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愛者永遠  作者: 桜宮朧
46/51

新月の惚れた薺 下

お久しぶりです、ギリ生きてます、桜宮です。ものすごく今更の今年もよろしくお願いします。


今回のお話を読む前に、下の二点をよく読み踏まえたうえで閲覧してください(´-ω-`)

一つ目は、今回のお話が主にトランスジェンダーとクエスチョニングの子が出てきます。私もネットや本を駆使し調べて書いてますが十人十色なのでこれが正解というわけではありませんが、もしかしたら間違っている情報があるかもしれません。申し訳ありません。

二つ目がどうして過去編の主人公が小夜丸ではなく、新キャラの朔かというともちろんその目線のほうが分かりやすいのもありますが小夜丸自身、方言キャラなので全部方言だと私も閲覧している皆様も分からなくなるためです。あと、朔の手紙ですが「」はその場面を細かく説明するための補足です。


〈元和元年 三月二十八日:後編〉

≪晴家家:朔の過去≫

小夜(さよ)(ねえ)、お久しぶりです。元気にしてますか。此度、文を送ったのは色々と書きたいことがあったからです。文ならば、思いも全て書けますから。まずは、私が自分の違和感に気づいたときの事。小夜姉には話していなかったですね。確か三歳ごろでしょうか、母にお風呂代わりに体を拭かれているときでした。私はどうしてお母ちゃんと同じ身体じゃないの。と聞きました。

「うーん…どうしてだろうな。神様の、悪戯…かなぁ。あはは…」

お母ちゃんは一瞬。はっとした表情を見せたがすぐに笑ってくれました。その時は、自分の身体が違うことを神の悪戯だと信じ、いつか、成長すれば、母のような体になれると信じていましたが、時が経てど私の体はどんどん男性へと近づいていきました。私には、それが耐え難い気持ち悪さでした。どうして私は女性なのに、男性の身体なんだろうと何度も悩みました。けど、母は恨んでいません。だってあの人、嘘が下手ですもの。きっと私を傷つけないための、優しい嘘だったんだと思います。次に、髪を伸ばしている理由。それは周りの視界を遮断するためと、母が結ってくれるのが嬉しかったからです。後、私の大好きな方も、この髪を褒めてくれるのも、嬉しいのです。私の幼少期は綴らなくて大丈夫ですよね。だっていつも小夜姉が助けてくれたから、覚えているはず。一番話していないのは薺様との出会いですよね。出会いは、今でも憶えています。私が十の頃。お気に入りだった野原で花を愛でていた時。ちょうど一本の木の元に丸っこいような花があるのを見つけ、そっと近寄りました。

「わ。姫蔓蕎麦だ。丸くて可愛い。」

「そうか?」

するとふいに頭上から声が降ってきて、私が顔を上げるとそこには逆さまの顔がありました。厳密に言えば、木の上に座っていて背面からだらりとぶら下がったそうです。当時の私は突然現れたせいで大変驚き、思わず大きな声を出して逃げてしまいました。あそこには逆さまお化けが出る、なんて言って三日四日行きませんでした。けど、やはりあそこはお気に入りだったので意を決し、向かうとそこにはあの時の男性がいました。こちらに気づき、ずいっと近づいて来たのも、覚えてます。その方の格好も、印象的で覚えてます。まるで“傾奇者”と呼ぶような恰好で、私より、背が高く見上げねば視線が合いませんでした。

「おめーここで花見てた奴だろ。」

「え…あ、はい。」

「全然来なくなっちまったからびっくりだよ!」

「えと…えっと…」

「俺さ、今から魚取りに行くんだけどさ、一緒に行こ―ぜ。」

「え?」

実質、初めて会話をしたのにぐいぐいと来る性格で正直、苦手でした。あれよあれよと海まで連れて行かれ、私は近くの倒木に腰を掛け、獲っている様子を眺めていました。そこで私は気づきました。彼の左腕がないことに。私は、その時点では気のせいだと考えました。

「なぁ!あめーさ、名前なんて言うんだ?」

「え?」

「名前だよ、名前。あ、俺は空閑薺。」

「わ、私は、朔…です。」

「へぇ、朔。良い名前だな。」

「そう、でしょうか。空閑様のほうが、素敵かと。」

「ありがとうな。」

「…あの。」

「なんだ?」

「片腕、仕舞っているのですか?今日は随分、寒いですものね。」

彼は振り向き私を見て、答えてくれた。でもその表情は少し困惑した表情だったけどすぐに笑ってくれました。

「あーこれな。俺、腕ないんだわ。戦で斬られちまってよ~。右腕はまだ使えるから刀は振れるんだけどな。」

「ごめん、なさい…。」

「何で謝るんだ?」

「だって、あまり…触れられたくないでしょう?」

「うーん、俺自身あまり気にしてないし。謝らなくて平気だ。」

「そう…ですか。…あ」

「何?」

「先ほど、空閑、と申しましたか?」

「言ったよ?」

「空閑、ということはあのお城の城主様ですか?」

「城主、とかそーゆーのじゃねぇよ。てか俺、この腕のせいで追い出されたんだわ。あはは。だからさ、そんなに畏まらなくていーぜ。」

「……」

自分も言えない秘密があるのに、私はとことん彼の秘密を暴くような質問をしてしまい、口を二度と開けたくないと思った瞬間でした。それでも、彼は明るく笑いながら答えてくれて、正直、凄いなと思いました。私の事を知っているのは、家族だけ。誰にも、知られたくないし、どうせ、同情なんてない。蔑みと、嫌悪の感情をぶつけられるだけだから。

「なー、朔?だっけ。なかなか獲れねーや。ここ。やっぱ沖?」

「そう、かと。」

「んー…行くか。」

「え!あの、凍死します!だから、お止めに…きゃん!」

「大丈夫か⁉」

私の事、誰にも知られなくていい。だから、あの時、転んだ私に手を差し伸べてくれたのに、掴まなくてごめんなさいと思っている。だって、掴んだら知られてしまう恐怖があるから。

「あり、がとう…ございます。けど、大丈夫です。」

「そっか!なぁ、朔。」

「え?は、はい。」

「川に行こ―ぜ。川なら魚獲れそーだ!」

「えぇ…」

薺様は、今日初めて会ったとは思えないほど私に気軽に接してくれました。けど、何故か、嫌ではなかった。心地よかった。あまりにも、新鮮だったからかもしれない。心の奥が、暖かく感じた。家族以外で、初めて安心感を感じた瞬間でした。

「朔、やっぱ寒いから魚って獲れねーのかな。」

「わ、分かりません。そう言えば、何故魚を獲りたいんですか?」

「え?食いたいから。」

本当に、自由気ままな方だなと思った。だって、私の了承も得ずにまた明日も会いたいと仰るんですもの。行こうかどうか迷いましたが、何となく、足は貴方の元へと向かっていました。そして相変わらず、あっちに行こう、こっちに行こうと私を振り回して。長い前髪から覗くと貴方の顔はいつも笑顔でした。そして、同時に、世界が色づいたようにも感ぜられました。私にとっての大きな出来事は、やはり翌々年の新年の挨拶でしょうか。翌年の新年の挨拶は、いつも通りでしたよね。その次の日に私は出掛け、あの花畑で空閑様と会い挨拶を交わしました。この年は、のんびりとした関係を築いて行きたいち思い、よく足を運びました。空閑様の事を信頼できるようになれたら、自分の事を話してみようか少し悩む自分もいたのですが、話したら、築いたすべてが壊れてしまそうで怖かったです。恋仲や夫婦でもなく、ただこの親友という安定した立場でいい。次第にそう思っていきました。そして、その翌日の新年。小夜姉も覚えているはず、あの出来事。

「小夜、望。上様んところへ新年ん挨拶ばしぎゃ行くけんついて来い。色々と手伝うてほしか。」

「えぇ、面倒。だってあん上様いつもうちらん魚にけちばつくるたい。」

「小夜、あまりそがんこと言いなしゃんな。首と体がさよならするぞ。」

「はーい。」

「あ、あの、お父ちゃん。」

「ん?どがんした、朔。」

「ひ、人手。足りないならわた、私も…行き、たい…」

「…無理はせんでよか。帰りとうなったら、帰ってよかけんな。」

「うん。」

大八車に荷物を置いて、私たちも乗って向かいましたよね。望はずっと寝ていて小夜姉は、献上品を食べようとしていて、望を起こそうとしたり小夜姉を止めようとしたり、忙しかったのですよ。でも、今でもふと思い出すと笑ってしまいます。結局、望はお城に着いた頃に目覚めて、献上品も無事で、父が城内まで入り上様の元まで向かいましたね。御簾越しで新年の挨拶を済まして、献上品を渡して終わるとその時まで思っていました。新年の挨拶の後、何故か私だけそこで正座してろと言われ、父と小夜姉たちは献上品を家来に渡せと言う命令を下しました。

「上様。失礼ながら…なして、朔だけこけー残るんやろうか。」

「うるさい!僕の命令が聞こえないのか!」

「…分かった。話が終わったら、またこけー参ります。」

この時、無理やりでも小夜姉かお父ちゃんを、留めておけばよかったと思っている。小夜姉は去る間際まで心配してくれましたね。とても嬉しかったです。私が一人、そこに残り上様が口を開きました。

「お前、巷で噂されてた男女(おとこおんな)かぁ?」

「え…」

「男のくせに、女の格好をしているぅっていう者がいると聞いてなぁ。まさか、のこのことここへ来るとはなぁ。がはははは」

「わ、わた…私、は、女に…ございます。そ、それに…新年の、挨拶を。しようかと…」

「なら服を脱いでみよ。」

「…な、なに、ゆえ…」

「本当に女かどうか見てみるためだよぉ。それで疑いが晴れるだろぉう?」

「…こと、わります。」

「断ったぞ!こいつ。認めたも同然じゃないか!がははは」

耳を塞ぎたくなるような言葉をひたすらに浴びました。涙が止まらなくて、そこから逃げようと脳は言っているのに体は言うことを聞きませんでした。

「こんな面白い人間、今夜の宴の催しにどうだぁ?長生(ちょうせい)姫。」

「美味しい酒の場になりそうだわ。」

「っ。」

私はもう堪らなくなり、その場から逃げ出しました。痺れた足も気にせずに。とにかく帰りたかった。だからあの時、あの場にいなくて、ごめんね。途中で、薺様にも出会ったけど、無視してごめんなさい。

「あ!おーい、朔じゃないか…あれ。」

ちゃんと、声は聞こえていた。けど、どんな顔をして会えば分からなかったの。それは小夜姉たちも。あの上様のことだから、もう薺様も知ってしまったと思った。全てが、大切に積み上げてきた全てが、音を立てて崩れていくのを感じた。薺様は幻滅した、とその時の私は思い込んでいました。私が、新年の挨拶をしようと決意したのは、もしかしたら、薺様に逢えるかもしれないという淡い期待があったからです。あの花畑に行けば、逢えると言うのに。私は、その日からあまり食べなくなって、小夜姉は母、父と同じくらい心配してくれて。本当に。ありがとう。けど、私は日に日に弱くなっていく一方で、ふと新年の出来事を思い出すと嘔吐を繰り返して、本当に、本当に、小夜姉たちには心配と迷惑をかけちゃったね、

「…今日も朔は、可愛いね。髪も綺麗で。」

「朔、悩みなら何でんうちに聞いて。」

「一人で寝るの、やだ。朔、一緒に寝て。」

「穴子ん刺身でも食べるか?それとも豪勢にいりやき食うか?父ちゃん、何でん獲ってくるぞ。」

母、父たちの言葉、とても温かった。ある日、皆朝ごはんを食べ終わった後、小夜姉たちは漁に行っちゃって、母と二人きりになった時。ふいに母は口を開いた。

「なぁ、朔。最近さ、お野菜とか肉、たくさん食べれてるじゃない?なんでか知ってる?」

「…ううん…」

「来てるのよ、若様。最初はね、誰が置いてるのかなーって疑問だったんだけどさ、ちょっと来るのを待っていたら、若様だった。」

「……」

「それでね、こんなに食材をありがとうございますって言ったら、これを食えば朔、元気になれると仰って。他にも、言ってたよ。朔。」

「な、に?」

「まだ、逢えねぇのか。朔に。って。若様っていつも怒ったような顔をなされてるけど…その時ばかりは寂しそうな顔をしてた。」

「……」

「別に、外へ出ることを催促してるわけじゃない。けど、朔の心の整理がついたら、会ってあげてね。」

「なず、な様…」

母の言葉に私ははっとしました。薺様が、本当に親友ならこんなことがあってさ。薺様も聞いた?なんて軽く言えるはずなのに。こんなにも薺様を拒絶してふさぎ込んで。私はその時、確信しました。彼の事を、どうしようもなく、好きだと言うことに。叶うはずない願いに気づいてしまって、母の胸に飛び込んで泣きじゃくりました。ひとしきり泣いて、疲れて次の日の夕方まで寝て、ふと外に出てみたくなりました。母に髪を整えてもらい、家の近くを散歩しました。途中、大きな流木があり腰を掛けて海を眺めていると、薺様の声が背中から聞こえました。振り返ると、彼がいました。

「朔!」

「…薺、様…」

「やっぱ飯食ったら元気になったか!」

そう言いながら彼は私に抱き着こうとしましたが、つい、びくりと反応してしまって、彼は、あっという表情を浮かべた後、私の隣に座った。

「…えっと、お久し、ぶり…です。」

「親父から聞いたよ、全部。げらげら笑っていやがった。」

「そっか…。」

「…欠けた者同士、お似合いだ。なんて言って笑っていたからさ、思いっきり石を投げてやった。そしたら綺麗に左目に命中して、血が出てた。」

「え。」

「そんでさ、俺もこう言ってやった。人の心がねぇお前と、片目のねぇお前。欠けた者同士、お似合いだなって。」

「だ、大丈夫、なんですか。それ。」

「大丈夫だよ、別に。…俺さ、初めてだわ。こんなに怒ったの。片腕なくしてから親不孝もんだなんだって陰口叩かれたけど、そこら辺の石ころ同然だ。」

「……」

「なんかさ、朔の悪口とか言われたら、めちゃくちゃ腹が立つんだよな。だから、なんでかなって考えたらさ…。俺、朔に惚れるんだって、思った。」

「・・・え。」

私はその時、彼の言葉に耳を疑いました。彼は、あの人から全部を聞いたはず、なのに、どうしてそんな言葉が口から出てくるのか不思議だった。

「俺、朔が好き。」

「き、聞いたのよね。私が、どんな…存在なのか…。気持ち悪い、でしょ?」

「気持ち悪くない。俺は、朔が好きなんだ。女の朔とか、男の朔とか、決めつけられたそう言うのじゃなくて、朔っていう存在が好きなんだ。」

「私、自身…?」

「…俺、こんなにも誰かに惚れたの初めてだ。これが正直、恋かどうか分かんねーけど…お前の事しか考えられなくて。この世界にはお前と俺だけでいいとか考えたりしてさ。」

真っ直ぐな瞳で私を見ながら好きって言って。私はその時、確信した。この人は、本当に私の事を好きなんだって。こんなにも好きでいてくれてるのに、私は彼に嫌われたと思っていた。薺様は、私が思っているような人じゃない。だから、私の答えは決まっていた。

「私も…薺様が好きです。大好きです。貴方と、生きていきたいです。」

「朔!」

「きゃ」

あの時の満面の笑み、初めて抱きしめられた温もり。死ぬまで忘れられないでしょう。

「朔、結構ふかふかじゃん。まぁ、手とか分かりやすいけど。」

「そ、そう言えば初めてですね。こういうこと…。」

「あったけぇ…朔。」

「ふえ…」

「…なぁ、朔。ここから離れて二人で暮らさねぇか?俺、農民みたいなのんびりした暮らしがしたいんだ。」

「良いのですか?」

「良い、良い。そもそも俺に地位とか名誉とか、なんもねぇ…いや、朔だけがいるな。」

「もう…。」

今まで話せなかったことをたくさん話して、今後の話をして。翌朝に本土のほうへ移動しようとなりました。後は小夜姉ご存じですよね。今、私は筑後のひっそりとした山奥で薺様と夫婦として過ごしています。祝言に呼ばなかったのは、そもそも行っていないのと小夜姉がもう和泉のほうへ向かっていると文が届いたからです。小夜姉、この文は内容は少し変えてますが、母の元へも送ってます。ご安心ください。そう言えば、私どもにはお子が出来ませんが、その代わりなのか三毛猫さんが家に来ました。正確には梔子の下で弱っていたので家に迎えました。名前はその通りくちなしです。この文を書いている間も早く終わらないのかと催促されてます。くちなしと、薺様と、私。二人と一匹で今日も幸せに生きてます。小夜姉もどうか幸せに生きてください。また会いたいです。特に、小夜姉に。会える日が決まりましたら文を送ってくださいね。母も父もなかなか文が来ないと心配されてますよ。

  ◆

「…ありがとう、ございました。」

「ん」

私は、読み終えた文を巻き直し晴家さんに渡した。確かに、私と似ている部分がほんの少しあった。同時に込み上げるものがあり、静かに泣いた。

「朔さん、家族からとても大切にされていたのですね。優しいご両親で羨ましいです。」

「…光さんの両親はどがん感じやったんだ。」

そっと空に浮かぶ細い月を眺めながら私の両親について話した。後、東郷さんの事も。私の、育ての親だから。

「私、少し考えることがあるんです。…いつから壊れ始めたんだろうと。誰も救ってくれなくて虚空に手を伸ばして答えを探る日々でした。」

「答え?答えってなんや。」

「生きる意味と、いつ死んだ方が良いのか、です。でも今はもう答えを見つけました。死にたくないですし、生きる意味は万葉様がいるから、です。」

「そうか。ばってん…まだ何か悩んどーようばい。光さんは。」

「え。」

「朔ん相談によう乗っとったけん、声色、視線、手ん動きで分かる。隠し事が、あること」

「…そう、ですか。やはり分かってしまいますか。」

「あぁ」

晴家さんはそう言いながら眉に少し触れた。

「そうですね…。万葉様へ向ける愛が、分からなくて。万葉様からたくさん、好きという気持ちは受け取っているのですが、自分はどのように返せば良いのか分からず…。」

「…うちが思うに、好きちゅうもん形もなんもなかと思う。そん者自身がもつ気持ちは平等やなか。そん一人一人、違う形や色があってんおかしゅうなか。」

「気持ち、には…形がない。そうですよね…。あの、つかぬことをお聞きしますが、晴家さんには好いている方はいるのですか?」

私をじっと見つめた後、ふっと笑い胡坐を掻いて膝の上で頬杖をついた。

「生憎だが、うちにはおらん。…おらん、ちゅうかそがん気持ちが、そもそもなかばい。うちゃ、うち自身が分からんけんな。」

「わ、すみません。本当に失礼な事を…」

「気にせんでくれ。…あんたなら、これも話してんよかか。聞いてくるるか?光さん。もう一つ、短か話ば。」

「えぇ、大丈夫ですよ。」

「…さっき、うち自身が分からんて言うたけど…そもそもうちゃ、自分の性別が分からんとや。ちなみに体は男や。」

「え。」

「はは。やっぱりそん反応になるよな。」

「す、すみません。見た目で判断していたわけではないのですが、とても可愛らしいので、てっきり女性かと。」

「やーらしかなんて、親以外から言われたとは初めてや。なんか…照れくさかね。」

晴家さんは二っと笑った後、大声で笑い出した。恥ずかしさを引き飛ばすかのように。

「晴家さんも、その…朔さんのように辛い思い、なされたのですか?」

「…憎らしかことに、そがん経験がなかばい。うちん容姿はどっちにも当てはまっとーと思う。ばってん、女や男やと言われてん違和感しかなかった。」

「確かに、頷けます。」

「一番、そん違和感が強まったとが一人の女子に好いとーと言われたときなんや。好いとー…って言われて本来やったら嬉しかことだばってん、うちにとっては困惑やった。」

「やはり、自分の性別が分からないからですか?」

「あぁ、そうばい。答えば探そうとしたばってん、探そうとすりゃするほど、深か海へと沈んどー気分やった。」

「…答え、は…察します。」

「ありがとう。…うちが、こがん吹っ切れた性格になれたとは、やっぱりお母ちゃんだ。あん人、ほんなこて…はは。常識ばぶっ壊せーみたいな、豪快な性格やった。」

「良いお母様ですね。だから、晴家さんも、朔さんも生きようと自信を持てたんですね。」

「あぁ、そうばい。お母ちゃんがおらんじゃったら、うちはどうなっとったんじゃろうか。朔ん場合やと、お母ちゃんと空閑殿がおらんじゃったら…自害しとったとやろうね。」

「っ…」

「うちゃ、生きるとが楽っちゅう嘗めねまった考えで女として生きとーばってん、そりゃ表面上。恋だってうちば、うちん全部ば、好きになってくるる者が現れたら考えてやろうと思う。」

晴家さんは空を仰ぎながらそう言った。瞳が少し潤んでいるように見えた、

「きっと、現れてくれますよ、晴家さん、とても優しいですもの、」

「…光さんの声、心ば包み込んでくるるような優しか声色ばい。」

「そ、そうですか?初めて言われました。」

「…そう言えばな、家からこっちへ来る前に母ちゃんに聞いたんや。なして朔やうちといった人間ばなして大切にしてくれたんやって。」

「そう、なんですか?」

「母ちゃんの答えは、“大切にしないほうが良かった?”なんて返された。なしてと尋ねると、“自分の大切な子供やけん“。って笑うて。」

「……」

「“朔やあんたは、そういう個性なんだから。それを否定して、自分の思い通りの人生を歩んでほしくない。けどそれを非難する人はもちろんいる。だけどそう言う人は、自分の知らないことを知るのが怖いだけの臆病者。”とも言いよった。」

「素敵な…お母様ですね。」

「うん。ほんなこて、母ちゃんの子で良かった。ばってん、お母ちゃんも悩んだと思う。朔ん文にもあったとやろう?すらごとば吐けん人だって。…分かりやすかった。」

そう言って、少し頬を掻いた。やはり出会う人で、性格にも変化が出るんだと思った。晴家さんのところもとても重たい、人に話すのが辛い過去なのに、性格はとても明るくて…正直、羨ましいと思っている自分もいる。けど、お話が出来て良かった。万葉様へ向ける想いが少し、分かってきた。

「…色々と、ありがとうございました。私の中でまだ少し靄のかかるところはありますが、晴れてきた気がします。」

「そりゃ良かった。…だって光さん、表情が良うなった。」

「え?」

「初めて会うたあん日、あんたん顔ば見たら沈んどーちゅうか、寂しそうていうか…なんかそがん暗か顔やったけん、心配やった。」

「そ、そうだったんですか。確かに…私は普段から万葉様やこれからの事に悩んでいますので…自然とそんな表情になってしまったのかと。」

「…困ったことがあるなら、そん万葉に吐き出せ。あん者は一目でわかる。優しかこと、光さんば何よりも大切にしとーこと。自分ば追い詰めず、少し肩ん荷ば下ろして気ままに生きてみぃ。」

「気まま、に。…気ままに…」

「こん事は万葉殿にも言うてな。あっちんほうが、気ば張り過ぎだ。二人、恋仲でこれからも一緒に生きてくなら辛さも喜びも、なんもかも半分こにせろ。そんほうが、生きやすかと思うばい。」

「小夜丸さんは、本当に人を見ているのですね。感心します。…万葉様、なかなか私には頼ってくれなくて…。私も、何かしら力になりたいと思っているのですが。」

「…光さん、もしかして身体とか弱かった?」

「あ、はい。昔、ですが。よく寝こむことが多かったです。」

「…なるほど、ね…。」

「何か。関連があるのですか?」

「光さんば、失うとがえすか…んやと思う。頼って、あんたが倒れて、そんまま帰らん人となるとがえすかばいと思う。まぁ、うちん推測ばってんな。」

「……」

確かに、私が倒れて高熱出したときも万葉様は寝る間も惜しんで傍に居てくれた。…怖い。なら、なら私も万葉様を失うのが怖い、頼ってもらいたい、万葉様に。少しでもお傍にいたいから。大好きだから。

「…長か事話したけん、喉が渇いて来た。うちゃそろそろ戻る。光さんも、中に入ったほうが良か。」

「あ、そうですね。本当に、貴重なお話ありがとうございました。また一つ、勉強になりました。」

「光さんの、これからん人生に役立ったなら幸いだ。」

晴家さんはそう言い、にっと笑った。晴家さんと一緒に宴の場に戻り、万葉様のお酌をした。

「ど、どうした。光。」

「やってみたかったんです、お酌。お嫌でしたか?」

「嫌な訳がないだろう。ありがとう、光。」

…私、貴方の笑顔が大好きです。幸せそうなその笑みが。心がふわっと温かくなって幸せを実感できる。これも、好きの気持ちなのでしょうか。

  ◆

≪時、遡り。千六百四年六月。筑後某所。≫

追記です。

「ピャア!」

「もうすぐ、終わるから。梔子。」

「ん~にゃぁ…ゴロゴロ…」

「筆にすり寄らないで…」

私、名前を変えました。けど、根本的に変えたわけではありません。朔の字はそのままに

「梔子、向こうで遊ぼ―ぜ。」

「あ…旦那様。」

「文、それで最後か?」

「はい。小夜姉だけは少し長めに書きたくて。」

これからの、生活、人生が色鮮やかに彩られるようにという思いを込めて

「そういえば、また鈿女(うずめ)さんと綿津(わたつ)さんから届いたぞ。魚とか!」

「わ、そうなんだ。本当、お母ちゃんとお父ちゃんには感謝しかないわ。」

「朔、今日これで飯作って!」

「良いよ。何が良い?」

「そうだな~。」

(さく)()”になりました。ちなみに旦那様からもらいました。とても気に入っていますが、この名前は旦那様の妻の時だけです。小夜姉達は相変わらず朔と呼んでください。

「…薺、様。」

「なに?」

「ちょ、ちょっとしゃがんでください。」

「こうか?」

「……ちゅっ。」

「!」

「ご、ご飯の用意してきます!」

薺様に出逢えてよかった。何度も自害が脳裏をよぎったけど、母の言葉のお陰で生きれました。私は私らしく、私の人生なんだから誰も否定する権利なんてない。母の言葉で一番好きな言葉です。私は、とっても幸せです。

                                  (続)

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