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愛者永遠  作者: 桜宮朧
9/49

元凶と再会する百合 上

初めまして、桜宮です。

今回の話が長いので前編、中編、後編に分けさせていただきます。

愛者永遠を読んでくださり、本当にありがとうございます。

〈元和元年 三月五日:前編〉

巳の刻、儂は緊張から早めに梅の間にいた。光はまだ来なさそうだなと、思っていたら風雅の声がした。

「…光さん、連れてまいりました。」

「あぁ。入ってくれ。」

風雅に促され、光が入ってきた。珍しく後ろでまとめた団子のような髪型だった。

「…すみません、少々寝癖が直らなくて。」

恥ずかしそうに光はそう言った。確かに朝餉のとき少しうねっていた。きっと櫛で梳かしても直らなかったのだろう。光は儂の右に座った。

「光、白銀は?」

「部屋にいます。客人の方が犬が嫌いでしたら大変ですもの。」

「そうか。…配慮したのか。ありがとう、光。万が一があったら大変だもんな。」

優しく微笑み、光は儂から視線を逸らし前を向いた。…どこか憂いを帯びた光の横顔をじっと見つめていたその時、鹿威しの軽い音がした。ふと、昔の記憶が残像が、脳裏に浮かんだ。幼き日、多分この部屋だろうか。儂の横に女子がいた。なんの理由でいたのかは分からない。何故、思い出せないのだろうか。きっと大切な人に違いない。

「…様…。万葉様?」

はっと、我を取り戻した。

「どうした?光。」

「いえ、ぼーっと私の顔を眺めていらしたので、何か顔についているのかと。」

「いや、何もついてないよ。…少し昔のことに思いに耽ってしまった。」

「…例の少女ですか?」

「あぁ。」

「本当に、そういうのってもどかしくて溜まりませんよね。後少しで分かりそうなのに。」

そう言って頬に手をあて穏やかに微笑んだ。

「人間って、何故こんなに記憶が儚いのだろうか。人の顔は仕事柄、覚えるのが得意なはずなんだけどな。」

くすくすと袂で口元を隠しながら光は笑った。それから他愛の話をしていたら、珠乃の声がした。

「客人様、お連れしましたにゃん。」

「あぁ。入ってくれ。」

それと同時に儂は立った。やっと会える。やっと…。襖が開き、珠乃が促した。万世は、利休鼠色の着物に、紺青の袴。黒色の羽織を着ていた。髪は朧と獅子王を合わせたような前髪で総髪。見た目は五十代くらいだった。

「…血の繋がった父に、初めましてはおかしいと思いますが…初めまして。六代目当主の万葉です。」

「初めましてで合っているだろう。今日の対談、宜しく頼む。」

そして儂らは握手した。と、その時。光が言葉を発した。

「…貴様が、何故私に会いたいと言ったのか…。」

「光?」

光の雰囲気がいつもと違った。光は、憎悪と嫌悪と怒りに満ち溢れた表情をしていた。

「何が…何が会いたいだ!散々、私を蔑ろにしたくせに‼今更、父親面をしに来たのか⁉」

「まぁまぁ、落ち着け。今日は穏やかな対談にしたいのだ。故に今すぐその感情を抑えてくれ。」

「抑えれるわけないでしょう。貴様がいる時点で、穏やかな対談など出来ぬわ。」

「おぉ怖い怖い。幼いときのお前とは全くの別人だな。」

「あの…父上。光のこと知っているのですか?」

そう恐る恐る尋ねると、ゆっくりと振り向いた。

「…知っているも何も、我は光の父だ。」

「っ!」

「……」

「何を…何を言っているのですか?それが…真ならば…儂と光は…」

「兄妹、だな。火影も入れて三兄妹だな。」

儂は言葉を失った。そんなわけない、そんなわけない。…そう反芻せねば考えが追いつかない。

「…で、でもっ!私たちは一度も会ったことがありませんし、産まれた時も兄がいる気配もなかったです‼」

「爺が変な気を利かせて、お前たち二人は会ったことある。」

「爺…って、東郷さん…?」

「あぁ、そうだ。それと…」

万世はすっと光を指さした。

「あれが産まれる前に、万葉はここに預けたからな。だからあれが兄がいないと主張しているのは正解だ。」

光は、俯きながら口を開いた。

「…捨てたの間違いじゃありませんか?」

「捨ててはない。万葉はここの当主になる定め。故にここで育ったほうがこいつのためだと思ったからな。」

「嘘を言うな。お前はいらないと思えば容赦なく捨てる輩。実の親ですぐ側で見ていたからな。」

「ふん。妖のなりかけの分際でよくほざくな。」

一つの言葉に儂は疑問を抱いた。

「…妖の…なりかけ?それはどういう意味ですか⁉父上!」

「……光の体内には二つ魂がある。一つは本来の光の魂。そしてもう一つこそが妖の魂なのだ。今それが、じわじわと本来の魂を喰っている。」

「な…」

「やがて光は妖になるだろうな。今度の、新月で。」

「……」

「どういう意味…」

「人間としての生が終わる。まぁ、どっちにしろ光は死ぬ。」

「お前っ!」

いい加減、怒りが頂点に達した。父親だからと手を挙げないようにしていたが、もう我慢できない。がっと胸ぐらを掴んだ。

「っ!万葉様‼」

「軽々しく、人が死ぬことを宣言するな。」

「そんなことを言っても、死んでしまうのだから言って何が悪い。」

「…っ…」

にやついたその顔が一層、腹立たしかった。

「…二度と、ここの敷居を跨がないでくれ。儂はもうお前を父親として見れぬ…。お前が…父上が…そんな奴だとは思わなかった。」

胸ぐらを掴んでいた手を離した。万世は崩れた襟を直してた。

「ま、せいぜい残りの余生を楽しめよ。」

そう言って、部屋を出って行った。しん…とした部屋に光と儂。光は先ほどから俯いている。…何か、何か声をかけねば。

「…光。茶でも飲むか?それとも…」

「……申し訳ありませぬ…少し、一人にしてください…」

そう言って、光は部屋に戻った。…光は、人を信用できない。だがここに来て、人の温もりを知り、誰かを好きになる、といったところまで彼女は頑張った。頑張って積み上げたものが、第三者の手によって…

「第、三者…。」

脳裏に東郷さんが浮かんだ。儂は、思わず口を手で塞いだ。

「何してんだ…儂は…」

  ◇

…万葉様が…兄様…。ずっとその言葉が脳裏から離れない。信じたくない。信じたくない。自分の部屋に戻り、蝋燭もつけず、正座してぐっと着物を握った。。

「……真っ暗、だなぁ。」

もう一度、孤独の海へと放り投げられた気分だった。

「…っ…う…」

涙が止めどもなく溢れた。やっと万葉様とどう向き合えばいいのか分かったのに。また振り出しに戻ってしまった。

「くぅん」

襖の向こうから白銀の声がした。私は、すっと襖を開けた。私は膝から崩れ白銀を抱きしめた。

「…また分からなくなっちゃったよ…。どうしよう…白銀。」

「くぅぅぅ…」

「なんで…なんで私の人生って滅茶苦茶なんだろう。…もう誰とも関わらないほうが普通に生きられるのかな。」

誰かと関わると、必ず胸が痛くなる。痛みを乗り越えたほうがいい。それは頭では理解している。だが、肝心の足が動かない。

「白銀、私…死んじゃうみたい。あの男の言葉を信じたくないけど、心当たりがあるから、なんか刺さっちゃった。」

“死にたい”ずっと私はそう思いながら生きてきた。生きるための居場所より、どれだけ穏やかに死ねる場所を探していた。だけど…万葉様が居てくれたから、この人が生きている限り、私も生きようと思えた。

「…それだけ私は、万葉様が大好き。」

だけど、今は万葉様への恋情と理解不能な感情が入り交ざって、複雑だ。…ふと脳裏に馨ちゃんの顔が思い浮かんだ。いつも楽しいお話をしてくれて、私の相談も聞いてくれる大切な友人だ。すっと白銀から顔を上げ、涙を拭った。

「白銀、馨ちゃんのところに行ってくるね。白銀はここにいてもいいし、どこか散歩していていいよ。」

「わふっ」

白銀の頭を撫で、風雅さんか珠乃さんを探した。曲がり角を曲がると、偶然、珠乃さんに会えた。

「あ、珠乃さん。」

「どうかしたのかにゃ?光たん。」

「あの、馨ちゃんの部屋ってどこでしょうか。」

「馨たんの部屋はこっちにゃん。案内するにゃん。」

「ありがとうございます。」

「鍛錬に行ってない限りいるはずだにゃん。」

私は珠乃さんの後をついて行った。馨ちゃんと話せば少しは気持ちが軽くなるだろう。と、珠乃さんがくるりと振り返った。

「…どう、なさいました?」

「光たん、さっき泣いてたでしょ。」

「あ……」

珠乃さんの黄玉のような瞳が私の瞳を捕らえる。

「何か悩み事あったら、珠乃でもいいんだからね。」

「…はい。」

「だけど、今は馨たんのほうがいいかもね。相談の内容が。」

「え?」

珠乃さんはにっと笑い、案内を再開した。確かに今は誰かに相談したい。だけど、相談の内容が馨ちゃんのほうがいいとは、どういうことだろうか。

「あ、そういえば緋色さんはどうなされたのですか?」

「ん~?あぁ、緋色はちょっと出かけているにゃん。昔は色々と事情があって一人で出掛けることすら怯えてた緋色だけど、成長したにゃん。」

「そうなんですね。」

屋敷の裏側に来たのは初めてだった。そして少し固まった。

「…あの、渡り廊下は分かるのですが…何故、塀が壊れているのですか?渡り廊下が突き破っているというか。」

「あぁ…。気にしないで、光たん。ていうかまだ直っていなかったにゃんねぇ。びっくり。」

一体、何が起こったのだろうか。…廊下はずっと奥まで続いていた。例えると床が上がったとてもいい長屋だった。それぞれ番号の札があった。珠乃さん曰く、渡り廊下から見て右が男性隊員が暮らしている部屋で左が女性隊員。使用人も隊員なのでここに暮らしているそう。左に曲がった後、ちょうど角に突き当り右に曲がった。

「…壱、弐…参、伍…。光たん、もうすぐにゃん。馨たんの部屋は。」

「あ、そうですか。ありがとうございます。」

馨ちゃんの部屋の前に着き、私は珠乃さんに一礼した。

「いえいえにゃん。」

珠乃さんはひらひらと手を振った。

  ◇

外ががやがやとしていた。でもこの声は光ちゃんだ!きっと私に用があるんだろうと思った。

「…馨ちゃん、入ってもよろしいでしょうか。」

予想通り。光ちゃんだった。

「いいよ~。どうぞどうぞ~。」

入ってきた光ちゃんは、少し目が赤かった。瞼は少し腫れていて、泣いた後だと分かった。

「ごめんなさい、急に。鍛錬とかありましたか?」

「全然!大丈夫だよ。お茶とお茶菓子、持ってくるね。少し待ってて。」

「あ…、ありがとう。」

私はぱたぱたと、台所に行きお茶とか用意した。

「…ごめ~ん、羊羹とか南蛮菓子あるかと思ったら煎餅しかなかった~」

「わぁ~煎餅ですか。懐かしいですね、村にいたとき、固くなった餅を潰して食べてました。」

「あぁ~、確かにやってた。私の家も…」

まったりとお茶をしてから、光ちゃんの時期を待つことにしよう。

「ん。甘いですね、お煎餅。びっくりしました。」

「私も最初、甘くてびっくりしたよ。ほぼ無味だもんね、私たちの知っている煎餅って。」

光ちゃんは一口、お茶を飲み湯飲みを置いた。

「…馨ちゃん、その…少し相談と言いますか、聞きたいことがありまして。」

「いいよ。なんでも聞いてあげる。」

「…あの、兄妹同士が恋仲なのは、どう思いますか?」

「いいんじゃない。好きなら。」

「っ!でも、変…ですよね。血の繋がった者同士なのに、恋仲って。」

私は光ちゃんの手を両手で握った。

「全然変じゃない!自分が好きな相手なら、きょうだいでも姉妹でも関係ない‼むしろ、そんな障害があるからって諦めたらそれだけの愛ってことだよ。本当に好きで好きで大好きなら、そんな障害も乗り越えられるんだよ‼」

「馨ちゃん…」

光ちゃんは目を丸くしていた。

「あっ…、ごめん。圧が強かったよね。つい、昔のことを思い出しちゃって。」

「昔?」

「うん。…実は、私ね血は繋がってないんだけど、本当の姉のように慕ってた子と、恋仲だったんだ。だから実質、姉妹と恋仲だった。」

「え…っと…、女性同士で、恋仲ですか?」

「あっ」

流れで私の秘密、言っちゃった。私は、二つに結んである髪を握った。恥ずかしくて、聞き耳だけ立ててそっぽを向いた。光ちゃん、なんて言うだろう。

「…女性同士も、恋仲になれるんですね。素晴らしいです。」

「え?」

「何だか、私の悩みが小さく見えてきました。そんなに広く恋仲になれる可能性があるならば、兄妹同士の恋愛も何のそのですかね。」

躑躅ちゃんの次に、最高の友達と呼べる存在が出来た。私は光ちゃんに抱きついた。

「光ちゃーーん!」

「わっ!」

「私ね、光ちゃんと比べたら失礼だと思うけどね、私も他の人と違うんだ。…私、女性しか恋情を抱かないの。」

「…女性、のみですか。」

「うん。そう。女の子と夫婦になりたいし、子も成したいほど。だけどさ、妖退治屋は理解してくれるけど、他のところに行けばこんなのは理解されない上に、嫌悪される。」

「……」

「そうだ、私の昔。聞く?」

「えっ?」

「もっと光ちゃんに私のこと、知ってほしいし。」

「…私も、馨ちゃんと仲良くなりたいので聞きたいです。」

「長いけど、聞いてね。」

  ◆

千六百年、私が四歳ほどの時に関ヶ原の戦いに父が足軽として駆り出され、戦死した。母は、病気持ちでそれ程長くないと言われた。その翌日に小さな戦に巻き込まれ、村が全滅した。だけど同日、母は息を引き取ったから苦しまず逝けたのがせめてもの救いだと思う。

私はその時から、いわゆる戦争孤児になった。私はここでぼんやりとしてても意味がないと、四歳ながら思ったので何か食べ物を探すことにした。食べ物だけでなく、水とかも探した。何日か食べれないのはざらにあった。何年かはそんな生活をしていたらすっかり体に染みついた。雨風なんかは洞窟でしのげば何とかなった。この時、私は言葉を知らなかった。知っているとしたら自分の名前。でもどうやって書くかも分からない。母が死んでから、一度も人と触れ合ってないからだ。人の温もりはそれ以来、知らない。だから、人の温もりが恋しかった。…そんなある日、食べ物を探しているときだ。今日も、食べ物が見つからなかった。ふらふらと歩いていたら、うっかり足を滑らせ崖から落ちた。と、その時だ。私の手首を誰かが掴んだ。

「…良かった…間に合った。今、あげるから。」

逆光でうまく顔が見えなかった。ぐいっとその子は軽々と私をあげた。あまり食べてないから軽いけど、それなりに重いはず。ほっと一息ついていると、その子が顔を近づけた。

「大丈夫だった?怪我とかしてない?」

きりりとした瞳、綺麗に結い上げた総髪。髪は光の加減で茶色くも見えた。美人かつ可愛くて心臓がどきんとした。

「あ…う…」

「…言葉、知らないのか?ん~…、僕が言っていることは分かる?」

それは何となく分かるから、首を縦に振った。

「ん、良かった。あっ僕の名前、言ってなかったね。僕は花宮杏。君は?」

「か、お…る。」

「へぇ、良い名前だね。そういえば、杏ってすごく香りが良いんだって。」

その子は初対面なのに、気さくに話した。だけどそれがとても心地よく、逃げようとは思わなかった。それから色んな話をしていたその時。

「花宮ー!どこ行ったー⁉」

若い男性の声が響いた。…杏ちゃんの事を探しているみたいだった。

「あ、隊長に何も言ってなかった!行こ、かおる。」

「え?」

私は混乱したまま、その当主様と呼ばれていた人のところに連れていかれた。杏ちゃんは、隊長と呼ばれたその人にさっきの事を、話した。

「…それで、提案なんですけどこの子、妖退治屋で保護しませんか?」

「保護か…。別に構わないんじゃねーか?戦に巻き込まれて、両親がいなくて一人っていうのは可哀そうだからな。」

「あ、あとこの子。僕の妹として傍に置いていいですか?」

「好きにすればいいんじゃね?」

それから私は、妖退治屋というところで杏ちゃんの妹として暮らすことになった。“かおる”の字は杏ちゃんから貰った。母さんがつけてくれた“かおる”が分からなかったから。十五になるまでは隊員になれないから、使用人として働きたまに杏ちゃんから、刀や文字、言葉を教えてもらった。杏ちゃんは教え方が上手で、すぐに覚えることが出来た。

「…馨、筋がいいね。教えたことをすぐに出来て!」

「えへへ、ありがとう。」

「じゃあ、次は…」

杏ちゃんが私の腕に触れた。

「っ…」

やっぱり、杏ちゃんに触れられると鼓動が鳴りやまない。何だろう、この気持ち。

「…馨、疲れた?」

「えっ⁉い、いや、大丈夫!大丈夫だよ‼元気、元気だよ。」

「そう、良かった。少し…鼓動が早かったからさ。」

私は一気に、顔が赤くなった。

「ご、ごめん。やっぱり疲れてるかも‼休憩してくる!」

「あ、了解。」

何何何何⁉この気持ち。杏ちゃんに抱いてるこの感情って一体なんなの⁉

「……って!ことなの‼ねぇ、この気持ち。杏ちゃんがいるだけでずっと鼓動が鳴りやまないっ。最近だと杏ちゃんを見るだけで鼓動が鳴るし、ご飯だってそんなに食べれないの‼躑躅ちゃん分かるっ⁉」

私は、躑躅ちゃんに相談した。躑躅ちゃんもそれなりに杏ちゃんと仲いいし。煎餅を頬張っていたところだったが、とにかく聞いてほしくて相談した。

「恋じゃない?それ。」

「こ…い?」

「そうそう。ま、あたし自身経験した訳じゃないけど、他の子から聞くから軽く知ってるくらい。そういえばあんたさ、その気持ち。異性に抱く?」

「えっ?ん~…」

考えてみれば、こんな気持ちを抱くのは杏ちゃんだけだ。

「考えるってことは、抱かないのね~。」

躑躅ちゃんはそう言いながら、最後の一欠片になった煎餅を口に放り込んだ。

「変…かな?」

「何が?」

「だって!杏ちゃんは女の子だし、私だって女の子。同性なのになんでこんな気持ちになるんだろう。」

「それの何が変なの?別に好きならいいじゃん。」

「うぅ…」

「てか、その気持ちを気のせいで片づけるなら簡単だよ。あんたがその気持ちを信じたくないなら、“気のせい”で片づければよくない?」

「っ!そんなに簡単に片づけられないよ‼」

「だったら、自分の気持ちに正直になれ。あたしが言えるのはこれだけ。」

と言って、二枚目の煎餅を食べた。

「でも…杏ちゃんにこんなこと言ったら…なんて思うかな?」

「……。そんなこと、あたしに言われても。でもま、大丈夫じゃない?当たって砕けてきなさいよ。」

「砕けたら意味無いよぉ。とりあえず!何か勇気出た‼ありがとっ、躑躅ちゃん。」

「…杏も、おんなじ質問してきたなぁ。」

部屋から出る際、ぼそりと何か躑躅ちゃんが呟いた。

「ん?何か言った?」

「なんも~。」

「そっか。」

いつ言おう。いつ伝えよう。この気持ち。躑躅ちゃんのおかげで少しはこの気持ちの正体が分かった。そんなことを考えていたら、杏ちゃんが廊下の角から現れた。

「っ!」

杏ちゃんは私に気づき、こちらに近づいた。

「馨!探したよ~。いつものとこで休憩しているのかと思ったらいなくてさぁ。焦った焦った~。」

「あ、躑躅ちゃんといたの。少しお茶会。」

「へぇ、そうなんだ。せっかくなら僕も参加したかったなぁ。」

「こ、今度、三人でお茶会しよう。ね。」

「そうだね。絶対。」

にこりと杏ちゃんは微笑んだ。またその笑顔が、愛おしく感じどきんと鼓動が鳴った。絶対、伝えたいのにこんな調子じゃ、無理だよ…。そんなもどかしい想いを秘めたまま、二年後、私はやっと隊員の一員になれた。嬉しくて羽織を着て、杏ちゃんの前でくるりと回った。

「どう⁉杏ちゃん。似合ってるる?」

「うん、すごく似合っているよ。」

「やった~。」

「…馨が、初めて妖を退治に行くのって、明後日?」

「うん。そうだよ。」

「たぶん、その日。僕も一緒に行くと思うよ。」

「本当⁉」

「本当。」

初めての戦いが杏ちゃんと一緒なのは、とても嬉しかった。これまでの成果を杏ちゃんに見てもらいたいな、と思った。それと同時に、もっともっと腕を磨こうと思った。

「あ、そうだ。馨。明日の夜、話がある。いいかな?」

「ん?別に、大丈夫だよ。」

「良かった。」

改まってどうしたんだろうと、疑問に思った。…次の日、言われた場所に行った。他に人はいなくて二人きり。

「…おまたせ、杏ちゃん。」

「大丈夫。僕こそごめん。突然こんな。」

「平気だよ。で…どうしたの?」

「…ずっと話そうと思ったんだ。僕の昔を。言う時間はたっぷりあったけど、勇気が出なくてさ。」

「…そっか。私、気にしないのに。」

「馨なら…言うと思った。…少しの間、聞いてね。」

「うん。」

「僕はね、女の子が好きなんだ。友情とかそういうのじゃなくて愛情として。だけど、それは変なことだって幼い頃、思い知らされたんだ。」

「……」

「僕ね、こんな気持ちは普通で周りも同じ気持ちを持っていると、ずっと思っていたんだ。だから、僕はずっと気になってた女の子に告白したんだ。そしたら…“気持ち悪い”って。言われたんだ。」

「っ……」

「その言葉を言われた瞬間、僕は周りと違うんだって気づいて深い暗闇に放り込まれた気分だった。泣きながら、母さんに言ったこと…今でも憶えてる。それと、母さんが言ってくれた言葉。」

「言葉…?」

「…“それがお前の当たり前なら、それでいい。他人と比べなくていい”って。母さんのその言葉に、僕は救われたよ。だから僕は、いつしか僕を好きになってくれる同性に出逢えることを待つことにした。けど…」

杏ちゃんは、私の瞳をじっと見つめた。

「僕は…馨が好きだ。あの時の辛い気持ちをもう一度、味わいたくないのに…僕は馨が好きなんだ。」

「杏ちゃん……私っ!」

「答えはいらない。ただ、言えればそれでいい。僕らは何時しか死んでしまう。だからその前に…言いたかっただけ。…じゃあ…おやすみ。馨。」

「あ、杏ちゃん……」

杏ちゃんは足早に行ってしまった。…好きなのに…。知らず知らずに涙が溢れた。でも、さっき伝えなくて良かった。ただの同情だと、思われる。一人静かに泣き明かした。…次の日、早朝から妖が出たと言われる伊勢の森林に赴いた。杏ちゃんが先頭にいるが、ずっとだんまりだった。私だって伝えて見せる。杏ちゃんが何と言ってもいい。伝えるんだ。

「…ここ辺りだな、。あってるか?杏。」

「あぁ、あってる。…作戦をもう一度、確認するか。」

一番、目撃の情報が多い場所に着いた。そして、腹ごしらえをしながら作戦を確認した。作戦を確認した後、辺りを見回りすることになった。各々二組になって見回りになったとき、私は真っ先に杏ちゃんの後をついた。しばらく歩いていると、杏ちゃんが口を開いた。

「……なんで僕と組もうと思ったの?」

「私がそうしたいから。」

「…昨日、話しただろ?あんな話をして、馨は僕のこと気持ち悪いとか普通、思うだろ。なのになんで、僕と組むんだ。」

「気持ち悪くない!」

「同情かい?」

「違う‼なんで杏ちゃん、私の話聞いてくれないわけ?杏ちゃんの話はよく分かった!その上で私だって言いたいことあるもん‼」

「何?」

「杏ちゃんが好き。大好き。」

杏ちゃんは、目を丸くし淋しそうに微笑んだ。

「義理の…姉妹として?」

「違う。恋情として。ずっと好きで好きで好きでたまらなかった‼杏ちゃんだけ吐露するなんてずるいよぉ…」

私はぼろぼろと涙を流した。腹の底から叫んだ。

「大好き‼私と恋仲になって‼」

「馨……。」

と、大きな温もりが私を包んだ。瞼を開けると、杏ちゃんが抱きしめてた。

「あん…ずちゃん?」

「しっかり…届いたよ。馨。…うん、大好き。僕も大好き。これからずっとよろしくね。姉妹じゃなくて恋仲として。」

「うん…うん…」

と、その時。辺りが霧に満ちた。

「何⁉」

「…妖の気配!」

「えっ!」

私と杏ちゃんは抜刀し、警戒しながら背中合わせでゆっくり移動した。

「ぐわっ!」

「きゃあぁ‼」

四方八方から叫び声はするが、肝心の妖が全く見えない。

「馨、そっちはどう?」

「駄目、何にも見えない。霧が濃くて。」

「霧が突然、現れたということは…これも妖のせいか…」

その時、左から何か迫ってくる気配がした。

「っ!馨!」

杏ちゃんは私を抱いて、後ろに押し倒した。

「馨!大丈夫?」

「うん。杏ちゃんは?」

「僕も大丈夫。」

杏ちゃんはじぃと目を凝らした。

「どこにいそう?妖。」

「…あそこだ。馨、見える?」

杏ちゃんが指をさした先を見ると、確かに大きな物体が腕らしきものを縦横無尽に動かしていた。

「…あそこまでどうやって行こう…」

「そうだね…。…馬鹿だな、僕。作戦立てたのに、それ通りに動けないなんて。」

杏ちゃんはそうぼそりと呟いた。

「仕方ないよ!霧が出るなんて分からなかったんだし。」

「馨…。」

そう、妖が出たという情報は得ていたがその時、霧が出たなどの情報は一切なかったため通常の晴れても雨でも大丈夫な作戦しか考えてなかった。霧なんて滅多にないため、臨機応変に戦うのが難しいのだ。

「相手が見えるときに戦えばいいけど…見えたり見えなかったりするからねぇ。」

「その時期を見計らっても、すぐに見えなくなる…。」

「強行突破しかない?」

「…だね。それしかなさそう。僕は右から行く。馨は左から。」

「分かった。」

「じゃあ、行くよ!」

二手に分かれて僅かに見える妖の腕の避けながら前進した。杏ちゃんのほうがどうなっているのかはさっぱり分からない。だからとにかく目の前の事に集中した。

「くっ!」

腕らしきものを、刀で受け止めた。重くて力強くて、負けそう…。

「くぅ…く…。っ!あぁ‼」

何とか薙ぎ払った。と、次の瞬間。油断していた私をあの腕らしきものが吹っ飛ばした。

「きゃあぁぁあぁ‼」

どんと、木に背中を打ちつけた。ぎりぎり意識は保った。

「あん…ず、ちゃ…ん。」

と、一気に霧が晴れた。そして妖の正体も分かった。首が六つある大蛇だった。消えゆく亡骸の傍に杏ちゃんがいた。杏ちゃんは私よりぼろぼろだった。両腕を食いちぎられていた。

「杏ちゃん…」

背中や肺が、痛いのも構わず杏ちゃんに近づいた。杏ちゃんは私に気づき振り返り、優しく微笑み、膝から崩れた。

「馨…。ごめん。ずっと一緒じゃなくて…ずっと、独りにしちゃう…。」

「絶対、まだ大丈夫だから…。そんなこと言わないで!今、止血するから。」

私は自分の着物を、引き裂こうとしたがなかなか上手くいかなかった。

「…馨。君を独りしたくない気持ちは…十分あるんだ。だけどね…もう、駄目なんだって、体が言っているんだ。」

「杏ちゃん…杏ちゃん…」

「……最期に…君に触れたいなぁ…。熱を帯びた頬や、ふっくらと艶のいい唇に…柔くしなやかな髪…。全部全部…大好きだ。」

「……」

杏ちゃんは私に顔を近づけた。

「何度生まれ変わっても、僕は君が好き。同性でも異性でも僕は君を好きで居続ける。ううん、何度でも同性で生まれ変わりたい…。僕は…それほど、君の事が…大好きだ…。」

そう言って、軽く口づけを交わした。少しの熱を感じ血の味がした。

「またね…馨。」

そう言い、私に抱きしめるかのように、倒れ込んで静かに息を引き取った。微かに残る温もりのせいでまだ助かるんじゃないかと錯覚した。だけど、そんなことはない。この世で一番大好きな人ができて、亡くした。

「うぅ…うわぁあぁぁあぁぁぁ……」

目いっぱい、杏ちゃんを抱きしめた。消えゆく温もりを逃がさないかのように。ほんの僅かでも、貴女に大好きと言えてよかった。玉響に恋仲になれて良かった。…その後、処理班の方たちが来て、杏ちゃんの遺体は、妖退治屋の墓に埋葬するそうで運ばれた。私も妖退治屋に戻ってから数日は安静にして過ごしたが、その間も泣いて泣いて泣きまくった。動いていいと許可が出た日、当主様に呼ばれた。

「…ゆっくりして構わない。まずは…初陣お疲れ様。」

「…ありがとうございます…」

「今の…馨にはとても酷なことを言うが、前にも説明した通り妖退治屋は、あの通り妖を退治することを生業としている。故に、大切な者を亡くすことは日常茶飯事と言っても過言ではない。」

「…分かっています。」

「…大切な者を亡くし、悲しいのは痛いほど分かっている。だがいつまでその者の死を悼むことは時の流れが許してはくれない。毎日のように妖を退治して、誰かが亡くなるを繰り返している。だがな、馨。」

「……」

「大切な者は、ずっと胸の中で生きているのだ。肉体は消えても魂はずっと心の中にあると儂は思う。とはいえ、儂にはその大切な者が未だに見つからないのだがな。」

そう言って、当主様は穏やかな笑みを見せた。

「…それと、これをお前に渡したくてな。」

当主様はそう言って、布に包まれたものを私に渡した。包みを広げるとそれは…

「刀…杏ちゃんの…」

「少し刃こぼれがあった故、刀鍛冶のところに出していてな。まだ使える刀故、お前に持たそうと思った。」

そっと刀を抱きしめた。まるで杏ちゃんが傍にいてくれてるような感覚になった。そう思うとみるみる元気が出てきた。

「ありがとうございますっ!当主様‼」

私は自室に急いで戻った。ふと鏡を見ると、少し伸びた前髪とぼさっと髪を一つにまとめた私が映っていた。

「…可愛くないなぁ。そうだ、切っちゃえ。」

試行錯誤しながら眉くらいまで前髪を切り、長い髪は櫛で梳き、二つに分けて耳の上で結わいてみた。

「うん、可愛い。」

ぱたぱたと、当主様のところにもう一度向かった。

「どうした?馨。」

「当主様!私、今日より馨ではなく、花宮杏の性を受け継いで“花宮馨”と名乗ります‼」

「……。あい分かった。花宮馨。」

杏ちゃんは明るい私が好きだと言ってくれたことがあった。だったらうじうじしてちゃ駄目だ。前を向こう。杏ちゃんはずっと私の傍に居るんだ。そう信じて今を生きている。 

  ◆

「…馨ちゃんにそんな過去が…」

「私にとっては、良い想い出だよ。そういえば、さっき光ちゃんの悩みが小さく見えたって言ってたけど、無理やり小さくしなくていいからね。」

「馨ちゃん…」

「人間だれしも悩む生き物。無理やりもう大丈夫って自分を暗示しないで。まだまだ大きいでしょ、悩み。私だけじゃなくてもっと誰かに吐けば楽になるんじゃない?」

「……。はい、そうですね。きっと。」

「あれ?何してんの?馨。」

と、その時。躑躅さんが顔を出した。

「お茶会だよ~。躑躅ちゃんも混ざろ!」

「えぇ~。これから鍛錬なんだけど。」

「まぁまぁ。」

「ふふっ」

躑躅さんは馨ちゃんに半ば無理やり座らされた。

「…まぁ、混ざってあげるか。」

「お茶、持ってくるから!」

「いい。煎餅だけで。」

「そう?」

「ん。」

それからわいわいお茶会した。確かにまだ私は万葉様との距離が分からない。でもきっとこれから分かると信じている。

                               (続)

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