは――。
「生を反するのは容易く、死を反するは難し。
死を転じらせるのは容易く、生を転じらせるのは禁ず。
ふるるや御魂、ゆらゆらと木霊。
汝、犯すは生か、死か」
小春が読み上げた。ひまりは強く小春の肩を掴んで――。
「死! 母の死を、否定する!!」
手紙は一瞬で一面が黒く染まり、小春の手に溶け消えた。
小春はゆっくりと手の平を見たけれど、もうそこには何もない。
新たにあるとすれば、それは、背後で、水の音がしていることか。
ちゃぷん、と水が揺れて、水面から数滴跳ねて、元に落ちた音か。
ひまりが木箱を開けた。途端に漏れ出た光――。死の暗い色を伴って、二人の視界を埋め尽くした。
小春が目を開けば、そこは砂浜だった。
夜の海辺だ。空からは雪が降っているが……辺りには誰も居ない。
匂いは感じなかった。だからといって、小春が何かを理解することもない。
小春はひまりを探そうと、裸足のまま歩き出した。
少し歩けば、不安そうに震えるひまりがうずくまっているのが見えた。
「ひまりちゃん……」
小春がそう声を掛けると、ひまりは泣き出しそうな目で、小春の差し出した手を取った。
二人が歩を進めると、しばらくして人が増えた。
皆――女で。慌てて一方向に走っている。
なんだろう、と見つめる小春の横で、ひまりが突然声を上げた。
「お母さん!!」
ひまりは駆け出した。小春も慌てて駆け出した。海辺に更に近づくと、そこには小舟がいくつも浮かんでいた。女たちは泣きながら、その小舟に小さな蝋燭を添えて、海の向こうへ押して、流しているのか。
小春が通り越していく途中――空の小舟に、泣き続けている女もいた。
空の小舟に、小さな二つの人形を入れている女もいた。
その包み方はまるで――赤子のような、おくるみだ。
それに目を取られていると、小春は道を見失った。
ひまりへと続く道が、人で埋め尽くされている。
空の星々は天の川のように輝いているから、こんなにも多い嘆きが海へ吸われていくのだろうか。
「ひまりちゃん!!」
女達の嘆きは、とめどない海の嵩を上げていく。
足元に水が来ている。
置時計の時間を刻むリズムのように揺れる玉は、生と死を測りかねている。
ひまりは泣き叫びながら母親と思しき女に抱き着き――、振り払われて、それでも引き留めている。
女も泣きながら娘を振り払い、ただひたすらに海の奥とは真逆の――砂浜を指差している。
それでもひまりは、奥へ奥へ母を追いかけていく。
「ひまりちゃん……」
小春は、膝を浸した海原で佇んでいた。
辺りの女たちは、己の涙で身体を溶かしたのだ。だから先程までの砂浜は、既に海の一部になった。でも、この地平は全て海にはならない。膝元の海を見れば、水は左に流れている。波は無い。
左側を見れば――夜の奥深くに、流れていく小舟ばかりだ。
穏やかな海の上で、そこに寝かされた何かは、何処かへ行く。
小舟の何かは――左へ行くならば、ひまりは?
ひまりはそちらへ行っていいものか。
小春はただ首を傾げ――、
「わからない……」
と力なく呟くしか、なかった。
ひまりは、ひだまり。あかねは、あかつき。
死は紫、生は青。
そして最近、サンホラの新アルバムが発売された――。
ハロウィンはまだ終わらねぇぜ!
ハロウィン♪ハロウィン♪ハロウィン♪
あずさ55号にのるぜ!!!!




