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二之三

え、えーと、皆様。

違う、違うんですよ、さぼってたわけじゃないし。

あの、クトゥルフ神話って、ご存知でしょうか? うんうん、そうそうそう。

それをね、やってたんですわ……。

同じ空には昇れない、ってやつ、そう、私、HO太陽……。

だから、まあ、こんなこともあるわな!

 小春の目の前には今、輝夜が用意した昼食が並んでいる。

 そんなものは手早く済ませて仕事に行ったほうがいいのではないか、と小春は思ってはいるが、好意を無下には出来ない。

 というか、輝夜がそれを嫌がるのだ。


「まずは、片火車が何処に出没するかを調べるわ。ある程度は辺りを付けたいけれど、あまり時間がないから……ここは強硬手段というか、力技というか?」


 もぐもぐご飯を頬張る小春を幸せそうに見つめながら、目の前の輝夜はころころと表情を変える。


「いえ、スマート、スマートよ! 本当よ! あたし、ほら、ね?」


 何が、ね、なのだろうか。小春は首を傾げる。


「……どうしてかしらね!? 常にあたし、なんか慌ててるわ!」


「……そんなことないです! 輝夜さんは、かわいいです!」


「え! そ、そーう?」


 輝夜は頬に手を当てて、その頬を赤く染めながら笑った。

 小春も笑っていた。これは本当に、本心だったからだ。


「じゃあ、あたし、準備してくるから。小春ちゃんはごゆっくり。あ、全部は食べたくていいのよ。残りは夜に回しちゃうから。また夕方にね」


 そうしてひらりと手を振ると、輝夜は襖を閉めてしまった。

 一人、その静寂が訪れる。

 オレンジの温かさを含むこの居間に、小春の食器があたる音だけが響いている。

 それでも、不思議とあの孤独は感じなかった。

 いや――、あの時でさえも、孤独は感じていない。

 ただ、そう、見える、色が。

 家での一人でいる時よりも、圧倒的な温度を持っていた。



 小春は空の食器を洗い、不自然でない量に調節した残り物をラップで包み、冷蔵庫に入れる。

 水に濡れた手を掛けてあったタオルで拭き、自室へと足を進めた。

 今では珍しい縁側を歩いて、空を見上げる。

 まだ春の訪れを予感させない空は、早過ぎる夕暮れをその端に引き連れていた。

 与えられた部屋に戻ろう。どうせすることは、何もないのだし。

 襖を引いて、後ろ手で閉める。

 伏せた目を挙げれば、そこには変わらぬ自室が、変わる背景を携えて小春の様子を伺っている。

 ああ、やはり、その足は軽いようだ。

 姿見に映る自分に笑顔を作ると、小春は胸元からペンダントを取り出した。

 

「……んん? 傷入っちゃってる……」


 残念、折角のお母さんの贈り物なのに。

 小春は何度か宝石の部分を擦ったが、汚れではなく本当に傷のようだ。

 息を吐いて、また胸元にペンダントをしまった。

 ……正直に言うと、本当に母からもらったものかは、覚えていない。

 ただ、アクセサリーという点において、普通は女親から娘に与えられるものだと、学習したから。

 そうだったような、気がするだけだ。

 実際、記憶があるところからは、――そう、母がまだ小春の前に顔を出していたころは、ペンダントが首からかかっていないとひどく怒られた。

 あの頃はネックレスだったが――。ああ、そうそう。同学年の子に、「ふつうじゃないよ!」と言われたこともある。学校にアクセサリーを付けてくるのは、ある意味嫌な感情を買うから、納得する。

 それを幼い小春が母に伝えると、母は静かに吊り上げた目で、こういったのだ。

 覚えている。目を閉じて、そのシーンを思い出す。


『ふふ、そう、普通じゃない。だから、つけておきなさい、小春』


「……大丈夫だよ、お母さん」


 小春は床に腰を下ろし、日暮れを待とうと膝の上に頬を乗せた。


「言いつけを、私は、守れるから……」


 そうして、陽は大きく傾いた。

 遠くからこちらへ向かって来る足音がする。

 小春は立ち上がって、襖を開き、その足音のするほうへ向かった。


「あ、小春ちゃん!」


「輝夜さん! お時間ですか?」


 笑う小春と笑う輝夜。

 笑顔の二人は、向きを揃えて再び居間に向かった。


「お夕飯にはまだ早いわよね? だから、ちゃちゃっと場所だけ聞き込もうと思うの。……ついてきてくれる?」


「はい、勿論です! ……聞き込む?」


 二人は玄関に立ち、小春は輝夜の話に首を傾げている。


「ふふ――。あたしは、まあ、人脈があるのよ! 蛇脈?」


 小春は首を傾げる角度を大きくしていったが、慌てて輝夜により元の地面と垂直の位置に戻された。

 輝夜はこほん、と場を取り直すと、人差し指を立てて大きく振りながら小春に説明をする。


「え、えーとね。街の至る所に、探偵を潜ませているの。今から夕方と夜の境界線……完全に陽が沈む切る時間を、あたしたちで、外で待つわ。そして、探偵から連絡が来たら、その場所へ向かって……陽炎を探すの」


「陽炎、ですか?」


「ええ。少しくらいの力を付けただけじゃ、この世界の境界を超えることは容易じゃないの。だから、必ず、先に合図を残している――。自分がどこに行きたいのか、検索結果、みたいなやつ?」


 そう言って、輝夜は満足そうにウインクをした。

 小春はというと――、再び首を傾げている。

 

「んん、と、りあえず、行きましょ行きましょ! 運動も人間は大事だものね!」


「は、はい!」


 ずんずん背を押されて、小春は門を出た。

 坂を越して越した線路の向こうの水平線に、今日という陽が、沈もうとしている。

今週からは元の更新頻度に戻していくわよ!

えい、えい、むん!

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