表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/44

三之一

 息が白く見えるのは、何を意味するのだろう。

 わかっている。もう理解している。これは、寒い、と言うのだ。

 ……ほんとはちがうよね。さむくないもん。むしろ、この、ふるえは……。

 ――さびしい。








「小春。……小春?」


「あ、ごめんなさい! 少し、ぼーっとしちゃって……」


「無理もない。……寒くなってきた。……来るぞ」


「何が……――っ!」


 鳴り響いていた鈴が不自然に全て止まり、また屋敷の電気が落ちた。――無理やりにでもその感覚を引きずり出す。

 恐怖、と呼ばれる悪寒。温度の下がる非日常。命を脅かすものを察知する、生物の警告信号。

 ちりん、ちりん。

 人の足音のように。

 ちりん、ちりん。

 来訪の鈴が鳴る。

 ちりん、ちりん、ちりん、ちりん。

 屋敷が、凍り始める。


「……小春。声を出さぬように」


 頷いた。葵の吐息が白い。

 あからさまに、この屋敷の温度が零度に近づいている証拠だ。

 小春は無意識に葵の身体へ、更に身を寄せた。肩を抱く葵の手に、力が籠る。


「……ゆ…………ゆき…………」


 ――葵のものではない、男の声だ。

 この居間の奥、その廊下に、誰かいるのだ。

 足によって軋む床の音。鳴り止んだ鈴。


「……ぃゆき……」


 襖に落ちる影が、歪な形をしていた。

 ぶらりぶらりと揺れる手と、足踏みにあっていない大袈裟な首の揺れの影。

 魂にたどり着く寒気。小春の身体が震え始めた。

 葵が目を見やる。小春はわけもわからずに、震える手足を押さえ付けた。

 ――怖い、これが……!?


「……移動しよう。アレが来れば、留まることは危険が過ぎる」


 小声で葵が言った。その声には、僅かに焦りの色が滲む。

 小春が二度頷いて立ち上がろうとした。しかし、震える膝が上手く立ってくれない。

 そんな小春を見て、葵は小春と視線を合わせる為に膝をついた。


「これを」


 葵が懐から取り出したのは、フェルト生地で造られた小さな人形だ。ふわふわもこもこで、誰かに似ている気がする。しかし暗くて、あまりよく見えない。


「……お守りだ。人間は、こういうものが好きなんだろう?」


「……は、はい」


「……うむ。では、手を」


 これは……葵さんに、似ているのではないだろうか。そう思いながら頬の部分を片手で潰すように握っていると、葵が息を吐いた。小春は慌てて葵の手を握って立ち上がると、不思議なことに自然に立つことが出来る。……よし、大丈夫だ。


「早く来いよ、――化け猫」


 握りしめられた手、その温度がここにある唯一の熱源同士。

 さあ、はやく、見つけ出そう。

 ――あのこ、を。








 ゆれる しかいを あみこんで

 ふるえる てあしを うちこんで

 さがして いる さがして いた

 いきづかいは いのちの おとで

 きぬずれは いしきの かけら

 わたしの からだから おちたもの だから

 わたしが とりもどしに いきます

 わたしが おとした わすれものだから

 わたしに かえして もらいます


 ――いない。

 ――いない。

 オかしイな。た し か に、

 いた、いる、わ、ね、?


 しりえた ちず は もういらない。

 しりえた ち は はらにはない。

 どこ、かしら。

 どこ、かしら。

 あのこのなきごえが、

 こだましている。

 はやく、むかえに、いかなくちゃ。

 はやく、だきしめて、あげなくちゃ。

 かわいい。わたしの、あなた。

 かわいい。どうか、なかないで。


 どこに、どこに、いるのかしら。

 どこに、どこに、かくれたのかしら。

 はやく、あやして、あげたいな。

 はやく、なでて、あげたいな。

 はやく、ころして、あげたいな。

 

『あはははは、ハハハハハ、あははははは』




 ――静かに、と当てる手の平に小春は黙り込む。

 それは、吹雪きを連れた女に違いなく。

 それは、温度を連れた女に違いない。

 移動する部屋ごとに、女が後ろを付いてくる。まるで、私達の動きを見ているかのようだ。

 屋敷に木霊する女の笑い声に、どうして、こんなに、心が引かれるのだろう。

 葵は首を振る。葵は、珍しく張り詰めた瞳で、小春を諌めている。

 それは、小言を言う父のような顔で。

 それは、今まで向けられたことのない感情で。

 ただ、葵の着物を握りしめて、この冬が通り過ぎるのを待つしかない。

 寒い、寒くて、怖い。

 こんな恐怖は、知らない。こんな恐ろしい光景は、誰にも教わっていない。

 いつもあなた達は優しかった。いつもあなた達は微笑んでくれた。

 それなのに――――。


「……あ」


 見つかった。

 吹雪いた風が凪ぎ倒した襖。あまりにも弱い紙の境界。

 屋敷に雪が舞い込む。屋敷の一画が氷点下に落とされる。

 葵が立ち上がった。小春は尻餅を付いて、その女を見上げた。


「血……」


 ――それは、血濡れの、白衣装。

 お腹から下がびっしりと血に濡れて、顔は葵の背によって隠されている。

 吹雪く。

 女は、長い髪を揺らしたから、それは、首を傾げたのだと、わかって。


「――みつけた」


 そう言う音色が、酷く頭を貫いて。

 心臓が、脈打って、苦しい。

 一人心臓を押さえて、床にしがみ、ついて。

 葵、さん、しんぞうが、いた、い。

 見つけた、って声が、響いて。

 わたし、私は、わたし、わた、あ、――――。


そう、心臓って、こうやって脈打つのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ