三之四
簡素な中華服に身を包み、姿形は中学生程度の様相。軽やかな足取りで小春が開けて行った襖を逆行する。時は戻りはしないが、屋敷の傷跡がその時間を語るだろう。
玄武はまず初めに、女物の着物に身を包んだ男を見つけた。
綺麗な妖だった。目を細めて近くまで行き、膝を折り覗き見る。
「……玄武」
「おお、久しい――か?」
「まあ……」
掴みどころの無い返答だ。だとしたら、この男はどこかで喋りまくった仲では無い、ということ。まあ、陰陽師の所に来るのは大体あやつの方だったし――――。
「小春なら無事だ。安心せい」
「……そう」
「そう、安心せい。……眠ってよいぞ。頑張ったな」
「……ふふふ、そうよね、神将から見れば、あたしも子どもか……」
そうしてパタりと意識を手放した男の傍に、玄武は白いチョークで模様を書く。癒しの術だ。さて、奥に――いや、玄関に向かって歩こう。
屋敷は散々といった有様だが、そもそも屋敷自体がただの木造建築物では無い。これ自体が一種の領域の中の、一つの術式と言ったところだ。傷付いても、主である葵が修復を行えば綺麗に元に戻る。どの地点へも遡ることが出来る。それが、無機物が命を得、昇華される――九十九、というものだ。
凍る部屋も小春達の方角から溶けだして、奥へ行く毎に未だ凍り続けている。それも時間の問題だが……嗚呼、居た。二名。
「随分こっぴどく叱られたな、葵」
「――遅いぞ、三善」
「しょうがないだろ、今、鏡子様が籠られてるんだから。葵もそれで会えなかったんだろ」
玄武の視界の先には、酷い穢れに塗れて他人の視界から認識出来ぬ黒いもやに覆われ、畳に伏せている葵と、それを見下ろしている三善一誠が居た。
三善は寒そうにスーツのジャケットの襟を正すと、その膝を曲げる。
「しっかしまぁ……なんでこんなことに? 萩原家が見つかるなんてこと、そうそう無かったんだけど。しかも葵に匿われてるし。何がどうなってるの? 意味不明」
「安倍鏡子に会えなかった夜に、貴様に文を送っているが?」
「……はて。……――あー……あれか」
玄武は頭を掻いた。その文は、「後で読むー」と空返事し机に放り投げたまま、封も開かれていない。幽明境の紋が付いた封書だったのに。普段では有り得ざる速達だったのに。
葵はそれを察し、身の毛を逆立てた。
あまりの圧に三善は身体をのけぞらせて、ごまかしの笑顔を浮かべた。
「申し訳ない申し訳ないって! ちゃんと間に合っただろ? なら大丈夫大丈夫! 鏡子様に報告するまでもないよ。ほら、葵の穢れだってちゃんと祓ってあげますし」
そう言って三善は玄武を見た。玄武は深いため息を吐きたくなるのを我慢して、葵の恐らく顔の方へ立つ。
「……これが、観察対象が持つ穢れ、か……? 一誠」
「なに」
「鏡子に報告せよ」
「はぁー? なんで」
「……母が子を見つけた。それならば、執着は、凍土を溶かす」
「……はあ。六合、玄武じゃ無理みたいだ。お前がやりなさい」
「んふふ、そうじゃのう。玄武じゃちと、穢れが重いのう」
「ロリぶったばばあがなぁぁに言うとるか!!」
はらりと舞い降りた六合と呼ばれた少女は、玄武よりも幼い様相だ。
「ショタぶったじじいに言われとうないわ!!」
「はあああ――! いいから早く浄化しろ!」
三善の一喝で、六合は玄武に「べー!」と舌を出し、――玄武もやり返したんだが――葵の前に立った。
「これはこれは。ちと、あかんな」
「……鏡子殿に、お会いしたい」
「あい承知。此方から伝えておこう」
六合がその幼い手を葵の恐らく頭に埋めて、ふう、と息を吹いた。
すると忽ちその身体に、身体下の畳から伸びた草が巻き付き、一気に花を咲かせた。
胡蝶蘭――その中から葵が勢いよく身体を起こすと、苦し気に前髪を払った。
「助かった。……感謝致します、六合殿、玄武殿」
立ち上がる葵の足元には、一瞬にして泥と化した名残花がある。
「三善、貴様には」
「あちらに」
葵の視線を奪ったのは、六合の指先。
「小春ちゃんが」
苦虫を噛み締めたような顔をして、葵は駆け出した。乱れた着物を正す手付きと、速度を落とさない足。それはおよそ、人の速さでは無い。
玄武は溜息を吐いて三善を見上げた。
「一誠! 急いで鏡子に文をしたためんか!!」
駆ける速度は疾風で、その視界は千里をも見通す。
千里は人が付けた付加価値だ。そんなに遠くが見通せる程、己の中の力は蓄えられていない。
いずれそうなろうとも、生まれてから今に至るまで、千里眼は持ち合わせていなかった――から、こうなったと言える。
「……輝夜」
癒しの術が掛けられている。大丈夫だ。風が香りを運ぶ。あの子と、獣――。
「来なさったわ葵はん!!」
「離れろ!」
「嫌やわもうこないな巣窟に小春ちゃんを置いておけんわ!」
「貴様……!!」
ぶわりと広がったのは、怒りの波風。
目の前で小春を抱き締める男は、喧嘩を買った目で、葵を見た。
短い文には関西弁の監修をつけておりません。
心の中の平次がなんとかしてくれるはずだ……。
次は思いっきり関西弁ターンなので、およそ一人では、むりん!




