一之六
机に夕ご飯が並ぶ中に、小春はふと覗けない空を覗いた。
夜になっていた――――。あちら側に行くと、時間の感覚がずれるのだろう。
あちらも夜で、こちらも夜。むしろ小春にとっては、時間のズレはない。
「あの、輝夜さん」
「んー?」
「シズコさん捜し……私も、最後までお付き合いしてもいいですか?」
「あら……。いいわよ、というかむしろいいのかしら? あたしは人手が足りて大大大歓迎だけど」
「やりたいんです!!」
「あらあら! うふふ、じゃあ――明日からよろしくね? 小春ちゃん」
小春は何度も頷いて、嬉しそうに輝夜のご飯を頬張った。
本当によく食べる子だ――と思うと同時に、輝夜は僅かに考え込む。
無理をさせたくないし、孤独にもしたくない、と。
***
あの日も、あの日も、来る日も、私は病院にいた。
お母さんが泣いている。怒っている。悲しんでいる。心配している。
今回はただ、本当に、家の壁が汚れが気になっただけなのに。
お医者さんが困った顔を、また、するから。
お母さんがまた、泣くから。
私は、お母さんに、笑ってほしかった。
――おかーさん、あの雲、おいしそう!
( そう、あの子はそう言っていたのに…… )
小春は目を開けた。母は一度空を見たけれど、何も言わなかったな、と過去の記憶に苦笑する。
うんと腕を伸ばして、小春は立ち上がった。
寝間着を脱いで、今日は輝夜が用意してくれた部屋着を着る。着方は教えてもらったので、なんとか鏡を真似して口に出しながら袖を通していく。
「うん。いいんじゃないかなぁ」
そうそう。こういうのは得意なんだよね。
笑顔よーし! 今日も一日、がんばろう!
輝夜に着方を褒めてもらい、朝食を食べて、二人は骨董屋へと場所を変えた。
応接間に二人正面同士に座り合うと、輝夜が小皿にあの形見の欠片を置いて、机の上に差し出す。
小春はそれを見ていて、輝夜を見た。
「まずは、シズコさんの魂がどこに転生しているかを確定させるわね」
輝夜は部屋の古めかしい箪笥を力ずくで開けると、そこから古びた大きな紙を取り出した。
黄ばんでいるのに、破れはしない質感が見て取れる。
それを机に広げる為に一度止まったので、小春が小皿を持ち上げた。
「ありがと」
それは何とも――歴史の授業で紹介されそうな描き方の日本地図であった。
「まあ……この街にいるでしょうけど」
「そうなんですか?」
「ええ。因果ある魂はね、そこにあるべくしてあるものですから」
その紙には、右上に五十音が墨で書かれてあった。
鳥居こそ書かれていないが、これは、……こっくりさん、では……?
「……んふ、わかっちゃった?」
「……は、はい。い、いんですか?」
「良いも何も……我らが妖の、ウィキ……ぐ……百科事典ですから~!」
「の、呪いとかは!?」
「無いわよ。ああいうのはね、人間が安易にこちら側に来ないように、陰陽師がしれーっと流している嘘なんだから。そもそも八割くらいの人間はあの呪いを成功させることなんて、出来ないの」
と輝夜は言いながら、鳥居の代わりに二重丸が描かれた場所に、静かに小皿を置いた。
するとたちまちに小皿には黒い水が溜まる。この香り、水じゃなく墨汁だ!
「……小春ちゃん、やってみる? こっくりさん」
「うぇ!? むむむむ無理です!!」
「だいじょーぶだいじょーぶ! これ、こっくりさんを呼び出すものじゃないから。そもそもこっくりさんなんていないし!」
「いないんですか!?」
「当たり前じゃない。さあさ、この五十音図の上に手を置いて」
ごくり、と喉を鳴らして小春は言われたとおりに手を置いた。
すると掌に感触を感じる。――水、いや、もしかして、墨汁?
「あたしの言うとおりに」
「は、はい……!!
「まずは手を、視界に五十音図が認識できるくらいに垂直に持ち上げて」
「はい……!」
「いいわね。そうして、こう言ってちょうだい」
やはり手の平から垂れているのは墨汁だ。五十音図を塗りつぶしていく。
『降天、明かし給へ。汝の全て、見通せぬものは無し』
二人の声が重なり終わると、五十音図が水に溶けるように揺らめていて、消えた。
するとそこに文字が出る。
『骨董屋や 過ぎたるものに からすの音を』
輝夜が小さく苦笑を零した。
「輝夜さ、」
いきなり日本地図が沈んだ。次に浮かぶは関東甲信。そうして東京より下にずれて神奈川、浮かぶ文字は鎌倉、そうして示された一つの家。一軒家を真正面から見た、絵。
それは簡易地図を示し、この屋敷からその家までのルートを描き出した。
「近いわね……」
その頃には、小春の手は濡れていなかったし、汚れてもいなかった。
あんなに黒かったのに、全ては紙に元から描かれた黒に還っていたのだろうか。
「もういいわよ。楽にして、小春ちゃん」
「わ、わかりました……」
恐る恐る手を引っ込めると、小春は右手を左手でぎゅっと握りしめた。
視界の奥で黒が揺らめている。そちらへ意識を向けると、一人でに紙の図が……元に戻っていった。
輝夜は紙が初めの状態まで戻るのを見届けると、再びくるくると丸めていく。そして端に置いていた輪ゴムを用紙に通すと、部屋の隅に立てかけた。
「さあて。まずは現場まで、行ってみましょ!」
「え! そんな貴重なもの、放り出してていいんですか……!?」
「えーぇ? 別に誰も盗りやしないわよ! あはは」
ええ、と怪訝な顔をした小春の耳に、からんからんとした音が響く――、二度。
「あら、迷い子かしら?」
店の表へ出て誰も居なかったわーと笑う輝夜の顔をまじまじとみて、小春は負けじと片づけを申し出て、勝ったのだった。
戸締りもしてください!
――というか! 形見の欠片も仕舞わないと!
寒いのかあったかいのかどっちかにせんかい!
ってかなろうリニューアルしてて、混乱しちゃった……。




