桔梗と百合 下
どうも、桜宮です。
『愛者永遠』も段々と最終回に向かってきました。
果たして私は何年間書いていたんでしょうか…?
〈元和元年 三月二十九日 後編〉
(時遡り、万葉出発後)
「…さん、かり、さん…光さん!」
「っ!は、はい、何でしょうか!」
「お茶、溢れてしまってますよ。」
「え?わ。すみません、ありがとうございます。風雅さん。」
私は急いで布を取りに行き拭いた。風雅さんも手伝ってくれ、少し湿っているが何とか拭き取れた。
「…やはり、心配ですよね。」
「分かり、ますか。」
「分かりますとも。光さん、最近は感情が表に出やすくて見ていてすぐに分かります。」
「まぁ…」
「…光さん、寝不足ですか?」
「え…」
「誰かを心配するのは良いことだと思いますが、まずは自分を心配してくださいな。私がお茶を淹れますので、部屋でも縁側でもどちらでもいいですので、休んでください。」
「皆さんが戦っている中、そんな…休んだりできません…。」
胸に手を当て、ぎゅっと握りしめた。と、風雅さんがそっと私の手を取り、包み込んだ。
「…では、言い方を変えます。いざという時、動けなかったら大変でしょう?だから、お休みください。」
「っ!」
「もし、万が一、あった場合。すぐに動けなかったら光さんはどう思います?」
「後悔…します。」
「でしょう?なら、休めるときに休んで体力を回復させてください。」
「はい…。」
白銀と共にすごすごと縁側に向かった。正座ではなく、縁側の縁に腰を掛けた。白銀はすとっと私の横で座った。
「くふ」
「…今、戦況はどうなってるのでしょう…。」
「ぅうん」
「白銀…昨日言った夢…段々と鮮明になってきて、まるで耳元で話しかけてる感覚にもあってるの。“あざみを助けて”“あざみを止めて”って。」
「!」
「確かに私の中にもう一人いるわ。私の夢に出てくるのは…その人なのかしら…」
「くふ…」
「語り掛けても困るわ。私は…私は何もできないもの…。」
私は両手で顔を覆った。結び忘れた髪がはらっと視界に入る。答えが出そうで出ないもどかしさで、吐きそう。と、その時。白銀が一つ鳴いた。はっと顔を上げると目の前に、人が立っていた。ほんの少し透けた、人…いえ、狐の…妖だわ。揺れる一つの尾を見、段々と視線をあげその顔を見た。
「…!」
私に、そっくりであった。同時に、懐かしさを覚えた。見たことがある…。…あぁ、夢の、方だわ。きっとそう、そうだわ。ぼうっとその人を眺めているとからころとぽっくり下駄を鳴らし私に近づいてきて、人差し指を突き出し私の額に触れた。近くで見れば見るほど透明なのに、額にはしっかりと温もりを感じる…。
「…したい、やりたいではない。するか、しないかだ。お前の心が示す方に進め。誰も、怒りやしない。」
「っ!」
柔らかく、高い声だけどしっかりと芯のある声だった。まさに、“強い女性”を現したかのような声。
「悩むくらいなら行け。いや、行ってほしい。あざみを…止めてくれ。」
「……けど、けど!私は…刀も何も武器を持てない…戦えないの。戦いたくても、戦えないの…。」
「戦う武器が、刀などだけなんてことはないわ。対話…言葉も時に武器となる。お前は私、私はお前。貴方には…話術とその瞳がある。」
「……」
「大丈夫、貴方は強い子。悩み過ぎて気弱にならないで。」
彼女はそう呟くと、踵を返し去ろうとした。私ははっとし立ち上がり声をかけた。
「あの!」
「?」
「…名前、何というのですか?」
「…私に問わなくとも、君は知っているよ。私の名を。」
「え…?」
ふっと彼女は微笑むと姿を消してしまった。
「わぅ」
「…よし。」
私は自室に戻り、髪を結い上げ万葉様から貰った簪を挿した。鏡に映る自分を見て、両頬を叩いた。私は…皆のお陰でさらに強く、自信を持てた。けど、皆ほど強いわけじゃない。それは誰よりも私自身理解している。だからこそ、自分なりの強さを、今…発揮しよう。
「風雅さん」
「あ、光さん。今お茶を持っていこうかと…」
「私、戦場へ行ってまいります。」
「…そう。行くのね。」
「はい。」
「あの、一つ…訊ねていい?」
「何でしょうか?」
「光さんは、何で戦うの?」
風雅さんは心配そうな顔で私を見た。私は、深呼吸をしてそれに対して答えた。
「話し合いです。」
「話し…合い…?」
「武器を持てないのならば、話術で私は万世と戦います。怖くても、皆さんがいる。白銀がいる。なので、大丈夫です。」
「…光さんらしいと思います。さあさ、見送りますので玄関まで行きましょう。」
かちかちと石を鳴らし、私を見送ってくれた。
「あの、風雅さん。」
「はい?」
「帰ってきたら、皆さんと万葉様のために握り飯、つくりたいです。」
「えぇ、一緒に作りましょう。きっとお腹を空かせているでしょうから、たくさん作らないと、ですね。」
「はい。」
私は風雅さんに微笑みかけ、摂津へ向かった。白銀が匂いを辿り連れて行ってくれる。急がなきゃ。
「わぁう」
「行きましょう、白銀。」
久しぶりに山道を駆ける。顔に触れる風、鼻を抜ける緑の匂い、全身がかっと熱くなる感覚。だんだんと息も上がる。もちろん白銀は私より早い。真っ白な体が光輝いて見える。
「ピィィィーュ!ピィィィーュ!」
ふっと上を見上げると東郷爺の鷹も飛んでいた。ずっと姿を見なかったけど…きっと東郷爺と鈴さんのお墓を見守っていたのよね。…心強い。
「…白、銀!摂津までっは…後、どのくらいっかしら。」
「はうはう」
「もう少し…かかり、そうね。」
と、その時。浮き出た木の根っこに足を取られ転んでしまった。全身が痛い。動け…ない。ううん、駄目よ。光。立ち上がらなきゃ…。痛くても、泣きそうでも。
「っ…う…」
「わん!わん!」
「……あ」
ぽたたっと鼻血が零れた。同時に気づいたけど、髪の毛…解けてる。あ…簪。簪探さなきゃ。立ち上がると足首にずきりとした痛みが走った。ひねったかもしれない。足をさすっていると白銀が走り出し、少しして簪を咥えて戻ってきた。
「わぁう」
「ありがとう、白銀。」
簪は、帯に挿そう。紐…切れちゃった。けど、いい。早く、着かなきゃ。ぐいっと鼻血を、涙を拭い草履を脱いで襟に入れた。
「わ…」
「えへへ、ちょっとお行儀が悪いかしら。」
「くふ」
「行こう、白銀。時は止まってくれない。」
軽く土を払い、もう一度走り出した。
◇
走り出して四半時を過ぎたくらい。だんだんと血と、土の匂いがしてきた。
「わう!」
「ここ、ね。」
崖の上から見下ろしてみた。万葉様達がいるかどうか。そっと覗き込むとそれらしき人たちがいて、私たちもそこへ向かった。もちろん、草履を履き直して、近くにあった蔦で髪を結った。そしてもう一度鼻を拭った。
「行くよ、白銀。」
「わぁう」
胸を張れば何も怖くない。万葉様達は確か、真ん中あたり。
「光さん!?」
「!神楽さん。」
「こんなところで何をなさっているの?随分と汚れてしまって、まぁ!鼻血まで出したの!?」
「どーしたのー?神楽ぁ。」
「あ、天禰。それがね。」
神楽さんとばったりと会った。そして後ろから骸骨の頭を持った男性、確か天禰さんが現れた。
「あの!神楽さん…」
「なーに?それより、治療班の所へ案内しなきゃだわ。」
「…治療班ではなく、万葉様のところへ案内、してもらえませんか?」
「え…」
「君、馬鹿なの?」
「これ、天禰。」
「さっきから戦ってるけど、決着ついていない。なのに、丸腰の君が行くなんて…死にに行くようなもんだ。」
「そのつもりです。」
「へぇ~…え?」
「私も妖退治屋の一人です。生半可な気持ちが少しでもあれば、このような場所へは来ません。」
「…ひか、りさん…」
「神楽。」
「なに?」
「案内してあげよーか。こいつ、今の状況分かってなさすぎ。」
「それなら尚更よ。」
「馬鹿が望んでるんだから、現実みせてあげよ―ぜ。」
「…っう~…。光さん。」
「はい。」
「見に行く、だけですからね。」
神楽さんはそう言い、私を案内してくれた。鈍くぶつかる刀の音が砂埃の中からする。比較的安全な道を歩き、近くまで行った。
「万葉様…!」
万世と今まさに刀を交えていた。…頬にも、腕にも、傷を負っていた。
「あの男、刀筋はめちゃくちゃなのにとても力が強いため、一切斬り込めないんです。先ほど…九鬼様は斬られ、治療班にいます。」
「では今!万葉様一人…ですか?」
「えぇ」
「……」
「わう」
私は白銀を見た。やや紫がかった瞳が私を射抜く。行けと言うように。私はすっくと立ちあがった。
「光、さん?」
「案内、ありがとうございました。この後は、白銀が傍にいますから。」
「…っ!光さん!見るだけって…」
静かに、歩き始め、万世の元へと近づいた。万世は私に気づき、万葉様から飛んで距離をとった。突然の行動だったので万葉様はふと後ろを振り返り、私と目が合った。
「!光!?」
「万葉様。」
万葉様は刀を落とし、私の肩を掴んだ。青かった羽織も、芥子色の着物も血の色に染まっていた。彼がどれだけ奮迅したか伺える。
「どうして来たんだ!直接言わすとも…来ないで欲しいと言う願いは、分かっただろうに!」
「…分かっていました、万葉様の言いたいこと。けど、ここへ来たのはやはり…私も、万世と戦った方がいいと思ったからです。」
「どうやって!」
「話し合いです。きっと、できます。」
「…話し、合い…」
万葉様の頬に触れ、にこりと微笑みかけた。そして神楽さんを呼び、治療班のところへ連れて行って欲しいと伝えた。
「光!」
「大丈夫です。白銀も、いますから。」
「……」
しゃがみ込み、白銀を撫でた後、万世に向き直し、近づいた。万世は私に警戒しているのか切っ先を向けてきた。
「武器持たず、皆から守られ、高みの見物が出来る存在である貴様が何故、ここに居る。」
「…弱いままだと、駄目だと気づいたからです。きっと…遅すぎますが。」
「貴様は何もかも駄目な者だろう!見た目も、性格も、意志の弱さも!全て衰えている!」
「そうですね、肯定します。けど、」
「何か反論でも申すつもりか!」
「貴方は、私の…私達の本当の父ではないので…子供へ向ける愛情を知らないのではないでしょうか?」
「・・・はぁ?…な、何故!我が本当の父ではないことを知っている!」
「貴方、自分の姿を…見ましたか?鏡がないのならば、私が口頭で伝えます。黒髪に、紅い瞳。そして何より、齢十三に見える幼き姿をしています。」
「わ…われ、は…我は!あの頃のっ僕ではない!!強くなった僕だ!」
「…貴方の名前、あざみ、でしょう?…私と、そっくりね。」
「!」
「いい加減、弱さを隠すために強さを着飾るのはやめませんか?」
「…き、さま!見たのか?過去を!」
「そんな事、出来ません。懐古玉は貴方に触れねば発動しない。」
「っ!そう、だった…ならば、どうやって!我の事を!」
「…私の顔に、見覚えはございませんか?」
そう言い、じっとあざみのことを見つめた。するとあざみは、目を見開いたかと思えば苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。
「お前…桔梗の魂を、持っているんだな!?」
「そうみたいですね。やっと、私の中にあるもう一つの魂の正体を知れました。私は、桔梗様の魂を持つ者。だけど、決して桔梗様と同一人物というわけではありません。」
「桔梗の名を出しても!我は一切、揺れ動かぬわ!」
「知ってますよ。そんなこと。私は、夢の中でほんの少し知ったくらいですから。けど…」
そっと胸に手を置き、瞼を閉じた。
「貴方を見ていると、“助けてあげて”と桔梗様が叫ぶんです。きっとそれが、ずっと体調不良だった理由。何度も、何度も、叫ばれていたから。…今はもう、融合してしまってるから、夢で会えて直接言えた、と私は思っています。」
「桔梗では、無いと申すなら…我を助けようなんぞ思うな!!」
そっと目を開けると、あざみの右手には炎が揺らいでいたが、次の瞬間にはこちらに向かっていた。投げられたんだ。避けるの、間に合わない、かも…!反射的に腕で顔を隠し、ぎゅっと目を瞑った。。きっと熱い…と思っていたけど、一向に熱さがない。恐る恐る腕を下ろし、目を開くと、目の前に男性が立っていた。私の周りには白銀しかいなかった。遠いところに、神楽さんと天禰さんもいるけど、到底間に合わない、じゃあ、今この人は…誰?人間じゃない、妖の男性…。
◇
…あーあ。こういう状況になっちゃうかぁ。僕は一切手出しをしたくなかったけど、せざるを得ない。弱弱しく、妖気のあまり帯びていない鬼火を握りつぶした。そしてふっと後ろを見た。無事かどうか、心配だから。と、ばっちり目が合ってしまった。…でも、きっと分からないだろう…。僕は瞳を閉じ、あざみを見ようとしたその時。
「白…銀…?」
光がそう呟き、僕はびっくりして振り返った。改めてじっくり見る青く澄んだ瞳。…あぁ、一緒だ。敬愛する我が主に。
「この姿だと、初めましてなのに…よく分かったね。」
「…瞳、白銀とそっくりだもの。それに…その姿、何故かとても懐かしい。」
優しく微笑みかけてくれた顔が、涙を誘う。けど、泣いちゃだめだ。泣いちゃ駄目。
「光」
「はい」
「神楽のとこに行って。君に怪我を負わせたくない。…死なせたくない。」
じっと光を見つめ、少し強めに言った。光はほんの少し口を開け驚いた表情を見せたが、頷いてくれた。神楽の元へ駆けていく後ろ姿を見、安堵してからあざみを見た。
「…何故、ここにいる…!」
「何故?何故、か。君が一番分かってんじゃないの?」
「我、が?」
「人の社会に、介入しすぎだ。果ては一つの家庭を壊した。本来、幸せに生きるはずだった一族をね。」
「!」
「あざみ。君はもう、あっちの世界では大罪人だ。そんな大罪人でもたった一人だけ、まだ情け容赦をかけてるし、君をあっちの世界に連れてきたの間違いだったかなって、ずっと自分を恨んでる者がいるよ。誰か、分かるよね?」
そういうとあざみはばつが悪そうに僕から視線を逸らした。
「ねぇ、あざみ。」
「なんだ。」
「今ここで、僕と帰るっていうなら全ての罪はなかったことにする。まぁ、僕は吐き気がするほど嫌だけど。」
「…っ…」
「…あざみ。僕ら妖は生きてるだけで悪者扱いされる存在。良いことをしても人間にとってそれは悪。だから、こっちの世界はとても生きづらい。」
「……」
「君の人間嫌いは承知してる。けど君は自分から敵を増やし過ぎた。…君を、大切に思っている人の気持ちまで蹴り飛ばして。」
「黙れ―――!!」
あざみは持っていた刀を放り捨て僕に殴りかかってきた。小さいその手は痛みも何もない。僕の手にすっぽりと収まった。少し力を込めれば、ほら。振りほどけない。
「あざみ。人間嫌いは君だけじゃない。僕も人間は信用してないし、むしろ大嫌いでおぞましい存在だった。けどね。」
…さらにあざみの手をぐっと握り、後ろをちらっと見た。半分泣きそうな顔でこちらを見る光。
「光を通して、僕は人間の善と悪を知った。ちゃんと僕らを区別してくれる者もいるんだって知れた。あの頃と同じくらい…ううん、あの頃以上にとても楽しい。」
「人間は皆同じだ!いつもいつもいつも!自分こそが正義と酔いしれて一切自分が悪だと疑いやしない!」
あざみはもう一つの腕で僕に殴りかかったが、それも受け止め、一瞬離し腕を掴んで、そのまま背負い投げをした。ちょっと力加減を間違えても死なないでしょ。妖だし。
「ぐっ!っ…!」
「…ねぇ、あざみ。今の僕は、何もかもが大好きだ。自然も、人間も。だけどね、一個だけ大嫌いな者があるんだ。」
あざみの胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げた。じたばたと暴れるところもまた、子供らしいや。
「僕は君が嫌いだ。自業自得言うか、何と言うか。全部全部壊してくれて、とても腹立たしい。居場所も、桔梗様も、奪いやがって。」
「!」
「あぁ、あと。あの優しすぎる鬼にも辟易してるよ。本当は様付けしなきゃいけない存在だけど…敬称なんかいらないと思ってるよ。…この時ばかりは厳しい意見を言ってくれてると思ってたのに…」
「…う、あ…お、鬼火!!」
あざみがそう言うと僕の身体は鬼火に包まれた。
「白銀!」
「……」
こんな鬼火、傷にもならない。僕は簡単に解いた。
「な!?」
「囲炉裏の心地よい火かと思ったよ。…君は、知らないと思うけど僕はね、桔梗様から少し貰ってるから、大妖怪御五家の当主に匹敵する力があるんだ。」
「いつの、間に…」
「…だから、君を力づくにでも連れ帰ることが出来る。けどさ、君の意見も聞けって紅蓮がうるさいんだ。それにもう、この人間と妖の戦いを終わりにしたい。」
「そっ…ちが!仕向けてきたくせにか!」
「君が、全てを壊すからだよ。人間が嫌いだからって攻撃しっぱなしで、反撃を食らわないとでも思った?君は、傷つけてはいけないものを傷つけた。」
「……」
「君だって、大切な者が傷つけられたら我を忘れて怒っただろうに。一体、人の心が残ってるのか残ってないのか…僕には分からないよ。」
「…あ、う…」
「もういいね。連れ帰る、で。」
僕はそう言い、門を開こうとしたその時、あざみの胸ぐらを掴んだ右手首に鋭い痛みを感じ、離してしまった。
「いった…」
投げられた方向を見ると死にかけの…烏?がいた。あざみの、元手下か。少し眺めていたがはっとし、辺りを見回した。とっくにあざみは姿を消していた。
「…もう少しだったのに…!」
「白銀…」
「!」
そっと光が声をかけてきた。心配そうな目で僕を見ていた。またこの目を、見れるとは…
「大丈夫?白銀。怪我…は妖さんですものね。ない、ですよね。」
「心配、ありがとう。光。光こそ怪我は?」
「特には。」
「…ごめん」
「あざみ、さんの事ですか?」
「うん。」
「追いかけても、見つかりませんか?」
「あいつ、だいぶ妖気が薄れてるから難しい。あの烏がいること…気づかなかった。」
「もう、息絶えてますの?」
「だと思う。」
光はそっと烏に近づき、抱き起した。と、ふわっと空へ妖気の塊が消えた。
「この子、元々普通の烏さんみたいですね。…お疲れさまでした。どうか安らかに。」
「……」
本当…光は優しい。桔梗様もこんな感じだったなぁ。妖癒瞳は桔梗のそういう優しさから生まれた技。…大妖怪御五家の当主は、どこかに優しさを隠している。時にそれが自分を殺す武器になろうとも。
「白銀…あ。」
「?なんだい?」
「犬の時の名で先ほどから呼んでますが…合っていますか?」
そういえば、と僕は思った。光の前にしゃがみ込み、手を差し伸べた。
「僕の本当の名前は、銀鉤。」
「銀、鉤…。」
「いつも通り、白銀で良いよ。そっちの方が聞きなれてる。」
「では、白銀で。」
「…光。万葉はどうだ?」
「神楽さんに引き渡した時点では、右の二の腕、左の脇腹、その他多数切り傷が。」
「そう、か。」
「万葉様のところへ行きましょうか。」
「うん」
◇
白銀のその姿はやはり見慣れない。けど、やはり桔梗様の魂があるせいか、すんなりと受け入れられてる。しばらくして療養場所に着くと、万葉様は手当てをされてる途中だった。白銀は、近くで待っていると言った。
「あ、光さん。」
「もえぎさん。万葉様は?」
「切り傷が酷いですよ。太ももも斬られていて。」
「歩き方に違和感を感じたのは、それが理由だったんですね。」
「…今は切り傷の止血のため焼いたので、気を失ってます。」
「ありがとうございます。」
「拙者に出来ることは、少ないですから。…だから、行動しようと頑張った光さんは凄いです。」
「っ!あ、ありがとう…ございます。私も妖退治屋の一人ですし、万葉様の…いいえ、何でもありません。とにかく、何もせず後悔より、何かして後悔のほうが良いと思いました。」
「そうですか。」
もえぎさんは他の怪我人の方の治療へ行ってしまった。すぅすぅと寝息を立てる万葉様と二人きり。…そっと額にかかる前髪を払い、口づけをした。上体を起こし彼の顔を見た。
「…万葉様…」
大切な者を守るために、自分の命さえ差し出すような方。強くて、優しくて、平和主義だけど…戦う時は当主らしい顔を見せる。私、きっとまだあなたの全部を知れているわけではないけど、心の底から…大好きです。
「帰りましょう、屋敷へ。」
にこっと微笑みかけ、私ももえぎさんのお手伝いをした。
(続)




