旧友の名を聞く鈴蘭 上
〔元和元年 三月二日 前編〕
卯の刻、いつも通り忙しそうに行き交う使用人の足音で目が覚めた。ぼんやりと瞼を開け、菊の間で待つ万葉様の元へと行った。
「おはよう、光。」
「おはようございます。…先に食べてなかったのですか?」
「まぁな。お前と一緒に食べたかったから気にするな。」
「すっかり冷めてしまいましたよね?」
「大丈夫だ。さ、いただこう。」
今日も大変豪華だなぁと思いながら、頂いた。やはり万葉様のほうが先に食べ終わる。私も少し急いで食べた。食後のお茶でまったりとしていた。
「…当主殿、失礼する。」
という声と同時に天井から人が現れた。
「ひゃっ!」
私は思わず甲高く驚いた声を上げてしまい、口を手で塞いだ。
「…これは失礼致した。光殿。拙者は甲賀忍びのもえぎと申すもの。甲賀忍びですが甲賀の里の出ではなくここで東郷殿にみっちり修行してもらいました。」
「は、はぁ。」
「これから、以後お見知りおきを。」
と、その子は深々と土下座したのでこちらも深々とお辞儀した。もえぎという方は十代前半に見えた。もえぎというその子は、名前の通り薄っすらと瞳がもえぎ色だった。くせっ毛なのかあちこちはねた髪だった。
「もえぎ、何かあったのか?」
「はい、実は…少しばかり耳を。」
耳打ちで何か話しているので、多分重要な何かだと察した。私が聞いても意味がないわ。
「…あい分かった。もえぎ、後で梅の間に来い。それと東郷さんにも後で来るように伝えろ。」
「御意。」
もえぎさんはまた天井へと消えていった。
「…忍び、なんですか?」
「あぁ。そうだよ。東郷さんも忍びだ。」
「なるほどです。甲賀はここから近いですよね?」
「そうだな。…光はこの後どうするんだ?」
「いつも通り、のんびりしてます。」
「そうか。何かあったら風雅や花宮、早乙女に言え。」
「はい。」
その後、万葉様は梅の間に私は自室に戻ることにした。廊下を歩いていたその時、霞左衛門様と朧左衛門様とばったり会ってしまい一旦、足が止まってしまった。…大丈夫、横を通り過ぎるだけだもん。自分を鼓舞し一歩踏み出した。横を通った時、案の定ぎろりと睨まれた。…怖い。
◆
「…兄者、おいらちょっと忘れ物を思い出しました。先に道場に行っててください。」
「あぁ?…まぁいいが、忘れ物ってなんだ。俺も行こうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。」
「分かった。」
兄者が道場に向かったのを確認し、すぐに踵を返した。まだ追いつけるはず。そう思いながら来た道を戻り曲がり角を曲がるとやはり光さんがいた。
「っ!光さん!」
「?は、はい。」
「良かった~。もう部屋に戻っていたかと思いました~。」
「何か御用でしょうか?霞左衛門様。」
「あぁ、そんな堅苦しく言わなくていいよ。霞さんで。」
「あ、分かりました。」
「…それで、ちょっと光さんに話したいことあって。」
「話したい事?」
「兄者のことです。兄者、いつも光さんを目の敵にしてておいらも見てて嫌になったのでおいら達の昔の事を話そうと思って。…あそこ、あそこの縁側で話しましょう。」
…我ながら変なことしてる…。光さん絶対、困ってる。過去を話したところでどうするんだ、おいらぁぁぁ…。
「…かなり…重たいですが大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。」
「本当にすみません…」
「いえいえ。…それより霞さんは話しても大丈夫なんですか?前に風雅さんからもそういう昔の話を聞かせてもらったのですが、心の傷をえぐっているのではと思ってしまいまして。」
「…大丈夫ですよ!おいら、もう大人なので‼ちょっとやそっとじゃ傷ついたりしません!」
「それならば宜しいのですが…」
光さんってすごく優しい人なんだなぁ。当主様が好いた理由が良く分かった。おいらは深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
「…兄者が妖を嫌っている理由は、両親ともに妖に殺されたからです。」
◇
おいらがまだおっ母の胎内にいた頃におっ父を亡くしました。おっ父を亡くしたのは身重のおっ母の体にいい山菜を山に取りに行った時だそうです。早くおっ母に届けたくて早くおっ母に食べてもらいたくて張り切っていたのに、突然、強い風が巻き起こり兄者の腕には深く傷を負っていたそうで、怖くなった兄者はおっ父と叫んで振り返れば、首のないおっ父の遺体があったと。悍ましいほどの殺気を感じ横を見れば、両手が鎌になっている妖だったそうです。怖くて怖くて叫ぶことが出来なくて震えていたその時、一人の男性が二振りの刀にて退治してくれて、おっ父の事も埋葬してくれて。その後、兄者と共に家まで送ってくれて説明までしてくれたそうです。こんな悲惨な事件だったので誰も話さないのでおいらは詳しいことは知りません。それから十数年後、平和から一変。人喰いの鬼が村を襲撃しました。おっ母を守りながら安全な所に移動していたその時。
「兄者!おっ母!鬼が…鬼がこっちに向かってきてます‼」
「…大丈夫だ…もう少しでつく!」
そうは言っても、人間の速度と鬼の速度ははるかに違う。いくら必死に走ったって追いつかれる。もう駄目だ…そう思ったとき、背中を思いっきり押されました。
「っ…!」
「いっ…!…おっ母!」
おっ母は最後の力を振り絞り、おいら達を村の外へと押しやったのだ。
「おっ母!何してる!今、そっちに…」
「必要ありません!あなた達さえ生きていれば…母は大変嬉しゅうございます。…朧…霞を頼みましたよ…」
優しく微笑んだ後、おっ母は鬼に捕まった。
「おっ母ぁぁあぁあぁ‼」
「…っ!行くぞ、霞。今のところは鬼に気づかれてねぇ。」
「うっううぅ…」
「…大丈夫だ、霞。俺がいる。安全なとこに行くまでぜってぇ手を離さねぇから。」
「兄者ぁ…兄者ぁ…」
何とか命からがら村の皆が集まって避難しているところについた。
「…あんなにいたんだな。鬼。」
「おいら達の村が…火の海だ。」
「……霞、まだ涙は乾いてないか?」
「へ?乾かないですよ。兄者。」
そう言ったら兄者はおいらを抱きしめ、静かに泣き出した。互いに暫く泣いていた。一通り泣いた後、この後はどうするか話し合った。どっかに奉公に出るか旅をしながら生きるか。と、一人の村人が叫びながら森の茂みから出てきた。
「鬼だーーーっ!がはっ…」
背中を切り裂かれ、男は倒れると同時に村を襲っている鬼と同胞だと思われる鬼が現れた。兄者はすぐに立ち上がった。
「霞!逃げるぞ。」
「あ、あぁ!」
と立ち上がった時、鬼はおいらに向かって手を振り上げた。あ、死ぬと思ったとき。
「霞!」
どんっと兄者がおいらを突き飛ばした。その時一瞬、鮮血がおいらに降りかかった。兄者の血かもと考えてる暇もなく横においらは転がった。
「う!っ…!」
ぼんやり目を開けると、ぐったりして動かない兄者がいた。
「っ!兄者!」
助けに行きたいが足がすくんで行けなかった。兄者兄者兄者…!鬼は恍惚の表情を浮かべ、兄者を喰らおうとしたその時、二振りの刀を持った男性が現れた。目で追いつけないほどの速さで兄者を保護しつつ、鬼を一瞬にして倒した。
「はぁぁぁ…」
かっこよかった。ただその言葉に尽きる。ぼーっと見とれていたが、はっと我に返った。とさっき鬼を退治した人が兄者を背負い始めた。おいらは思わず声を上げた。
「兄者‼」
「う…」
遠くからでも分かった。兄者は左目を負傷していた。やっぱりさっきの血は兄者のだった。するとその人は兄者を連れて行こうとした。このままじゃ兄者と離れ離れになるのでは…?急いでその人に駆け寄り、羽織を引っ張った。
「…兄者を連れて行くな!ど、どこに連れてく気だ‼」
「ん?なんだ?」
「おいらは霞左衛門!今、お前が背負ってる者の弟だ!兄者をどっかに連れてくならおいらも連れてけ‼」
気づけば半泣きになっていた。親も失って兄者までいなくなったらおいらの生きてる意味がない…!
「…兄者と…離れたくねぇ…おいらも連れてけ…」
「……霞くん、だっけ?」
ぱっとおいらは顔を上げた。そしてこくこくと頷いた。するとその人はしゃがみ込みおいらの目線に合うようにした。
「…お兄さんが大好きなんだね、君は。…おや、君も怪我をしているじゃないか。怪我人は保護することになっているんだ。一緒においで。」
と、手を引っ張られた。体のどこを見ても怪我なんてなかった。薄汚れているだけで痛みなど感じてない。…その後、立派なお屋敷に連れていかれた。
「…おいで。体も洗ってやるから。」
「わ、分かった。」
少し進んだら、髪を纏めたとても綺麗な女性が現れた。
「お帰りなさいませ、兄上。」
「あぁ、ただいま。苺依。この子の手当て頼めるか?」
「分かりました、当主様。」
「君はこっちにおいで。…大丈夫。すぐに兄さんには会えるから。」
その人は優しく微笑んだ。その後、兄者が回復するまで一緒に居させてくれた。回復すればここを出ていく予定だったが庶民のおいら達にこんなに、手厚く世話をしてくれた礼にこの妖退治屋で働くことにした。これは兄者と決めたことだったので曲げることは一切なかった。当主殿はおいら達の気持ちを分かってくれて雇われた。下働きから始まって当主殿直々に刀を教わって、退治の舞台に出るようになった。
◇
「…と、まぁこんな感じです。長々と話してしまいましたね。すみません。」
と、光さんを見ればぽろぽろと涙を流し泣いていた。
「ひっ、光さん!どこか痛いのですか⁉」
「いえ…そんな過去があったなんて…辛かったですよね…。」
「光さん…」
光さんは涙を拭い、少し微笑んだ。
「…今度から、怖がらずに挨拶してみようと思います。最初はご迷惑かもしれませんが…」
「それは名案ですね。」
「ありがとうございました、霞さん。話してくださり。」
「いえいえ。…そういえば…兄者!道場に先に行っているんだ‼きっと今、怒ってるだろうなぁ。」
「それは大変です!」
「じゃあ、光さん!また今度ゆっくりとお茶でもしながら話しましょうね!」
「はい、分かりました。」
「では~」
おいらは光さんに手を振り、急いで兄者の元へと走った。四半時後に到着した。
「…ごめん!兄者‼」
「おせぇ。」
「忘れ物がなかなか見つからなくて…」
「あの女に俺らの昔を話していたんだろ。」
「……え。」
「あまりにおせぇから探してたらばったりと。なんで話した。」
「え…えぇと…」
兄者はずんずんとおいらに近づいた。兄者はおいらより背が高いから威圧感がすごい…。
「霞、なんでだって聞いてんだよ。」
「……兄者がいつも光さんを目の敵にしているから、です。」
「・・・あぁ?」
「兄者が何故、妖が嫌いなのか知ってもらいたくて話したまでです。お、おいらが気に食わないなら殴っても構いません。」
「んだと?」
「そ、そんなに機嫌を損ねるのならば一度光さんと話してみてくださいっ!光さんは、すごく優しくて暖かくて…まるで…その、“苺依”さんみたいでした。」
「っ!そんなことはねぇだろ‼」
「本当に似ているんだ!物腰が柔らかいとことか優しい眦とか…」
「はっ!そうかそうか。」
そう捨て台詞を言うと、道場から出ていこうとした。
「…兄者…っ…。兄者の事は!とても大好きだ。だけど、そういう頑固なとこは…大嫌いだ。なんでも見た目で判断する兄者は嫌いだ…。」
今まで以上に声を張った。自分でも驚くほど腹から声が出た。
「……霞…。」
「兄者…なんでっ!そんなに性格が変わったんだよ‼もっと寛容な性格だったじゃないか!」
「…それは…」
「兄者が光さんと打ち解けるまで、おいらは兄者に関わらない。一旦部屋を別々に出来るか当主殿に聞いてくる。」
涙を何とか堪えながら兄者の横を通り過ぎた。
「おい!霞…。」
生まれて初めての兄弟喧嘩だ。関わらないなんてやり過ぎかもしれないが、光さんがあんなに優しい人だって分かったのに何もしない兄者に堪忍袋の緒が切れた。
「…兄者の…馬鹿…」
◇
〔光と別れたその後〕
「すみません、東郷さん。朝早くから呼び出してしまい。」
「構わん。…あの件だろう。」
「はい。」
「はっ!今まで勢いが失せたと思ってたのに、また急に“抜け忍”である儂を探すとは。」
「暫く外には出ないほうが良いかと思いますが…」
そう言ったら東郷さんはぴくりと反応した。
「…“鈴”の墓参りには行っても良いだろう。」
「行くならば護衛をつけてください。」
「あい分かったよ。もえぎをつけることにする。」
「…もえぎ、東郷さんが外に行く際は護衛を頼む。」
「御意。」
「……儂を殺すまで地獄の果てまで追っかけてくるだろうな。」
「…誰かが密告でもしたのだろうか…。もえぎ、そこら辺はどうなんだ。」
「こちらもそこまでは分かりませぬ。どうにかこうにか情報を集めているのですが…」
「そうか。ならば仕方ないな。」
「面目ない…。」
「…もうすっかり、諦めたと思っていたが。やはり抜け忍はこういう宿命を持つのだな。」
「我々も何か出来ることがあるのならば何でもやります。」
「……そうか。」
「拙者の事も頼ってください、師範!」
「弟子に頼る師範がどこにいる。馬鹿者め。」
「す、すみません…」
「…まぁ、たまにはてめぇにも頼ることにするか。」
「師範…。」
「そうだ、もえぎ。その兆候が見えたのはいつ頃だ。」
「一昨日辺りから。いつも通り、この近くを散歩しつつ木の上で寝ていたら甲賀者らしき人物が仲間と話し合っているところを見ました。よく聞き耳を立ててみると東郷は見つかったかと言っていました。肩辺りまでの長さの白髪の男もいました。」
「あぁ、あいつか。」
「師範、知り合いですか?」
「知り合いも何も親友だ。」
「えっ…そうなんですか。」
「師範にもそんな人が…」
「名を虎吉、くないの名手だ。友人だが今現在では最も儂を憎む者、が合っているな。」
「…そう、なんですか。」
「話は以上か?ならもう解散とするか。」
と言って東郷さんは立ち上がった。
「…あぁ、そうだ。明日、鈴の墓に行く。もえぎ、よろしくな。」
と去り際に言い残した。
「はいっ!分かりました。」
もえぎは東郷さんからお願いされたのが嬉しいらしく、目が輝いてた。
「良かったな、もえぎ。」
「はい!拙者、生きている中で今この瞬間が一番幸せにございます!」
「そうか、そうか。」
「拙者、ちょっと鍛錬してきます!それでは。」
そう言って、一瞬で消えてしまった。と、同時に白銀がひょっこり現れた。
「…クゥウゥ…」
「おっ、どうした。白銀。光に何かあったのか?」
「クフッ」
違うと言うようにそっぽを向いてしまった。
「光は今、誰かとお取込み中で構ってもらえなかったのか。よしよし。」
白銀は儂の傍で伏せた。体が密着している所は結構、暖かった。光はいつもこの温もりが傍にあるのか。
「…暫くしたら光のとこに行くんだぞ。」
「ワフッ」
そういえば白銀は顔が凛々しくてまるで狐のようだった。金色の瞳が儂と似ているなと思った。
「光、いつも手入れしているんだな。」
暫く白銀を撫でていたら、ひょっとまた一人現れた。
「わぁ~…犬だ~!」
「おや、仁。…ここに入るときはどうするのだ?」
「あっ!しつれいします。」
「はい、どうぞ。」
「きゃははっ。」
入るや否や、白銀に抱き着いた。
「犬~!犬~!」
「優しく触れよ、仁。」
仁は推定五歳の男の子だ。母親が妖に心を蝕まれ精神崩壊を起こし、そこにいる男子が心配とその村の人が依頼に来たので、その村に行き家を訪ね保護した。その時、仁は長いこと飯にありつけなかったので栄養失調と水分不足でやせ細っていた。しかもその時は一歳であった。そして部屋の中も酷い状態だった。母親はというと突然訪問した我々も悪いがいきなり小刀で襲っていたものだから他の隊員が取り押さえた。その後、母親は隊員を押しのけ発狂し小刀で自ら命を絶った。止める間もなかった。“仁”という名は儂がつけた。仁は仮隊員という立場にある。妖退治屋は十五歳から働くことと規則で決まっている。
「とーしゅさま、犬、名前なんていうの~?」
「ん?白銀、という名前だよ。」
「ちろがね!ちろがね、ちろがね‼」
と言いながら仁は白銀の耳を引っ張っていた。
「耳を引っ張ったら痛いと思うから離してやり。」
「はーいっ!」
光に以前、大人しい犬ですと言われたがここまで大人しいとは…。と、ぱたぱたと廊下を走る足音がした。
「白銀~白銀~どこに居るの~?」
と、光の探している声がした。ここに居ると教えてやろう立ち上がった瞬間に光が顔を出した。
「まぁ!ここに居たのね、白銀…」
光の目線の先には仁がいた。ゆっくりと光は儂のほうを向いた。
「・・・万葉様?」
「な、なんだ。」
「隠し子、ですか?」
「断じて違う‼」
一旦、光を中に入れて座らせた後、必死に説明した。光も分かったようで良かった。
「まぁそうなんですか。私、てっきり万葉様の隠し子かと。もしそうなのであれば、本気で怒っているとこでした~。」
「そ、そうか。怒らずに済んで良かったよ。」
…光が怒ったとこは見たことないが、これは多分怖いだろうな。
「…とーしゅさま、この人、だーれ?」
「光だよ。その白銀の…」
そういや光は白銀のこと、どういう風に思っているのか分からない。そう悩んでいたら光が口を開いた。
「相棒です。」
「…あいぼー?」
「はい。お友達、というのも正解です。」
「へぇ~」
「そんな感じなんだな、白銀とは。」
「はい。」
…今、気づいたが光は仁から微妙な距離を保っていた。仁の事が苦手なのだろか…。
「…ねぇねぇ。」
「はい、なんでしょうか?」
「ひかりは、おばーちゃんなの?」
光があからさまに肩をぴくりと反応した。
「仁、それは違うぞ。違う上に失礼だぞ。」
「えぇ~じゃあ、どうしてかみ、まっちろなの?」
「え、えっとですね、仁君。これは生まれつきでして、私も理由が分からないんです、なので触れられると困ります…ね。あ、あと白ではなく銀に近いと思います。」
「そーなの~?」
光はとりあえずにこにこと笑っていたが、焦りが見え隠れしていた。
「そうだ、仁。そろそろ風雅が呼びに来るのではないか?勉強の時間だと思うが…」
「えぇ~…、仁、勉強、きら~い。」
「勉強しなくては、立派な隊員になれぬぞ。」
「っ!仁、がんばってくる‼」
「あぁ、行ってらっしゃい。」
仁はぱたぱたと走って部屋を出って行った。
「…なぁ、光。」
「は!はいっ!」
「もしかして、仁の事が嫌いなのか?」
「へ!い、いえ、仁君が嫌いというわけではなく、その子供自体、苦手でして。」
「…意外だな、光は逆に子供に好かれるかと思っていた。」
「そう…ですか?…村にいた頃、よくあのくらいの子供に虐められていたんです。」
「っ…」
「石や虫の死骸を投げられたり、腐りきった食べ物を家の前に置かれたりと…。本人たち曰く“妖退治”だと。」
「そんなことがあったのだな…。儂がここに居ろと言って正解だった。」
「最初、ここに居ることはご迷惑だと思って断るつもりでした。…きっと今頃、あの家はどうなっているのでしょうか。」
「…お前の家はここなのだから、気にしなくて良いと思うぞ。」
「万葉様…」
儂は光を引き寄せ、優しく抱きしめた。
「何が起きようと、儂はお前を守る。必ずだ。」
「はい…」
暫く互いの温もりに浸っていた。その後、花宮が光を呼ぶ声がしたので光は一礼し、花宮の元へと行ってしまった。
◇ ※桜峠…伊賀と甲賀の境目である峠
〔桜峠の伊賀よりの森にて〕
「…ここにはまだ居りませぬ、虎吉殿。」
「そうか。されど何時しかは現れる。…この者の墓参りとかにな。」
「ここで待ち伏せるとは良い考えにございます!虎吉殿。」
「ふん!そうだろう。彼奴は来る。必ずや。」
そう言い、ちらりと苔の生した墓を見た。本当に彼奴が来ているのか分からぬほど汚れていた。
「…彼奴め、本当に好いた相手ならばもっと綺麗にせぬか。」
と言いながら、蜘蛛の巣を払った。その時、木の陰から気配がした。姿は見せないがこの件を教えてくれた奴だと分かった。
「順調か、虎吉殿。」
「…いや、順調ではない。今のところな。」
「ほう…そうか。これから、上手くいくのだな。」
「あぁ。」
「くくっ、本当に類は友を呼ぶのだな。東郷疾風を抹殺したい者と殺さなくてならぬ者…。」
「……」
「彼奴を殺したら、報告を頼むぞ。虎吉殿。」
そう言い残し、奴は去っていった。
「東郷疾風…必ずや、討ち取って見せる。」
…甲賀の名を汚した者は許すまじ。彼奴の首をとるまで甲賀には帰れぬ…。
(続)