桜と戯れる猫 上
ものすごーくお久しぶりです、桜宮です(^_^;)
今回も前編・中編・後編に分けさせていただきます。
また今後も長くお休みしちゃう場合もありますので、ご了承くださいまし…。
〈元和元年 三月二十八日:前編〉
朝、少しだけ素振りを行った。今日の手合わせに向けて。
「あ、おはようございます。万葉様。」
「光か。おはよう。」
「手ぬぐい、持ってきますね。」
「ありがとう。」
光はぱたぱたと台所へ向かい、儂は縁側に座った。しばらくして手ぬぐいと茶を持ってきてくれ、光から茶を受け取り少し飲んだ。ふとその時、光が儂の腕に触れた。
「…わ。万葉様の体、すっかり冷えてしまっています…。」
「まだ冬だからな。だが、素振りをしてお陰で体の内は熱いぞ。」
「風邪、引かないでくださいね。」
「大丈夫だよ。光こそ、体調には気をつけろ。」
「ご心配ありがとうございます。」
光はふふっと少し笑ったが冗談抜きに気を付けてほしい。最近は随分と元気になったが、いつ倒れるか分からない。
「…そう言えば、今日の手合わせは辰の刻ごろか?」
「はい。昨日、鷹が持ってきてくださった文にそう書いてありましたね。」
「光も来いと書いてあったな。」
「勝敗を見届ける役割だと思います。」
「…そろそろ支度をするか。」
「はい。では、お茶を片しますね。」
「ありがとう。」
光は台所へ、儂は自室に戻り袴を着て勝色の袴を着た。
「万葉様。」
「ん?どうした?光。」
「私の方も支度が終わりました。」
「そうか。…あ。」
光の髪はお団子に結われていて、儂があげた青玉の簪を挿していた。儂はそっと光の髪に触れた。
「気づかれましたか?」
「あぁ、気づくだろう。よく似合っている。」
「ありがとうございます。万葉様も勝色の羽織が似合っていますよ。」
「妖退治屋だとういう証の羽織だからな。…じゃあ、そろそろ向かうか。」
「はい。」
「わぁう」
いつの間にか起きた白銀が光の傍で座った。一つ欠伸をして、光を見つめた。
「おはようございます、白銀。貴方もついてきますか?」
「わう」
「万葉様、白銀も良いですか?」
「大丈夫だろう、多分。」
「良かったですね、白銀。」
出発前、やはり光の格好が寒そうに見えたため別の羽織を着せた。彼女は暖かいと微笑んでくれた。朧には事前に話してある故探し出すことはないだろう。
「まだ雪が残っているな。」
「そうですね。ですが、溶けかかっていますし…もうすぐ春が来ますね。」
「…そうだな。春、来るよな。」
「私、一番春が好きです。桜とか綺麗ですよね。」
「儂も桜が好きだ。春の暖かい陽気も。」
その後も他愛のない話をし、手合いをする場所に着いた。すると、光が妙なことを呟いた。
「…水樹さんの、匂いがします。」
「え?」
「気のせいかもしれませんが、白檀の香の匂いが…」
「……」
もえぎが、言っていたことは本当なのだろうか…そう思いつつも、石階段を上った。上りきると既に京殿が待っていた。
「来たか。お初にお目にかかる、万葉。」
「こちらこそ。初めまして。…申し訳ない。遅すぎたか?」
「そんなことはない。」
儂は京殿の前に行き、光は古びたお堂の階段に座った。光の隣にも一人座っていた。京殿のところの者か。
「…手合わせだが、木刀で良いか?本物の刀では危ないだろう。」
儂はそう言ったが、明らかに京殿は木刀を持っていなかった。
「何を言ってる。本物に決まっているだろう。」
「…え。」
「光殿から勝ち負けで条件ありと聞いたか?」
「あ、あぁ聞いたぞ。して、条件とは?」
「…余が負けた場合、退魔屋敷は、其方ら妖退治屋と同盟を組む。そして、余が勝ったら……そうだな。」
京殿は少し辺りを見渡し、光を指さした。
「あいつを嫁に貰う。」
「は?」
「え?」
「では、手合いを始めよう。」
「ちょっと待ってくれ!その条件はどういうことだ!光を嫁に貰うとは…!」
「…貰われたくなければ、勝てばいい。それだけだ。それとも、もう負けを認めるか?」
「認めん!飲むぞ、その条件。」
京殿は刀を抜き、切っ先を儂に向けた。儂も木刀ではなく本物の刀を抜いた。
◇
「安心せろ、光殿。九鬼にはそん気は一切なか。あいつは撫子一筋や。」
初めて条件を聞いて焦る私にそっと晴家さんが教えてくれた。
「そ、そうなんですか。良かったです…。私も、誰かの妻になる気はありませんでしたので。」
「…わいも、いじで万葉とやらば好いとるんな。」
「大好きですよ、万葉様の事。私の心を開いてくださった方ですもの。」
「そうか。」
万葉様は九鬼様と暫く睨みあったのち、手合わせが始めった。本物の刀故に木刀のような軽い音ではなく、鈍い音が響き渡る。胸の前でぎゅっと手を握り、手合わせを見届けた。
「…晴家さん、質問良いでしょうか。」
「何や?」
「どうして九鬼様は万葉様と手合わせをしたいだなんて、言ったのでしょうか。先ほどの条件で同盟を結ぶと言ってましたし、話し合いをすれば…」
「そうばい、うちもそう思うた。九鬼は刀と争いば嫌う男。やけん、同盟とか組むとなったら戦わず書面で終わらせる。」
「……」
「こん手合わせは、九鬼なりん覚悟なんかもしれん、とうちゃ思う。…今回ん手合わせ、九鬼は勝つつもりはなかそうやが、本気でやると言いよった。」
と、その時。かんっという刀が跳ね返される音がし、晴家さんから万葉様へ視線を変えた。
「万葉様‼」
「っ…!」
「さっさと立て、万葉。これが本当の戦いなら、背中から切れられてるぞ。」
「知って、いるっ!」
戦いの事なんて知らないけど、この状況は九鬼様が優勢だということは分かった。九鬼様の戦い方は、とても雅だった。舞を踊っているような。故に隙が一切なく斬り込んでくる。
「なぁ、光殿。」
「はい?」
「こん勝負、どっちが勝つと思う。」
「……」
晴家さんはにやりと笑いながら、そう尋ねてきた。私は、もう一度万葉様をじっと見つめた。
「うちらも賭くるか?どっちが勝つか。」
「良いですよ。…私は、万葉様が勝つと思います。」
「じゃあ、うちも自分の主に賭くるとするばい。…そうばい。うちん勘が外れたら、これば君にあげるばい。」
そう言って、お金の入った袋を少し開けて見せた後、私との間に置いた。
「…では、私はこれにします。」
私は、髪に挿した簪を外し緩やかに髪が解けた。そしてことっと置いた。
「明らかに大事そうなもんば賭けてきたな。」
「万葉様を、信じていますから。」
にこりと微笑みかけ、私の左側に座ったいた白銀は一つ欠伸をした。
◇
「っ!う…」
「押してこぬか、万葉。」
万葉の手は、多少肉刺はあるが余に比べれば綺麗な手だ。そんなに戦ってこなかったのだろう。…羨ましい、妬ましい、腹立たしい。負けるつもりで戦っているが、勝ちたいとも思ってしまう。初めて会うて嫌いだと確信した奴に、何故こんなにも闘争心が沸いているのだろうか。
「…強いんだな、京殿は。負けたくないが、負けそうだ…。」
「……」
「だが、儂は…負けぬ。光は、誰にもっ!」
「っ⁉」
あんなに押されていた万葉が余を押した。予想外で、少しよろめいたが数歩下がったのち、立て直した。万葉もよろめいていたが、瞳は余を見ていた。睨むような、鋭い眼差しを向けている。
「…誰にも…渡さぬ。これ以上、光に…寂しい思いをさせたくないのだ!」
余はちらと光殿の見た。手を固く握り、胸の前で祈っていた。…なるほどのう、万葉はこのお遊びのような手合いでも、大切な者を奪われそうになると、本気になるのだな。
「…余と同じじゃないか…」
「何か、申したか。」
「言っていない。…さて、再開するか?それとも、止めにするか?随分と肩で息をしているじゃないではないか。」
「は、は、は…っ、そんなこと、ない。」
「…そうか。では、参る。」
間合いを詰め、斬り込むと瞬時に受け止めぐっと押した。余の戦い方を、理解してきたか。先ほどとは打って違い、真っ当に戦えている。…余が押されている。そんな感覚がしっかり手に伝わってきた。
「…万葉様…」
「形勢逆転。あがん押されとったじょん、九鬼ん戦い方に、しかもこがん短か時間に適応するとは…。」
万葉が、余を押してきた。先ほどまでの弱腰で負けそうな万葉はいない。本気で、戦う男だ。余の筋を全て把握したか。…面白い。
「…それでいい。」
「何がだ!」
さらに力を込めて、余を押してきた。余はふっと力を抜き横へ逃げた。当然、万葉はよろけて転んだ。その隙に立ち上がり、万葉を見つつ後ろへ下がった。意外にも立ち上がるのが早く、余に向かって走ってきた。肩亜を構え直した、その時。
「あ。」
まさか石があると思わず、引っかかり尻もちをついた。走り出した人間はそうそうに止まることができない。一瞬万葉は刀を回した後、叫んだ。
「避けてくれ!京!」
…あぁ、この男はこれを機会だと思わずに避けろとは。
「実に、優しい男だ。」
次の瞬間、かっという割れる音とがしたと同時に、目の前が明るくなり脳裏に懐かしい声が響いた。
(綺麗です、九鬼様の瞳。まるであなたの性格を表しているような。)
にっと笑う彼女の姿を思い出した。あいつと同じの瞳で嫌いだった瞳を好きだと。言ってくれた。
「…なで、しこ?」
「あ!目を覚ましたよ。万葉様。」
「良かった。」
「九鬼。痛かとこんね?」
「額。」
辺りを見渡すと、光殿と万葉、晴家が覗き込んでいた。額に少しの痛みはあるが傷はなかった。
「咄嗟に峰のほうにして良かった。」
「…やはりか。」
「あ、あの…」
額をさすっていると、光殿がおずおずと割れた猫の仮面を差し出してきた。綺麗に真っ二つに割れていた。受け取って見つめていると万葉が頭を下げてきた。
「すまない!大切なものだろう?木彫りの出来る者を紹介する故…」
「良い。もうこれは寿命だったのだ。…それに、これとはさらばするつもりだった。」
「本当に、良いのか?」
「しつこい。」
「…後、先ほどそこの者が言った、“九鬼”とは?」
余は、瞼を閉じ、万葉を見た後手を差し伸べた。
「余の、本当の名は…九鬼影哉。“京 寂筑”は偽名である。」
「そう、なのか。」
そう言いながら万葉と握手を交わし、そのまま立ち上がった。
「…万葉。」
「はい?」
「余の負けだ。…お前は、強かった。同盟を組もう。」
「良いの、ですか?」
「余が認めている。勝ったことに喜べ。光殿を、手放さずに済んだのだろう?」
「・・・そうだ!良かった、光!」
「わ。」
万葉は光殿に飛びつくように抱きしめた。光殿も嬉しそうに万葉の背中を撫でていた。
「…初めてん負けばい。九鬼。」
「初めての負けではないぞ、晴家。」
「そうか。九鬼がそう思うなら、そうか。」
受け取った猫の面を見た。…唯一の、慈緣の形見。割れてもなお大切にしよう。
「そうだ。かなど…いや九鬼殿。」
「なんだ。」
「折角なら、儂の屋敷で宴を開こう。」
「面倒。」
そう言って瞬間、わき腹に痛みが走った。…晴家が肘で小突いたのだろう。
「…行く。」
「そうか。良かった。」
「行くが、一旦額の傷を手当てする故、屋敷に戻る。其方らの屋敷へは向日葵が見に行き、その後余らを案内せよ。」
「向日葵?」
「余らの忍びだ。きっと聞こえている。」
「では、光。その者に案内を頼む。」
「分かりました。」
余らは先に場を後にし、退魔屋敷へ向かった。階段を下りている最中、もう一度猫の面を見て慈緣の顔を思い出した。確かこれは、撫子とよく遊んでくれるお礼と申し、作ってもらったもの。
「驚かなかったな、あやつら。」
「左目ん、火傷痕か?」
「あぁ。」
「見慣れとーとじゃろう。」
「そうか。」
…自分の目が嫌いで、作ってもらった面だが段々と醜いこの顔を隠すためになっていた。だが、生まれ変わるためにはこの傷も誇ろう。撫子を、守ろうとした証なのだから。
(続)




