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二之五

 次の日。

 輝夜はその手に薄衣を持っていた。――が、一度屈んで小春と目を合わせた。


「……どうしたんですか?」


 小春は、輝夜の目を受け止めて首を傾げた。


「……やっぱり、今日はお留守番してもらおうかと……思ったんだけど」


「お留守番……」


「……でも、乗りかかった船だもんね。中途半端は、小春ちゃんも嫌よね?」


「あ、――あ……」


 どうしよう、と小春は目を揺らす。

 これは、どう答えるのが……。

 輝夜は小春の様子を見て、その手に持つ薄桃の薄衣をはらりと小春の肩にかけた。


「……軽い、です。着ているのも忘れそうなくらい」


「そうでしょう! それね、葵のなの!」


「え!」


「……正確に言うと、葵が土御門から借りている国宝?」


「国宝!?」


「そうそう。ああ、でもいいのよ。衣装っていうのはね、着てもらわないと無いのも一緒だから。役目に相応しいのなら、使ってあげないとね」


 それに、其れ一つでもだいぶ暖かいはずだわ――と輝夜が言うと、小春はするりと頷いた。


「それはね、火鼠の衣っていうの」


「……かぐや姫の?」


「そうそう! 姫に渡されたのは偽物だけどね。これは、本物よ」


 へえ、と小春は袖を揺らした。

 火鼠の衣と言えば……火に当てても燃えないはずの衣である。


「今日のはね、ちょっと危険なの。改めて考えると……小春ちゃんは人間だものね。万が一があると、あたしも申し訳ないわ。だけど……傍に居て欲しいから。この宝物をね、使ってもらおうと思って。……火鼠の衣、それを渡したのは察せるとは思うけど……火から、小春ちゃんを守ってもらおうと思って」


「片火車……が、火を使うから?」


「ええ――。直接立ち向かう以上、片火車は字の如く、あたし達を燃やそうとするはずよ」


「……輝夜さんは?」


「え?」


「輝夜さんは、これを使わなくて大丈夫なんですか?」


「え、――ええ。あたしは、大丈夫。火とは、その、相性的に、強いのよ」


 輝夜は少しドギマギしながら、髪を掬い上げた。

 ――さあ、意思は確認し合えた。

 輝夜は家を空ける主を思い返しながら、小春は袖を通した衣をあらゆる角度で見つめながら、二人同時に玄関を降り、その門を潜る。




 夜に傾いた街を歩きながら、通り過ぎる学生を傍目に流しながら、小春は輝夜の話に耳を傾けていた。

 片火車――。その始まりを、教えてあげる。

 ある冬の晩に女が赤子を産んだ。だが、その子は産声こそ上げたが、だんだんと冷たくなっていく。

 女は医者に見せる為に、車を走らせた。寒い寒い冬の夜だった。車の中は、御簾こそあれど、寒くて寒くて仕方がない。

 女は、車を引く男に声を掛けた。火をもってきなさい、と、男に言った。

 女は、そのまま車に火をつけた。轟轟と、都のとある道で、車が燃える。

 ――救えぬと確信した我が子が、少しでも暖かさを得られるようにと、仏に願って……。


「それから、その女は妖に転じたわ。冬の夜な夜な、人力車のような軋む音と、人の足音が響くようになった。……今ではあまり聞かないでしょうけど、こういう音を聞いたら外を見てはいけないっていうのは、昔なら当たり前だったの」


 そこにいるのは、雪の中で燃え盛る一車輪の牛車と、燃えながら車を引く男と、燃える車に座る女。

 その女を見てしまうと――それだけで、目が合う。どこに潜んで見やっても無駄。一瞬でも無駄。薄ら目でも無駄。

 見ると目が合う、そういう定めを持った怪異。

 この怪異が持つ呪いは、子どもの死だ。

 その熱さを、子に宿して、その子たちは死に至る。


「昔に陰陽師が封じたのだけれど、今になってまた……境界を超えだしたのね」


 だから、噂が不十分だった。

 噂と言うのは教えの一つ。人を危険から遠ざける為に使われる、童歌のようなものだ。

 たとえば、深夜の爪切り。たとえば、夜の口笛。

 片火車も噂を頼りにして、人が難を逃れていたのだが、封印がその噂を消してしまった。

 結果、人はこの怪異に対しての対抗手段をもはや持たなかった。


「……どうしてその怪異は、子どもを燃やすんですか? 理不尽に対する仕返し、ですか?」


「――何で、でしょうね。理不尽の仕返しにしては、それも理不尽よねぇ」


 なんて質問の答えを返されながらも、小春は気にならずにはいられなかった。

 子どもに対するその執着――聞いてみたい、と思わずにはいられない。


「さ、小春ちゃん。怪異が来るまで寒いでしょうから、何か飲みましょ? どれがいい? じっくりとことこ?」


 散歩みたいな名称が聞こえた。多分文字の前後が逆だ。

 小春は頷いて、缶のコーンスープを開ける。輝夜が飲んでいるのは……えっ、豚骨スープ……!?

 小春の鼻腔を輝夜の良すぎる香りが邪魔をする。……お腹、減ってるのかな?

 そうして二人缶を傾けて、一度猫の鳴き声を聞いたりして、また缶を傾けて――小春が両手に缶を持ち、輝夜がゴミ箱に缶を投げ入れて、口を拭った。


「来たわ。――さあ、骨董屋の追い返しパンチ、喰らうといいわ」


 輝夜さんって……案外血の気が多い、のだろうか。

 ああ、いけない、いけない! ついていこう!







 ――息を顰める傍ら、雪が降りだしたように、見える。

 瞬きをする数回の内、ぼんやりの坂の膨らむ線の向こうから、暖かい境目が顔を出した。

 ギ、ギ、ギーーとゆっくり誰かが何かを引いている。

 その誰かの頭上に雪は積もることはなく、ただ溶けていく、のだろうか。小春には見えない。

 だけど、だけれど、ほら、もうすぐ、姿が見える。

 それは、人力車のように見えるだろう。本当は牛車だが、境目がゆらゆらしていて、目で見る色だけで熱くて、よく見えなくて……。

 輝夜の真剣な顔つきを盗み見て、またそれへと目を向ける。

 ……声が、聞こえた。


『火を……火を……凍えそうなの……暖めなくちゃ……火を……もっと……! お願い、死なないで……母を一人にしないで……!』


 小春は息を呑んで、輝夜を咄嗟に見た。輝夜に変わった様子はない。

 再び小春が女を見ると――、女は小春を見て、輝夜を見て、微笑んだ。

 突然、輝夜の周りに火の粉が舞う。小春が驚く間もないままに、輝夜は火に包まれた。

 小春は目を見開いて一歩後ずさる。輝夜は明るい火の中で表情を崩さずに、髪を振り払うように、ただ一度、身体を振った。

 それだけで、輝夜の身体はまるで水を被ったように、水に濡れている。

 衣からは雫が滴り落ち、それでいても火の粉が悪あがきのように待っている。

 小春には、何も害はなかった。


「そこを退いて、くださいな」


「……それは出来ぬ相談です。姫さま」


「……どうかお願い申し上げる。早く藩医のところに行かねば、我が子が危ないのです」


「お戻りください、姫さま。姫さまが直接足を運ぶ必要などありませぬが故に」


「いいえ! 家のものは、皆諦めろと!!」


 ごう、と火が渦巻いた。

 かすかに、二階のそれぞれの窓が光ったようだ。

 ――呪いが蒔かれる。それは、死を伝える動物のように、風のように。


「姫さま……!!」


「車を走らせよ! 轢き殺してしまえ!!」


 怪異と輝夜の気が高まり合うのを感じる。このままいけば、輝夜は何らかの強引な手段で、この怪異を追っ払うつもりだろう。


「――待ってください」


 そう思うと同時に、小春は怪異の直線状に躍り出た。


『そなたは……』


「そな、たは……」


 二重の声。少し頭に木霊する声は、怪異の心の声だろうか。


「輝夜さん、乱暴な手段は、だめです」


 小春は辛うじて微笑んで、怪異に向き直った。


「――お母さん」


 そう呼び掛けた小春を、輝夜はぎょっとした目で見つめた。

 しかし、小春が強く手を握りしめているのだ。とりあえず、息を吸って様子を見ることにする。


「火を、どうして、みんなに配るんですか?」


「……寒いであろう。寒いのは、辛いであろう。あんなに震えておった、故に、暖めなければ……。ほうら、雪が、こんなに振っておる……」


「お母さんは、それで、熱くないんですか? 火傷をします、怪我もします。そのことはいいの?」


「……何を、おかしなことを。お前が無事であれば、良い。母というものは、お前が無事であれば、命などいらないのだ……」


「――わたしたちも、同じです、お母さん」


 小春は語るごとに一歩、近づいた。怪異の女は、車の上で一度身を引いたが、御者の男が車を地面につける。

 怪異は地に立って、寄る小春に手を伸ばそうとした。

 輝夜も傍に立っている。


「わたしたちにとって、一番悲しいことは……母親が泣いていることです」


 小春は近づいていく。

 火鼠の衣は、絶対に火を、通さない。

 小春は、女の衣に手を掛けた。

 女は――その一瞬で、小春の瞳の中の、真実を見抜いた。

 小春は喋り続ける。


「……私は、幸運にも生まれることはできました。だから、母が泣いているなら、傍にいけます。でも、その子は、……お母さんがこんなに泣いているのに手を伸ばすことが出来ないんです」


「そう、凍えているから……温めたら……きっと……!」


「――いいえ。わたしたちの幸せは、そうじゃない。生まれるだけで全てが良いのなら、毎日はお伽噺のように優しくないと、私とってもとっても嫌です!」


『この子を、諦めきれない……。そうだ、この子が、あの子なら……』


 女は燃える手で、小春を抱き寄せた。

 輝夜はしまった、と思ったが、もう手が出せない。輝夜の水気は、人に無害ではない。


「お母さんには、笑っていて、欲しいんです。たとえどんなことであれ、お母さんが笑ってさえいてくれれば、わたしたちはそれだけで、とってもとっても、幸せです」


 小春の胸元で、固い何かが、割れた音がする。

 ――怪異は、小春が持つ匂いに、気づいた。


「そなた……そなたは……!! なぜ、この地に……!! なぜ、そんな、姿で……!!」


 猫が鳴く。

 小春は女から離れて、海を指差した。


「この街のどこにも、わたしたちはいない。――お母さん、あの河川敷で、あの日からずっと……お迎えを待っています」


 女は振り返った。

 背後には、海がある。そして海というものは、あの世に繋がる道の一つ。

 でも女は、すぐさま車に乗らなかった。震える手で、もう一度、小春を掴もうと思った。

 そこに、輝夜が立ち塞がる。


「そなたは……? そなたの、迎えは……?」


「私には、ちゃんと、傍に行ける両親がいます……」


 片火車の女は、腑に落ちない表情で首を横に振った。


「――大丈夫! さあ、はやく、河川敷に。あの子が、凍えてしまう前に」


 その一言で、女は我に返ったように御者に声を掛けた。

 ――車が行く。想定された困難さを呆気なく奪い去った小春を奪えずして、雪を呼ぶ炎が海へ消えていく。

 そして残された小春は一人、寒くもないくせに、両腕を抱えて、息を吐いた。

 輝夜が口を開いたその同時に、先程から聞こえていた猫の、長い鳴き声を聞く。

 猫の? いいや、この足音は……。

 間違えようもなく、靴の響く音――――。



ラプンツェル~~! 髪を下ろして~~~~!!

すげぇ、髪の毛なげえ。千切れないのすげえ。

日本のアニメーターが作ったら、母親と娘の感情もっと複雑に描くんだろうなぁ。

少なくとも、私が脚本だったら「娘として扱う内に本物の親子の情がry」って

やっちゃったな……でもそれだとディズニーじゃないよな……。

ラプンツェル~~~~! 髪をおろっして~~~~!

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